第38話 いやがらせ? 全然OK! 安定志向!

 古き良き騎士道が勝った――

 その報せは瞬く間にナイツガーデンに広まり、多くの人々が俺たちのいる修道院に詰めかけた。


 武術大会閉幕後、会場は速やかに解散。

 本来なら勝者の栄光を祝う祝賀会を行うそうなのだが、部外者が優勝するという久しぶりの椿事に、どうやら運営サイドが思考停止に陥ってしまったらしい。

 まあ、グリフォンリースもしばらく変な痙攣してたから、俺たちにとっても悪いことじゃなかった。


 それで、そそくさと修道院に帰って戦勝報告をしていたところ、グリフォンリースの顔を一目見ようと大勢の人々が押し寄せたというわけだ。


 俺が言うのもなんだが、グリフォンリースちゃん、可愛いからね。

 腐敗した騎士を一蹴。しかし鎧を抜けば、華奢で可憐な女の子。

 そらもう、ナイツガーデンの皆さんは一発でメロメロよ。


「よくこの国を訪ねてくれた! あんたがいてくれれば騎士院も変わる!」


 という感じで持ち上げられまくった。


「これもきっと女神様のお導きです」


 新米修道院長のマクレアさんが、そう言ってうまくまとめてくれたけど、そういや、俺、女神に選ばれた〈導きの人〉だったな。完全に忘れてたわ。


 さて。


 少し名残惜しい気もするけど、修道院とも明日でお別れだ。

 武術大会優勝者には、騎士の称号と住まいが与えられる。

 つまり、俺たちの新しいハウスだ。


 明日、騎士院からその案内役が来たら、俺たちはここを発つことになる。

 シスター服、結構好きだったんだがな……。巫女服とは違った趣があるよな、やっぱ。

 しかし、生活の苦しいシスターたちの手を、いつまでも煩わせるわけにはいかない。


 日が暮れて町の人々が去り、シスターたちが開いてくれたささやかなパーティーも終ると、武術大会の余韻を眠らせる時間がやってきた。


 夜更け。

 静かな寝息が狭い部屋をゆったりと巡る中、俺は寝付けずに外へ出た。

 水気を含んだ夜風が、肌の浅いところを冷やしてくれたが、それでもベッドに戻るにはまだまだ体が熱い。

 俺だって男の子だ。目の前であんなすごい戦い見せられたら、そりゃ興奮して眠れなくもなるわ。特に今回、俺、応援しかしてないから、体力も余ってるんだよな。


 柵の上に腰掛け、夜空を見上げる。


「眠れないのですか?」


 呼びかけられて、俺は視線を修道院の母屋の方に向けた。

 草を踏む小さな音を立てながら、修道服姿のクレセドさんがやって来る。


「町の方も、まだまだ興奮冷めやらぬようですね」


 視界に自然と入ってくるナイツガーデンの町並みは、昨晩よりも断然明るく、光の揺らめきが見て取れるほどに活気がある。


「クレセドさんもか?」

「いいえ。わたしは少し体を動かしていました。ただの夜更かしです」

「そっか……」


 そうだよな。そうでなきゃ、なんか、鉄塊みたいなその棍棒、持ってる理由ないもんな。そうだよな? 俺を撲殺しに来たわけじゃないよな? 素振り……そう、素振りとかしてたんだ、きっと。


「明日、改めて言うけど、今日までどうもありがとう。一日だけのつもりだったのに、ずいぶん世話になっちゃったよ」

「いいえ。気になさらないでください。それより、今後のことが少し心配です。これだけ有名になってしまって、グリフォンリースさんが騎士院から意地悪されないといいのですが」


 そんな大人げないことはしない、とは言い切れないのがここの騎士たちだ。

 シスターたちはまさにその渦中にいる。俺たちが出ていったあとも、騎士院との問題は変わらず彼女たちを苦しめるだろう。


 そういえば、今の俺はアパート売り払ったおかげで結構金持ちなんだよな。修繕費用とか、建て替えられたりしないかな。安かったら払っちゃおうかな。

 そんな甘い考えで俺は聞いてみた。


「なあ、クレセドさん。修道院を直すのにどれくらいかかるんだ?」

「町の大工さんに聞いたところ、二〇〇〇〇〇キルトほどだと……」

「は!? にじゅうまん!?」


 何だその馬鹿げた金額は! 修道院が三回は建て直せるレベルだぞ!


「世俗に疎いわたしたちでも、それが法外だということは知っています。けれど、町の商工ギルドは騎士院の息がかかっていますから、そう言えと言われているのでしょう。何としても、わたしたちにお金を借りさせるつもりなのです」


 俺は絶望した。さすがにそれだけの貯金はない。


「騎士院はどうしてそこまでしてここを?」

「自分たちの町に、自分たちの力が及ばない場所があるのが気にくわないのだと思います。ここは、遠地の貴族のご子息をお預かりすることもあるんです。その扱いについて、騎士たちと修道院長が言い争っているのを何度か目にしたことがあります」


 貴族と聞いて、金のニオイでもかぎつけたってことか? ……や、やりかねない。


「今までも何度かいさかいはありましたが、今回に関してはかなり本気のようです。こんなことが続くのなら、みな、本気でこの土地を捨てることも考えています。それくらい、最近のやり方はひどい」


 クレセドさんの目が、月光を反射して青白く光った。


「あまりの陰険さに、わたしも少し……キレ気味になってしまうところでした」


「ヒイッ!」


 手にした鈍器の柄が強く握られる音を聞き取り、俺は悲鳴を上げた。


 バカ! 騎士院バカ! この人のことはほっとけよ! この人を誰だと思ってるんだ?

『ジャイアント・サーガ』中、攻撃に関しては右に出る者がいないバーサーカーだぞ!


 クレセドさんは、聖職者だからっていうんで、刃を潰したでかい羽子板みたいな剣を武器として使うんだけど……。


 非殺傷のためとか言っておきながら、クリティカル率が半端ない! 一ターンに確実に敵一体は葬れる! 食らった方は絶対悶え苦しんでから絶命してる。いっそ鋭い刃でスパッとやってくれた方が楽に済むんじゃないかと思うくらいだ!


 しかも〈ドラゴニックシンドローム〉とかいう鬼技を持っていて、終盤レベルの頃にはカンストダメージを叩き出すまで成長する。


 このゲームでダメージがカンストするのは、クレセドさんとキーニだけ。

 しかし、独力でとなるとクレセドさんただ一人なのだ。

 人呼んで〈初心者全クリの申し子〉。

 そんなバケモノが住んでいる修道院にケンカ売るとか、魔王でもしねえよ!


「明日には、ここを出て行かれるのですね」

「は、はい」


 頼む。月よ翳ってくれ。

 彼女の目から月の反射光を取り除いてくれ。怖すぎるんだよ!


「少し寂しいですね。ミグちゃんたちも、よく礼拝堂のお掃除をしてくれましたから」

「べ、別に国を出て行くわけじゃないから、また折を見て遊びに来るよ。ミグたちも会いたいだろうし」

「是非そうしてください。お芋を焼いて待ってますから」


 そう言うと、クレセドさんは就寝の挨拶を述べて、母屋の方に戻っていった。

 夜に女の子と二人で星空を見上げるなんて、ロマンチックなシーンのはずなのに、何でだろう……寒気がおさまらないよ。早く温かいシーツにくるまって寝よう……。


 ※


「グリフォンリースってのは、どいつだ?」


 翌日。

 修道院の入り口で待っていた俺たちの前に現れたのは、まだ少年とも言えるような若い男と、年老いた執事のような男という二人組だった。


「自分がグリフォンリースであります」


 鎧姿ではないグリフォンリースが名乗ると、


「ああ……? そうか。おまえか。ああ、そりゃゴルドーも小娘がって叫ぶわな」


 男はニヤニヤと下品に笑った。


 一言で表すと、チンピラだ。


 箒の先みたいに凄まじく毛羽立った髪を、ヘアバンドで後ろに流している。

 流しているっつーか、重力を無視して斜め上に伸び上がってるけど。

 目つきは鋭く、口元の笑みは獰猛。

 騎士院のユニフォームなのだろうか、きっちりしたその服装でなければ、マジでチンピラと区別がつかないような男だった。


「そっちのは全部ツレか? ずいぶん大所帯だな。まあ、都合がよさそうだが」

「……? どういう意味だ?」


 俺がたずねると、チンピラ使者は口の端を跳ね上げて笑い、


「まあ、すぐにわかる。おっと……シスターマクレア」


 俺たちの見送りに来てくれた修道院長のマクレアさんやクレセドさん、そして他の修道女たちは、一様に固い眼差しを男に注いでいる。

 なんとわかりやすい険悪な空気。

 これを読めないヤツはまずいない。


「あなたが、わたくしどもの客人の案内役とは……喜ばしい門出に、残念でなりません」


 マクレア院長の露骨な嫌悪感も、男にはどこ吹く風で、


「俺だって、いちいちこんな町はずれに使いに行かされるのは残念でならねえぜ。だがこれも役目だ。そうそう……昨日、町の連中がここに押し寄せたそうじゃねえか。見物料でも取っておけば、多少は修繕費にあてられたんじゃねえか」

「そのようなことはいたしません」

「昨日のことで、もしかするとしばらくこっちも大人しくなるかもしれねえが、気を緩めるんじゃねえぜ? 騎士院は絶対に諦めねえからな」

「…………。みなさんお達者で。必ずまたお会いしましょう」


 チンピラの言葉を聞き流し、シスターたちが頭を下げてくる。

 何ともいえない雰囲気の中、俺たちは修道院を後にした。


「先に言っとくが、下級騎士なんて下っ端に受勲式みたいな大げさな式典はねえ。騎士院から正式に剣と盾が与えられるのは、上級騎士になってからだ。そう、てめえが吹っ飛ばしたあのゴルドーの家くらいからだな」


 チンピラは道中も延々しゃべり続けていた。

 そして時折、思い出したみたいにゲラゲラ下品に笑う。

 第一印象は、シスターたちとのやりとりもあって最悪。

 こいつに比べれば、町中を偉そうに闊歩してるボンクラ騎士たちの方が、よほど騎士らしく見えた。これが騎士院のよこした使者か。なんという質の低下。この国はホントダメ。


「まあ武術大会も、院外騎士たちの慰労会みたいなもんだ。騎士院に入った連中は、あんなままごとには出場しね……おっと、着いたぜ。ここが、てめえらに与えられる家だ」


「あっ……」


 俺たちは揃って声を上げていた。

 そこは、この町で最初についたケチ――ブラニーさんの旧宅だった。


「見ろよセバスチャン。このでかいだけで汚く古ぼけた屋敷をよォ。これがあの大商人ブラニーの屋敷だったっていうんだから、傑作だよなあ」


 ひたいに手を当て屋敷を眺めながら、またゲラゲラ笑う男。


「そうでございますね。騎士院が彼と彼の家族を追いやってから、かれこれ五年ほど。その間まったく手入れもされていないことが、彼らがどれほど騎士たちの不興を買ったか物語っておりましょう」


 執事っぽい人が返した。つうか、名前からして本当に執事だろうな。


「おい、追いやったとはどういうことだ?」


 多少、縁がある相手の話だから、マユラがたずねた。


「あ? うるせえガキ」とかはねつけたりはせず、男はわりと律儀に答えた。


「ブラニーは騎士院への特別拠出金を拒みやがったのさ。まあ、普通の商人には課さねえ、豪商にだけ出させる金だから、納得いかなかったんだろ。定められた税金はちゃんと納めているの一点張りでな。だから騎士院が、商売を潰すためにあれこれ手を回して、この国から追い出したんだよ」

「……なんという……」


 怒りをこめてつぶやいたのはグリフォンリースだ。


「おいおい、俺に騎士道うんぬんの説教はするなよ? 別に俺がやったわけじゃねえ。それにてめえらは、この屋敷をどうやって住める状態にするか考えるのが先さ。数年分のほこりは、十日やそこらで落ちるもんじゃねえ。人を雇うなら、騎士院が相談に乗ってやってもいいぜ。何しろ久しぶりの部外者、しかも外騎士の大会優勝者だ。色々手心を加えてくれるだろうよ」


 つまり……修道院の修繕費同様、ぼったくってやるってことだ。

 これは騎士院げきおこぷんぷんマルゲリータですなあ。

 下級騎士の称号は仕方ないとして、与える屋敷は最悪のものを、顔を真っ赤にしながら選んでくれたに違いない。


 バカが。怒りは心の平穏を狂わすというのに。

 それにだ。


「問題ありません」


 俺たちが振り返ると、いつの間にやらメイド服になった三姉妹が、すでに掃除道具を両手に仁王立ちしていた。


「皆さまが使う部屋は今日中に、そうでない部屋も明日中には片づけます。では早速」


 仕事中のくせなのか、入り口でぺこりと一礼すると、三人はエントランスに飛び込んでいった。

 くっくっく……。甘いな騎士院のみなさんよ。

 うちには掃除のプロフェッショナルがいるのだ。

 だから、こんなでかい家をくれてありがとうとしか言えねえよ。


 三人に遅れて屋敷へと入る俺たち。

 広々としたエントランスは今、暗闇が輝きに駆逐される、一大スペクタクルの真っ最中だった。

 久しぶりの本能発揮で、ミグたちも嬉しそうだ。


 この読み違いにさぞ歯噛みしているだろう、と思って男を見ると、


「ギャハハハハ! 見ろよあのチビたちを! みるみるうちに屋敷を綺麗にしていきやがる! セバスチャン、おまえより十倍は掃除が上手いぜ!」

「左様でございますね。つまり坊ちゃんより一億と二千倍掃除が上手いということでございます」

「なんで俺とおまえが一千万と二百倍も差があることになってんだよ!」

「はあ? それくらいあるでしょ? 失礼本音が」

「てめえクビにすんぞ!」


 全然悔しそうでもなく、笑ったり怒鳴ったり、手を叩いて喜んでいる。

 何だ……? こいつらも、俺たちを敵視してたんじゃないのか?

 俺は少し調子が狂う。


「いやー、参ったぜ。コタロー。てめえには優秀なメイドがついてやがるな」


 エントランスのほこりをたちまち巻き上げて、廊下へとカマイタチみたいに三人並んで出ていった少女たちの見送りを終えると、笑いすぎて涙目になった若い騎士は、馴れ馴れしい仕草で俺の肩をばんばん叩いてきた。


 いてて。こいつ加減を知らないのか。


 …………。いや。ちょっと待て。こいつ、今なんて言った?


「俺のこと、知ってるのか?」

「あ? ああ。グランゼニスのドラゴンスレイヤー様だろ?」

「!?」


 あっさり言われ、俺はぎょっとして身を引く。

 通信装置も、顔写真も発達してない世界だ。

 ドラゴンスレイヤーの噂くらいは、もしかしたら人づてにこの国にも伝わっていたかもしれないが、そういうものは得てしてヒレがつきまくる。


 どうして、マッチョでもハンサムでもない俺が、そのドラゴンスレイヤーだとわかった?


 それに……流れ的に、俺じゃなく、グリフォンリースがドラゴンスレイヤーの方が、騎士たちにとってはわかりやすいシナリオだろう?


 騎士はニヤリと獣じみた笑みを浮かべて言う。


「何で知ってるんだって顔か? 密偵だよ、ミッテー。グランゼニスに潜ませてる。そいつが似顔絵と情報を送ってきた。あのチビたちまでは調査対象外だったがな」


 密偵……こいつ、外国にスパイを送っていたのか?


「坊ちゃん。それは騎士院〈円卓〉にすら伏せているブレジード家の極秘事項ですぞ。こんなところで気軽に口にされては困ります」

「平気だって。こいつの言うことを真に受けるヤツが騎士院にいるか。仮にいたとして、実際ケンカしたら俺が不利か? 違うな。まだ俺が有利だ。むしろ、そいつを潰す口実にできる」

「……左様で。わかってらっしゃるならそれで結構」

「ふん……。アインリッヒの兄貴と一緒にするんじゃねえ。心配するな。俺は俺で、油断なんぞしてねえよ」


 え? 今、なんて!?


「ちょ、ちょっと待ってくれ! アインリッヒの……兄貴ってまさか!?」


 こいつ、まさかツヴァイ――。


「ああ。そういや、自己紹介もしてなかったな。俺はツヴァイニッヒ・ブレジード。グランゼニスで探索者やってるお人好しの弟だ」


 なっ……マ、マジかよおおおおおおおおおおおお!

 アインリッヒ兄貴よりちょっとしか劣らない優良仲間キャラの、ツヴァイニッヒだったのかよこいつうううううううううううう!


 しかもなんか、切れ者っぽいぞ! 一見頭悪そうだけど!


 だったら……そうだ……!


「なあツヴァイニッヒ」

「あ? 何だ?」


 俺はある思いつきを口にする。


「俺と組まないか」

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