第37話 騎士道をゆく者! 安定志向!
二人が動かなくなってから、どれくらいの時間がたっただろうか。
時間と共に降り積もっていく緊張感に、観客たちも金縛りにあったみたいに動けないでいる。
ゲームでの騎士の盾には、カウンターしか攻撃手段がない。しかし、あれは完全に鉄の鈍器であり、ぶん殴れば相応のダメージが入ることは間違いない。
グリフォンリースには力はないが、強靱な足腰が生む突進力がある。
ゴルドーには、わずかなヒットも有効打にしてしまう審判団がついている。
自キャラより敵キャラが優遇されているクソゲーそのものだが、それを織り込んでなお、次の動作で一つで勝負が決まる緊張感には手に汗握るものがあった。
さらに時がすぎる。
よく見ると、二人は微動を繰り返している。
まるで、その小さな動作で相手の動きを探っているみたいに。
あるいは、両者のイメージの中では、何度も激突が起こっているのかもしれない。
そのかすかな動きも見逃すまいと、観客は試合場に前のめりになっている。
そろそろ誰か、呼吸をするのを忘れて酸欠で保健室に運ばれるかも……。
「ふ……ふっふっふっ……」
静まりかえった闘技場内に、その小さな含み笑いは、風のように舞い踊った。
声の主は、グリフォンリース。
「何がおかしい?」
訝しげであり、同時に不愉快そうなゴルドーの声。
「この勝負。あらゆる意味で自分の勝ちであります」
「なに……?」
確固たる勝利宣言。しかし観客は誰一人騒がない。この会話に、この瞬間にこそ、目を見開き、耳を傾けるべきものがあるというように。
「あなたはこのグリフォンリースの技を見て、剣を捨てたであります。勝つために。ただ勝利するためだけに、自らの戦いを放棄したのであります」
「…………。それが何だ?」
「自分は、戦いのたびに感謝するであります。コタロー殿がくれた盾。コタロー殿が教えてくれた戦い方に。コタロー殿は我が主、我が誓いであります。自分の目的はその誓いを果たすこと。自分を主に捧げ抜くこと。目先の勝利など、些細なことにすぎないのであります」
グ、グリフォンリースが……何か難しいことを言ってる……!
「それは俺も同じだ。俺も騎士院に誓いを……」
「残念ながら、そうではないのであります。なぜなら、あなたはここで学んだ剣を捨て、相手に勝つためだけの構えを取った。勝つために。ただ目の前の勝利を得るためだけに、戦い方を変えたのであります」
ああっ……と、吐息にも似た感嘆が、客席から漏れた。
それが耳に届いたのか、ゴルドーの声に焦りが滲んだ。
「バカな。それの何が悪い。勝利してこそ……勝利を捧げてこそ意味がある! 一つの戦い方にこだわってなどいられるか。生きてこそ騎士院に奉仕できる。騎士道をまっとうできる――」
「否あッ!」
グリフォンリースの小さな体から吹き出た一喝が、突風のように観客席までを揺らす。
全身を耳にして二人の会話を聞いていた人々は、芯まで震えることになった。
いや、きっと心まで。
「そんな小利口な考え、騎士には不要であります! 騎士道とは愚かの道! 捧げるは命! 愚かで、ひたむきで、純粋な! その狂おしいほどの真っ直ぐさが、騎士の強さ! 騎士の恐ろしさ! 騎士の高潔さでありますッ!」
「……ッ!」
「騎士道とはおのが命で歩むもの! 命を使って刻むもの! それを恐れるならば、すでにあなたの魂は行く先を失っている!」
おお……。
おおおお……。
おおおおおおおおお。
おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
客席の一部から静かに始まった感嘆は、すぐに絶叫じみた喊声となって闘技場を渦巻いた。
それは歓喜でも、怒号でもなく、強烈な郷愁。
偉大なる過去に華々しく散り、人々の心の底で眠っていた古騎士たちを、グリフォンリースが呼び覚ましたのだ。
背中が汗ばむほどの熱気を感じながら、我知らず、俺も拳を握っていた。
「くう……! 時代遅れの外騎士風情がっ……! 我らの物真似をするだけの根無し草が、このガーデンナイトに説教だとっ……!」
ゴルドーはわななきながら、怒鳴り散らした。
「ならばやってもらおう! 盾しか扱えぬ小娘が、甘ったれのロマンチシズムを武器に、この俺を倒してもらおうではないかッ! 目の前の敵は理想や信念では倒れん! 現実を知り、古びた騎士道の限界をその身に刻め!」
く……! 俺は100パーセントグリフォンリースの味方だが、思想的にはゴルドーの方に近い……! 勝ちゃあいい。負ければどんな綺麗なドレスも泥まみれになる。
どうするんだ、グリフォンリース! 何か策があるのか!?
「ふ……ふっふっふ……」
!? 笑うグリフォンリース!
「確かに自分は、甘ったれの古くさい騎士であります。騎士を標榜するだけの探索者であります。豪邸には住んでいないし、社会的地位もないであります。移動は徒歩だし、鎧は重いし、いつも大変であります。その点、あなた方は着ている鎧からして上等で、優雅であります。きっといい暮らしをして、穏やかな日々を送っているのでありましょう」
「……!? 何が言いたい……!?」
「そろそろ……その姿勢に疲れてきたのではないでありますか?」
「……あっ……!!」
会場がにわかに騒がしくなった。
そ、そうか……!
〈カウンターバッシュ〉の構えは当然棒立ちではない。相手の動きに柔軟に対応するため、中腰を維持し、常に気を張っていなければいけない。
堕落した騎士と、常に地を駆ける騎士――その体力差は歴然!
加えて、グリフォンリースはもはや〈カウンターバッシュ〉の名手。力の抜き所も心得ているし、体力は十分に温存されているということか!
「止まっているときは気づかなくとも、一歩進もうとしたとき、膝の疲れというのは押し寄せてくるものであります。動けない相手を吹っ飛ばすのに技など不要。だから、自分の勝ちだと言ったであります……!」
「ぐ、ぐうっ……!」
「さあっ。降参するであります。惨めな負けが恐ろしいのでありましょう? だからこそ勝利にこれほど固執したのでありましょう? 今ならば、引き際を知る騎士を装うこともできるでありますよ。さあ、さあ、さあっ!」
「なめるな小娘! 俺とて庭園の騎士! この程度で膝がふらつくことなどないわあっ!」
ゴルドーが投げ捨てた剣を拾い上げ、グリフォンリースに猛然と斬りかかった!
クソッ! グリフォンリースの読みがはずれた! 野郎、まだあんな余力を……!
って……あっ。
あっ。
きっとみんな思った。
「あっ」
ゴルドー自身も多分そう言ってた。
「ウエルカムであります」
ニヤリと笑ったグリフォンリースちゃんの盾が、上級騎士ゴルドーを天高く舞い上げた。
一撃、決着。
うお、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
「グリフォンリィィィィィス!」
俺は観客席の枠を飛び越え、試合場に駆け込んでいた。
俺だけじゃない。キーニや、マユラや、ミグたちも。それと、他の観客たちも。
「よくやった! よく勝ったグリフォンリース!」
「コ、コタロー殿……」
俺がたどり着く前に、しかし、グリフォンリースはその場にへなへなと座り込んでしまった。
「どうしたグリフォンリース!?」
慌てて、少女の体を支える。
「え、えへへ……。疲れて、もう動けないであります……」
「おまえ……」
限界だったのはゴルドーじゃない。グリフォンリースの方だったのだ。
そこで俺はようやく気づく。
この体力勝負は、そもそもゴルドー側が仕掛けた策だったのではないか、と。
連戦から、さらにカウンター同士の持久戦に持ち込めば、グリフォンリースは必ず崩れるはず。そう目論んだ。そしてそれは完璧なシナリオだったはずだ。
しかし彼女はその危機を見事にチャンスに変えた。
相手の策を逆手にとって、動揺を引き出した。
そして、自分の方が限界に近いというのに、あんな挑発……いや〈挑発〉スキルを!
す、すげえ。バグも何も使わず、正々堂々戦って勝った……。
誰だよこいつのこと使えねえって言ったヤツ、出てこいよ!
「最後の〈カウンターバッシュ〉は、もう出せないと思っていたであります」
「根性だな、すごいぞ」
すると、グリフォンリースは弱々しく首を横に振った。
「違うでありますよ。コタロー殿のおかげであります」
「え? 何で俺? 言っておくが〈力の石〉でズルとかはしてないからな」
俺が情けない釈明をすると、グリフォンリースは笑った。
「あのとき、誰かが自分の背中を押してくれたであります。見えない誰かの、力が。そんな人、自分にはコタロー殿以外にいないであります。誓いを捧げた、あなたしか」
「グリフォンリース……」
「ごめんなさいであります。許しも乞わず、勝手に誓いを捧げたつもりになってしまって。今、改めて誓ってもいいでありますか?」
バカだなグリフォンリース。断るバカがいるかよ。バカだよ。ホント……。
「ああ。受け取る。おまえの誓いを。グリフォンリース。おまえはこれからもずっと俺の……。いや、俺だけの、世界一の騎士だ」
「…………んっ」
「へ?」
「んひっ……あへ……」
「…………」
かしゃん。
俺はマッハでグリフォンリースの面当てを下ろした。
いや……俺正直感動してたよ。
ぶっちゃけ、結婚してくださいとか言われてもその場でオーケーしそうなくらい、何でも言うこと聞いちゃうところだったよ。
勢いって怖い!
「よ、よし、このまま医務室へ運ぼう!」
一緒に飛び出してきた観客たちが、感動の涙を流しながら拍手を送ってくれる中、俺は仲間たちの手を借りながら、トロ顔でビクンビクンしているグリフォンリースちゃんを運びだした。
…………。
何だよ、かっこよかっただろグリフォンリース!
いいじゃないかよ、それで!
グリフォンリースちゃんは俺の大事な騎士なの! 笑うんじゃない!
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