第36話 武術大会に行くであります! 安定志向!

 武術大会は年に一度開かれる盛大なお祭りだ。


 町の中央にある騎士院の訓練場を開放し、普段は禁じられている周囲の露店も、この日ばかりは許可される。


 一般的に礼儀正しく大人しいとされるナイツガーデンの住人たちも、そこで買い食いをしたり、大道芸を見たり、大いに羽目を外して楽しむ。この日のためにストレスを吐き出さず、あえて溜め込んでいたみたいに。


 もちろん、目玉は武術大会だ。


 元はガーデンナイトたちが騎士団内で行っていた訓練の一環だったらしいが、今では門戸を広げて見物客を入れ、騎士以外の飛び入り参加も可能。

 野に潜む強者と、騎士たちが誇りと技をぶつけ合う。

 これほど見応えのあるショーもない。


 どちらを応援するもよし。

 たとえ騎士の方が敗れたとしても、観客が勝者を万雷の拍手で讃える。

 それは、自国の騎士たちがどれほどの強者であるか、住民たちが知っているから。

 負けてなお、その信頼が少しも揺らがないから。

 だから敗れた騎士も、兜を脱いで勝者を賞賛する。

 それほどに清々しく、紳士的な国だった。

 かつては。


「でも、今はどうせ騎士側が勝つからね」


 とは、町の住人たちの口からもれる青いため息であり、恐らくは現状をもっとも端的に示す冷めた言葉だった。


 かつての熱気がこの行事から絶えて久しい。

 騎士が強くなりすぎたから、ではない。もちろん。


 大会は、有効打を一本決めた方が勝ちとする方式で、その判断をするのは騎士院が用意した審判員だ。

 彼らは、いつからか公明正大という言葉を記憶の辞書から喪失していた。

 当たり前のように身内びいきの判定をする。

 よって、部外者が勝ち残ることなど、まずなくなってしまったのだ。


 だが――。


「やあやあやあ、我こそはグリフォンリース! さっさと次が出てくるであります!」


 闘技場の中心でいきり立っているグリフォンリースに、観客たちは熱狂の総立ち。逆に騎士側は静まりかえっている。


《すごい》《グリフォンリースかっこいい》《さっきから一度も攻撃を受けてない》《勇敢だな》《わたしもあんなふうになりたいな》《いいな》《いいな》

 

「いいぞグリフォンリース! その調子で全滅させてやれ!」

「グリフォンリース様、がんばって!」

「やれー!いけー! グリフォンリース!」

「グリフォンリースちゃん、強い~」


 マユラたちの声援からもわかる通り、グリフォンリースは快進撃驀進中だった。

 彼女の〈魔導騎士の盾〉は、すでに何人もの騎士の誇りと歯をへし折った妖刀……もとい妖盾と化している。騎士殺しの伝説となるのも時間の問題だろう。


 彼女が張り切っているのは、もちろん勝利を目指してのことなのだが、それ以上にここ数日の騎士たちの狼藉に業を煮やし尽くしたというのが大きい。


 あれから大会までの数日、俺たちは修道院の世話になっていたのだが、その間にも騎士たちがそこを訪れ、たびたび無法な難癖をつけていったのだ。

 怪しい者を留め置いているとか、騎士団のペナントを買えとか、貧乏なふりして不法に金を貯め込んでいないかとか、スカートが長すぎるから足首くらい見せろとか。

 ……クソすぎるだろ、この国の騎士!


 まあ、最後のヤツはチラリズム主義者特有の謙虚さがあるのでよしとしても、金に汚すぎる。この町に来てからまだ日が浅いのに、町で店を強請ろうとしてるヤツ三人も見たぞ!

【騎士】たるグリフォンリースちゃんがそれにキレないはずがない。


「外騎士が調子に乗りおってえええええ――びぶりお!」


 変な悲鳴を上げて、また一人騎士が吹っ飛ばされた。


 わっとこれまでで最大の歓声が膨れあがる中、客席に振り向いたグリフォンリースに、俺は拳を握って応える。

 これまでバケモノ相手に磨かれた〈カウンターバッシュ〉戦法だ。

 所詮、中盤前半のイベントとして用意された一般騎士たちにおくれを取るはずがない。


 わずかにでも鎧にかすったら有効打にしようと身構える審判団に、口を出す隙さえ与えなかった。

 あとは負けた騎士を医務室でこっそりぶっ殺し、彼女を反則負けにするくらいしか手はないだろう。対戦相手を殺してしまった場合、その時点で失格というルールがあるのだ。


「グリフォンリース、五人勝ち抜き! 決勝進出!」


 アナウンスと同時に、再び観客席から歓声が弾ける。


 大会は、まず、参加者全員による勝ち抜き戦があり、五連勝した選手が本戦枠を獲得することになっている。

 結構ハードな選出方法だ。対戦相手次第なところも大きい。


 そして、本戦枠になって、ようやくトーナメント表が作られる。

 しかし、大会に詳しい観客のジイサマの話だと、決勝に残るのは毎年二人か三人だそうだ。やはり予選の苛烈さと、連戦の疲労は騎士たちにも大きな負担なのだ。


 グリフォンリースはそれを勝ち抜いた。

 審判を敵に回した状態で、完全勝利という唯一の突破口を切り開いたのだ。

 キーニじゃないが、俺も「すごい」としか言えない。


 騎士たちが腐敗しているのはゲームでも同じ。しかし、容量の問題だったのか、あるいはゲーム性を優先したのか、武術大会イベントでこんなホームタウンデシジョンはなかった。


 スタッフが作りたかったのはあるいはこれだったのかもしれないけど、プレイヤーが敵キャラではなく、「仕様」と戦わされるようになったら、そのゲームはきっといいものではないだろう。


「グリフォンリース!」「グリフォンリース!」「グリフォンリース!」


 決勝進出を決めたグリフォンリースへのコールが鳴りやまない。

 それもそのはず。決勝に残るメンバーは、騎士の家の間で事前に決められている、という噂があるらしい。

 そうやって武術大会の商品を持ち回りで受け取っているのだ。


 完全に八百長である。

 そんな憶測が平然と出回っている中で、流星のように颯爽と現れた騎士少女。

 これに熱く狂わなきゃ、いつ狂うのだ。


「では、これより決勝を行います!」


 突然のアナウンスに、会場からどよめきが起こった。


「早すぎる」「休憩も与えないのか」「先に決まったヤツはゆっくり休んでいたのに!」

「汚いですね。自分さえよければいいという考えはとても汚い!」


 パニシードも憤慨している。俺も腹が立った。

 じぶんだけよければいいというかんがえはよくないとおもいますうんよくない!


 大丈夫か、グリフォンリース。

 俺が投じた目線に、彼女は即座にうなずいてきた。

 大丈夫であります、コタロー殿。そう言われた気がした。

 キーニとは違うが、これも一つの以心伝心か。


「決勝戦、上級騎士マクシミリアン家ご長男ゴルドー対、一般参加グリフォンリース!」


 試合場に居残ったまま待つグリフォンリースの前に現れたのは、青い鎧に身を包んだ長身の男だった。

 上級騎士。確か、政治に携わる騎士院に入る一歩手前の階級。

 エリートだ。


「始めっ!」


 怒号と声援の入り交じる中、グリフォンリースと上級騎士ゴルドーが身構える。

 レベル差を考慮すれば恐れる相手ではない。

 しかし、むこうには邪悪な審判がついている。


「ふん……。外騎士がずいぶん出しゃばった真似をしてくれたな」


 レベルの高さが五感にも影響しているのか、俺にはゴルドーの声が辛うじて聞き取れた。

 外騎士というのは【ガーデンナイト】ではない外国の騎士という意味だろうが、さっきからの使われ方から察するに、蔑視の意味もありそうだ。


「おまえの強さは認めよう。しかし、これならどうかな?」


 会場がどよめいた。

 ゴルドーが手にした剣を捨てたのだ。


《あっ》《剣を捨てた》《降参するの?》《グリフォンリースの勝ち?》《やった》《やった》


「どうやら違うらしいぞ、キーニ」


 俺は彼女の淡い期待を吹き散らしながら、試合場の二人を見つめる。


「……何のつもりでありますか?」

「おまえの戦法を見せてもらった。最初から〈カウンターバッシュ〉一辺倒。なるほど、おまえは守りに長けているのだろう。しかし、自分から動くのはどうかな?」


 そしてゴルドーが、グリフォンリースと同じように盾をぐいと前に押し出した。

 会場が、さらに大きなどよめきで塗り替えられる。


「これは……!」


 盾を両手で持つ。

 どちらも〈カウンターバッシュ〉の構え!


 騎士を非難する怒声が、にわかに小さくなった。

 マユラたちも、さっきまで盛んに発していた応援と一緒に息を呑み込んだ。


 やがて訪れる静寂。

 同じ形。同じ技。


 矛盾じゃない。

 盾と盾。どっちが勝つ。どっちが強い。


 知りたい。見せてほしい。この奇妙な勝負の結末を。

 怒りも、不満もない。

 みな、ただ純粋にそれを望んでいた。

 武術大会が、血湧き肉躍る戦いを繰り広げていた頃のように。


 どうなるんだ。


 先に動いた方が不利なのか? それとも有利?

 俺はグリフォンリースに、盾しか渡してやれなかった。強力な剣があれば、あるいはこの状況を打破できたのかもしれない。


 だが。

 俺は信じる。グリフォンリースを。大切な仲間を。


 下ろされた面当ての奥で、彼女が不敵に笑った気がした。

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