第127話 天球、最後の秘密! 安定志向!

 石の方舟は、前回そうだったように、俺たちが全員乗ると勝手に発進した。

 帰還した場所は、やはり方舟の発見場所。

 どうやらあそこが、地上と天球を繋ぐ発着所だったらしい。


 俺たちはようやく戻ってきたオブルニアの大地に、倒れ込むようにキスをして、意気揚々と帝都へ帰還した。


 持ち帰った史料や情報は、しばらく帝国図書館を寝かさないだろう。ついでに俺たちも眠らせてもらえないだろう。それほどの大発見の数々だった。


 ただ、もう二度と昇りたくない天球ではあるものの、気になっていることがあった。


 とうとうわからなかった謎。

 古代人たちは何から逃れようとしていたのか?

 ガラスの植物化と、冷たい光は何だったのか?


 これを知るには、研究者たちとさらなる調査を重ねる必要があるだろう。


 しかし!

 この解明に関して、俺は最終兵器を隠し持っていた。

 すべての謎を知っているであろう、最強の安楽椅子探偵を。


 部屋の隣に住んでいる、裸族のアイツだ。

 わからないことは神様に聞け、というわけである。


 卑怯! ゲーム始める前に攻略wiki見ちゃうくらい卑怯!

 だがやる! もうあそこに近づきたくないから!


 帝都に戻って数日がすぎ、図書館での人権を無視した尋問も一息ついたある日の深夜。

 世界が寝静まるのを待って、俺は誰にも見えない隣室への扉をノックした。


 返事がない。ただの扉のようだ。

 もう一度ノックする。

 返事がない。ただの扉のようだ。

 ドアノブをひねって、中をのぞく。


「くそっ! いるじゃねえかよ!」


 俺は慌てて扉を閉めた。

 例によって、全裸の女神様が、小さなお尻をこっちに向けて部屋の真ん中に立っているのが見えたからだ。


 扉を押し閉めた姿勢のまま、俺は肩に乗る妖精へと声をかける。


「おい、パニ。あれに服を着るように言え」

「ええ? あれにですか? いやですよ。裸の王様って童話知らないんですか? 知らなければみんな笑顔でいられたんですよ。それをあの空気読まない子供が……」

「誰があれですか」

『ぱぎゅあああああああああっ!』


 わずかに開いた扉の隙間から、間近に迫った女神様の不機嫌そうな半眼がそう言い、俺たちをのけぞらせた。咄嗟にドアノブを掴んで押し返す。


「で、出てくるな!」

「む。こらっ、女神の進入を阻むとは何事ですか。コタロー、許しませんよ」

「許されないのはあんたの格好だよ! しかもなぜか罰を受けるのは俺なんだ! 早く服を着ろ!」

「またですか? まったく……。服、服、服とうるさい人間ですね」


 扉を押す力が消える。

 変な沈黙の時間。扉の一枚向こうで、年端もいかない少女(の姿をした確実なババア)が着替えをしているという状況が、俺に居心地の悪い無言を強いる。


「着ましたけど」

「よし。じゃあ、入るぞ」


 別に着ぐるみでも何でも、肌が隠れていればツッコミは不要だ。とにかく話を聞いて、さっと帰ろう。

 そう思ってドアを押し開けたのだが。


「…………」

「…………」


 俺は見上げた。女神は俺を見下ろした。


「それは嫌みでやってるのか?」

「は?」


 女神は……何というか、ドッキングしていた。

 なんて言えばいいんだ。

 ネオジオングに対するシナンジュと説明したいところだが、これでわかる人間が何人いるかわからん。


 目の前に巨大人型ロボットがあるのだ。

 そして、そのロボットには頭と首がない。かわりに、女神がそこにすっぽりハマっている。

 構造的に見て、女神が手足を動かすと、それに連動して巨大人型兵器も動くのだろうと推測された。

 どう見てもドッキングしてるだろ?

 俺の説明、あってるよな?


「やはり動きにくいですね。服という文化はイカれています」


 女神が自分の姿を確かめるように身をよじると、その拍子に野太い腕がヤバイ音を立てながら横薙ぎに迫ってきた。


「イカれてんのはあんただよ!」


 叫びながら咄嗟に床にへばりつくと、頭上を途方もない質量が通過していく圧迫感の後、背中に大量の汗が吹き出た。


「それが服に見えんのか!? せめてパワードスーツくらいにとどめろや! モビルスーツだよそれは! 地球がもたんときが来ているのか!?」

「何やらひどくいらついているようですが、それ以上にわたしが不快であることをお忘れなく……」

「くそっ、もうそれでいいよ! だいたい、本来俺が下手に出るところだったよ今日は! 聞きたいことがあるんで教えてください神様オナシャス!」


「聞きたいこと?」


 女神は怪訝そうに眉をひそめ、それからすぐに言った。


「72よりありますよ」

「そうですか巨乳ですね」


 そういうことが聞きたいんじゃない。でも口にはしない。モビルアーマーとコントとかしたくないんで。

 俺は問答無用で、手の中に潜めておいたペンダントを取り出し、はるか上にいる女神にかざした。

 天球で手に入れた〈奥の瞳のペンダント〉である。


「おや」


 女神の綺麗な眉がわずかに跳ねる。

 いい反応だ。彼女は天球に、いや古代人について間違いなく何か知っている。


「教えてくれないか。彼らに何があったのか。彼らはどこにいったのか」

「……いいでしょう。あなたにも関係のあることですから」


 なに……? どういうことだ?

 俺に小さな疑問の種を植えつけてから、女神は話し始めた。


「〈ガラスの民〉が栄えたのは、今から……まあ、適当に前」

「おいィ! でもそこは重要じゃないので続きをどうぞ」


 ジャブはスルーしていく。


「彼らは恐らく、この世界の歴史上もっとも高い文明を築いた種族だったでしょう」


 だろうな。何しろ、島を空に浮かべたり、命を再生させようとしたくらいだ。


「そして同時に、最初の魔王と遭遇した世代でもあります」

「えっ、魔王と?」


 聞きに徹するつもりだったのに、思わず驚きを口に出してしまった。


 魔王ディゼス・アトラについて思い起こす。

 魔王は、世界のルールである〝黄金の律〟のほころびが凝縮した存在。

 魔王が存在する限りほころびは大きくなり続け、やがて〝黄金の律〟を破壊。その後は、ルール無用の不条理世界がやって来る。――そういうルールだったはずだ。


「最初の魔王ってことは、それ以前に魔王はいなかったのか?」

「そういうことです。〝黄金の律〟のひずみが、初めて魔王という形になったのがあの時代でした」


 ということは、ひょっとして、古代人たちは魔王から逃げていた?

 これは俄然興味深い話になってきた。


「けれど、あのとき、わたしをはじめとして誰一人魔王の存在に気づかず、対処することもできなかった――」

「えっ、じゃあ……」


 女神はその淡泊な眼差しを蒼穹の空へ投げ、恐るべき結末を口にする。


「ええ。世界は一旦、不条理の世界へと突入したのです」


 ぞわりと首筋に冷たいものが走った。

 この世界は一度、ほころびの限界を迎えていた?


「パニ、本当なのか?」

「わ、わたしは知りませんでした。というか、女神様に聞いてくださいよ。あ、いや、むしろ女神様を疑わないでください! わたしの監督不行き届きにみたいに思われるじゃないですか!」

「ああ、それについては、思うどころかすでに絶対的な確定事項となっていますので」

「あぎゃ!? 知りたくもないことを知らされてしまいました! あなた様のばか!」


 小さなことで騒ぐパニシードを見つめることで、俺の心はかえって安定を取り戻す結果となった。

 大きく咳払いして体勢を立て直し、女神に再度問いかける。


「つまり古代人は、その不条理世界に呑み込まれたってことなのか?」

「そういうことです」

「彼らの遺跡には、冷たい光や、ガラスの植物があった。あれが、不条理世界なのか?」


 女神はうなずいた。


「光とは温かいもの。不条理によりそれが逆転したのです。そしてガラスの植物は――あなたには信じられないことでしょうが、彼ら〈ガラスの民〉が作りだしたガラスは、知性を持っていたのです」


 それについてはゲームで予習済みだったので驚かない。

『ジャイサガ』の舞台は純然たるファンタジー設定だが、一部でSFっぽいところもあって、それが〈天球〉関連のイベントで見られるガラスだった。

 わかりやすく言ってしまえば、一種のコンピューターなのだ。


 つまりグリフォンリースにあげた〈ガラスの魔剣〉は、剣の形をした携帯端末ということになる。これはこれでなかなか素敵な設定だが、精密機械で人をぶっ叩いてはいけない(戒め)


「知性あるガラスは、〝黄金の律〟による制約が外れた世界で、鉱物でありながら生態を獲得し、植物という進化系を選択したのでしょう。しかし、これは元来生物でないからこそできた適応。生命にこのような応用力はありませんでした」

「だから滅ぶしかなかった……」


 俺はため息を抑えるように口元に手をやった。

 古代人たちは不条理から逃れようとしていたのだ。


 地下へ、あるいは空へ。


 あれらは単なる住まいじゃない。避難場所だったのだ。

 常に土に囲まれていたのは、宗教的なものも含めて、自らを鎧う意味もあったのかもしれない。


 だが、結局はダメだった。

 そのどちらも完全に不条理に呑み込まれて――あれ?

 もしそうなら、おかしなことがある。


「今の世界は不条理世界じゃないよな? どうして、〈ガラスの民〉の遺跡にだけそれが起こっているんだ?」


 それに対する解答はあっさりしたものだった。


「それは、彼らが物質の時間を遅くする技術を用いたのが原因です」

「時間?」

「はい。たとえば、花が枯れるまでの時間、たとえば、石造りの壁が風雨によって劣化するまでの時間、そういった期限を先延ばしにすることのできる技術です」

「……すごいんじゃないのか、それは?」

「そうですね。服さえ着ていなければ、大した人類でした」


 被服を欠点みたいに言うな裸神。


「ええと、つまり……居住地の時間を遅らせることで、完全に不条理に呑まれるまでの時間稼ぎをしたってことか?」

「かもしれません」


 単に、建築物の老朽化を防ぐための、ごく普通の処置だった可能性もあるということか。

 どちらにせよ、その技術のせいで、今も遺跡の中でだけ不条理世界が存続しているということになるが……。


 あれ……?


 ここでまた、俺はあることに気づく。

 それはこの話の流れ上、ごく当たり前の事実。確認することさえ無意味な、当然の帰結。

 それなのに、俺の胸は奇妙な熱を持ってドクドクとうごめいた。

 何が胸を高鳴らせているのか、この時はよく考えないまま、俺はごく自然にその質問を女神に向けていた。


「不条理世界は、終わるのか?」


 女神はこれまでどおり、こともなげに答えた。


「ええ。とても長い時間が必要となりますが、終わります」


 俺の頭の中に、かちり、と何かがはまった瞬間だった。

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