第126話 また、生まれ来るために 安定志向!
「おぶるふぁ!」
〝澄んだ人〟の反応に驚き、オブルニア式悲鳴を上げた俺は、その半透明の手から咄嗟にペンダントを奪い取っていた。それに引っかけられる形で、〝澄んだ人〟の体が容器からこぼれ落ちる。
「コタロー殿!?」
「大丈夫かい少年!」
墜落した〝澄んだ人〟に驚き、俺の動向を見守っていた下方では大騒ぎになった。
上から〝澄んだ人〟が今度こそ息絶えたのを確認してから、俺は彼女たちに手を振って無事をアピールする。
すまん、これは大事に使わせてもらうから。と〝澄んだ人〟に詫びておくことも忘れない。
「ふう……」
星形を一筆書きする軌道で暴れ回っていた心臓もどうにか治まり、俺は調査を再開する。
キーアイテムはゲット。残りの回収も急ぎたい。
用があるのは扉が開いているものだけだ。
次見た容器の中には、〝澄んだ人〟の姿はなく、不思議な造形の剣だけが入っていた。
柄の長さに対して刀身が明らかに短い。しかも刃がついておらず、子供の玩具のようだ。だが手に持ってみると、刀身から青白い光が放たれ、長い刃を象った。
……ブォンブォン、ピシャー! とかジェダイ的な効果音がつきそうな装備だ。
他にも見たことのないコインや、人によっては精神安定剤にすぎないエリクサーなど、様々なものが手に入った。
どの器の〝澄んだ人〟も死んでいて、生きていたのは最初のあの一人だけだった。
それも、俺を見てではなく、あのペンダントを奪われそうになって反応した。
……やるせない気持ちだ。
床に戻ってきた俺が収穫品を見せると、ラナリオは目を輝かせて喜んだ。
「少年、君があの箱を調べている間、わたしなりに考えてみたんだけど、ここやあの船、地下都市を作ったのは〝澄んだ人〟じゃないんじゃないかと思うんだ」
彼女は言う。
「見て、君が拾ってきたアイテム。これらはわたしたち人間のものだ。だって、使い方や形状の意味が、見た瞬間にちゃんとわかるからね。でも、さっき落ちてきた〝澄んだ人〟を見てほしい。指が異様に短いだろう? 道中、彼の他にも指が短い個体は何度か見た。この指の長さじゃあ、ここにあるようなアイテムは使えない」
「長いヤツもいたでありますよ?」
グリフォンリースの意見に、うなずく。
「うん。つまり〝澄んだ人〟は個体差が非常に激しい生物なんだと思う。あるいは、彼らにとってはこうした差違は、人間でいうところの顔の美醜くらいの差しかないことなのか。一つ言えることは、道具というのは、その種族のみんなが使える形状をしているんだ。眼鏡や歯ブラシは、ブスでも美形でも関係なく使えるだろう? だから、同じ種族で使えない道具というのは、ちょっと不自然なんだよ」
「つまり姉さん、これらは〝澄んだ人〟とは別の種族が作ったものだと?」
「そういうことだ助手よ。〝澄んだ人〟よりもっと古い、別の超文明があった。そう考えると、彼らの野蛮さと遺跡の美しさのギャップも理解できる」
「……そうなのかもな。とりあえず、一旦船に戻ろうか。俺はもう疲れたよ」
まだまだ続けられそうな彼女の講釈は、もっと穏やかな場所で聞くとして、俺は帰還を提案した。それに反対する者はいなかった。
トラウマに背を向けて帰り道を急ぎながら俺は考える。
ラナリオの考えは、惜しいところで止まっている。
十分な判断材料と、それと、事前の知識がたりない。
その事前の知識というのは、考古学じゃない。
別のゲーム……いや、別の世界からの知識だ。
以前、地下都市を探索しているときに彼女が口にした、母体への回帰、そして産まれ直し。この世界でそれは信仰の中にある思想の一つにすぎない。
だが、それが単なる思想にとどまらない文明が実在したとしたら?
帝国図書館の地下にあった、ゴミデータの迷宮を覚えているだろうか。
『ジャイサガ』フリークスたちは、かつて、あそこで奇妙な発見をした。
〝澄んだ人〟つまりネモと同じドットを持つ魔物と遭遇したのだ。
問題は、その表記名。
〈ザンガイ〉。
これについて二つの考察がある。
一つは、単にデータの残骸であるということ。他の出現モンスターにゴミとかテキとかそういう名前のもいるので、あながち的外れとも言えない。
だがもう一つの可能性には背筋が凍る。
それを提示する前に、もったいぶるようで悪いが、もう一つ考察材料を挙げておきたい。
ネモという名前についてだ。
エゥーゴの量産機かよと思った人は俺と同レベルなので、反省して年齢分スクワットでもしてから続きを読んでほしい。
ネモというのは、〝誰でもない〟を意味するラテン語だ。
『海底二万里』という小説の船長の名前の由来であり、彼は世捨て人でもある。
つまり〝澄んだ人〟は〝誰でもない〟ということが考えられる。
アンノウン――つまり正体不明、ではない。
誰でもない、だ。
ザンガイは、ネモの前バージョンである可能性が高いと指摘されていた。
と言うのも、ザンガイのステータスはネモとほとんど変わらないのだ。
つまりスタッフは、製作過程においてザンガイをネモという呼称に変えたと考えられる。
なぜか。
あまりにも露骨すぎたから。
だとしたら何のザンガイなのか。
それは。
人間の、だ。
これがもう一つの考察。
あの部屋にあった容器には、〝澄んだ人〟の死体が残っていた。外を闊歩している連中もあそこから出ていったものと推察される。
では、あの中に人間用のアイテムが数多く残されていたのはなぜだったのか。
それは、あの容器に入る直前は、彼らは人間だったからである。
つまり、あそこに入った結果、人々はネモ――人間の残骸になり果ててしまったのだ。
元々、人間を怪物に作り替える機械だったのでは? という意見もあった。生物兵器説だ。
だが、その説は違和感があった。
ゲーム内でも顕著な表現であり、また実物を見て確信したのだが、容器の数があまりにも多い。
まるで天球の住人すべてが一斉に入れる数を用意したように。
生物兵器生産工場ならば、これほどの数は必要ない。
ではもっと別の施設では? という疑問。
共同生活をする場合、人間は数少ない施設を、使用する時間をずらすことでうまく共有する。トイレも風呂も、人口よりもずっと少ない。
一斉に使うとなると、寝床くらいのものだろう。
だが、ここまでの道中で、民家の寝台はいくつも見てきている。
単なる睡眠ではない。この施設の位置からしても、もっと重要な何かのために作られたはずだ。
俺はさっき述べた。見ようによっては個人用シェルターだと。
これは俺の発想ではなく、様々な人の考察を重ねて、あるいは捨てて、たどり着いた一つの仮説だ。
SF作品を見たことがあるなら、冷凍睡眠装置という単語も自然とよぎるだろう。
けれど、凍らせて眠るだけの装置で、人間があんな怪物になるのは、あまりにもオーバーでリアリティがない。もっと人間にとって根本的で根元的なものにアプローチする装置だったはず。
この解答に対し、ラナリオはごく自然に、文化人類学の観点から行き着いていた。
再誕だ。
生命再生装置。
それがここにある容器の正体。
しかもこれだけの数が揃えられているということは、自然死に対する備えとは考えられない。
老若男女の命が等しく一斉に途切れる何かを、古代人たちは予見していたのだ。
そしてそれを乗り越えようとして――
失敗し、人間の残骸となった。
あれほどの変容が起こるということは、単なる蘇生措置とはケタが違う処理を施すものだったのだろう。人間を一から作り直すような、そんなものだったに違いない。
しかし何らかの理由でそれは正常に働かず、肉体を変異させ、目や口といった器官の位置すら正確に配置されず、これだけの文明を築いた高い知性さえもかき消えた。
滅亡。
再会を胸に、彼らは再誕の器に入ったはずだ。
家族と、恋人と、友と、仲間と。
それを夢見て眠った。
その結果が、これだ。
〝澄んだ人〟は伝承に現れた時点で、すでに亡霊だったのだ。
グリフォンリースたちがわけもわからず彼らに恐怖を覚えるのは、人間の本能が彼らを同質のものだと嗅ぎ取っているからだろう。
ああなる。自分もあれになりうる――その恐怖なのだろう。
もし、グリフォンリースやキーニが、あんな姿になってしまったら。
どうやって見分ける? どうやって感じ取る? 彼女たちが彼女たちであったことを、どこから?
俺は想像に堪えられず、すぐに打ち切った。
体は冷え切っていた。
これが天球にまつわる俺のトラウマのすべてだ。
あの異形たるネモが人間であること。
そして、その中には間違いなく俺と同世代の子供も含まれているということ。
俺はそれを斬り倒して進んできたこと。
その薄気味悪さが、コントローラー越しに手ざわりとして残った。
掲示板に、ある書き込みがされた。
――ネモのドット絵、泣いてるみたいだよな。
無責任な書き込みであり、ブラウン管の画面ではそこまで精密なドット解析は不可能だった。
だが、誰も反論はしなかった。
天球には、それがふさわしい。
無辜なる命が途切れた場所。
今は、誰でもなくなった怪物だけがいる。
……自分、涙いいすか……?
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