第166話 そは小さき無尽のレギオン! 安定志向!

 四本の腕に巨人の武器を携えた〈アークエネミー〉。

 これはスタッフおよび、この世界の神々の想定を超えた最強最悪の敵だ。


 四種の武器からなる異なった攻撃に加え、合間を縫って余った二本の武器への換装も可能。その戦法の多彩さは、世界およびゲーム史においても類を見ないだろう。

 さすがは俺がこのチャートの最終兵器に抜擢した凶悪形態。


 その最強最悪を――ブッ倒す!


 戦いの開始は、俺が砂時計を逆さにした瞬間から。

 それまで、作戦を伝える猶予は、わずかだが十分にあった。


「しょ、正気でありますか……?」


《コタロー》《さすがにそれは》《狂人の発想》《何一つうまくいく気がしない》《あせっているのならここは逃げよう》《わたしは許すよ》


 当惑、いや動揺を通り越し、仲間たちから向けられる目は悲しみに満ちていた。

 実に、実に懐かしい眼差しだ。グランゼニスで反復横跳びしていたときによく見た!


「いいや、俺は正気で大まじめだ。この作戦を実行する。イヤだと言っても無理矢理やらせる。パニ、ブツの用意を!」

「もう……もう……」


 パニシードはしらげになってバックヤードから指定のアイテムを取り出してきた。作戦を聞いた彼女は二人の仲間よりも早々に心を失って、とっても素直だ。


「コタロー、ほ、本当に大丈夫なのか?」


 ぐったりしたパニシードを預けたマユラが、不安そうに聞いてくる。


「おまえのメチャクチャさ加減はよく知っている。我をこの姿にしたくらいだ。しかし、今回のは本当にわけがわからんぞ……」

「大丈夫。わけがわからんのはいつものことだ」

「せめて安心させてくれ! グリフォンリースとキーニが吐きそうになってる!」


 見れば、二人は口元を抑えて暗い顔をしている。

 事前に知らされた方がダメージが大きい作戦もある。ゲームとかでミッション開始前ギリギリにブリーフィングがあるのもこれを配慮してだ。


 オロオロするマユラを無傷の玉座の裏側に避難させ、俺は巨人から授かった宝玉を手に持つ。


「……〈聖なる天火〉か。覚えているぞ。巨人に与する人間たちが、私にそれを使っていたのを。なるほど、それが汝の切り札というわけか」


〈アークエネミー〉が淡々と語りかけてくる。

 俺は短く「かもな」とだけ答えた。〈アークエネミー〉の円形の目が、笑みの形に歪んだ気がした。それが切り札なら、おまえの負けだ、と。


 顔を背けつつ、俺もまたニヤリと悪役風に笑う。

 勝った気でいろ。それはこちらも同じだ。


 どちらが慢心で、どちらが確信なのか。

 すぐにわかる!


 俺は砂時計をひっくり返した。


「いくぞ、グリフォンリース、キーニ!(いくぞ、グリフォンリース、キーニ!)」


 開幕、〈聖なる天火〉を投擲。レベル99の腕力で投げつけられたそれは、いかに予期できた行動であっても、巨大すぎる〈アークエネミー〉の図体ではよけられない。


 直撃と同時に、朝焼けのような輝きが玉座の間の闇を舐め取った。

 熱を帯びた衝撃というより、祝福とさえ表現できるような突風が俺の体を突き抜け、内部に巣くっていたよくないものをかっさらっていく。


「ガアアアアッ!」


 俺たちにとって爽快なものであっても、真逆に位置する者にとっては猛毒になる。


 黒い外骨格を赤熱させ、激震と共に〈アークエネミー〉が片膝をつく。

 これほどの怪物の動きを封じる激痛がどれほどのものなのか想像がつかない。


 しかし、〈アークエネミー〉には苦痛に痙攣してもなお、不動の威厳と自信があった。


 こいつにはあらゆる攻撃に対する耐性と、驚異的な自己再生能力がある。それが、〈アークエネミー〉を速攻で倒せない最大の理由。

 切り札を使った以上、挑戦者たちはその能力に真っ向から立ち向かわなければいけない。


 そうなれば、自分に負けはない。

 ……と思っているのか〈アークエネミー〉ィ?


「もおおおおおお知らないでありますうううううう!」


《ぎゃあああああす!》《もういい!》《もう何も考えない!》《コタローに言われたこと何でもする》《だから誰もわたしを責めないで》《もうどうにでもなれえええ》


 グリフォンリースとキーニが、俺が指定した〝それ〟を投げる。


 ぺちょ。


〝それ〟は、〈アークエネミー〉の偉容に、何かの冗談のようにひっついた。


「――――――――!?」


 戸惑いと困惑が、一瞬の間を作る。

 泣き笑いのようなグリフォンリースとキーニの顔。

 迂闊なまばたきさえ許されない緊迫した世界に、その気まずい時間は確かに存在した。


〈アークエネミー〉の甲殻に張りついているのは、この世界の誰もが簡単に手にできる、ごくありふれたアイテム。


〈薬草〉――だ。


 直後。


 爆光。


「グオオオヲヲヲヲヲアアア!?」


 先ほどとほぼ同様の輝きが〈アークエネミー〉を中心に拡散し、闇の城の内部を照らした。


「オオオオッ……! 灼ける、体が灼けるッ……! この痛み、この熱は、あのときと同じ……!」

「ファーファファファファ!(ファーファファファファ!)投げろ投げろォ!(投げろ投げろォ!)」


 苦しみ悶える〈アークエネミー〉に、俺たちは〈薬草〉を投げつけ続けた。

 そのつど巻き起こる神々しくも激しい光が、まるで聖なるもののバーゲンセールで、どんどんありがたみを失っていく。


 グリフォンリースとキーニはもう理解しようとすることをやめ、半ば自暴自棄になってヤケクソを……じゃなく〈薬草〉を投げている。


 彼女たちにした説明を今一度しよう。


〈アークエネミー〉は、〈薬草〉に弱い。


 もう一度言う。


〈アークエネミー〉は

〈薬草〉をぶつけられると

 死ぬ。


 この話は、まずはそこからだ。


 グラシャラボラス伊藤が〈アークエネミーが仲間入りバグ〉を発表したときに、あわせて攻略法として提示されたのがこのバグだった。前者がウソバグだったのに対し、こちらは実際に効果を発揮した。(それゆえ先のウソを見抜ける者がいなかった)


 これの原因については色々な仮説がある。


 この〈薬草〉は、〈聖なる天火〉と極めて近い効果を発揮する。

 つまり、〈アークエネミー〉に大ダメージを与え、かつそのターンの動きを封じるというものだ。


 一つ思い出してもらいたい。『ジャイサガ』には一部イベントアイテムのフラグが狂っているというバグがある。〈万能薬〉を用意しなきゃいけないところを〈赤い絵の具〉で代用できたりとかだ。

 この〈薬草〉も、〈聖なる天火〉とデータのアドレスか何かがカブっているのではないか? という説が一つ。


 また別のものとしては、〈アークエネミー〉はアンデッド系なのではないかという説。つまり、回復系のアクションに対し、逆にダメージを受ける性質があるのでは、と考えられた。

 しかし、通常の回復魔法をかけると回復するため、この説は即座に却下されている。


 そして、〈薬草〉と〈聖なる天火〉の効果が微妙に違うことも、界隈の人間たちを混乱させる大きな要因だった。


〈聖なる天火〉の固定ダメージとは異なり、〈薬草〉はダメージ幅があるのだ。

 しかも、50~8000というデタラメな幅が。


 つまり〈聖なる天火〉とは別データの存在なのである。


 似て非なるもの。


 今のところ、〈聖なる天火〉のダメージ数値を調整するために使われたテスト用データが、〈薬草〉に残っていたのでは、というのがもっとも無難な説とされているが、真相はいまだに明らかにされていない……。


 さて現実に戻ろう。


 この〈薬草〉の追及はおいといて、これにダメージ幅があることが、実は俺にとって一つの障壁になっていた。


 一見勝ち確の俺らには、まだ不確定な要素がある。

 ダメージの乱数は上限の方にやや偏りがあり、パーティーがフルメンバーなら、運が悪くてもだいたい三~四ターンもあれば〈アークエネミー〉を撃破できる。


 が、俺たちは三人しかおらず、しかも乱数が不機嫌だったからと言ってリセットして再チャレンジもできない。砂時計の砂が落ちきるまでの時間は短い。せめて後一人、人員がほしかった。


「どうだ〈アークエネミー〉!(どうだ〈アークエネミー〉!) 身動きできまい!(身動きできまい!)この勝負もらったぞ!(この勝負もらったぞ!)」

「ヒイ!? コタロー殿が気持ち悪いくらい素早く動いて薬草を投げてるであります!」


「どうしたグリフォン(どうした)リース。手が(グリフォン)止ま(リース)ってるぞ。も(手が止)っとし(まってる)っかり(ぞ)投げ(もっとしっ)ろ(かり投げろ)」

「ぐにゃああああ!? 声が山彦のように重なって聞こえてくるであります!? 長い台詞を言うともう何を言ってるのか全然わからんでありますう!」


 なんかややこしいことになっているが、これこそが、人手不足を解決する俺の秘策だった。


 その名も〈俺自身がハヤブサになるバグ・危険度:超有用〉!


 この仕込みは〈古ぼけた風〉との戦いの直前に行われていた。

 その概要の説明をすると、〈古ぼけた風〉が見せる幻の中で、武器の装備欄の一番目にあるものをはずすと、その特性がキャラクター自身へコピーされるという極めて不可解なものである。


 ここでいう特性というのは、代表的なもので〝通常攻撃がクリティカルかミスのみになる〟や〝通常攻撃時に状態異常を付与する〟といったもので、便利ではあるけれど通常攻撃という部分がネックになり、大技での速攻戦がより顕著になるゲーム後半ではあまり用を為さなくなるものだ。


 バグの名前の元となった〈ハヤブサの太刀〉は〝通常攻撃が敵味方中最速になる〟という特性があり、発見者がこれを〈古ぼけた風〉戦まで使っていたことで発覚に繋がった。


〈ハヤブサの太刀〉以外でも、特性があれば転用可能だと後に判明するのだが、界隈の人間は発見者に最大限の敬意を払うので、〈俺自身がハヤブサになるバグ〉は改名されることなく、今日でもその名称で通用している。


 このバグの醍醐味は、他の武器ではなく、プレイヤー自身に特性がつくという点にある。つまり、他のあらゆる行動にその特性が付与されるのだ。技にも魔法にも効果が現れる。

 もちろん、アイテムにも!


 俺は〈二重影のナイフ〉を装備し、あちらの世界でそれをはずした。

 この武器の特性は、〝通常攻撃が二回になる〟というもの。

 一見有用に思えるが、ナイフの攻撃力がやたら低いため後半ではやはり使われなくなる装備の一つだ。しかし、バグによって俺自身が二重影になった場合、恐るべきシナジーを発揮する。


 攻撃も魔法もアイテムも、すべて二回実行されるのだ!

 MPやアイテム消費も二倍に増え、一つしかないアイテムには効果がないという制約はあるものの、その効果は絶大! これで俺は二人分の働きができるというわけだ。


 まあ、声まで二重になってしまうとは思わなかったが……。

 戦闘が終われば元通りになるから大丈夫だろ! ……多分。


「何なのだ、この攻撃は……! まるで万、億の歯牙に私の体が噛み砕かれているようだ……!」


 激痛に身をよじりながら〈アークエネミー〉が絶叫する。

 それは俺にもわからん! だが苦しめ! 怯えろ! そして俺の言うことを聞け!


「自分にも何が何だかわからないであります! 頭が変になりそうであります!」


《誰でもいい》《誰か教えて》《なんなのこれ》《このままだとアホになる》《実はこれは夢の続き?》《こんな夢見るなんてわたし精神状態おかしい》《コタローに優しくケアしてもらわなくちゃ》《ていうかしろ!》


 仲間たちも、正気と狂気の境界線を行き来しながら〈薬草〉を投げている。

 キーニちゃんの言うとおり彼女たちの精神をケアしなければと思うのだが、やっぱり俺にも何が何だかわからねえんだ!


「万、億……? そ、そういえば、我、聞いた……ことがあるぞ……!」


 玉座の裏からマユラが叫んだ。

 知っているのかマユラ!? ていうかおまえが解説するの!?


「〈薬草〉は昔に比べて安くなっているが、研究を重ねて効能は上がっているらしい。その鍵となるのが、〈薬草〉の中に含まれる〝小さきもの〟だとか……!」

「〝小さきもの〟!? 何でありますかそれは!?」

「うむ! どうやらそれは目に見えないくらい小さな生き物で、傷口に付着した悪いものを食べて、なおかつ、体を作る組織の一部に変化して傷を塞ぐ手助けをしてくれるらしい!」


 えっ……!? そ、それって……。


「しかし、不思議なことに、この〝小さきもの〟によって逆に病気になってしまう生き物もいるというのだ。外界と隔てられた孤島の生き物に、そういうことが起こるらしい。って帝国図書館のクラリッサが言ってた!」


 俺はぞっとした。


 それって〈薬草〉に含まれる菌のことだよな……?

 普通、薬草って聞くとなんか殺菌とか滅菌効果がありそうだけど、この世界では逆で、何かの菌を培養することで薬にしてるってことになる。


 ……………………。


 つまり〈薬草〉は細菌兵器だった……?


 あの異様な光は、〈アークエネミー〉の体組織を攻撃した際に細菌が反応して発光してるってこと?

 ダメージは……? こいつは島国生まれの島国育ちじゃないだろ?


 あっ……そうか!

〈アークエネミー〉は存在が古すぎるんだ!


 エイリアンものの映画のラストで、軍事力では散々無双した宇宙人が、地球の細菌によってあっさり全滅する展開を見たことがある。


 免疫がないんだ! だからダメージを受ける!


〈アークエネミー〉は生物じゃないからそこんとこよくわからないが、斬れば血が出るし、死ねば動かなくなる! 世界の摂理的には命と見なされてなくとも、生物的な側面もあると見るのが普通! つまり、〈アークエネミー〉は薬草菌に攻撃されているのだ!


 つうううううううかちょっと待てやああああああああ!

〈薬草〉は〈聖なる天火〉に近い効果を発揮するんだぞ?

 つまり〈聖なる天火〉もひょっとしてある種の細菌兵器で、ああああああ巨人のいた大陸が汚染されてるのって、あいつらが色んな細菌兵器を使いまくったからなのかあああああああああああああ!?


 わからない。これらは全部、真実じゃないかもしれない。

 しかし、俺たちが何も知らないまま、たった七キルトで悪魔の兵器を売買していた可能性は否定できない。

 恐ろしい! 下手したら、この世界の人間でない俺もああなっていたかもしれない。


 しかし今は!

 悪魔でも何でも味方につけて何とかするときだああああ!


 俺は恐怖から逃れる勢いそのままで叫んだ。


「〈アークエネミー〉、おま(〈アークエネ〉)えの(〈ミー〉)負けだ!(お)負け(まえの)を認め(負けだ!)て、(負けを認)俺の仲(めて)間になれ!(俺の仲間)これ以(になれ!)上の戦(これ以上)いは無意味だ!(の戦いは無意味だ!)」


《何言ってるのかわからない!》《最後通告?》《伝わってるか怪しい》《誰か別の人が通訳した方がいいんじゃないかな》《グリフォンリース言ってくれないかな》《わたしは怖いから言いたくない》《グリフォンリース》《頑張っテ!》


 ここが最後の勝負所だった。

 実際、決着はすでについている。

 このまま続ければ俺は〈アークエネミー〉を殺してしまう。そうなったら俺の負けでもある。

 だが、こんなやり方で果たしてこの最強の隠しボスが納得してくれるかは、まだ未確定なところがあった。


「まだ、だ――」


 床に倒れ込み、赤熱した外殻から血のような色の煙を上らせつつも、〈アークエネミー〉の口腔内が不気味な光を宿す。


 こいつ、まだこんな力を……!


 あの攻撃を許せば、全滅するのはこっちだ。

 どうする……!!

 どうする俺ッ!!

 

 つづくッ!

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