第168話 増えるぞ魔王! 燃え尽きるほど(データが)ヒート! 安定志向!

 バチンッ!


「コオオオオオタロオオオオオオオオォォォォォ!!?」


 薄暗い部屋に白い亀裂が走ったかと思えば、その狭い隙間を両腕でこじ開けるようにしながら、銀髪ショートの幼女が現れた。


「!」


 ……一応服は着てくれてるが……。


 やめてくれないか白スクール水着は!

 俺がオススメしたと思われるだろうがロリ!


 突然のできごとに、グリフォンリースとキーニがポカンとしている。

 彼女たちが女神と会うのは初めてだ。しかもこんな局面に現れ、げきおこで俺の名前を呼んだので、本当にわけのわからない状態になっている。


「あなたは何を考えているんですかコタロォォォォ!? 魔王を倒せと言ったはずでしょうウウウウ!?」


 目を爛々と光らせ、口からは蒸気を噴いている。

 メッチャ怒ってる。可愛い顔してメッチャ怒ってる!


 俺の計画がどこまでが彼女に知られていたかはわからないが、それでもかなりの部分で見逃してもらえていたはずだ。従来の〈導きの人〉と違うやり方に、それなりの理解を示していてくれたであろうことは、すでに行動で示されていた。


 しかしこの最終局面で、俺は〝黄金の律〟を正面から裏切った。女神を裏切った。

 激怒するに決まっている。

 このままでは何をされるかわからない。早急にバグを実行する!


「コタロー。あなたを天界の牢に封印します。わたしはもうキレました。言い訳は牢で聞きます!」

「ゲエッ!?」


 想像以上に問答無用だ! い、いかん! 今、ここを離れるわけには!

 女神が俺に手をかざす。

 バグをッ……! だ、ダメだ、間に合わ――


「にゅわあああああああああああああああああ!!」


 そのとき。

 奇声を発しながらパニシードが女神に飛びかかった!


「うわっぷ! こらパニシード離れなさい! わたしを裏切るつもりですか!?」


 女神の顔に飛びつき、両手を広げて彼女の視界を塞いだパニシードは、完全にヤケクソの声音で叫んだ。


「そうですよ女神様! もう言い訳のしようもないくらい完全な裏切りです! でも、もうこうするしかないでしょう!? あなた様、何でもいいから早くやっちゃってください! みんな、あなた様を信じてるんだから、失敗なんてしないでくださいよ! それから、クビになったわたしの面倒一生見てくださいね!」


 何てことだ。俺の心の闇が、我が身をていして俺を助けてくれている!

 おまえは俺の闇じゃなかった。おまえは最後まで箱の底に居残っていた、ぐうたらな希望だ!


「あいわかったパニシードォ! 一生俺についてこい!」


 俺は身につけたアイテムに手を伸ばす。

 ここからは集中力勝負!


 作業と同時進行で説明しよう!


 ゲームに限らず、プログラミングは非常に緻密な積み木の作業だ。

 一つのコードが思わぬ結果を招き、一見まともそうに思えても、実は予定とまったく違う働きをしていることもある。

 それをチェックするためのテストプレイ――いわゆるデバッグは必須だ。


 ゲームにはまれに〝デバッグルーム〟なるものが残っていることがある。

 デバッグの際に利用された様々な機能が集約されている場所だ。

 ここに到達する手段があれば、プレイヤーはゲームで起こるあらゆる事象を自在に操ることができるようになる。


 もちろん、そんなことをされたらゲームバランスが崩壊するので、普通はたどり着けないように作られている。

 なんと『ジャイサガ』のくせにそこへのセキュリティはキチンとしていて、外部装置による干渉でもしない限り、デバッグ機能を利用することはできなくなっている。


 しかし、である。


 いかにも『ジャイサガ』らしいというか、何というか、なんとそのセキュリティから、機能の一部と推測されるものが、ほんの少しはみ出していることが判明したのだ。


 それが、今回使うバグ。通称〈戦闘呼び出しバグ・危険度:大〉だ。


 この機能を使うことで、プレイヤーは現在いるマップに登場する敵キャラを強制的に召還することができる。


 メリットは……まあ特にない。


 狙った敵が出せるわけでもなく、普通にエンカウントする方が手間がなくて楽だ。さらに、やりすぎるとデータが壊れる危険性もある。


 だがッ! 今これが、俺には最高の一手となるのだ!

 この玉座の間に登場する敵つったら、もう一人しかいねえ!


「はああああああああっ!」


 その発動キーは、アイテムの持ち替え!

 現在の所持アイテムの並びを特定の手順で組み替えていく。アイテムの種類は不問。キー入力の正確さと早さだけがキモだ。


 俺はレベル99の早さで、ポケットやホルダーに押し込んだアイテムの位置を入れ替えていく。一番目を三番目に、四番目を二番目、入れ替えた三番目を四番目に入れて五番目を……って、やってて思うけど、やっぱりこれ絶対正規の手順でアクセスしてねえよなあ!? 何か別のバグによってたまたまその機能にたどり着いてるだけだよ! どうやって見つけるんだよ『ジャイサガ』界隈の変態どもがよお!?


「ちょっとあなた様!? 変なダンス踊ってないで早くしてくださいよ!!」

「俺は大まじめだ!」


 作業完了! 出るぞ!


 直後、ずうん、と床に衝撃が走る。


 その振動に乗って、床を黒い瘴気が波紋のように広がり、俺の体を這い上がってきた。

 かつてこの城に初めて来たときに味わった、あの寒気。

 最高レベルに到達した今でも、体に染み込んでくる印象に変わりはない。

 その醜悪さ、その威圧感。どれをとっても極上。


 腐敗したかのように黒ずんだ肉の塊から、亡霊じみた長い腕が無数に飛び出し、その体を支え、ときに動かしている。

 肉のサナギ。魔王の殻。


「まさか、本当に……!?」


〈アークエネミー〉の手の上にいるマユラが顔をしかめる。

 かつての自分。間違いなく、彼女だったもの。

 世界に一人しかいないはずの魔王。


 吐き気を催すその姿に、俺はむしろ歓喜に包まれた。

 来た、来た、来たッ!


「かーらーのー!!」


 俺の手さばきはなおも続く。

 この〈戦闘呼び出しバグ〉の素晴らしい点は!

 たとえ戦闘中であっても再び使用可能なことであるッ!

 しかもその際は、ちゃんと連戦しないとバトルシーンが終わらないという綿密さ!

 つまり、新たに呼び出しても、前の敵は消えたりしないのだ!


 ずうん! 二匹目ェ!

 ずうん! 三匹目ェア!!

 ファファファ、これを悪夢と言わずなんと言うか!


「な、なんてこと……」


 俺たちを取り囲むようにして魔王の卵が三体。それを目の当たりにして、ようやくパニシードを引き剥がした女神が、青ざめた息を吐いた。


「ほ、本当に増えたであります! 何だかわからないけどさすがコタロー殿であります!」


《そ、それで》《これからどうするの》《待ってればいいの?》《そうすれば全部解決?》《世界平和くる?》


 キーニが目で問いかけてくる。

 俺は力強い言葉で答えた。


「よし、三体とも倒すぞ!」

『えっっっっっっっっっっっっ!?』


 肉のサナギをのぞく、女神さえ含めた全員の声がハモった。


「たっ……倒すでありますか!? じ、自分で増やしておいて? はっ、ははっ……まっ、まま、まさか、三体とも?」

「うん」


《うそだ!》《わたしは騙されない》《コタローはウソをつくとき右目尻が痙攣する》《ウソだけど》《でもコタローはウソをついている!》《そんなこと絶対しなくていい》《しなくても世界はきっとハッピーになる!》《ウソって言え!》


「いや、戦うしかない。俺たちが! さっき決戦の準備はいいかって聞いただろ!」


 俺の返答に、グリフォンリースとキーニは白目を剥いて固まった。


「私に武器を与えたのはこのためか」


〈アークエネミー〉が忌々しそうな声でたずねてきた。


「私に、魔王を討てというのか」


 らしくない、戸惑うような声。彼の意識は俺ではなく、手のひらに乗ったマユラへと注がれている。

 ためらいは二つ。


 影たる自分の本体である魔王を攻撃することへのためらい。

 また、それがマユラという少女への攻撃と同義であることへのためらい。

 しかし彼女は言った。


「戦え〈アークエネミー〉」

「…………!」


 マユラの呼びかけに、〈アークエネミー〉の巨体が身じろぎする。


「あれは我ではない。そしておまえも、あれの影ではなくなる。越えていくのだ!」


〈アークエネミー〉は微笑んだように見えた。

 マユラを下ろすと、四本の手に持った武器を軽快に一回しし、どっしりと構える。


「いいだろう。〈導きの人〉。私の本当の力を見せてやろう」


『ジャイサガ』と知り合って数年になるが、これほど頼もしい光景は見たことがなかった。


「さ。パニシード。あなたも行きなさい」


 半眼半笑いの女神が、パニシードをぐいと押し出した。


「へっ? えへへへへ。い、いやあ。まさか魔王三体と戦うなんて。ほら、ねえ? ありないでしょう、そんなの。それで、あのう、女神様? ……再雇用制度とか、ありませんかね……?」

「ないです」

「ピニャータ!」


 女神から無慈悲に投擲されたパニが、俺の頭の上に落ちてきた。


「もおおおおおう、どうしてこうなるんですか、もおおおおおおお!」


 泣きながら俺の服の中に逃げ込んでくる妖精に、手をそっと当て、


「さっきはありがとな、パニ」


 パニシードはふくれっ面をそっとのぞかせ、


「さっさと勝って、祝賀会を開いてくださいよ」


 ぶっきらぼうにそう言った。


「任せろ。すでに帝都で準備中だ」


 それを見て、グリフォンリースとキーニも構えを取る。


「こうなったらもう二度とない伝説になってやるであります! 何匹でもかかってこいでありますう!」


《もう考えるのやめる》《目の前の敵をすべてころす》《そしたら家に帰って寝る》《誰にももんくは言わせない》《ベッドの中で一生暮らす》《シーツから頭と腕だけ出して暮らす》《それが許される》《世界中がわたしを甘やかすべき》《絶対そうすべき!》


 さあ、これが本当の最終決戦だ。

 いくぜ!


 俺は全力で指示を出した。


「よおおおおおし、みんな逃げろおおお!!!!!!」

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