第61話 平和な調理場! 安定志向!

 ツヴァイニッヒとセバスチャンが帰ると、朝食のニオイが俺を食堂へと誘った。


 全員が揃う。

 俺の両脇にはグリフォンリースとキーニが座り、俺の対面側に、むかって左からマユラ、ミグ、マグ、メグという順に普段は並ぶのだが、今日はマユラとミグの席の位置が入れ替わっていた。つまり、俺の正面にマユラという席順だ。


「今朝、おまえと初めて会ったときの夢を見た」


 ミグたちが焼いてくれた丸パンをちぎりながら、マユラは俺に微笑んだ。


「我は昨日、あのときと同じように、とても不安だったんだな。だが、おまえの〝家族〟という一言ですべてが変わった気がする。たくさんのものが怖くなくなった」

「そっ、そうか。良かった」


 あの、そういうの、二人のときに言ってくれませんか。まわりの人たちがすげーニヤニヤしながら俺たちのこと見てるんですけど。マユラさん。


 あえて彼女たちと目を合わせないようにしつつ、マユラ一人を視界の中心に置いて、俺はスープをすすった。


「ところで、昨日一晩考えていたのだが、家族と言っても色々あるだろう? そのあたりどうにも疎くて困っている。我とおまえの間柄は何だ。夫婦か?」


 ガタッ。


「!?」


 なんか一斉に数人が立ち上がったんですけど!?

 グリフォンリース、キーニ、そしてミグもだ。


「落ち着きましょう。みなさん」


 訳知り顔のクレセドさんがのほほんと言うと、


 スチャッ。


 全員が同時にご着席いたしました。

 何だおい卒業式の練習でもしてんのか。


「どうだろうかコタロー。我の認識は間違っているか? もし夫婦で間違っていなければ、相応の振る舞いをしようと思う。夫婦の営みというのもあるのだろう?」


 ガタッ。


「落ち着いて。小さい子の言うことですよ」


 スチャッ。


「たとえば、リリィがグリフォンリースにしているようなことがそうなのだろう? 共に寝たり、風呂に入ったり、いつも手を繋いでいたり。我もあれくらいのことをおまえにするべきか? それとも、もっと多くのことをおまえにすべきなのか?」


 ガタッ。


「姫様。このお話に加わりになる必要はございません。さ、バターをどうぞ。お屋敷のものとはひと味違った、よい風味でございますよ」


 スチャッ。


 何このモグラ叩き。

 しかも、回数が増えるごとに周囲の不穏な空気が鋭さを増して俺に突き刺さってくるんだが。


「だが、我がおまえにあげられるものはとても少ない。どうすればいいかな。要望があったら言ってほしい。我はおまえのために、何でもするつもりだ」


 ガタッ。


 もうやめようマユラ! この話は別の機会に! 今は楽しい朝食の時間だから!


 ※


 間柄は今のところ、未定。

 俺がそう言うと、マユラは「そうか」とあっさり引き下がって、これといって不服もなさそうだった。


 魔王の姿を失い、天涯孤独となった彼女にとっては、ただ一つ残った繋がりに名前がついたということが、何よりも重要なのかもしれなかった。


 が、そういった素朴さとは別に、さっき起立と着席を繰り返していた人たちのオーラは、食堂を離れた後も背後霊のように俺の背後につきまとっていた。


 折悪く、昨日のこともあって、今日のグリフォンリースは休暇をもらっている。

 普段ならリリィ姫に捕まってひいひい言ってるはずだが、今日は心霊写真みたいに、俺の視界のどこかに必ずいる。

 あと、暗がりで見つけにくいけど、キーニもなんかいる。


「……正妻戦争……勃発……?」

「……素敵。誰が……のハートを射止める……」


 エントランスの修理に立ち会っているとき、シスターたちが俺を見ながらひそひそウフフと話しているのが、大工道具の音に混じって断片的に聞こえてきていた。

 話の内容はほぼ理解できなかったが、とても楽しそうなのが無性に腹立たしい。


「コタローさん。今日のお昼は、何か食べたい料理ありますか?」


 変なオーラと視線を照射され続ける俺に、気負いもなく話しかけてくれるのは、クレセドさんくらいだ。


「今日は一週間に一度のお肉を食べていい日です。ご要望があれば、コタローさんたちの分も作りますよ」


 シスターたちは芋ばかり食べているようだが、実際は日によってローテーションが決まっている。肉は週一、魚は週二で、それほど厳格な食事制限をしているわけではない。ましてや、同じ食堂で俺たちが普通の料理を食べている。シスターたちも修業とはいえ、俗世の食べ物は恋しかろう。


「そうだな。クレセドさんは、ハンバーガーとか知ってるか?」

「ハンバアガアですか? 知らない料理ですね」

「簡単に言うと、ハンバーグの上下をパンで挟んで食べるやつだ。俺の世界――故郷にあった料理でさ。結構好きだったんだよ」

「うーん。なら、一緒に作ってみますか? 教えてもらえれば、できると思いますよ」


 クレセドさんの提案を、俺は快く受けた。

 ハンバーグを作るなんて小学校の調理実習以来だが、まあ、何とかなるだろ。小学生にもできるんだし。

 するとなぜか、グリフォンリース、キーニまでが調理場にくっついてきた。


「コタロー殿。じ、自分もお手伝いするであります」


《する》《手伝う》《アピールする》《料理は偉大》


 さらに、元々調理場にいたミグも、


「ご主人様の故郷の料理を、わたしも作れるようになりたいです!」


 と目を血走らせて言いだし、人手が急に増えた状態でハンバーガー作りは始まった。


 俺は別にファストフードのバイト経験があるわけでもないし、その手のメニューに造形が深いわけでもない。よって、正しい調理法なんかわからない。

 肉を焼いて、パンで挟む。それだけの工程で俺の要望は十分に満たされる。


 俺が急にハンバーガーが食いたくなったのは、完全に気まぐれで、深い意味なんかない。

 ただ、リリィ姫お付きのアンドレアのバカ丁寧な言葉を聞いてたら、大手ハンバーガー屋のMバーガーのCMをふと思い出しただけなのだ。


「お客様、これが現実でございます」がうたい文句の、リアルMバーガーという商品のCMだ。


 Mバーガーは長らく業績不振にあったのだが、首脳陣がメニュー開発にパワーを全振りするようになってから一気に盛り返した。その契機となったのが、このリアルMバーガー。


 当時の世相からすると「これが現実ですか?(嘲笑)」もありえる挑戦的なコピーだったのだが、いざ販売が開始されると「これが現実ですか……(賞賛)」になって、今では店を代表する看板メニューになっている。


 まあそんな遠い世界の話はさておき。


 俺は現実的なところで、ハンバーグのタネ作りに手こずっていた。


 おかしいな……。ただ挽肉こねるだけだろ、こんなの。


 理由ははっきりしていた。

 隣でやってるミグが上手すぎるのだ。

 彼女の作るタネの具が神がかって均等になっているのに対し、俺の方は目に見えて雑で、偏りがある。


「なあミグ。それって何かコツがあるもんなのか? 俺、別にヘタクソじゃないよな?」

「! コツならありますよ。教えてあげますね」


 そう言うと、ミグはすっと俺と調理台の間に入り込んできた。

 体が密着する形になる。


「一緒にこねてみましょう。さ、ご主人様。手を出して……」


 俺の手の上にミグが手を重ねた。小さな手だ。二回りは違う。それに、めちゃくちゃ柔らかい。挽肉も柔らかいのだが、それにも増して、ふわふわした感触が俺の手にまとわりつく。


「そうです……。上手ですね、ご主人様……」


 二人で器の中の挽肉を、にっちゃにっちゃこねる。

 やってることはそれだけなのだが。


「はあ……。ふう……」


 なんか……ミグの耳が赤い。やたら熱っぽいため息もつく。

 おい……。何なんだその反応は……。


 にちゃにちゃと挽肉が濡れた音を立て、ミグの手がねっとりと俺の手の上を愛撫する。


「ご主人様の手は大きくて、硬い……」


 なにそのやらしい言い方。どこでそんなこと覚えてきたんだ? 町の女子から教わってきたんですか!?


「ほ、他のヤツらはどうしてるかなー?」


 そこはかとない気恥ずかしさと、甘酸っぱい居心地の悪さを感じ、俺は、近くで同じ作業をしていたグリフォンリースに目を向けた。


 ぐちゃあ!


「おッふう!?」


 グリフォンリースは光のない目でこっちを凝視しながら、器の中の挽肉をかき混ぜ……いや、手の中に収めては、握力で握りつぶすという破壊行為を繰り返していた。


「グ、グリフォンリースさん……? それは一体……?」

「こうするとお肉とタマネギのうま味がよく混ざるのでありますよ……。ちょうどなぜか非常に手に力が余っているので、具合がいいのであります。ところでコタロー殿は、いつまでその姿勢でやっているつもりでありますか? 二人で一人分の作業では、効率が悪いであります……」

「そそ、そうだな。もうタネもできたし、いいよな……。パパパ、パンの方はどうかなー」


 俺がグリフォンリースちゃんから視線を逃がした先で。


 バン! バン! バンバンバン!


撲殺する勢いでパン生地をまな板に叩きつけるキーニちゃんの姿があった。


《結婚する》《結婚する》《結婚する》《結婚する》《する》《する》《する》《する》《する》《する》《する》《する》《する》《する》《する》《する》《する》……。


 ンヒイッ!?

 押し寄せる心の声で本来のステータスがほとんど見えない!

 おかしい! キーニには病み属性はなかったはずなのに! こいつは表情から読みとれない分、内面の重さが怖い!


《おいしいパンを作って》《食べてもらう》《わたしの作った分だけ》《食べてもらう》《わたしだけ》《わたしのだけ》《わたしのだけ》《わたしのだけ》《わたしのだけ》……。


 う、うわああああああああああああ!

 違う! みんながいつもと違う!


「やっぱり、探索者の方々は力があっていいですね。それに、みんなで一緒に作業をするのは楽しいです」


 クレセドさんが楽しげに言った。いや、本当に楽しいですかクレセドさん!? 

 俺だけか変なオーラを感じるのは。ひょっとして調理場のシスターたちには、グリフォンリースたちがいつもと同じに見えているのか? おかしいのは俺の方なのか!?


 こ、このままでは何かまずい気がする。

 何とかしないと……でも何にもできないことが自分でもわかる!

 誰か、助けてくれ!

 この淀んだ調理場に、新鮮な風を吹き込んでくれ!


 そのときだった。


「ただいまー。畑から野菜取ってきたよ」

「やさいー。やさいー」


 来た! マグとメグ来た!


「賑やかだな。ん? コタローが調理場にいるのは珍しいな。どうしたのだ?」


 マユラも来た!


「あら、みなさんお揃いで何をされてるんですか?」

「ほう。コタロー様の郷土料理とは。興味深いですね。後学を兼ねてお手伝いさせてください」


 リリィ姫とアンドレアも来た!


 勝った! 神は俺を救った!

 これだけ人数がいたら、ぼやける! 確実に論点がぼやける!

 さあ一気に大掃除だ!


「コタロー。挽肉とタマネギが上手く混ざらない。コツがあるのか?」

「それならミグが知ってるぞ。一緒に教えてもらうか」

「あうう」


「グリフォンリース様。リリィもお手伝いしますね」

「ひ、姫。いや、姫がこんなことなさらなくとも……」

「グリフォンリース様。教えて差し上げてください。これも花嫁修業です」


「おーっ。キーニ、パン生地作るのうまいじゃん。隠れた特技ってやつ?」

「キーニちゃんともっとお話したいなー。もっとお話しようよー」

《うう》《見ないで》《可愛い子たち》《わたしは醜いカラスの子》《存在が違いすぎる》《まぶしい》《浄化されるー》《ぎにゃー》


 やったぜ。

 あの病んだ空間が、ただの調理実習になったぜ。


「うーん。あと一歩だったのに、惜しいですね」

「シスタークレセド。コタローさんたちを興味本位で追いつめないように。人を愛おしむ答えには、正誤というものはありません。しかし、性急に答えを出したという経緯そのものは、人を後に悔やませるものなのです。近づいたり、遠ざかったり、少しずつ経験を積ませ、来るべき彼らの判断を温かく見守るのが我々にできる唯一のことでしょう」

「はあい。シスターマクレア」


 クレセドさん、こうなることを見越して謀ったのかよ!?

 おのれ、しかし、ゲームではとっても世話になったので、まあよし!

 平和になった調理場に、少女たちの笑い声が駆け回る。

 俺が料理に求めていたのはこれ!


 ※


「面白い食べ物ですねこれ」

 もぐもぐと手製ハンバーガーを頬張るクレセドさんを筆頭に、みんなの評判は上々。

 あの形や味は再現できなかったけど、肉をパンではさんで食べればだいたい同じだ。


「手軽に食べられるし、持ち運びも簡単だ。形に改良の余地はあるが、うまくすれば売り物になるのではないか? どう思うコタロー」


 相変わらずマユラは商魂逞しいが、それはやめておこう。むこうの世界から商標権の侵害で訴えられちゃう。これを見たシスターの誰かが、運営資金のために売り出すなら止めはしないけど、俺はその金策には手を出さないでおく。


「これがコタロー殿の故郷の料理でありますか」

「おいしいです。ご主人様」


《うん》《おいしい》


「そうだな。おいしい。故郷で食ったヤツよりおいしいな」


 できたて、自家製、色々理由はあるだろうけど、やっぱり最大の理由は、みんなで作り、みんなで食べているから。


 誰一人欠けてもいけない。

 以前の俺なら〝背負わされた〟と、窮屈に感じたかもしれない。

 今はそんなふうに思えない。

 みんながいるから、一人のときより、もっとハンバーガーが美味しいのだ。


「いつかみんなで、本場のを食べに行きたいな」


 俺は気をよくして、ついそう口走ってしまう。

 するとみんなは顔を見合わせ、


『はい!』


 と、一斉に返事をした。

 

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