第60話 今さらの話をしよう 安定志向!
さて、色々バレた。
発端は、パニシードが、
「マユラ様が魔王ってどういうことですかあなた様!?」
と人前で食ってかかってきたこと。
それによって、マユラの正体が割れ、かつ、なぜ今までバレなかったのか不明だが、パニシードの存在がシスターたちに発覚し、そして妖精をつれた俺が〈導きの人〉だったということが周囲に明らかになった。
結果。
「えっ? 今さらそれがどうかしたのですか?」
クレセドさんのその一言が、その場の総意となって俺に届いた。
マクレアさんもそれに言葉を重ねる。
「わたくしたちは、すでにあなたたちの人となりを知っております。人というのは、そもそも常に一部の面しか見せられないもの。また、そのときそのときの一面しか見られないというのも人の性質です。コタローさんが使命感ゼロの〈導きの人〉だろうと、マユラさんが魔王を封じた体であろうと、今までのあなた方と何が変わりましょう。ただしパニシードさん。あなたは隠れて料理をつまみ食いしていたのでダメです」
「ひいっ! 許してシスター様!」
なんか、前々から、調理場から料理が消えるって謎の現象がたびたび起こっていたようで、この屋敷には妖精でも住んでいるのでは、という噂がシスターたちの中でこっそりあったらしい。
だから、いざ本物が出てきても「あ、やっぱり」と納得するばかりで、驚きもへったくれもなかったそうだ。
俺が思うよりこの屋敷の人たちはずっとアバウトで、そして、肩書きよりも自分が確かめたものを信じる思想の持ち主だった。
「はあ……。〈導きの人〉とバレてしまった以上、それらしいことをしないといけなくなっちゃったではないですか。もう部屋でグータラしてられないじゃないですか……はあー」
その日の夜、自室で二人きりのとき、パニシードはそうぼやいてきた。
「まさかおまえ、そういう理由で人前に姿を見せなかったのか……?」
「他に何か?」
誰も見てなけりゃ、使命も放棄! これぞまさしく真面目系クズそのもの。
俺の視線に寒いものを感じたのか、パニシードははっとなって、
「あ、あのアパート暮らしがわたしの心を腐らせたんです! その前は結構頑張ってたでしょう!? 過程も評価してもらわないと! 結果がすべてではないんですよ!」
「いや、言いたいことはわかるから、もうやめとけ。これ以上クズになられても、俺がつらい。おまえは俺の心そのものなんだから」
「はあ……。それにしても、マユラ様が自分の体の中に魔王を封じていたとは……」
俺とパニシードはともかく、マユラの件は重大だ。
庶民にとっては、魔王がまだおとぎ話の中に半分埋もれた状態であり、実感を伴うほどの危機感は生み出さないにしても、不気味な存在ではある。
そこで作り話をした。
幸い、魔王をバグらせたことはグリフォンリースにも、パニシードにも話していない。
俺はみんなにこう話したのだ。
マユラが魔王なのではなく、魔王を自分の体に封じていると。
マユラは特別な人間ではなく、不運な事故でそうなってしまったと。
こうすれば、少なくとも彼女が誰かから責められることはない。
実際、〈暗い火〉の一件から考えるに、この作り話の方がより事実に即しているはずだ。
彼女は、殻にすぎなかったわけだから。
「黙ってたのは悪かったよ。話す機会がなかなかなくてな」
俺は秘密にしていたことを詫びた。
「一生知りたくなかった。耳塞いでおけばよかった。今度いつ封印が解けるか、わかったもんじゃないじゃないですか。はあ……。寝て忘れよ……。知らないものに責任は取れないですよね?」
「今、おまえがクズで心底よかったと思った」
少なくとも屋敷の中では、明日からも大きな変化はないだろう。
フリーパスになった玄関口の修理はすぐにでも呼ばないといけないが、俺たちの信頼がフリーパスで繋がっていることは変わらない方がいい。
そんなことを考えながら、俺は安堵の眠りへと落ちていった。
その最中、あ、やべ、ツヴァイニッヒに一切報告してないや、と思ったが、夢の底にたどり着く速度に変わりはなかった。
※
すると当然。
「コタロー、いやがるのか!? 生きてるなら何が起こったのか説明しやがれ!」
朝からツヴァイニッヒが怒鳴り込んでくることになる。
きっとセバスチャンもセットで来ているだろう。
「朝から騒々しい人ですね。入り口前の衝立に、性格悪い人立ち入り禁止って書いてあるのが見えなかったんですか?」
クレセドさんの挑発じみた声がそれに応じるのを、俺はベッドの上でもがきながら聞いていた。意識はともかく、体が眠りから覚めるのにはパワーが必要だ。そしてそれはまだ十分ではない。チャージング……チャージング……。
「見えてるが、俺がそれに従わないといけないとは書かれてなかったんでな。そもそも、この荒れ具合は何だ? 何があったんだ?」
どうやら俺を待つよりも目の前のクレセドさんから話を聞いた方が早いと判断したらしく、ツヴァイニッヒが質問をぶつけた。
「魔物に襲われたのです。幸い、みんな無事でしたが。玄関の扉が壊れてしまったのは残念です。そこじゃなく、あなたが吹っ飛んでくれればよかったのですが」
「お望み通り、俺の屋敷からは吹っ飛んできてやったじゃねえか。コタローのヤツは昨日、メイルシールの屋敷から飛び出したっきり音沙汰ねえ。俺は事後処理でここの様子も見に来れねえってんで、死ぬほどやきもきしたぜ」
昨日のうちに連絡しとくべきだったな。今さらだが後悔。
確かにあの状況で説明を放棄されたら、安定を愛する俺の場合、半日で胃潰瘍だ。
俺は寝間着のままベッドから這うように脱出すると、エントランスで妙に息の合った煽り合いをしている二人のところに向かった。
なんつーか……ツヴァイニッヒは、誰とでも憎まれ口を叩き合う間柄になるな。
「……つうことは、もう魔物の危険性はないんだな?」
俺が昨日の顛末を話し終えると、ツヴァイニッヒはようやく人心地ついたように肩から息を抜いた。
「ああ。うちの屋敷が狙われてると知って動転してて、報告まで気が回らなかったよ。申し訳ない」
「報告忘れは騎士としては処罰もんだが、てめえは騎士じゃねえから関係ねえか。まわりの連中が一件落着みてえな顔してる中、俺だけまだ何かあるんじゃねえかと身構えさせられてたのはちょっと気にくわねえが」
「坊ちゃんにそんな繊細な心あるわけないでしょ。失礼、本音が」
「うるせえ」
セバスチャンにおざなりな悪罵をぶつけた後、ツヴァイニッヒはメイルシール家のその後について教えてくれた。
まず、メイルシール家が魔物と繋がっているという説は、ひとまず留め置きとなった。
俺と下級騎士たちが保護した人たちの中に、当主本人も交じっていたからだ。
彼らはしばらくして目を覚ましたが、ほとんど何も覚えていなかった。
共謀というよりは、一方的に利用された。それが騎士院の見解になるそうだ。
もちろん、だからお咎め無しというわけではなく、そういう隙を見せたことへの処罰はあるらしい。戦闘集団である騎士にとっては、弱いこともまた罪なのだ。
デピッドは行方不明だ。
彼が元々魔物だったのか、それとも魔物に取って代わられていたのかは、確かめようがない。ここはゲームでも言及されておらず、俺たちが知ることは多分ないのだろう。
そして、俺たちについて。
下級騎士たちの証言により、俺たちが独断で突入したことはすぐに明らかになった。
〈暗い火〉を追って、屋敷の正面から思い切り飛び出したからな、俺たち。しっかり顔も見られて、後々あいつらは何だってことになったらしい。
下手をすれば、俺たちがその魔物だってことにもなりかねなかったが――
「そこは、俺が適当な理由をでっち上げておいた。てめえが隠密行動専門の探索者で、グリフォンリースはそのお目付役として、もう一人は……まあなんかオマケで、メイルシール家の関係者からの依頼で潜入したとな。今回の件、下手すりゃメイルシール家の騎士位剥奪もありえる事態だったから、ヤツら、口裏合わせには全力で協力してくれたぜ」
持つべきものは、狡賢い協力者である。
それにしてもキーニちゃん大活躍だったのに、ツヴァイニッヒからの扱いは適当だ。
「大丈夫なのか? 包囲してたホーエンデウツ家の人に横槍入れたみたいになるが」
「そこは、シュタイン家に取りなさせた。グリフォンリースはリリィ姫のオトモダチだ。こういうときに利用しねえでどうする」
「左様ですか……。なんていうか、おまえは他人の力すら自分の力のように自由自在に操るよな」
「あ?」
ツヴァイニッヒの声が甲高くなったのは、それが勘にさわったからじゃなく、
「ギャハハハ! 何言ってやがるんだよ! そんなの当たり前だろが。人間の力ってのはそういうもんよ。結集できる自力と他力全部合わせて、そいつの力だぜ。今さらてめえとこんな話をすることになるとはなあ」
彼からすれば、口にするまでもない常識だったからだ。
「坊ちゃんの言うとおりでございます。弱い者というのは、大抵孤独なものでございます」
そうか。二人の言うとおりかもしれない。
「じゃあ、今の俺は強いのかな」
そうセバスチャンにたずねると、彼は年輪を思わせる味わい深いシワを作ってにっこりと微笑み、言った。
「ええ。とてもお強うございます」
否定する気も起きない。俺は確かに、多くの力に守られているのだから。
「今回のことで、騎士院は綱紀粛正と平時鍛錬の強化を決定した」
ツヴァイニッヒがわずかに姿勢を入れ替えて言った。
「二回連続で町への魔物の侵入を許したんだ。武力集団である騎士の沽券にかかわることだから、反応も早え。近々〝戦争用〟の〈白い狼騎士団〉が表に出てくるって話もある。そのあたりで何が動きがあったら知らせるぜ」
「いつも悪いな。連絡係みたいなことさせて」
「気にするな。連絡は騎士にとって重要な任務だと、前に言ったろ」
ツヴァイニッヒはそう言って、親しげに目を細めてみせた。
今回のイベント〈暗く燃える騎士院〉以降、ナイツガーデンはこれを機に変化を起こす。これまで通りの静かな町ではなくなる。
一方で、俺たちはどうなるのだろうか。
〈暗い火〉のグンニネルスは、〈閉ざされぬ闇〉ダインスレーニャと共に姿を消した。
ただ死体を回収していっただけならばいいが、そう考えるのは安易かもしれない。
『ジャイアント・サーガ』にはない分岐。予備知識は保険程度にしかならない。
ともあれ、こうして世界は、魔王との本格的な緊張状態に入る。
俺にとっての正念場も近い。
「しかしコタロー。騎士公の遺品といい、ヴァンパイアを倒した手並みといい、今回のことといい……。この俺より早く事態を把握して、解決する手並みは恐れ入るぜ」
ツヴァイニッヒが苦笑しながら言った。
「てめえよ、一体何者なんだよ?」
俺は笑って答えた。
「今さらそれを聞くのか?」
昨日と今日で、そんな話題が多い気がした。
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