第62話 〈白い狼騎士団〉! 安定志向!
〈白い狼騎士団〉は、初代騎士公がその名で呼ばれる前、今は滅びた古い国で所属していたといわれる騎士団の名前だ。
彼は祖国を失い、同胞を失っても、その誇りを持ち続けた。
だから、ナイツガーデンにおける〈白い狼騎士団〉は、騎士院の中でも精鋭中の精鋭だけが参加することを許される、極めて特殊な戦争用部隊だった。
彼らは政には関わらず、ただ有事に備えて腕を磨くことだけを義務づけられている。
有事とは、危険な人間や魔物たちによる凶悪事件ではない。
ただただ、外敵からの侵略戦争。
それだけに特化した騎士団だった。
「つまり、すごい騎士団ってことなんだよ。わかる? コタロー」
クリムの説明を、グリフォンリースと一緒に聞いていた俺は、一度うなずいた後、彼女の前に置かれた一枚の紙に目を落として、その文面を再確認した。
――〈白い狼騎士団〉選抜試験。以下の日程で〈白い狼騎士団〉への選抜試験を行う。参加資格はナイツガーデンのすべての騎士。条件として事前に騎士院による予備訓練を受けることとする。日程は以下の通り。
そっけない事務連絡のようにも思えるが、ナイツガーデンでの生活が俺たちよりずっと長いクリムは、目を輝かせて力説を続ける。
「〈白い狼騎士団〉は、騎士院でも他との交流がない、秘密のベールに包まれた存在なの。普段は山奥で訓練してるとか、騎士院の地下にある秘密の特訓施設にいるとか言われてるわ。それが、予備訓練のときに、直接わたしたちを見に来るそうなのよ」
「それはすごいであります!」
やはり騎士としては相通ずるところがあるのか、グリフォンリースもぐっと拳を握って応える。
俺はというと「ふうん」という生返事が関の山だ。
ゲームにおける〈白い狼騎士団〉はほぼ名前だけの存在だ。
今回のイベント〈白い狼騎士団への道〉をクリアすると、確かに騎士団員にはなれるのだが、その後にこれといった進展はなく、他の騎士団員も出てこない。
ショップのラインナップやNPCのセリフが変化したり、一部のイベントフラグが折れたりという演出はあるものの、ストーリーの大勢に影響はない。
だから、『ジャイサガ』プレイヤーにとってはあまり用のない設定となっている。
が、ちょっとした表記ミスにより、この騎士団は別の意味で、とても有名だった。
イベントを成功裏にクリアすると、主人公が88年ぶりの入団員であることが説明される。
88年である。
完璧に8年の打ち間違いだ。88年も誰も入団してなかったら、この騎士団とっくに老衰して潰れてる。
さすがにこんなミスなんか再現されてないだろう。これをやったら、騎士団員はみなすさまじいジイサマ連中ということになってしまう。
それはさておき、ゲームでは語られない騎士団なので、その点に関しては俺も気にならないわけではない。
果たしてどんな強者たちなのか。また一つ『ジャイサガ』の謎が解けるのだ。
だが、そんな浮かれた気分のまま、深く立ち入れない理由があった。
「そういうわけで、一緒に訓練に行きましょ! グリフォンリース! 一人だと心細くして死にそうなの!」
「了解であります! 頑張って二人で騎士団入りを目指すであります!」
「えっ……。あっ、そ、そうね……。ええ……」
露骨に遠泳を始めたクリムの目を見て、こいつただ騎士団を見たいだけだなと確信する。
「グリフォンリース、盛り上がってるとこ悪いんだが」
「なんでありましょうか。コタロー殿」
「〈白い狼騎士団〉には入っちゃダメだぞ」
『ええっ!?』
仰天するグリフォンリースとクリム。
「はいであります。コタロー殿!」
しかしすぐさまグリフォンリースがそれを了承し、クリム一人をさらに驚かせることになった。
「ど、どういうことよコタロー。入れないかもしれないけど、頑張れって言うならまだしも、入っちゃダメって。はっきり言って、〈白い狼騎士団〉は〈円卓〉と双璧をなす騎士院のトップなのよ? すごい名誉なんだから。グリフォンリースも、何でそんな簡単にうなずいちゃうのよ?」
クリムのまっとうな反論に、俺は苦笑を返す。
「俺たちにも都合があるんだ」
「それって、グリフォンリースの出世より大事なことなの?」
「大事であります」
問いかけに答えたのは、グリフォンリース自身だった。
「コタロー殿は、常に大局を見ている人であります。コタロー殿がカラスを白と言ったら、そのうちホントに白くなるのであります。だから自分は〈白い狼騎士団〉には入らない方がいいのであります」
「…………。まあ、ヴァンパイアのときにわたしも変なもの見せられたけどさ。でも、もったいなくない? わたしは全然だけど、グリフォンリースは結構いいところまで行けると思うんだけどなあ」
「どうもであります。でもクリム殿、自分は、騎士団に入ることより、コタロー殿と一緒にいられることが何よりの誉れなのであります。すでにこの身は、栄華に浴するものなのであります」
それを聞いてクリムは感じ入ったようにため息をつき、
「なんていい子なのかしら。コタロー、彼女のこと大事にしてあげてよね。この子を不幸にしたら、あなた神様から呪われるわよきっと」
「そのときは遠慮はいらん。盛大にやってくれ」
きっと俺自身もそれを望むだろう。
「はあ……。それじゃあ、事前訓練もわたし一人で参加なの? やだなあ。心細いなあ……。わたしヤケクソになりそう……」
「いや、それくらいなら大丈夫なんじゃないかな」
肩を落とすクリムに俺は言った。
「グリフォンリースも腕試しはしてみたいだろ? 選抜試験をクリアしなければいいんだから、他は好きにしてくれていいぞ」
「本当でありますか? じゃあ、事前訓練は受けてみるであります!」
グリフォンリースは無邪気に笑った。
さて……。
断っておくが、このイベントのフラグを早々に折ったのは、面倒くさいからじゃない。
俺だってグリフォンリースが認められるのは嬉しいし、そうあってほしいと思ってる。
しかしここで〈白い狼騎士団〉に入ってしまうと、〈人類大陸戦争〉で、あるバグが起こせなくなってしまうのだ。
それは俺のチャートにとっての致命傷。絶対に避けなければいけない事態。
グリフォンリースにその話はしてないが、彼女はそれでも俺を信用してくれた。
あとでたっぷりとお礼を言っておこう。
まあ……アヘ顔にならない程度に抑えてな。
※
事前訓練が行われるのは町の外だった。
これはゲームにはなかった要素だ。しかし、騎士たちの怠慢振りを思えば、騎士院が試験前にそれを正したいと考えるのは自然な流れといえる。
〈暗い火〉の一件から、ナイツガーデンは少しずつ変わってきているのだ。
普段、訓練を受けている者たちは、武術大会のときの闘技場を使っている。
だから、外での訓練は年数回の演習くらいしか経験がなく、非常に珍しいことだという。
参加者はどれくらいだろうか。百人は下らないか。あるいは、俺にそう見えているだけか。何にしろ、今まで見たこともない数の騎士たちが一堂に会している。
身綺麗な騎士が一割くらいで、後は質素な鎧姿。上級騎士あるいは騎士院騎士と、それ以下といった色分けだろう。
ちなみに俺は、薬草を探しに来たうだつの上がらない探索者。キーニはその手伝いという体裁で、それを見物に来ている。
グリフォンリースを見守りたいというのもあるが、やっぱり〈白い狼騎士団〉の存在は気になる。
しかし、この場にそれらしき人物の姿はない。後から来るのだろうか。
「ではこれより、行軍訓練を行う」
整然と並んだ騎士たちと正対する騎馬騎士が、何やら難しい訓辞を述べた後に、そう宣言した。
行軍……つまり歩くってことか。
「万が一、魔物との遭遇があった場合は、実力でこれを排除すること。訓練中とはいえそちらは実戦だ。心して臨むように。では出発する」
騎士の一団が整然と歩き出し、その周囲を監督役の騎馬騎士たちが守るようにして固めた。
〈白い狼騎士団〉選抜試験の予備訓練だというから、どんな物々しいものかと期待していたが、ずいぶん地味な内容だ。
本試験の内容を知る俺からすると、単に体をほぐして本番に備えようということなのかとも思える。
そうです。
このときの俺は、この訓練の過酷さをまったく理解していなかったのです……。
※
《もう夜》《帰ろう》《夜の外は危ない》《家の中なら夜でも安全》《部屋の暗がりが恋しい》
星が光り出した空を見ながら、キーニのステータス表がしきりに訴えてくる。
騎士たちの行進はその時刻まで、ほぼ休みなく続けられていた。
そしてまだ、終わる気配を見せない。
一日中歩くのは、ナイツガーデンへの旅程でも味わったことなので、今さら愚痴を言ったりはしないが、身軽な俺たちでも大変なのだから、武装した騎士たちの負担は想像を絶するものがある。
一日で終わるものではないのかもしれない。俺はキーニに同意して、その日は家に帰った。
翌日、再び訓練場を訪れると、騎士たちは相変わらず黙々と歩き続けていた。
ツヴァイニッヒに訓練コースを教えてもらったところ、彼らは町の近くの森と山を何周もするように歩くらしい。
フル装備で休息も少なく、体力と根性をひたすら削ぎ落とされるだけの拷問のような訓練だ。
そして、魔物の危険性も常にある。
騎士院の訓練場とはわけが違う。
歩みが鈍くなれば、あっという間に遅れていく。
孤立したところを魔物に襲われればどうなるか、誰でも想像はつく。
しかしそれ以上に、脱落したときのはっきりとした劣等感は、騎士の誇りを著しく傷つけるものになるはずだ。気位の高い上の騎士たちは、その屈辱に耐えられないだろう。
それでも、ブーツの中の足の状態はどんどん悪くなっていく。
疲労と緊張感が騎士たちを襲い、彼らをふるいにかけ始めた。
「指揮官殿。もう限界だ。休ませてくれ」
上級騎士の一人が訴えた。
「耐えきれなくなったら荷を捨てて鎧を脱げ。歩くのをやめるな」
その答えに従い、上級騎士は憎しみさえ込めて、命を守るはずの鎧を脱ぎ捨てた。
清々した顔の同僚を見て、その誘惑に駆られたのか、他の数名も鎧を脱いで身軽になった。
丸腰で戦場に行ってどうするんだろうと門外漢の俺は思ったが、
「騎士は進むだけではない。退く道もある。装備を捨てても、命は持って帰れ」
という、意外に泥臭い指揮官の言葉に納得して、彼らを引き続き見守った。
《また夜になった》《あの人たち頭おかしい》《グリフォンリース可哀想》
二日目も暮れ、俺たちは屋敷に帰る。
この時点で俺たちはもう騎士たちを追ってはいなかった。疲れた。近場の岩山によじ登って、周回コースを上から見下ろしているのがいいと気づいた。
三日目。騎士たちの行進はまだ続いている。
すでに大半の騎士たちが鎧の一部、あるいはすべてを脱いで、アンダーウエアで歩いていた。限界を迎えてしまった者たちが、最後の力を振り絞って町へと帰還していく姿もあった。ただ歩くだけの訓練がここまで過酷だとは……。
その中でまだ鎧姿を維持している一団がいる。
グリフォンリースとクリムを含む集団――ツヴァイニッヒの下で働く騎士たちだ。
あんまりふれてこなかったが、グリフォンリースたちはよく歩く。
街道警備という職務上、町の外を歩く機会は多いし、それがない場合も町を巡回している。とにかく、鎧姿で長い時間行動することに慣れている。
しかも、街道上に現れる魔物の駆除も引き受けるため、ナイツガーデンでも数少ない、実戦が常態化した集団でもあるのだ。
安全な訓練場でお座敷修業をするエリートたちとは土台が違う。
もちろん彼女たちをしても楽なものではないだろうが、その歩みは、他のアンダーウエア姿の騎士たちよりもよほどしっかりしている。
監督役の騎士たちも、グリフォンリースたちを目で示して何かを話し合っていた。彼女たちの評価が高いことをうかがわせる仕草だった。
「ん……?」
俺はふと、森の中に白い人影を見た気がして、意識をそちらに向けた。
いる。
いつの間にそこにいたのか、全身を白の甲冑で固めた騎士が。
同時に、俺は異様な感想を抱いた。
微動だにしないから、という単純な理由ではなく、何一つ感情を感じさせないという点で、そこにあるのがただの置物のように見えたのだ。
人ではなく、モノ。
厚く造られた全身甲冑が、重さを感じさせずにふらりと動く。
太い木の幹の裏側を通った……と思ったら、その姿は影から出てこないまま忽然と消えてしまった。
まさか……あれが〈白い狼騎士団〉?
短い間しか見られなかったそれに、俺は憧憬よりもよくわからない不安を覚えた。
なんだか、ヒトの形をしているのに、ヒトじゃない生き物を見せられたような気がして。
四日目を終えて、訓練は終了した。
〈白い狼騎士団〉選抜試験はこれより厳しい内容になる。耐えられる者だけが来るように、と説明し、監督役の騎士は、町への最後の行進を始めた。
本試験はこれと趣の異なるものだが、それでも生やさしいものではない。
大部分の騎士は、ここでリタイアするだろう。
しかしそれ以上に〈白い狼騎士団〉への不気味な疑念が、俺の中に小さな暗闇を作っていた。
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