第63話 全部表記ミスしたヤツのせい! 安定志向!

「全員揃って選抜試験かと思ったが、グリフォンリースだけが不参加なのは、てめえの意向だったか」


 セバスチャンを伴って、定時連絡的に現れたツヴァイニッヒは、俺を責めるでもなく、ただ納得したような目線をよこした。


 場所はエントランス脇の応接スペース。

 俺とグリフォンリースと向かい合って、彼ら二人が座っている。


「残念でございますね。〈白い狼騎士団〉といえばガーデンナイトすべての憧れ。その入団試験の機会など、そうそうあるものではありません。グリフォンリース様なら、その芽もあるかと思っておりましたが」


 セバスチャンが素直に残念がるが、グリフォンリースの微笑は揺らがなかった。

 それを見て、すでにこの話は決着済み、と解釈したのだろう。ツヴァイニッヒはセバスチャンに追従せず、ソファーの背もたれに体を預けると、明るい声で言った。


「問題はねえさ。つうか、俺が使ってる中級以下の騎士たちが試験中は全員出払っちまうから、ちょっと困ってたくらいだ」


 俺はそれを機に話題をずらした。


「それにしても、おまえの部下はさすがだな。事前訓練でも目立ってたぞ」

「そりゃあ、俺がこき使ってるからな。そこらの怠け騎士とは格が違う」


 言外に信頼を滲ませるところが、こいつらしいというべきか。素直じゃないが、彼らの力を認めていることは確かだ。


「ただ、あいつらが全員〈白い狼騎士団〉に入ろうと考えたのは、ちょっと意外だったぜ」

「というと?」

「中級以下の騎士たちは、出世の機会が極めて限られてる。だが、日々の貧相な暮らしに追われてるうちに、その数少ない機会にも興味がなくなっちまうヤツが多い。野心ってのは、知らずに色落ちしていくもんだからな。俺んとこのヤツらも、半数以上はそんなだった」

「それはきっと、ツヴァイニッヒ殿が、自分たちに目をかけてくれているからでありますよ。みんな、自分たちが騎士として任務に就いていることを、よく自覚できるのであります。その積み重ねが、自信を生むのであります」


 グリフォンリースが下心なく言った。するとツヴァイニッヒはニヤリともせず、


「そいつはある。俺のおかげだな」


 と応じた。


「少しは謙遜したら? 偉そうすぎるでしょ。失礼、本音が」

「うるせえ。事実を事実として認めて、それを何に使うか考えるのが俺の主義だ。だがなグリフォンリース、それだけじゃねえんだよ。大きな理由は、てめえさ」

「自分でありますか……?」


 不思議そうに自分を指さすグリフォンリース。


「てめえ、武術大会で騎士院の鼻をへし折ったのを忘れてねえな? あんときゃ完全に悪名だったが、今はそれが名声にひっくり返りつつある。ヴァンパイアや、メイルシール家に取り憑いた魔物の事件も解決したし、シュタイン家との繋がりもできた。てめえがブチ挙げた、あの愚かな生き様が、実は正しくてカッコイイんじゃねえかって、少なくない騎士が思い始めたのさ」

「て、照れるであります」

「坊ちゃんが図々しい分、あなたが謙虚になる必要はないのですよ」

「うるせえ」


 グリフォンリースをダシにしたさりげないセバスチャンの攻撃に、顔を歪めて笑うツヴァイニッヒ。息をするように飛んでくる横槍に執着することなく、ほとんど間を置かずに彼は続ける。


「中級以下の騎士たちは、確かに上のヤツらには批判的だ。だが、噛みつける牙もなかった。そこに、古い騎士の信念を正面からぶつけて、今も潰されずにこの町にいるてめえが現れた。いや、潰されるどころか、より栄えてな。立場の弱い騎士たちにとって、てめえは旗頭……いや、太陽なんだよ。その光を間近で浴びてる俺の部下たちは、どいつもこいつも芽吹いたばかりのヒマワリみてえに元気いっぱいなわけだ」

「た、太陽でありますかあ……。それはちょっと……」


 グリフォンリースは恐縮した様子で頭に手をやった。

 確かに彼女は今や、若手騎士の代表格だ。戦闘能力、人柄、共によく、リリィ姫と町へ出かけると、大層な騒ぎになる。


 裏路地でしょぼくれた姿が今では想像もつかない。あんたも成長したもんだ。


「だから、今回のことはちょいと安心してるぜ」

「……? 安心? がっかりじゃなくて?」


 ツヴァイニッヒの不思議な順接に俺は首をかしげる。

 グリフォンリースがもっと出世してくれれば、騎士院の腐敗も改善する、という話だと思ったが。いや、ツヴァイニッヒ的には今の腐敗のままでいいんだっけ?


 不意に、彼の表情から柔らかさが消えた。


「期待を集める人間ってのはな、そいつらに持ち上げられて、いずれ面倒な場所に置かれちまうんだ。今まで通りの振る舞いはできず、常に後ろをうかがって行動するようになる。群衆のリーダーって立ち位置だ」

「群衆のリーダー……」


 繰り返したグリフォンリースに、ツヴァイニッヒは皮肉げな笑みを向ける。


「群衆ってのは厄介でな。目的はばらばらなくせに、なぜか集まって一人に期待と責任をおっかぶせる。貪欲で、傷つきやすいくせに、相手を簡単に傷つける。後ろに張りつかれたら最後、こっちを崖から突き落とすまで前進をやめねえ。俺のような悪党なら一喝もできるが、この屋敷は揃いも揃って善人しかいねえときた。そうなったときのグリフォンリースの本質を守るために、悪者になれるヤツがいねえのさ。……と俺は思っていた」


 彼は俺をチラリと見た。


「が、案外そうでもなかった。コタローはてめえの都合を優先したし、グリフォンリースもそれに従った。勝手に期待してた騎士たちの空気は少し白けるだろうが、それは、てめえらからすれば絶対に必要な一拍になる。だから、安心したってわけだ」


 …………。


『なんか優しくて気持ち悪い。失礼、本音が』

「今、全員揃って言ったかコラ」


 ツヴァイニッヒは毒づくと、ふと顔をしかめる。


「だが、まあ、今回はそれだけじゃなくてな。実は、〈白い狼騎士団〉について調べてみたら、ちと気になることがわかったんだ」

「気になること?」


 森で見かけた不気味な騎士のこともあって、俺は身を乗り出していた。


「あの騎士団は、〈円卓〉第四席までは所在すら知らされていない、秘中の秘だ。それも、他の三席から信用された家でないと詳細にふれることは許されないらしい。だから、俺が独自に調べたものの信頼度は高いとはいえねえ」


 そう断りを入れてから、彼は話しだした。


「〈白い狼騎士団〉にはな。もう八十八年、人員の移動がねえ」

「……えっ」

「八十八年間、人員の補充がされてなければ、脱退した人間もいねえってことだ」


88ミス! まさかそれも現実になるのか!?


「信じられねえ話だが、この情報の確度は高いと思ってもらっていい。つまり、今の騎士団には八十八歳以上の人間しかいねえ。0歳で騎士団入りなんてあり得ねえから、実際はもっと上だ。百歳以上は堅いか」


 俺は思わず吹き出してしまった。ツヴァイニッヒには悪いが、真顔でする話じゃない。


「そりゃあ八年の間違いだよ。ツヴァイニッヒ」

「いいや。俺も確認した。それに八年なら、騎士院の誰かはその話を知ってるはずだ。だが、誰もいなかった。誰も、知らねえんだ」


 即座に否定され、俺の笑いは、顔の引きつりの中に静かに吸い込まれていった。

 ……マジで八十八年なのか? ってことは、どうなるんだ?


「だったらみんな、すごい長生きのジイサンってことになるのか?」

「それならまだいいがな。普通の人間じゃねえと考える方が普通だ。……普通じゃねえけどよ」


 ツヴァイニッヒの声は深刻だった。


「……実は、それらしい人影を森で見た」


 俺は白い騎士のことを伝える。


「そんな年寄りとは思えなかった。だが、確かに、普通の人間とも違って見えた」

「胡散臭いわけじゃねえが、〈円卓〉が隠すのは、単に重要な戦力ってだけだからじゃなさそうだな。ひょっとして、不死身の部隊だとかよ……」


 これが日常的な会話なら笑い飛ばすか、あえて乗っかってノリツッコミへ移行するかだが、すでに応接間の空気は非日常へと変わっている。

 この八十八年を、俺たちはマジに考えなければいけない。


「不老不死か……」


 心当たりがないわけでもない、という言葉を腹の中に押し込んでから、俺はエントランスの天井を仰ぐ。


〈死を忘れた島〉というイベントがある。

 発生タイミングはずっと先で、トリガーとなるキャラは、あのキーニだ。

 ある魔導士が、不老不死の研究の末に、島の生物を丸ごと不老不死に変えてしまったというもので、ここに乗り込んで魔導書を奪うのが趣旨となる。


 この世界に不老不死は確かに存在するのだ。

 ただし、全員が狂ってしまって、生来の性質は失われてしまうが。


〈白い狼騎士団〉はそれと繋がっている? そういう裏設定でもあったのか?

 いや、俺が見たのは狂騎士という感じじゃなかった。もっと無機質の、鉱物みたいな。狂う心すら残っていないような。そんなイメージだった。


「他にも、配給されてる食糧が異様に多いとか、連絡役は三度目で姿を消すとかあるが、そっちは噂の範囲を出ねえ。ただ、秘密の騎士団に単に尾ひれがついたにしちゃあ剣呑な話題が多かったな、とは思った」


 何だか物々しいことになってきた。

 そんな騎士団に参加していいのだろうか。


「部下たちに警告しなくていいのか?」


 クリムたちを心配して俺がたずねると、


「無理だな。警告のしようがねえ。騎士団の内情はほとんどわかってねえし、証拠もねえ。もし誰かが合格するようなら、注意くらいはできるだろうが。もし入れたヤツがいたら、内部事情を横流ししてもらうかな……」


〈白い狼騎士団〉が騎士たちの憧れであることに違いはない。

 引き留めても、邪魔をしているようにしか思われないだろう。


 そのとき、ドアノッカーが鳴った。

 ゴン、ゴン……と、聞いたことがないほど、緩慢な音だった。


 客かな。

 俺は特に考えずに扉を開けた。


「――――!!」


 分厚い甲冑姿の、白い騎士がそこにいた。

 面当てのスリットの奥には闇があって、そこに黄ばんだ白目が浮いているのが見えた。


 ひどく老いさらばえ、ありとあらゆる老廃物を蓄積したような、そんな色。

 間違いない。俺が見た白い騎士だ。


「騎士の娘に会いたい」


 兜の中で反響する声は、ひどく聞き取りづらかった。あるはそれは兜のせいなんかじゃなく、のどから発された段階で、人のものとは違っていたからなのかもしれない。


「コタロー殿、どちら様でありますか?」


 グリフォンリースが客を出迎えようとして、立ちすくんだ。


「おい、どうし……」


 ツヴァイニッヒとセバスチャンも、同じ末路を辿る。


「どちら様でありましょうか……」


 グリフォンリースが慎重にたずねる。

 人でないものを内包した鎧が答えた。


「〈白い狼騎士団〉だ」

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