第64話 人の意思の到達点! 安定志向!

 始まりはバグとも呼べない表記ミス。

 8年ぶりの新団員のはずが、88年としてしまったことで、〈白い狼騎士団〉は異様な騎士となって俺たちの前に現れた。


 ここまで一応修羅場を(人の後ろから)くぐり抜けてきた俺が見るに、目の前にいる重装騎士は、人間じゃない。

 お城とかの廊下に、マネキンが鎧を着た状態で飾られていることがあるが、それに近い。


 生物としての気配の希薄さ。息づかいのなさ。長らく探索者をやっていた俺には、それくらいは判別がつくようになっている。


 中に詰まっているのは……石だな、と俺は発想した。

 川原に転がっているような、白くて乾いた丸い石。

 理由は説明できないが、何となくそう感じた。


「行軍訓練を見た」


 白い狼騎士はくぐもった声で言った。


「力強さ。勇敢さ。若々しさがあった。未熟さもあるが、あの場では誰よりも光を感じた」


 ベタ褒めというヤツなのだろう。しかし、言われているグリフォンリースの顔は強ばったままだし、聞いている俺も少しも嬉しくない。

 まるで、続く結論が「だから死ね」であるかのように錯覚するのだ。

 その声に、命がないから。


「なぜ選抜試験を辞退する?」

「ど、どうしてそれを知ってるでありますか……?」


 グリフォンリースの問いかけに返事はなかった。

 答えられないとか、答えたくないとかよりも、答えないという選択を取っている。そんな態度だった。


「……理由はたくさんあるであります。でも、お話しする必要はないであります」


 グリフォンリースにしては珍しく、強気に相手を突っぱねる。


「来い」


 白い狼騎士は、そう告げると、返事も待たずにきびすを返した。


 グリフォンリースは戸惑うように俺を一瞥した後、渋々その背中を追った。

 そうせざるを得ない無言の圧力があった。


 背中から押し出され、俺はつんのめりそうになる。振り返るとツヴァイニッヒの手のひらがあった。

 彼の目は見届けろと言っていた。

 うなずいて、俺も二人を追う。


「蒼く穏やかな町だ」


 白い狼の騎士は無機質な声で、進路上の町並みをそう評した。

 彼の後ろに並んで続く俺とグリフォンリースも、その点について異論はない。

 初めて見たときと同じく、古色蒼然として、穏やかな町。


「この平穏のために、多くの騎士たちが血を流してきた。彼らの赤はすべて蒼へと変わり、人々を永遠に見守る。それが庭園の騎士としての生だ」


 八十八年、いや百年以上の実感のこもった言葉だった。鎧の中に詰まった石の隙間に、初めて人の名残を感じた。


「誰かを助けるために、誰かが戦い傷つく。誰も犠牲にならない世界は夢物語。夢想した者は星の数ほどあれど、それを実現できた者は一人としていない。盾となって倒れる者が、まだこの町には必要だ」

「わかっているであります。自分も、その盾として日々働いているつもりであります」


 グリフォンリースが言うと、重い言葉が返ってきた。


「たりぬ」


 ただ、そう一言。


「理屈だけではたりぬ。精神だけでもたりぬ。おまえはこの町で生きているにすぎない。生きることの上に、責務を載せているにすぎない」

「騎士の勤めのために生きろということでありますか?」

「否」


 また否定される。


「死して励め。それがこの国に必要なものだ」


 俺は背中が薄ら寒くなった。


 比喩……か? 本当に?

 この白い狼の騎士……本当にもう死んでるんじゃないのか……?

 死んでなお、この町を守り続けてるんじゃないか?


 さっき感じた、彼の人としての息づかいが、闇に吸い込まれていくような気分だった。


 アンデッド、という魔物は、このゲームにも存在する。

 ゾンビという敵だっているから、死んでなお動くものが目の前にいても、世界的にはありだと納得できる。


 しかしこの騎士は、そういうファンタジーでは片づかない奇妙な迫力がある。

 魔法とか魔力とか、そういう超常的なものじゃなく、もっと生々しい、しかしごくありふれた、思念ようなものに依って立っているふうに思える。


 即身仏。そんな言葉がなぜか頭に浮かんだ。


 凍りつく俺たちへ、無邪気な声が近づいてきた。

 救いを求めるように目を向けると、小さい子供が三人、俺たちのすぐ横を駆け抜けていく。

 白い狼の騎士が、ふと顔を振り向かせたように見えた。


「あいたっ」


 子供たちのうち一人が、彼のすぐ横で転んでしまった。

 女の子だ。


「ま、待ってよお」


 倒れたままそう訴えるが、先を走っていた二人は競い合ってでもいるのか、そのまま行ってしまう。


「待ってよお……」


 女の子が泣き出す。その様子を、白い狼の騎士は面当ての奥からじっと見つめているようだった。


「大丈夫でありますか?」


 彼女をそっと抱き起こしたのはグリフォンリースだった。


「少し擦りむいたでありますか。待っててほしいであります。ハンカチを……」

「グリフォンリース様……?」


 少女の膝にハンカチをあてがおうとしたとき、彼女の口からその名前が漏れた。


「グリフォンリース様、グリフォンリース様だ。すごい、本物だ!」

「え? え、ええ。ほ、本物でありますよ」


 さっきまでの涙を吹き散らす勢いで笑顔になった少女は、グリフォンリースの手を掴むと、言葉にならない歓声をきゃあきゃあ上げ続けた。


「ありがとうグリフォンリース様! もう大丈夫だから!」


 傷に巻いてもらったハンカチを嬉しそうに撫で、少女は手を振って駆けていった。


「助けないのでありますね」


 少女の姿が見えなくなるまで手を振り返していたグリフォンリースは、揶揄ではなく、確認するようにそう言った。


「我らは外敵からこの町を守るためだけに存在している。自ら転んだときは、自ら立ち上がってもらわねばならぬ」

「だとしたら、やっぱり自分は〈白い狼騎士団〉には、相応しくないと思うであります」


 グリフォンリースは嫌みではなく、素直な微笑を見せて言った。


「自分は甘えんぼうであります。そして、他人から甘えられると嬉しいであります。貴公はきっと、そういった人としての色んなものをすべて削ぎ落として、優れた盾となったのでありましょう」

「…………。そうだ」


 肯定した。彼が自分たちの内情を明かすのは初めてのように感じられた。


「自分には捨てられないであります。なぜなら、それらすべてが、自分を救ってくれたから。それらすべてが、自分の力になっているからであります」

「その甘さによって敵に敗れたとき、悔やみはせぬのか」

「そのときは、このグリフォンリースの力がたりなかっただけで、他の何かが悪いわけではないであります。自分の弱さは、強さと一緒にくっついているものであって、どちらかを捨てれば、両方失うであります」

「捨てるからこそ、鋭くなるものもある」


 グリフォンリースは静かに首を横に振る。


「たとえそれがすべてを守れる力であったとしても、自分にその道は選べないであります。自分には人間として接したい、人間として接してほしい人々がいるであります。これは単なるわがままであります。しかし、自分が人の心に救われたように、自分も人の心でその人を支えたいのであります」


 深い沈黙の後、白い狼騎士はぽつりと問いかけた。


「…………。生きるか」

「はい。生きるであります」


 白い狼騎士はうなずくと、静かに歩き始めた。

 追いかける必要のない背中だと、なぜか理解できた。


 手にぬくもりを感じて顔を向けると、グリフォンリースが俺の手を握っていた。

 手を握り返して、視線を前に投じる。

 命も、心も、人も捨てて、ただ町を守ろうとした騎士の背中が、蒼の中に消えていく。

 俺とグリフォンリースの手の中には、きっと彼が持たないすべてがあった。


 って、なんか、しんみりしちゃったけどさ。

 これ、ただの入力ミスが原因なんだよなあ!?

 こんな悲哀に満ちた騎士たちを作ってしまった責任は果てしなく重いからなスタッフゥ!?

 騎士団全員ジジイじゃんプゲラとかしてた小学生の俺も、猛省するように!

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