第138話 伝説の始まる場所! 安定志向!
帝都に戻った俺たちは、早速天魔のことをクラリッサに報告した。
帝国図書館は総力を挙げて天魔の資料をまとめ、クーデリア皇女の口添えのおかげもあって、すぐにザンデリア皇帝へと献上されることになった。
ゲームには、俺以外にも〈導きの人〉がいる設定である。人知れず戦う彼らの助力になるのならと皇帝はすぐさま他二つの大国へと使者を送り、風化していた天魔の伝説は、急激に瑞々しい色彩を取り戻すことになる。
さあ、苦労多き彼らへの義理は果たした。俺には塩漬けにしておいた本命が残っている。そっちをさっさと消化してしまおう。
俺の意識はすでに〈アークエネミー〉に向いている。
巨人の武器なんて、通過点にすぎない。
※
というわけで、俺たちは海底大洞窟へと帰ってきた。
可哀想な暗黒魔術師が開けた空間トンネルはいまだ健在である。
フラグの関係なのだろうが、もしあいつが維持してくれてるのだとしたら、律儀すぎて抱きしめたくなる。いや、やっぱならない。
「さて、じゃあいよいよ巨人の集落に行くか」
「ここまで本当に長かったですよ、あなた様」
「今度こそ巨人と対面であります」
《二度目だけど》《やっぱり緊張する》《自分が伝説の一部になるという実感がない》《でも、ホントはもうなってる》《コタローは伝説になる》《わたしはついていくべき》
宇宙空間へと踏み入れ、青い光を目指す。
何気ない一歩一歩が、これまでの旅路の縮図を感じさせた。
『ジャイアント・サーガ』が始まる場所へ。
俺たちはついに到達する――。
雲一つない青空が目に染みた。
風の冷たさに馴染みを感じたとき、ここがかなりの高地であることが自然と理解できた。オブルニアの山々と同等、いや、それ以上の高さを感じさせる清澄な空気が満ちている。
「天……国?」
グリフォンリースが呆然とつぶやくのを聞き、俺は咄嗟にあの全裸の住まいを思い浮かべた。
あそこが天国じゃ、善人は報われないなと思いつつ、周囲を見回す。
足がすくむほどの絶景が、360度隙間なく広がっている。
雲は眼下にあった。
世界を覆うような雲海。
俺たちは、そこを突き出た、塔のような奇岩の上に立っている。
見れば、同じような〝島〟があちこちにあった。
島の一つ一つは、どれも町の広場くらいの広さしかない。その上に、ぽつりぽつりと家屋らしきものが建っている。しかし翼でもなければ、この島からは一歩も進めそうにない。
「わたしは飛べますけど、あなた様たちに、これは……」
《なにこれ》《どうすればいいの》
「まずは、そうだな。待とうか」
混乱する仲間たちに俺は言った。
《羽が生えるまで?》
「そこまではかからないさ」
キーニちゃんの真顔の冗談に言い返したとき、突然、雲海が盛り上がった。
『ひゃああああああああああああああ!』
仲間たちが揃って俺に飛びついてくる。
見た。
分厚い雲を突き破って、下界から現れた大質量の物体を。
それは一見して山だった。
二度見しても、多分その印象は変わらない。
やや青ざめた岩肌を覆う緑の苔。その隙間から草木が生え、そこに住む鳥や動物の姿と共に、小さな池すら見て取れた。
山が下からせり上がってきた――。まさに、そうとしか思えない。
驚きに震える少女たちと俺に向けて、地鳴りのような音が響く。
「よく来た、〈導きの人〉よ」
仲間がぎょっとするのを服越しに感じ取りつつ、俺は平静に言った。
「待たせたかな?」
「それほどでもない。それに、待つのは嫌いではない」
応える声には、厳かな優しさが溢れていた。
「あ、あなた様!? 何を平然としゃべっているんです!?」
「あれ、パニ。おまえ巨人見たことないのか?」
「あるわけないでしょう! って……巨人!?」
パニシードの目線につられ、こっちを向いていた仲間たちの顔が、半強制的に山へと引っ張られた。
雲の上に突き出ているのは、山頂の平らな、いわゆるお椀型の山にしか見えない。顔らしきものはなく、目も口も鼻も見つからないが、下方に目をやると、胴体と腕を思わせる岩石の分岐があるのがわかる。
これが巨人。
大陸の一部が立ち上がったような、でたらめなほど巨大で偉大な、この世界最大の住人だ。
正直、俺たちの大陸でイメージされる巨人なんてものは、せいぜいが数メートルの巨大な人間でしかなく、実物とは大きな差違がある。
見れば、最初の彼に呼応するように、あちこちで雲海を割って巨人が現れ始めていた。
身長何センチ以上はモテるとか、体重何キロ以下はカワイイとか、思春期における悩ましい指針をはるか彼方にぶっ飛ばす超生命のスケール感。顕微鏡で観察される微生物に、イケてるもイモいもない。
「わたしの名はティタロ。長のところへ案内しよう。乗るがいい」
彼がティタロ。世界の記録者。つまり、『ジャイアント・サーガ』の生みの親だ。
ずうん。
ティタロが俺たちのいる小島に身を寄せると、シャレにならない大地震が起きた。
今ので島が崩れてたら、俺たちはそこで死んでいた……。目の前の超生命に対し、弱い、弱すぎるぞ人間!
恐る恐る、巨人の体に乗り移る。
正直でかすぎて、その移動だけでもピクニックだ。
「あっ……きゅ、休息所があるであります」
グリフォンリースが言うように、ティタロの平らな頂上部には、人間用としか思えないサイズの、石の椅子とテーブルが掘り出されていた。
「少しかかるので、そこで洞窟の疲れを癒すといい」
親切な巨人はそう言うと、ゆっくりと小島を離れた。
彼の背は、思ったほど揺れなかった。地を踏みしめる震動も不思議なほど少ない。
ふと背後を振り向くと、ティタロが割った雲海の隙間から、わずかに下の大地が見えた。
一瞬、目を疑った。
雲の下にもう一枚、雲海が広がっているかと思った。
どうやらそれはガスのようだ。紫色の毒々しいガスが、大地の上に膜を張っていた。小鳥がさえずるのどかで穏やかな巨人の背とは違い、かすかな緑も見えはしない地獄だった。
巨人たちが歩くことで、地上は壊滅してしまったのだろうか?
まあ、本人たちが巨大な生態系を抱えて生きているのだから、この大陸はそれでいいのかもしれないが……。
わき出た疑問を自己完結させ、視線を前方に戻そうとすると、
「コッ、コタロー殿……。と、鳥が寄ってくるでありますよ」
すでに肩や頭の上を、無数の鳥たちに群がられたグリフォンリースが感激したように言ってきた。キーニちゃんの膝の上にも、リスのような動物が集まっており、
《ど、動物が》《こんなに近づかれたの初めて》《かわいい》《もふもふしたい》《はああああああ……》
ファンシーな空気にすっかりのぼせ上がっている。ここの動物たちは、俺たちに対しとても友好的だった。
「おまえたちの大陸とは違い、ここには他の動物を傷つける獣はいない」
確かに、いるのは中型までの草食動物までで、鋭い牙を持つ肉食獣の姿はなかった。鳥が多いのももう一つの特徴だ。移動式の楽園というわけか。
かく言う俺の前には、ハシビロコウみたいなすごい存在感の鳥が直立不動でいて、パニを怯えさせているのだが、どうしてこっちだけこんな扱いなんだよちくしょう……。
やがて雲海の中に、一際目立つ険峻な頂が見えてきた。
ティタロの足がそちらに向かって進んでいることを鑑みるに、あれが、巨人たちの長らしい。
「ちょっと、でかすぎないか……」
思わずそうつぶやいてしまったのは、その山を認識してからずいぶんたってのことだった。
最初は、他の巨人たちと大差ない大きさに見えていたのだが、どれだけ歩いてもなかなかたどり着けず、一方で山の裾野はどんどん広がっていく。
ティタロたちが大きすぎるせいで、俺の距離感が狂っていたのだ。
会話できるほど近づいたとき、その山の頂は、もはや蒼天を支えていると言ってもいいほどのはるか上に伸びていた。
「よく来たな。小さき者よ」
まさに大山鳴動。
俺たちは、巨人たちの長に出会った。
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