第137話 奥義、閃き! 安定志向!
俺の周囲には、帝都で購ったもの、例のカジノでふんだくったもの、こっそり各国から取り寄せていたものを含めた、世界中の武器がある。
無数の名刀を畳に突き立て、賊を迎え撃ったという足利義輝の気分だった。
……まあ、足利義輝はその戦いで殺されちゃうんだけれども……。
「グリフォンリース、こっちに来い!」
「は、はいであります!」
天魔同様、ポカンとした顔の彼女を呼び寄せると、いつの間にかその瞳にこぼれるような期待の輝きが詰まっているのが見て取れた。
待ってましたと言っているような眼差しに、応えてやる。
「どれでも好きなものを使え。ただし長くは使うな。五、六回も振ったら、他の武器と交換するんだ」
「了解であります!」
何の疑問も抱かない直情的な反応に、今度は天魔の方がうろたえる番だった。
「え? え? お、おまえら、何やってんだ?」
俺は使い慣れない長剣を手に取り、グリフォンリースはかつて俺に没収された、〈魔王征伐団〉の隊長格用支給品〈ガーデンブレード〉を装備する。
「行くぞ!」
「応!」
二人同時に疾駆する。
圧倒的技量差に打ちひしがれた空気は微塵も残っていない。
「えっ……? や、やべっ……!」
ガツッと鈍い音がして、俺の剣が天魔の鎧を削った。よろめいたところにさらにグリフォンの追撃の一発。
「あ、当たった!?」
当てた本人が驚いている。
無理もない。使い慣れた武器でどうやっても届かなかった相手に、使い慣れない武器で一太刀浴びせられたのだから。
「なに食らってんだよアホー」
「仕事やる気あんのかー?」
さっきまで水を打ったように静かだったのに、俺たちがわずかでも優勢になるや、たちまち天魔勢から身内へのヤジが飛ぶ。
「ち、違ぇっ! ……こいつらの動きが不安定で……!」
ギャラリーに反論しながら、俺の一振りを、天魔は大きく後退してかわした。
これまでずっと紙一重での回避だったことに比べると、あまりにも大げさなよけ方だ。
だが、大きく動くということは、その反動を殺すための負荷も大きくなるということ。
後退の勢いを殺そうと天魔の膝がいつもより深く落ちたところへ、銀の光が走り込んでいる。
グリフォンリース!
「いやあ!」
「うおお!?」
逆袈裟に鎧に撃ち込まれた斬撃に、天魔が驚きの声を上げる。
「また当たったであります!?」
「いいぞー!」
「ボコれー!」
攻撃されている天魔以外はとても楽しそうだ。祭である。
そう……これは祭なんだ。
「くっ……。こんな……こんなやり方が……!!??」
続く一撃を辛くもよけつつ、天魔の兜の中から苦悶の声がもれた。
「よし、グリフォンリース、武器を交換だ! 全部使うくらいの気持ちでいくぞ!」
「は、はいであります!」
「ま、マジかよお!」
説明しよう!
なぜ急に攻撃が当たり始めたのか、『ジャイサガ』を知らない人はさっぱりだろうが、これはこのゲームのナルシスティックでヒロイックな仕様を利用した、鉄壁の攻略法である!
このゲームにおける〝技〟は、武器を振ることで突然〝ひらめく〟仕様だ。
技の閃きにも条件があって、まずはキャラクターのレベル。高ければ高いほど、閃きの発生率は上がり、また、威力の高い奥義も覚えやすくなる。
そしてもう一つの条件に、敵の強さがある。
このゲームの敵には固有のランクが設定されており、これが高い方が閃きの可能性も高くなる。
相手が強いからこそ、それに打ち克つ新必殺技を思いつく。これぞヒロイズムの王道である。
俺たちはレベル99で上限。そしてこの天魔は、魔王と並ぶゲーム内最高ランクの敵として設定されており、〝最後の道場〟と呼ばれるほど、技の閃きが多発するのだ。
さあ、ここからが本題。
新必殺技がもっとも映える瞬間とはいつだろう。
それはもちろん、初披露の時である。
なんつっても新ってついてるくらいだし、フレッシュさが大事だ。
もし、満を持してのドヤ顔新必殺技が初回ではずれるようなら、それは自分がこの物語の主人公ではなかったということだ。
その後、主人公の反撃で、絶望顔のままあっさり死ぬモブである。生まれ変わって今度こそ主人公を目指せ。
幸い、〈導きの人〉は言動が相当腐ってもとりあえず主人公には違いない。
人々が魔王に脅かされるシリアスな世界であり、その中で彼は、いずれ巨人の伝承に英雄として語られることになる唯一無二の存在なのだ。
つまり。
〝閃いた新技をいきなりはずすはずがない〟のである!
閃き直後の技は、必中、消費なし! これが『ジャイサガ』の掟だ!
よって天魔に挑む際は、使ったことのない武器を大量に持ち込み、〝閃き祭〟を開始する。これが最適解!
この攻略を実践するため、俺もグリフォンリースも、今までほとんど技を覚えずに来たのだ!
「じゃ、一気にいくか、グリフォンリース!」
「準備は万端であります!」
せーの。
〈五月雨切り!〉〈風裂斬!〉〈ヘヴィタックル!〉〈乱れ切り!〉〈アッパーバスター!〉〈ツバメ落とし!〉〈微塵切羽!〉〈落葉刻み!〉〈スカルクラッシュ!〉〈ぶった斬り!〉〈裏撫で!〉〈三段斬り!〉〈王冠落とし!〉〈ハートブロウ!〉〈椿!〉〈ブラッドライン!〉〈地獄爪殺法!〉〈凍血連弾・轟!〉〈ふぶきのごとし!〉〈流派・迅雷!〉〈メタルセイバー!〉〈背中貫!〉〈落日!〉〈血振り乱月!〉〈四肢落とし!〉〈光の跡!〉〈一刀両断!〉〈オーバーデッドライン!〉〈シェルクラッシュ!〉〈亡霊斬り!〉〈空間断裂!〉〈ゴーストホロウ!〉〈百花繚乱!〉〈竜牙陣!〉〈キル斬るスクエア!〉〈魔人突き!〉〈神罰!〉〈融解技法!〉〈お試し刀!〉〈ぶどう剣!〉〈狐の嫁入り!〉〈暗黒破砕刃!〉……!
そして最後は、
〈聖覇――〉〈天凛――〉『烈破ざああああああん!』「で、あります!」
「ぎにゃああああああ!」
絶え間ない大技の数々をなすすべもなく撃ち込まれ、天魔は吹っ飛んだ。
地面に叩きつけられ、なおも勢いが殺せず水切り石のように跳ね、近くにあった石柱に激突して、上にいた見物客たちを落下させたところで、ようやく停止する。
束の間、遺跡に静寂が戻った。
死んでいてもおかしくないどころか、死体が残っているのすら怪しいほどの猛攻を受けたのだ。
彼は……どうなった?
俺がわずかな不安に胸を重くした直後、土煙を割るように、ひょっこり彼の姿が持ち上がった。
「参った、参ったよ! 降参だ! これ以上は死ぬ!」
天魔は両手を振ってアピールしてきた。すっげーピンピンしてそうだけど。
「か、勝ったであります! コタロー殿、勝ったでありますよ!」
グリフォンリースが武器を取り落とし、俺に飛びついてきた。目に喜びの涙が浮かんでいるのを見て、天魔がそれほどの強敵だったことが改めて実感できた。
何しろ、一度は心を折られた相手だ。そこからの再起は、誰にでもできることではない。
「コタロー殿はっ……本当に何でもやってしまうであります……! いつでも、どんなピンチでも、本当に……! それなのに、自分は、自分はあああ……っ」
「おまえが俺を守ってくれるおかげだよ。一人の力じゃない」
感極まって泣き出した彼女の背中を叩き、自分たちの偉業を祝う。
割れるような天魔たちの大喝采が〈サウンドエンドの廃墟〉にわき起こった。
※
「これが〈天魔の試剣〉だ」
そう言って天魔が差し出したのは、つり上がった二つの目が象嵌された、どことなく邪悪な趣のある長剣だった。
「何だか悪そうでありますね」
グリフォンリースの感想はいつも率直だ。
「まあな。武具のデザインは相手を威嚇する効果もあるから、とりあえずそういうふうに作ってみたら、何だか悪者の剣みたいになっちまったよ、これが」
気を悪くした様子もなく、かぶとを脱いだ天魔はカラカラ笑う。
「試作品だが、実用には問題ない。巨人の武具には劣るけど、あいつらが作ったものよりは人間寄りにできてるはずだ」
実際、〈天魔の試剣〉は、大消費超威力の巨人の武器に対し、技のコストパフォーマンスの面で非常にバランスがいい。また、装備者のHPをターンごとに回復する治癒効果もあり、長期戦ではこちらに軍配が上がるとまで言われている。
「じゃ、グリフォンリース。使え」
「ええ!? だ、だってこれは〈導きの人〉のための武器でありますよ!?」
「強いヤツが使った方がいい。グリフォンリースは俺を守れるくらい強いからな」
「コタロー殿……」
じいいいんという効果音が聞こえてきそうな、グリフォンリースの頬の赤さだった。
「参ったな。強力な武器をこうもあっさりと他人に譲るとは。さすが、あんなやり方で俺に勝っただけのことはあるよ」
天魔が苦笑いしながら言う。
「あえて使い慣れない武器を使うことで、俺に動きを読ませないとはねえ。その中でどんどん進化されたら、こっちの読みが追いつくはずもない。普通なら戦力ガタ落ちだが、そんな状態でも戦える地力があるからこその奇手だった。いやホント、お見事」
仕様に負けた男が敗戦の弁を語っている。そんな大層な理由じゃないんだ。本当に申し訳ない。
《でも》《よかったのかな》《そういうやり方で》《コタローが勝ったのは嬉しいけど》《ちょっとズルい気もする》《こいつが本当に敵だったら》《通用しなかったかも》
キーニちゃんもちょっと不安げだ。テストは実力で通ってこそだしな……。
「おっ、お嬢さん。こんな勝ち方でよかったのかな? って顔してるな?」
「ぴっ!?」
またも心中を言い当てられ、俺の背後に隠れるキーニ。
「あははは、いいんだ。それで。今回はそういうルールだったし」
天魔は競技を終えたスポーツマンのようにさわやかに笑った。
「真剣勝負の場では何でもあり。相手にズルいと思わせたら勝ちさ。俺が引き出したかったのは、今まで頼りにしてきた絶対のものを捨てる潔さと、それでも生き残る狡猾さなんだ。もちろん、この思想に至っただけじゃダメ。短い試験の時間の中で、それをきちんと使える形にして、俺を打ちのめすだけの結果を作れなきゃ不合格だった」
積み上げてきたものを改めると同時に、その成果をすぐに出す。とても難しいことだ。
普通なら、もっともっと時間が必要になる。これまでの積む時間と同じくらいに。
そうか。
やり方の問題じゃなく、それをこの場で実現できるかが大事ってことか。
じゃあ俺は、ちゃんと合格したのだ。多分。
「これまで旅してきて、そのための引き出しを一つも得ていないようなら、巨人の想定未満だったおまえたちはこれ以上戦うべきじゃない。手厳しいようだけど。〈導きの人〉は勝利を約束された人じゃない。魔王に挑む小さき者なんだ。無理難題と戦う知恵が、これから先、いつも必要になる。それをよく覚えておいてほしい」
言い終えると、天魔の鎧から光る綿毛が浮き上がった。
いや、違う。
光の粒だ。
いつの間にか、天魔の背後の景色がうっすら見えていたことに、俺は今になってようやく気づいた。彼の透けた背後にいる他の天魔からも、光の粒子が立ち上がっている。
「時間らしい。久しぶりに楽しかったよ。ありがとうコタロー殿、それと、その仲間たち」
「こっちこそ、ありがとう。天魔」
「武器のお礼はいいさ。俺たちはそういう摂理だ」
世界の理に支配される天魔は、おどけるような仕草で笑った。
「いや、それだけじゃない」
「?」
「一気に使える技を増やしてもらった」
天魔は一瞬真顔になり、そして強ばった笑みを浮かべた。
「参ったよ……。こっちは完全上から目線でおまえたちを試しに来たのに、そっちは俺を踏み台にする気満々だったわけだ。驚いた……。どうしておまえが巨人の試練に落ちたのかちょっとわからない」
俺たちは苦笑を向けあった。
「最後に、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「ん、何だい?」
「帝都に戻ったら、天魔のこと宣伝していい? 巨人の試練に落ちても、手を貸してくれる人がいるって。後々のためにさ」
「えっ」
俺の提案に、彼は予想外の食いつきを見せた。
「た、頼むわそれ! 何かここに来るヤツらって、〝巨人の試練に落ちた、恥ずかしい〟ってのばっかりで、俺たちのこと秘密にしてるくさいんだよ!」
あ……ああああ。
そういうことか。天魔が何で無名なのかわかった。
言い方は悪いけど、天魔ってちょっと滑り止めっぽいのだ。
誰だって第一志望に受かりたい。〈導きの人〉だって巨人の武器がほしい。
巨人の試練に落ちたことは、近所の○○君には知られたくない……。
そういうことなのだ。
おまえ、滑り止めにされた者の気持ち、考えたことあるの?
何だか天魔が色んな意味で不憫に思えてきた……。こんなに強くて、こんなに苦労してるのに……。
「わかった。じゃあ、オブルニアの皇帝に頼んで世界中に発布させてもらうよ。巨人の試練で絶対に死ぬな、とも」
「マジかよ! ありがとうコタロー殿! おまえ……いや、あなたは最高だぜ!」
やっぱり軽い。設定的には重そうな人なのに。
「大変だ。これから忙しくなるゾ~。〈天魔の試剣〉をもっと作らなきゃ。おい、野次馬ども! おまえらも同じ種族の〈導きの人〉のために武器の量産計画を立てろよ!? 場合によっちゃあ、種族間での武器を融通する可能性だって出て――」
あっ……時間。
《消えた》《完全に》
最後、こっちすら見ずに消えていったぞ……。
つーか、本来なら魔王の居場所を教えるとか、ラストダンジョンのフラグ立てとか色々してくれるはずだったのに、全部ぶっちぎっていなくなっちまった。巨人に会えばそのへんは大丈夫だろうけど……。
「身内で盛り上がって終了ですか……。なんか……マイペースな人たちでしたね」
「いいではないですか、彼らも嬉しそうでありました!」
〈天魔の試剣〉を強く握りしめ、グリフォンリースが言った。
俺よりも激しく天魔と戦っていた彼女は、技以上の何かを、ここで得たのかもしれない。
一回り凛々しくなったように思える横顔を眺めながら、うなずく。
「そうだな。まあ、いいか! それじゃみんな、帝都に帰ろう!」
〈天魔試練〉、これにて終了!
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