第100話 歌が聞こえる! 安定志向!

「スロットの絵も見ずに、どうやって……!?」


 薄闇の中、自らが唯一の非常灯となりながら驚愕を露わにする支配人にタネ明かしをしてやる義理はなかった。


 テレーレレレレレレレレレーレー、レーッレーッレッ♪ 


 彼を無視したままレバーを倒し、ボタンを押す。再び聞こえてくるコインの音。


「一体……どうやって……」


 タタラッタッタッタッタラララタララ~♪


 レバーを倒す、ボタンを押す。コインが出る。レバーを倒す、ボタンを押す。コインが出る。レバーを倒す、ボタンを押す。コインが出る。レバーを倒す、ボタンを押す。コインが出る。レバーを倒す、ボタンを押す。コインが出る……。


「なぜっ。こっ、こんなっ……こんなっ……」

「聞こえるんだよ。俺には。勝利の歌がさ」

「しょ、勝利の歌っ……?」

「そいつが俺に教えてくれるのさ。ゲームの勝ち方を」


 そう言い切ったところで、スロット終わりっ!

 もう一〇〇万枚いっただろ。これにて、ここでの金策は終了だ。


「ああああっ……ああああああ」


 支配人はとうとう床に突っ伏してしまった。


「はは……結構衰えないもんだな。子供の頃に身についた感覚ってのは……」


 俺は頭の中に垂れ流していたBGMを止める。

 スロットの絵なんか最初から見てない。

 ただ聞いていた。

 ゲームにて、このカジノで流れているBGM『Value of the gold coin』を。


 さて、倒れた支配人と、コインに埋もれた女性陣が復活するまでに、今回のタネ明かしをしようと思う。


 みなさんはゲームの〝乱数〟という言葉を聞いたことがあるだろうか。

 ものすごーく大雑把に説明すると、乱数というのはゲームで〝確率〟を司っている数字のことだ。


 基本的に、ゲームに純然たる偶然というものはない。ゲームそのものが人によってゼロから作られている以上、そこで起こるすべては、一から十までプログラムに沿って導き出される予定調和だ。


 だが、裏では既定路線でも、表向きは偶然を装うことはできる。

 その時に活躍するのが乱数だ。


 これら乱数は、プレイヤーから見えないところで、時間経過だったり、コントローラーの操作と連動して常に変動している。

 確率を元に判定を問われる場面に来ると、そのときの乱数の数値を元に、プログラムは是非を下す。


 乱数は目に見えず、どうやって動くかも不明なので、プレイヤーにとっては偶然とか、不運とか、そういう言葉で片が付くのだ。

命中率95%の攻撃がはずれるのも、ムカつくあいつばっかり逆鱗が出るのも、何かが稀によくあるのも、全部乱数のせいなのである。


 つまり……乱数を解析できれば、そのゲームで起こる確率事象を意のままに操れるというわけ。


 これを乱数調整という。


 これは、普通の人間が独力でできることじゃない。たとえ変態でもできない。画面には表示されていない数値を見る必要があるからだ。何らかのツールを頼り、普段は見えない数値の世界へ入門しなければいけないのだ。


 だが、ごくまれに、人力でこの乱数調整を行える場合がある。


乱数がどんな条件でどう動いているかがわかっており、その操作もたやすいケースだ。


〝状況再現〟と言われている。


 たとえば、戦闘に入ってから特定の手順を踏むと、毎回敵の攻撃パターンが同じになったり、ダメージの数値が同じになったりする。

 悪い用法もあって、敵からのレアドロップを狙っているのに、毎回同一のコマンド入力で倒した結果、アイテムが出ないという確率事象を延々と引き続けてしまうこともある。


 こうするとだいたいいつも同じ結果になるんだが……というのを、ゲーマーならば、乱数の仕組みとかを知らずとも、自然と理解することもあるだろう。コロコロレースの裏技は、まさにそういうところから始まっている。


 その状況再現を、俺はこのカジノで、このスロットで、やった。


 スロットの絵のベルトの種類は、レバーを倒した時にランダムで決定される。そのランダムというのは、純粋な偶然ではなく、もちろん乱数を元に算出されている。


 状況再現の鍵は、いつ乱数が動き、いつ自分にとって最適な数値がやってくるかを知覚することだ。


 スロット乱数は……時間経過に依存している。


 プレイヤーが、画面に、カジノのマップを映し出させた瞬間から、時間と共に勝手に動いていく。

 つまり、ボタンを押すタイミングが一定ならば、絵が描かれたベルトの型の選出も同じ、それが揃うタイミングも同じということになる。


 問題は、そのタイミングがいつか、ということである。見えない数字を当てるのだ。時計を見ずに、今、何時何分何秒かをピタリと当てることに等しい。


 しかし、ヒントはある。


 音だ。


 このカジノのBGM『Value of the gold coin』だ。


 さっき、スロットの乱数は時間に依存していると言ったが、後進にこのテクニックを伝授するならば、音楽に依存していると言った方がより実践的である。

 このBGMが一周するとき、乱数もまた一周し同じ数値に戻ってくるのだ。


 しかし今、このカジノには音楽はない。ゲーム筐体の音がするくらいだ。

 乱数のタイミングを知る手がかりは、現実のカジノにはなかった。


 だから、脳内でリピートさせたッ!


 現在もしぶとく生き残っている『ジャイサガ』プレイヤーならば、この百五十五秒の音楽を、一ループなら誤差一フレーム以内で口ずさむという特技を習慣的に体得している。

 変態プレイヤーは、十八ループまでなら、誤差三フレーム以内に抑えるだろう。


 それでももしタイミングがわからなくなったら、カジノを出るか、闘技場に行けばいい。どちらも、カジノマップとBGMが、別のものに切り替わる瞬間だ。そして再びカジノマップに画面が戻れば、乱数も初期化されているというわけ。


 だから支配人が店を暗くしても意味はなかった。目が見えなくたって、この耳に染みついた音楽が鳴りやまない限り、俺がハズレを引くことはない。


 ああ……もういいのに、まだ聞こえるぜ。金貨の歌が……。

 これのせいで……眠れない日とか、あったなあ……。


 ※


「以上、十八点、十一万七二五〇キルトでお引き取りいたしますが、よろしいですか?」

「ああ、頼む」


 交換所の隣の質屋で、景品を即座に現金に換えるというこの嫌がらせ。

 ちょっと気が引けたが、売り子の骨はそんなこと少しも気にしない様子で、大量の金貨を俺たちによこした。ゲーム用のコインではない、本物だ。


「半分くらい残したのでありますか?」


 グリフォンリースが、景品リストを見ながらたずねてくる。


「ああ。そっちは武器だからな。パニに押し込んだ」

「こんなにたくさんの武器、どうするんですか? 武器屋でも開くおつもりで?」


 一つ一つをバックヤードにしまう作業をやらされ、若干恨めしげなパニシードが聞いた。


「いずれわかる。とにかくこれからも、主立った武器はだいたい回収するから、そのつもりでいてくれ」

「あい~……」

「さて」


 俺が振り返ると、こっちの最後の忠告で、どうにか武装だけは手放さずに踏みとどまった脱走部隊のみなさんが、申し訳なさそうに立っていた。


「……面目ねえ、コタローさん」

「グリフォンリースさんも、すいません……」


 悪魔の遊戯に魅せられ、任務を放棄してしまったのは、恐らく団員として許されざる罪だろう。懲罰ならもうけもので、除名もおかしくなかった。


「ままま、まったくであります。こ、こ、こんな場所に入り浸るなんて、せっ、世界の平和を守る団員として、もうちょっと考えてほしかったででででありますっ……!」


 グリフォンリースがダラダラ汗を垂らしながら、彼らに説教を始める。

 おー……無理してるなあ。


 グリフォンリースだって心ゆくまでハマっていた人間の一人だ。

 だが彼女には、征伐団の中核戦力であるという責任が常につきまとっている。こういうとき「お互い様だし」で済ますことは、彼女自身にも許されていない。


 たとえすべての言葉が「おまえが言うな」であっても、部下たちに伝えなければならないのだ。それは彼女の性格からしてもとてもつらいことだ。


 団員たちに肩入れする理由はないが、これ以上グリフォンリースを自責に苦しませるのもあれだ。助けてやろう。


「グリフォンリース、そのへんにしといてやろう。ここは単なる欲求にとどまらない、魔性の力が働く場所だ。彼らの抵抗にも限界があった」

「コタロー殿っ……! お、おほんっ、ま、まあ、コタロー殿がそう言うのなら、自分としても彼らの責任を問うのはこのくらいで十分だと思うであります。団長たちには、危険な遺跡があると報告し、ここへの立ち入りおよび、調査を禁じてもらうであります」


 すごくほっとした顔になったのも一瞬、慌てて取り繕った彼女の台詞に、脱走部隊の団員たちも、救われた様子で顔を見合わせた。


「本日はご来店ありがとうございました。できることなら、二度と会えないことをお祈りしておきます」

「そんなに言わなくても、もう来ないから大丈夫だって……」


 すでにこれ以上ないほどやせ細っているくせに、さらに頬のこけた印象のある支配人が、トゲを隠しもしない言葉で俺たちを見送ってくれた。


 いつの間にか、もう夕刻だ。だいぶ遊んでしまった。


「タタラッタッタッタッタラララタララ~♪」

「ん。グリフォンリース、その曲は……」

「えへへ。コタロー殿がちょくちょく口ずさんでいたので、覚えてしまったであります」

「そうか。いい曲だろ?」

「はいであります。どことなく、あの遊戯場にぴったりな感じがするであります」

「そうだな。俺もそう思うよ」


 俺とグリフォンリースは、その曲をハミングしながら、帝都へと戻った。

 まるで小学生に戻ったような気分。

 そしてその夜。


「くっそ……予想通り、曲が耳から離れねえ……」


 俺はベッドの中で頭を抱え、かつて味わった苛立ちに再びじたばたすることになった。


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