第101話 魔の山に眠るもの! 安定志向!
以前紹介したように、オブルニア山系は、本来人の文明を寄せつけない秘境だ。
ゲーム前半から来れるっちゃ来れるが、イベントは発生しないし、山の深部に行くルートは封鎖されてるしで、初見プレイではまず間違いなく興味が薄い場所になる。
だが後半になると、ここら一帯は危険なものがごろごろ眠っている地雷埋設地帯だったと理解できる。
その内の一つが、今、俺たちに牙を剥こうとしていた。
「ね、ねえカカリナ。今夜、暇かしら。よかったら夕飯をうちでどう?」
「いや。しばらくは小宮殿の離宮に詰めてコタロー殿たちの世話をしているから、暇な時間というのはないな」
「そ、そう……。じゃあ、あ、明日の朝、起こしに行ってあげようか? ついでに朝ご飯も作ってあげるわよ」
「? わたしは離宮で寝起きしているから、目覚ましや食事の心配はないぞ?」
「あ、あの……今日のお昼は……?」
「もう済ませてきた」
「うううっ……。だ、だったら、わたしはいつあなたとゆっくりできるのよっ?」
「な、なんだ? なに怒ってるんだクラリッサ。状況的に見れば、今ゆっくりしてるだろうに……」
「そうね……。ごめんなさい……。すいません……」
ここは帝国図書館の、クラリッサの作業室だ。
【聖術師】だけでなく研究員としても優秀な彼女には、それなりの広さの部屋があてがわれており、俺たち四人が加わっても十分なスペースが確保されている。
だが、さすがに、この痴話ゲンカじみたやりとりを感知せずに済むほどの距離はなく、俺の耳はたびたび二人のやり取りを拾っては、目にしている本の内容に不要な百合情報を混入させていた。
近くの椅子を見ると、グリフォンリースも資料を読むフリをしながらチラチラと二人の様子をうかがっており、どうやら俺たちの中で真面目に〈導きの人〉の記録を調べているのはキーニちゃんだけのようだ。
《勉強になる》《この人》《聖人クラスの魔導士と一緒にいたんだ》《使ってる術式がどれも定形外》《これを応用すれば……》《この描写からすると……》《あれが……》《これで……》《くそっ》《なにが〝なんかすごかった〟だ!》《ちゃんと見たまま記録しろ!》
真面目かどうかは、ちょっとわからないが、かじりつくように睨んでいるのは間違いない。
「失礼します。クラリッサ」
短いノックの後に、白衣姿の獣人が部屋に入ってきた。
帝都ではよく見かけるクマ型だが、眼鏡なんかつけて知的な雰囲気だ。
それにしても、全員毛むくじゃらの彼らが、白衣とかそういうの着て意味があるんだろうか?
「何かしらグアモス」
さっきまでカカリナと爛れた百合シーンをやってたくせに、眼鏡を押さえ、ぴしっとした才女に一瞬で切り替わるクラリッサ。
「ヤマオウル族からの連絡で、例の廃村に、また探索者が入ったそうです」
「また?」
露骨に不機嫌そうな声を上げる。
「十人規模の大きなパーティーのようです。万が一何かが発見された場合、こちらに調査協力の依頼が来る可能性がありますが……準備させますか?」
「いいわ、やらなくて。どうせ帝都に来るのはいつもの救援依頼でしょう。そちらは警備隊の仕事だし、あなたのチームは引き続き〈天魔〉についての文献解読を続けて」
「はい。そのように」
クマはクスリと笑うと、俺たちに丁寧に一礼して扉を閉めた。
今、クラリッサは〈天魔〉って言ったか。〈天魔〉って、あの〈天魔〉だろうな。うーむ。さすがオブルニア。あんなもんの資料まであるのか。
一連のやり取りが終わった後、カカリナが口を開いた。
「クラリッサ、廃村って?」
「え? 忘れたの? もう、仕方ないわね……」
さっきとはうってかわってご機嫌に答えるクラリッサ。
「キグ・オブルニア山の中腹に、廃坑があるのは覚えてるでしょう?」
「ああ、わたしらが子供の時に閉鎖されたあれか」
「そう。あのキグ鉱山は、百年ほど前から掘られていた場所なんだけど、変なガスを掘り当てちゃって立ち入り禁止になったの。廃村っていうのは、鉱夫とその家族が暮らしていた居住地のことよ。村の方にまでガスが来ちゃったから、捨てて逃げたのね」
「じゃあ、探索者たちは、そのガスの中に入っていったでありますか?」
グリフォンリースが割り込んだ。クラリッサは、思い人との楽しいお勉強の時間を邪魔されても別段気を悪くしたようもなく、
「いえ、ガスそのものはもう止まっているみたい。ただ、その間に、もっと豊かな鉱脈が見つかったから、みんなそっちに移ってしまって今は誰も掘っていないというだけよ」
「よかったであります……」
ナイツガーデンの騎士であり、〈魔王征伐団〉の重要人物の一人になったとはいえ、彼女が探索者でいた時間の方がまだまだ長いのだろう。同業者たちのことを案じた顔が、カカリナの言質で緩むのが見て取れた。
「なら、救援依頼っていうのは?」
俺が続けて質問する。
「かつての坑道が魔物の巣になってるらしいわ。近くに獣人の集落があって、彼らが教えてくれることによると、どうもこの近辺の魔物とは性質が異なるみたいなのよね」
「…………!」
ピンときた。
「地底から這い出してきたヤツらかな?」
「! コタローさん、知ってるの? 獣人たちも同じようなことを言っていたわ」
「いや、当てずっぽうで言ってみただけだ」
クラリッサを軽やかにかわし、俺は目線を本の中に隠した。
どうやら、あのイベントが始まりそうである。
〈古ぼけた悪夢〉。
このイベントを最初から味わいたければ、世界情勢が終盤に入ってから、グランゼニス近くの古い教会で、大冒険家のラナリオに会う必要がある。
それはラナリオと助手のアルフレドを仲間にする数少ない機会でもある。
『ジャイサガ』は後半からでないと仲間に加えられないキャラクターがわりと多い。もちろんバグを使えばこの手の不満は大抵解消されてしまうのだが、彼らは前半で独自のドラマを展開し、それを追った上でとうとう仲間にできたという喜びもあるため、不満を口にする者は少なかった。
ラナリオたちを仲間にするにせよ、しないにせよ、そのルートだと探検隊の一員としてこの廃坑道にアタックすることになる。それ以外だと、彼女を助けに行くルート。今の俺たちがそれに該当する。
このイベントを無視すると容赦なく二人とも死ぬ。
かなりきつい運命だが、登場期間が短いために、特に誰も悲しんでくれないというのが、彼女たち本当の不幸かもしれない。
今回の俺のチャートでは……。
もちろん助けに行く。
というか襲ってくる相手が相手なので、放っておくと帝都もヤバイ。
ラナリオルートだとよくわかるのだが、廃坑の奥にはあるダンジョンが広がっている。
そこは有毒ガスの発生場所となっていた空間で、奥にいるとある魔物がガスを発生させていたというのが事件の真相だ。
いや、こいつを魔物と言ってしまっていいのだろうか……?
正体に関しては、相対したときにもう一度詳しく話そうと思う。
どうせそれは、すぐだから。
※
その二日後。
離宮にいた俺たちに恐るべき凶報がもたらされる。
キグ・オブルニア山にて、巨大な魔物が出現。
山岳警備隊と〈魔王征伐団〉は速やかに展開し、これの迎撃に当たる模様。
なお、廃坑から出てきたと思われるこの魔物の正体についてだが。
最初に遭遇した探索者たちの証言から類推するに、
〝魔王〟ではないかと推測される。
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