第102話 逃げる、増える、そして死ねえっ! 安定志向!
「カカリナ。クーデリア皇女を通じて大宮殿に連絡を。敵は魔王じゃない。あと、浮き足立ってる帝都の兵士にも伝えてやれ。この程度でビビるな。俺が片づけるとな」
離宮で俺がそう告げると、カカリナはこくこくと人形みたいにうなずいて駆け出していった。普段の彼女からは考えられない動揺ぶりだ。
だが俺がいる限り、帝都も、そこに住むみんなも、必ず守りきってみせる!
ヒューッ!
何だかやたらとカッコイイな、このコタローって少年は。まるで俺TUEEE系主人公みたいだ!
ああ……はい。そうじゃないですね。はい。
人の陰に隠れているのが大好きな俺がこんな号令を発しなければならなくなったのは、「魔王出現」の報せに、帝都が蜂の巣を突いて落として、さらに足で踏み砕いたくらいの大騒ぎになっているからだ。
確かに、敵の親玉がいきなり特攻してくるのは、RPG的に見ても反則である。
常在戦場のザンデリア皇帝は、「そっちから来てくれるなら好都合だ。死ぬがよい」の精神だろうが、一般兵まで下がるとさすがにビビる者も出てくる。
ここ小宮殿でも、何かの使者が頻繁に出入りしており、クルートたちも不安げ。特に、自ら魔王を内包しているマユラなんかは、アイデンティティが揺らいでしばらくぽかんとしていたほどだ。おまえが戸惑ってどうする。とにかく、どこもかしこも混乱していた。
こんな状態では、見える敵も見えなくなり、倒せる敵も倒せなくなる。だから、俺が一喝をくれてやったというわけだ。
「〈魔王征伐団〉はすでに迎撃に出てる。グリフォンリース、キーニ、俺たちも追いつくぞ!」
そんなわけで、〈ぼけた悪夢〉じゃなかった、〈古ぼけた悪夢〉、攻略開始する!
※
もちろんバグで勝つよ俺は! 他に能がないからな!
俺たちが急ぎ進むのは、キグ・オブルニアへと通じる山の尾根だ。
廃坑から出てきた大型の魔物は、そこを通って帝都へと進撃してくる。
こいつを帝国軍と協力し、撃破するのがこのイベントのクリア条件。
さて、魔王に間違えられたほどの今回のイベントボスについて、早々に正体を明かしてしまおう。
実は、帝都の――帝国図書館にいるクラリッサたちの分析はあながち間違いではない。
こいつは、古い時代のディゼス・アトラなのだ。
『ジャイサガ』において魔王は魔界で撃破される存在だが、こいつの時代では地上にまで現れ、そしてオブルニアの山中で〈導きの人〉に倒された。
そして平和が訪れたり伝説が始まったりしたわけだが、この古い魔王は、完全には滅んでいなかったのである。
戦闘時の名前表記は〈朽ちた厄災〉。
〈朽ちた厄災〉の正体については、ゲームで語られることはない。ヒントを頼りに類推された、プレイヤーの妄想の産物だ。
とはいえ、フィールドでのドット絵と戦闘時のポーズが当代魔王に非常に似ている点。また一部攻撃が同じな点から、これはほぼ確定事項と言っていいだろう。
倒された旧魔王は、何らかの事情で土砂に埋もれ、休眠状態にあった。それをオブルニアの鉱夫たちが掘り当て、今回、ラナリオたちが目覚めさせてしまったのだ。
いや、別にラナリオが起こしたわけじゃないか。こいつ最初から起きてるしな。
俺たちは不穏な喧噪に包まれる帝都を抜け、悪魔のカジノがあった方向を、さらに奥へと前進する。
昨日までカラリと晴れていた空が、今日は灰色の雲でフタをされている。尾根から見下ろす谷も霧で埋もれ、鈍い闇がオブルニア一帯を覆っているように思えた。
そして――。
「えっ」
「あっ」
「ひ」
パニシード、グリフォンリース、キーニはほぼ同時に声をあげた。
「うわあ……」
最後に声をもらした俺の目は、他の三名と同様、遠い前方の尾根に、スケールの違う人型が立っていることを拒否しようもなく捉えていた。
……でかい。
まだかなり離れているのに、はっきりと姿が見える。巨大な山が、ひとまわり小さく見えてしまうほどのサイズのエラー。
当てずっぽうだが、十メートルはあるか?
――ボオオオオオオオオオオオオオオオオ…………!
汽笛に似ていると言うには、あまりにもおぞましい叫び声が大気を震わせた。
毒々しい深緑色の体。手足の筋肉は、衰えているというより腐りかけているという印象が強く、表皮は目に見えてボロボロだ。
頭髪は無節操に伸びた大樹の枝葉のようで、その隙間に、目を背けたくなるような闇を湛えた大きな空洞が三つ。眼窩と口腔なのだろう。
大型サイズの魔物は何度か見てきたが、これは色んな意味で別格。
大きさだけでなく、外見も、挙動も、すべて人を恐れさせるためのものだ。
あれが〈古びた厄災〉。
敗れた魔王の、なれの果て。
――ボオオオオオオ、ボオオオオオオオ……。
〈古びた厄災〉は、まるで何かを訴えかけるように吠えた後、四つんばいになって、山肌をゆっくりと這い進み始めた。
「ああああああああああなた様、あれはっ、あれは何ですかっ!?」
「ま、魔王でありますよ! あんなの、魔王じゃなかったら何だっていうんでありますかあっ!」
《逃げる》《逃げる》《逃げる》《逃げる》《逃げる》《逃げる》《逃げる》《逃げる》《逃げる》《逃げる》《逃げる》《逃げる》《逃げる》《逃げる》《逃げる》《逃げる》《逃げる》
仲間たちはたちまち恐慌状態に陥った。
元々巨大という認識があるドラゴンだとか巨人が相手なら、彼女たちもここまで取り乱すことはなかっただろう。
だが、これは違う。まだ誰もこの正体が正確にはわかっていないのだ。
こんな未知のバケモノがこの大地に潜んでいたなんて……。彼女たちの頭は、今そのことでいっぱいだ。そしてそれは、俺たちよりも先行した〈魔王征伐団〉の連中の頭の中にも渦巻いている恐怖だろう。
「落ち着け。そんなんじゃ、勝てる勝負も勝てなくなるぞ。そもそも、今回おまえたちに出番はない。俺に秘策がある。それでイチコロだ」
「い、いや、でも、あなた様、これは……」
「どんな策が通じるっていうんでありますか……」
《無理無理無理無理かたつむり》《策とか意味ない》《見るからに終わってる》《人が勝てる相手じゃない》
俺たちは、あれの完全体である当代魔王と戦えと言われているのだが、今から不安になるテンションの下がり具合である。
「とにかく信用しろ! おまえたちは今回は見学だ!」
俺は強弁し、山の尾根に布陣する先行部隊への合流を急いだ。
さて、この〈朽ちた厄災〉。
ゲーム後半の壮大さをプレイヤーに知らしめる、大がかりなイベントになっている。
山マップを進撃してくる旧魔王のドット絵は、通常キャラの四倍。
戦闘画面のほぼ全域を埋め尽くす威嚇的なドット絵は、後に戦う本家魔王と同じ姿勢なのだが、こっちの方が死骸めいた凄絶な姿をしており、迫力だけなら今作随一と言える。
まさに迫真。こんな有様なので、ラナリオルートから入った場合、これが本当にラスボスだと勘違いする初見プレイヤーが続出したのも無理のない話である。
これに対し、主人公たちは〈魔王征伐団〉と連携して最大五連戦することになる。
『ジャイサガ』の戦闘画面は、左側に敵、右側に主人公パーティーという配置になっているのだが、このイベントに限り、主人公たちの前陣に〈征伐団〉というNPCが現れる特別仕様に変更される。
もちろん彼らも戦闘に加わってくれ、オートで攻撃したり、アイテムを使ってくれたりと屈指の激アツ共闘シーンを繰り広げるのだ。
ただ、このイベントの仕様として、最初の二戦はどうやっても勝てず、一定ダメージを与えると、むこうの攻撃で〈征伐団〉がやられて一旦戦闘終了となる。主人公たちはじりじりと後退し、三戦目からようやく倒せるようになる、という展開になっている。
五戦目までもつれ込むと、たとえ勝利しても〈魔王征伐団〉は半壊、帝都にも被害が出るという壮絶な結末が待っているのだ。
まさに死力を尽くした戦いだが、その空気を読まず、あれこれやらかすのが『ジャイサガ』プレイヤーおよび、そのためのバグを生んでしまった制作スタッフである。
実はこの旧魔王。
あのね。
即死するの。
一度も攻撃することもなく。
初ターン初コマンドで。
死ぬの。
しかも、この熾烈な戦いに相応しい、猛烈に理解不能な死に方で。
それを人々は〈逃げる、増える、そして死ぬバグ・危険度:中〉と呼んでいる。
ここでの危険度はゲームの進行に対するものではない。バグを見た者たちが、あまりの意味不明さに、テレビに向かって頭突きをしてしまう際の、記憶喪失への危険性を示唆している。
内容を見ていこう。
このバグ最大の原因は、やはり普段はいない前陣の〈征伐団〉の存在にある。
普通のボス戦は相手のHPを0にすれば終わりだが、このイベントの勝利条件はなぜか、〝征伐団のHPが0でない状態で、戦闘画面が終わる〟という、かなり特殊なものになっている。
〈朽ちた厄災〉のHPは、一戦目10000、二戦目8000、三戦目以降6000と、徐々に低下してくる。HPを削りきると〈暗い輝き〉という技を使い、前陣の〈征伐団〉が消し飛んで戦闘は一旦終了となる。
終了後は、山マップへと画面が戻り、しばし後退した後に、別の〈征伐団〉と合流して再戦。
三戦目以降は〈暗い輝き〉が撃てなくなっているので、やっと普通に倒すことができる。このあたりは、旧魔王が今度こそ力尽きつつあるというニクい演出でもある。
このように〈暗い輝き〉によって、二戦目までは必ず〈征伐団〉は消滅してしまうので、その間、プレイヤーが勝利条件を満たすことは絶対に不可能になっている。
だが、最初に述べたように、このイベントは、バグを用いると速攻で終わる。
一戦目の、一ターン目に。
バグのミソは、イベント勝利条件に〝〈朽ちた厄災〉を倒す〟という極めて常識的な項目が設定されていない点にある。
あっ、と察された方もいるだろう。
つまり、〈朽ちた厄災〉がどれだけ元気いっぱいだろうと、〈征伐団〉が生き残っている状態で戦闘画面が閉じれば、このイベントはそこで試合終了なのである。
ではその方法とは……?
RPGを嗜む諸兄には思い出してもらいたい。我々には〝たたかう〟以外に、戦闘を終わらせるすべがあるということを。
そう……。
〝逃げる〟んだよおおおおおおおお!
『ジャイサガ』での逃走不可のバトルは、〝逃げる〟というコマンドが最初から表示されない親切設計だ。
このイベント中も、やはり〝逃げる〟コマンドは表示されていない。だから、普通は、ストーリー的にも逃げるなんてことは思いつきもしない。むしろ消し飛ばされた〈征伐団〉の弔い合戦にいきり立つ場面だ。
しかし……。
俺たちが逃げる方法は、ただ〝逃げる〟コマンドを選択するだけにはとどまらない。
――ここに〈煙玉〉というアイテムがある。
色々なRPGに同様の役割を持って登場する、戦闘から強制脱出できるアイテムだ。
RTAなどでは、エンカウント抑制アイテムに並んで、神器になりうる必需品である。
これが、
このボスに通じるのだ。
他のボスには通じないのに、こいつにだけは効果があるのだ。
戦闘が終わると、勝利条件を満たしているので、それでイベントは終わる。
まさかの無血勝利。
これだけ。
だが、このバグが真にイカれているのはここからだったりする。
戦闘が終わると山のマップに切り替わるのだが、フラグの一部が狂ってバグったのか、はたまた従来の討伐シーンが現在のシーンと重なってしまっているのか、〈朽ちた厄災〉が二体に増えているのだ!
谷の方――画面右に新たに現れた旧魔王はシルエットのみで、中身は灰色。これは本来、こいつが消滅するときの演出に使われる画像だ。
旧魔王が増えるだけでも「!?」なのに、そこから左にいる本体が、右にいる灰色の方へとスライドしていき、両者はついに合体。
すると、しれっと画面が揺れだし、従来通りの消滅イベントが始まるのである。演出のためBGMが途切れる迫真の静寂が、このシュールさをより加速させ、見ている者の腹筋を襲う。
逃げる、増える、そして死ぬ、というのは、この流れをどうしようもなく端的に説明した言葉だ。
バグ名だけを聞いて「どういうことだ!?」と思った人も、中身を知れば「つまりどういうことだった!?」と納得してくれること請け合いだ。
まあとにかくひどいバグだが、これさえ知っていればこのイベントは超余裕なのである。帝都の人々が恐怖におののいているのに、なぜ俺だけがこうも余裕ぶっこいているかわかってもらえたと思う。
さあ、とっとと陣を張った連中に追いついて、戦々恐々の彼らを助けてやろうじゃないか。
なあに、すでに勝利は確定だ。大船に乗った気分でいたまえ!
船の名前は、そうだな……。
巨人の神の名前であり、強大無双を意味するタイタニック号というのはどうかなッ!
ファファファファファ……! しねい!
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