第97話 悪魔の遊戯! 安定志向!

 さ、色々あったが今日も元気に世界を救うぞ!


 後半は重要イベントがいっぱいだ!

 チャートもちゃーんと見直して、ミスのないようにしないとね!

 時間はあるから、精度をできるだけ高めて、魔王をやっつけよう!


 はあ……。

 何だよ。

 どうにかしたよ。あの女神のこと。

 知らぬ存ぜぬで通し切ったよ。


 直接的な証拠はないんだ。

 ほら、その、妖しげなベッドだって、しわくちゃになってるだけで、他がどうこうなってるわけじゃないだろ。

 なんか、その……形跡だってさ。ニオイとかさ……。知らんけど。


 そもそも、何かあったらバレるだろ、メイドさんたちには。クルートなんか呼ぼうと思った瞬間にはもう来てるんだから、その感覚をもってすれば、この離宮で隠し事なんてほとんどできないんだよ。


 ……とかそういう理由で、俺は身の潔白を証明した。


〈ほん〉の一件で、一時的に精神的耐性がついていたのかもしれない。あるいは、絶対に俺は悪くぬえと言い切れるときは、どんなに窮地でも堂々としていられるタチだったのか。

 人間、色んな局面に立ち会ってみないと、自分の性質というのはわからないもんである。


 俺から「誰のものか徹底的に洗ってくれ」と下着を提出したのが決定打となり、この一件はその日の夜までにはどうにか収束した。

 下着は、ひょっとしたら女神本人が赤面するようなねっとりした綿密な調査がされるかもしれないが、それはとてもざまあみろであり、スカッとサワヤカな気分になれる。

 ……まあ、あの女神は絶対気にしないだろうが。


 ともあれ、金策第一号である〈図書館迷宮〉は終了だ。

 現在の所持金は約三〇万キルト。

 一般的な家庭から見れば大金だが、巨人の集落での軍資金としてはまだまだはした金にすぎない。


 というわけで、金策二号の発生を待つ!


 こいつは帝都で何泊かすれば勝手にむこうからやって来るので、俺は静かに待てばいい。

 そして、〈ほん〉と下着の騒動からわずか二日。

 それは勃発した。


「コタロー殿、大変でありますう!」


 蝶番を弾き飛ばす勢いでグリフォンリースが扉を開けたとき、俺の部屋にはちょうどキーニちゃんが遊びに来ていた。


 グリフォンリースは部屋に飛び込んできた速度のまま、毛布と見まごう柔らかい絨毯の上に顔から滑り込むと、七並べで互いを苦しめ合っていた俺たちに、切迫した声でこう告げた。


「ま、〈魔王征伐団〉に失踪者が出たであります!」


 事件の概要はこうだ。

 山岳戦闘の訓練を兼ねて帝都周囲の警戒にあたっていた一部隊が、規定のルートをはずれて、そのまま行方がわからなくなった。

 定刻までに戻らなかったことからすぐに救助隊が編制され、幸いにもその日のうちに、山道を歩いている彼らを発見することができたという。


 だが、その様子は奇妙の一語に尽きた。

 特に外傷もなく肉体的には健康な様子なのに、団員の問いかけにも上の空で、返事も要領を得ない。かと思えば光るものに妙に反応し、金属音がすると全員がそちらに振り向くという異様ぶり。

 帝都の人間でもこのような症状は見たことがなく、未知の魔物からの攻撃も考えられたため、様子を見るため彼らには丸一日の謹慎が命じられた。


 しかし。

 その謹慎の日――今日。彼らは消えた。

 部屋にある、私物と共に。


「自分が離れたすぐ後にこんなことが起こると、何とかできたのではないかと悩んでしまって……」


 グリフォンリースは絨毯の毛先を掴みながら、悔しげにうめいた。

 そんな彼女に、俺は頭上から声をかける。


「心配するなグリフォンリース。彼らは無事だよ」

「えっ?」


 責任感の強い彼女には悪いが、俺の顔にははっきりと下世話な笑みが浮かんでいた。

 待っていたイベント〈悪魔の遊戯〉の始まりだ。


「コタロー殿は、ひょっとして彼らの行き先に心当たりがあるのでありますか……?」


 のっそりと起きあがったグリフォンリースが、戸惑い気味に聞いてくる。確かに、これだけの情報で事件の全容が見えたら、もう安楽椅子探偵どころのレベルじゃない。全知全能の神様だ。さすがに俺も全知全能じゃない。


「まあな。じゃあ、行ってみようか」


 ただ、彼らと同じ経験があるだけだ。


 ※


〈魔王征伐団〉の詰め所に寄ると、クリムが宿舎の階段で膝を抱えて黄昏れていた。


「やあクリム」

「あっ、あっ、コタロー! それにグリフォンリースも! あとついでに暗い子も!」


 俺たちを見るなり、しなびた顔で駆け寄ってきたクリムは、レベル99とは思えない泣き言をぼろぼろとこぼし始める。


「彼らを救助したのはわたしたちの隊だったのよ。ちょっと様子は変だったけど、見たところ何かに攻撃されたようなふうでもなかったし、そのまま本部に引き渡しちゃったの。でも聞いた話だと、発見した直後の方がまだ受け答えがちゃんとしてたのよ。その時に詳しい話を聞いておけば、こんなことにはならなかったんじゃないかって考えちゃって……ううう~」


 なんて普通で、まっとうな悩み。小隊長になっても彼女の役どころは変わらないようだ。


「大丈夫でありますよクリム殿。コタロー殿が必ず解決してくれるであります!」


 ぽん、と肩に置いたグリフォンリースの手を取ると、クリムはさらに情けない顔になって俺を見上げる。


「頼むわよコタロー。ツヴァイニッヒ様から、今のてめえはやせ我慢だけしてればいいって言われたんだけど、今のままじゃ部下たちの前で無駄に不敵な笑みすら作れそうにないわ」

「ああ。任せとけ。すぐに全員つれ帰るよ」


 その後、失踪した部隊の訓練ルートを確認し、俺たちは帝都を出発した。


 ナイツガーデンからやって来たルートを表とすると、訓練に使われたのは裏にあたる。オブルニア山岳地帯を、より深い方へと進む道だ。


 オブルニア山系の本来の姿は、人が立ち入らぬ深山幽谷である。

 そこに平気で住んでいる帝都の人々が特殊なのであって、裏側は未開というより、きっとこの先もずっと拓かれることのない険しい自然が広がっている。

 それゆえ、未発見の遺跡や遺物なども多い。


 拓かれることのない未開の地なのに遺跡があるってどういうこと? とは思ってはいけない。歴史というのは常に、それを記す文明が基準なのだ。新大陸発見とか言ったって、別にそこが最近できた新しい土地ってわけじゃない。

 征伐団の詰め所から失踪した彼らが向かったのも、そんな遺跡のうちの一つ。


 ゲームの中のルートを思い起こしながら、クリムから借りた地図を眺めつつ、俺たちはそこへと到着する。


「あ、あなた様、ここは……」


 パニシードが、岩肌にぱっくり空いた洞窟の闇を見つめ、羽を震わせた。


「か、階段があるでありますよ……!?」


《人工物?》《こんな山の中に?》《獣人の住まい?》《それにしては、空気が不穏》


 グリフォンリースとキーニも気後れする中、俺はまったく警戒せずにその洞窟へと足を踏み入れた。


「大丈夫。危険はないよ。……肉体的には」


 外からの光は、やや曲がり気味に下りていく通路にあっさりと遮断される。

 が、暗闇が満ちるのもごくわずかな間だけ。奥の方で揺らめく光が俺たちを誘導し、そして、奇異な空間へと呼び込んだ。


 押し寄せてきた光の壁に、思わず顔をかばう。


「うわっ」

「な、何でありますかこれは!?」


《どうなってるの?》《お城?》


 床一面に敷き詰められた絨毯、柱に備えられた原理不明の光源はこうこうと輝き、壁という壁に垂らされたタペストリーを白々と照らし出す。

 キーニが思わずそう考えてしまうのも無理はない、お城の中めいた光景。


 だが、実際に城で暮らしてみるとよくわかるが、ここには瀟洒さがたりない。

 ただただ、きらびやかさを足し重ね、己の豊かさを金色の輝きばかりで表そうとした成金主義。小市民の願望を鏡写しにしたような安っぽさは気にも留めず、さらに虚飾で満たそうとする浅はかさは、だが、ここでは確かに必要なものでもあった。


 度の過ぎたゴージャスさに、溢れるような金色の光。小さき者たちを酔わせ、目をくらませることこそが内装の本義であり、本当の機能美。実際の城にある重厚な防備や威厳など、ここには必要ないのだ。


「タタラッタッタッタッタラララタララ~♪」

「あ、あなた様、何を歌ってるんですか!? 気をしっかり!」

「失礼な。タララン♪ ……タタラッ……よし。問題なし」

「どこが!?」


 耳元でパニシードに怒鳴られながら、俺は一人ほくそ笑む。

 感覚は鈍ってない。これなら大丈夫そうだ。


 入り口で立ち止まっていた俺たちのすぐ横で、青白い鬼火がわき起こった。

 グリフォンリースとキーニが咄嗟に身構えるのを、俺が片手で制する。


 鬼火の中から現れたのは、シルクハットをかぶり、空中浮遊する、燕尾服を着たトカゲのガイコツだった。下半身の骨組みはなく、上半身以外は背骨だけが尻尾となって垂れている状態だ。なんつうか……トカゲの幽霊?


「ようこそお客人。〈悪魔の遊戯場〉へ」


 トカゲは帽子を取って優雅に一礼した。


「な、何でありますか、その禍々しい名前はっ……」


《何が起こるの?》《悪魔がいるの?》《ここは危険?》《コタロー》


 オロオロする仲間たちに一つ笑みを向ける。


「安心しろ。悪魔はいない。いたとしても、俺たちの心に住んでるくらいの、ささやかな連中だけだ」


〈悪魔の遊戯場〉。

 ここは他のRPGでいうところの、カジノである。

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