エンディングだよ! 安定志向!

 澄み切った青空に祝福の鐘が鳴る。


「結婚おめでとう」


 色とりどりの紙吹雪が舞い、陽光を跳ね返してまばゆく輝く。


「おめでとうグリフォンリース」


 純白のドレスに身を包んだグリフォンリースは、いつもの勇ましい出で立ちとは異なり、白百合のようにたおやかで可憐だった。

 鎧も盾もない。しかし、頬を赤く染めた彼女がグリフォンリース本人であることを疑う者はいない。

 彼女にも、来るべき時が来たということなのだろう。


 グリフォンリースは慣れないウェディングドレスのスカートにぎくしゃくしながらも、寄り添うように教会入り口の短い階段を下りてくる。

 これまで長い時を一緒にすごしてきたグリフォンリース。

 そんな彼女との関係に一つの区切りがつき、そして新たな幕が上がるのだ。


 俺はパニシードを肩に載せ、笑顔で声をかけた。


「結婚おめでとう! グリフォンリース!」

「ちょっっとおおおおおおおおおおおおお!? コタロー殿オオオオオオ!?」


 伴侶となる人と腕を絡ませあったまま、グリフォンリースが情けない声を上げた。


「どうしたグリフォンリース! せっかくのハレの日にそんな顔をするもんじゃないぞ」

「そうでありますが! なああああああんでそんなごく普通のことのように受け止めてるでありますかあああ!?」

「うるせえぞグリフォンリース。ちゃんと段取り通りにやらねえか!」


 教会前の階段に集まったギャラリーから叱責が飛んだ。


「今日この日を迎えた天使のような花嫁に向かってなんて汚い言葉でしょう。死ぬよりも早く今すぐに地獄にお落ちになっては?」

「ええまったく。早いところお嫁さんを探して、お世継ぎを産んでもらったあとは、一刻も早く引退してもらいたいですね。そうでなければ、我が家の家格はチンピラ方向へと進むばかりです。失礼本音が」


 結ばれる二人の案内役をしているシスターと、ギャラリーの一部から反論を受け、彼はギロリと鋭い目線を返す。が、それを受けた二人はにっこり笑って逆にチンピラ男を閉口させた。


 ああ、いちいち遠回しに言うの面倒くさい。やめやめ。

 チンピラ男はツヴァイニッヒ。シスターはクレセドさんで、主人に対して口の利き方がなってないのが執事のセバスチャンだ。


 ここはナイツガーデン。小高い丘にある新しい修道院の、教会。


 俺たちはまるっと一家でここでの結婚式に参加していて、そして花嫁グリフォンリースのお相手というのが――


「さあグリフォンリース様。行きましょう」


 ほんのりと頬を赤く染め幸せそうに微笑むのは、騎士院ナンバー一、シュタイン家がご令嬢のリリィ姫だ。


 どちらも精緻な刺繍入りのウェディングドレス。素人目にも逸品だとわかるその雰囲気に加え、見目麗しい少女が二人並んでいるという神秘的な光景に、出かけた言葉もため息に溶けて消えていく。

 しかし、花婿不在――両方とも花嫁ってことについては、誰一人ツッコむことはない……。


《グリフォンリース》《すごく綺麗》《花嫁衣装似合ってる》《ていうか絶対専用に作られてる》《それに偉くなった》《このままいけば、ワンチャン、ナイツガーデンを支配するまである》《うまく国の方策をいじって》《わたしを甘やかす法律とか作ってもらおう》


「ねえよ」


 隣にいるキーニちゃんのフードを引っ張ると、不服そうにジト目を向けてきた。


《あり得ないとは言い切れない》《あのお姫様をタラすチャンス》《コタローもタラシだから焼いてるの?》《わたしならいつでもタラしていい》《世界を救ったわたしに見合う人間なんて、コタロー以外にいない》《準備OK》


「……これは〝ごっこ〟だって、最初からそう言われてるだろ」


 コメントしずらい発言の数々を向けられ、俺は話が脱線しないよう本題にのみ答える。

 そうなのだ。

 これはリリィ姫発案の、結婚式ごっこだった。


 ここに至るまでの状況を軽く整理しよう。


 世界を救った俺たちは今、グランゼニス、ナイツガーデン、オブルニアをだいたい一月周期で回っている。

 今のところこれは、世界が救世の英雄をもてあましているというより、魔王討伐の戦勝セレモニーの色が強い。


 まずザンデリア皇帝は、俺たちが帰還して勝利を報告するや、そこからガチに一ヶ月間休みナシでお祭りを開催した。国庫の五分の一をつぎ込んだとかいうそれは、堅忍不抜を地でいく帝国民の人生観を変えるくらいのどんちゃん騒ぎだっただろう。

 クマとか普通に踊ってたし、シカがラインダンスしてた。

 夜は静まり返る帝都が、あそこまで長期に明るかったのは、建国以来初めてのことだという。


 そのパワーに弾き出されるようにしてグランゼニスを訪ねると、今度は、帝都に対抗心を燃やした国王のバカ騒ぎが待ち構えていた。

 こちらは帝都ほど伝統的ではないが、兵士も探索者も一般人も一緒になった、下町感の強いものとなった。


 酔っ払いに絡まれない日はないというくらいの放蕩の日々がこれまた一月続き、どうにか隙を見つけてナイツガーデンに逃亡したのがちょっと前。

 ここでも盛大なパーティーが開かれたが、元々落ち着いたお国柄であり、お祭りは数日のうちにスマートに終了。

 帝都に戻ってもまた騒ぎになりそうなので、旧俺たちの屋敷で少し骨休めしていた時に、舞い込んできたのがリリィ姫からの結婚式の話だった。


 つーか、世界を救ったら必ず戻ってきてって約束してたもんな……。ゲームじゃそこまで表現されてないけど、現実ではそうなるわな。

 今さら確認するまでもないことだが、リリィ姫が待っていた相手はグリフォンリース。

 えるしってるか。このものがたりのしゅじんこうはおれじゃない。


 ただ、シュタイン家がこの結婚を許すはずもなく、それっぽいイベントをしてリリィ姫の欲求を満たすという、ままごとの範疇にとどまったわけだ。


「はー。綺麗です……。いいなー」

「いいなあグリフォンリース。わたしたちもいつかあれを着れるのかなー」 

「憧れるよね~」


 ミグ、マグ、メグが揃ってため息をつく。俺はそれを見て、


「羨ましいってよグリフォンリース」

「コタロー殿はあまりにも無神経であります! 自分は、自分の結婚はぁ……」

「グリフォンリース様。今はわたくしだけを見てくださいませ……」

「ふにゃあ……」


 首筋に顔を近づけられ、溶けていくグリフォンリース。

 世界を救う騎士でもリリィ姫のフェロモンにはかなわないのか……。


 ナイツガーデン式の結婚式に則り、教会前での祝福が終わると、プログラムは庭での立食パーティーへと移行する。


 堅苦しいのはこの前段階までで、会食は打ち上げ会のような砕けたものだそうだ。

 この式はまったく非公式なものであるから、招かれているのは、式進行を任されたクレセドさんたち修道院のシスターをのぞけば、俺の関係者のみ。だから、一段落ついた雰囲気は、もう日常のそれへと戻っていた。


「お疲れ様でしたグリフォンリース。リリィ姫も、とてもお綺麗でしたよ」

「クーデリア皇女。このたびは、わたくしどもの式におこしいただき、本当にありがとうございました。騎士のカカリナ様も」

「へにゃあ……ぁ痛ぁい!」


 リリィ姫に微笑まれたカカリナが、クーデリア皇女に尻をつねられて飛び上がっている。

 実はクルートもそばに控えていて、この帝都の三人組は、表向きには世界が平和になったので社会勉強という形で大国を回っている。……まあ実質、俺たちを追いかけて旅行しているだけだが。


 帝都からあまり出たことのないクーデリア皇女には、世界のすべてが新鮮に映るようだ。今日の結婚式にもやる気満々で参加していた。


 そんなセレブな彼女たちを見ながら、ワイングラスに口をつけようとした俺は、中に入ってる異物にぎょっとして手を止めた。


「本当にいい式でしたねえあなた様ァ?」

「おいパニィ!? おまえ俺のグラスで入浴すんなって前にも言っただろ!」

「なんれふかあなた様ァ? ほらこのままグイッとどうぞォ! パニシードのおいしい味が染みだしておりますよお」

「すでにできあがってんじゃねえか! あ、潜んなコラ! 出てこいよ!」


 こいつ、ここ二ヶ月のどんちゃん騒ぎですっかり酔い癖がついてやがる。

〈導きの人〉のお目付役から解放され、女神つきからも解雇されたパニシードは、完全に俺という一個人についた妖精になった。

 こういうのは珍しいのだそうだが、〈導きの人〉のガイド役を終えたからといって、今さら離れられても困る。


 俺はこいつが必要だし、こいつも俺が必要だ。

 人という字は、人と人が支え合っている形を表している。

 そして俺たちは……その二人の人間のうち、寄りかかる側になろうと狙っている関係なのだ。


「いやー、いい式だったねえ、グリフォンリース。どう? 形だけとは言え、やっぱり一区切りついた気持ちになる? 新たな人生みたいな?」

「クリム殿! なにニヤニヤしてるでありますか!」


 普段は飾り気のないグリフォンリースだけに、そのウェディングドレス姿を間近に見ようと、多くの仲間が彼女の周辺に集まっていた。


 お酒を片手にヘラヘラ笑っているクリムは、〈魔王征伐団〉解散に合わせて帰国したが、近いうちに、世界の治安を守る新機構に参加することが決まっている。

 幹部クラスの席も用意されていたが、彼女は一部隊の隊長であることを選んだ。

 まあ、世界で四人しかいないレベル99の一人ではあるが、組織を束ねる能力はそれとは別なので、適材適所だろう。


「うーむ。これがシュタイン家御用達の仕立て屋の仕事か。どう思う、ダインスレーニャ」

「きめ細やかな刺繍の技と、シルエットが決して崩れない耐久度。可憐ながら質素で中身もある、騎士の国ならではの意匠かと」

「そこだけを見るのは浅いぞ、ダインスレーニャ。この装飾の神髄は演出の引き算にある。無駄に飾り立てず、コンセプトをそこはかとなく着る者に定着させる。これこそが職人がもっとも見せたかったものだ。質素とはまるで異なるものと捉えるべきだろう」

「まあカラドバ。あなたっていつもいつも、とっても口うるさいですわ。この間も、わたしが商工ギルドに頼んだ仕事に後から余計な注文をつけて」

「おまえは社長を喜ばせるためだけに仕事をしているだろう? 俺はそれに加えて会社を大きくすることを常に考えている。今だけでなく、次の布石を打っておくことも大事――」


 他方では、マユラを挟むように、黒髪の美女と、オールバックのインテリメガネがネチネチ言い合いを始めていた。

 ……まあ、会話でわかると思うけど、あれ、〈源天の騎士〉どもな。


〝黄金の律〟との背反が終結した彼らは、攻撃的な鎧姿を失い、人も同然の形となった。

 マユラが言った、命を得るというのが比喩なのかどうかは俺にはわからないが、それでも、これまでの生き方を一変させた――させることができたのは、彼らの存在が真に意志を持ったのだと信じている。


 今はマユラと一緒に、〈マユラ&ナイツカンパニー〉を設立し、人間社会で商売を楽しんでいる。

 うん……。間違いなく、この世界最強の会社です。軍事的に。


「この菓、子は、うまい……」

「ガハハ。命を得て早速このような楽しみができるとは、思わなんだなあグンニネルス」


 他の騎士たちもこの場にいる。

 フルーツの載ったビスケットを囓っている縮れ毛の陰気そうな男は〈暗い火〉グンニネルス。

 フライドチキンを両手に持って交互に食らっている、チョンマゲの偉丈夫は〈実らぬ土〉フルンティーガ。

 こいつらは、主に取引先との揉め事が起きたときに出番があるという。


「グリフォンリースを惚れ直したんじゃないかな、コタロー?」


 俺の横に来て、悪戯っぽくシナを作って見せたのは〈乾きの水〉テュルフィだ。


 ついに鎧の中身を拝むことになったのだが……。

 無防備さと感じさせるくしゃくしゃの髪は肩ほどまであり、顔立ちは中性的かつ幼いせいで、今でも性別は不明のまま。

 まさか、風呂場までついてくわけにも行かんし……。


 そんなテュルフィは、M&K社の癒し枠であると同時に、その抜け目なさが小悪魔的だと取引先から恐れられ、しかし商談の際には必ずつれてきてほしいという人間たちのこじれた欲求のもと、多忙な日々を送っている。


 経営者のくせに、翻弄されるのが大好きな人種がこの世界には揃っているようだ。

 正直、その気持ちはわからんでもない自分が少し怖い。


「いいよね。お嫁さん。僕もいつかは、なんてね……」


 そう言って、意味深に俺を見上げてくる。

 背筋がぞわぞわしくてる。これだよ。悪い癖になりそう。


「おいコタロー」


 ぞんざいに呼ばれて振り向くと、珍しく騎士の礼服姿のツヴァイニッヒがいた。

 隣にはセバスチャンの姿もある。


 彼らは純粋に来賓ということになっているが、シスターたちに見つかって段取りの手伝いをさせられているのをさっき見た。

 悪態をつきつつも断らないのが彼のいいところ――などというほっこりする話ではなく、シュタイン家との繋がりを意識した汚い損得勘定が根底にあった。


「どうした?」

「面倒ごとだ」


 俺はごく自然に返事をし、彼もいつものように応じる。


 ツヴァイニッヒは初代騎士公の遺品を見つけたことがようやく評価されたことに加え、リリィ姫を介してシュタイン家との繋がりをうまく使うことで、家格を第三位にまで押し上げていた。


 没落しかけた一族としては異様とも言える失地回復で、その復活の様は他の円卓メンバーをして不死鳥と言わしめ――はせず、ゾンビ騎士と陰口を叩かれているという。


 執事のセバスチャンは、いつかこの反動が来るのではないかと、日々、ケンカの準備に余念がないそうだ。もうやだこの名家。穏健派が一人もいないの。


「実は、リリィ姫がもう一回段取りを最初からやりたいとゴネてるらしい。アンドレアのヤツがなだめてはいるが、まあヤツも甘ちゃんだから無理だろうな。と言うわけで、グリフォンリースの方をてめえが何とかしろ」

「シスターの方々から頼まれたのは坊ちゃんなのに、それを平然と救世の英雄殿に押しつける厚かましさ。騎士の礼節を4649歩踏み外すチンピラぶりでございます。早く引退しろ。失礼、今引退しろ」

「失礼本音がって言えや!」


 相変わらずの二人に苦笑を向けつつ、俺は、溺れた虫みたいなパニシードを片手につまみ、グリフォンリースへと歩み寄った。


「もう一回やるでありますか!?」


 ミグたちに取り囲まれた彼女は、事情を聞くなり大きく叫び、急に声を潜めた。


「いいいい、いやでありますよう。だだ、だ、だって、もう一回やるということは、ちちち、誓いの、ききききキスもやり直すということでありましょう……!?」

「うん」

「それについてコタロー殿は何も思わないでありますか!」

「二人ともすごく綺麗だあ」

「うがーーー!」


 グリフォンリースの目がギラリと光った。


「だっだら、ゴダロウ殿もいっじょにやるでありまず!」

「えっ?」


 がっしと腕を掴まれる。レベル99【騎士】クラスの握力だ。逃れるすべはない。


「コタロー殿はこのグリフォンリースと結婚するのであります!」

「ええっ!? お、おいおい……」


 戸惑う俺をよそに、ツヴァイニッヒがゲラゲラ笑った。


「いいじゃねえか。それでグリフォンリースの気が済むなら。所詮はごっこ遊びだ。ま、予行練習と思ってやっとけやっとけ」

「おいチンピラ騎士! 何が予行練習だ。だいたい、俺普段着で来てるんだぞ? できるわけないだろ!」

「それについては、そこのチンピラが騎士の礼服を予備で一着持ってきていますので、それを貸させましょう」


 ニヤニヤ笑いながらクレセドさんが現れた!


「ちっ、しょうがねえな」


 笑いながらもう準備に取りかかってるツヴァイニッヒ。

 実は犬猿の仲じゃねえよなこの二人! 単に口が悪いだけの仲良しだな!?


 俺がなおも抵抗しようした矢先、グリフォンリースとは逆側から腕をガガシシと掴まれる。驚いて振り向いてみるとキーニちゃんだった。


「ヒック」


 口からアルコール臭いシャボン玉が飛んだ。こ、こいつ、酔っている……!


「わたしもコタローと結婚する」

「普通にしゃべった!」

「するしかない。わたしがコタローを墓場につれてく。一緒に埋まる」

「すでに死後のマイホームについての予定が!?」


 彼女の台詞が皮切りになった。

 呆然としていた周囲のメンバーが、一斉に俺の向かって雪崩れ込んでくる。


 ミグが、


「そんな! じゃあわたしもご主人様と結婚します! そして小さくても可愛らしい家に住んで、家具やベッドは小さいのが一つしかないけれど、二人はいつも寄り添うようにして、そしていつか……」


 マグが、


「長いよミグ! だったらわたしも結婚する! 新婚旅行しよ新婚旅行!! 川で魚釣ったり、テントで寝たりさあ!」


 メグが、


「わたしもわたしも~! 結婚して、子供たくさん作ってみんなで遊ぶ~! 頑張ろ~ねご主人様~」


 クルートが、


「そ、それならわたしだって……! こ、こんなわたしですが、お嫁にもらってもらえますか……? 絶対、後悔させませんから……!」


 テュルフィが、


「じゃ、じゃあ僕も混ぜてもらおうかな~……。あ、順番は最後でいいよ。僕はコタローの心の準備ができるまで、いつまでも待ってるからね……えへへ」


 次々に俺に取りつき、きゃあきゃあ引っ張り始めた。

 なんだこれ正月初売りのセール品になった気分だ! 特価のセーターがいつの間にか手あかまみれの雑巾に!


「お、落ち着けみんな! ごっこ遊びだ! わかってるな? それに、ドレスがないだろドレスが! いくらごっこ遊びでも、普通の格好じゃ――」


「いや、あるぞコタロー!」

「マユラ!? 待てその先は言わなくていい!」


「では社長に代わってわたくしが。実は、世界が平和になったことで各地でブライダルラッシュが起こっておりまして、我が社はすでにこの波に乗ってお仕事を展開しているところです。ちょうど帝都の職人から試作のドレスが数点届いておりますので、ここにいる人数分はすぐにでもご用意できますわ」

「やめろダインスレーニャ!」


「ならば続きは俺から。新型ドレスの着心地や不具合を確かめるために試着を頼むつもりでいたから、サイズはおまえの周辺人物に合わせてある。実際の式と同じ動きの中でテストできるならこれ以上の好機はない。直ちに準備するから、是非使ってくれ」

「やめてくだしあカラドバ……」


 さっきまで高みの見物だったのに、何だかとんでもないことになってしまった。

 ごっこ遊びったって、やってることは本番と変わらないのだ! こ、心の準備が……。


 く、クーデリア皇女! どうなんですか、こういうのは!? 伝統にうるさそうな帝都の人はいい顔をしなくてもおかしくないですよね!?


「帝都の職人が作ったのですか? 面白そうですね。マユラ、わたしの分はあるのですか?」

「ああ。クーデリア皇女の分と、カカリナの分もある」

「いいですね。カカリナ、ちょっとわたしと結婚しなさい」

「オブルファッ!? よ、よろしいので……!?」

「おや、わたしの求婚を断るのですか?」

「けっ、結婚しましゅうううううう! こうじょしゃましゅきいいいいいいいいいい!」


 ああ、もう止める人が誰もいないよ。

 こうして花嫁がごっそり増えることになった。

 一人男が混じってるけど、リリィ姫は細かいこと気にしないよ。


 もうすごいことになってる。

 合同結婚式というか、病的な数の重婚が発生してる。これを容認する世界がどこにあるのだろうか。


 加えて、カラドバが持ってきた新型ドレスも俺の度肝を抜いた。


「なんだァそのドレスはマユラァ!?」

「うむ。玉座の間で見た、女神の服装を参考にしたのだ。ウェディングドレスにも自由な発想があっていいと思ったのでな。すでに世界中から、貴族平民問わず注文がかかっている」


 あんとき、女神がどんな格好してたか覚えてます?

 そう、白スクっす……。

 それをマユラがドレスに魔改造したのだ。白い手袋と、白ニーソを添えて。

 完全に偏った趣向だが、女神の服装とあっては、この世界のどこからもケチがつく余地なんかない。むしろ爆発的に広がっていくだろう。


 あの……あの被服文化の敵があああああッ……! とんでもないものを置いていきましたよあいつ! 帝都に戻ったら絶対もんく言ってやるぅ!


「ぴっちりしてて動きやすいですよご主人様」

「どうー? 可愛い?」

「似合ってるよね~?」

「ど、どうだろ。コタロー。我の分も作ってみたのだが……その、可愛いだろうか?」


 肩と太股の絶対領域を晒しつつ、マユラとメイド三姉妹が踊るように俺のまわりをちょろちょろしている。酒に溺れた羽虫みたいなヤツと違って、本物の妖精じみていた。


「コタロー。も。似合ってる。かっこいい」


 騎士の礼服姿の俺を、さっきからつっついているキーニちゃん。

 彼女のドレスは、普段のローブをドレス仕立てにし、フードまで再現されている。


「英雄の一人が着ていた服として、魔法使いクラスからの需要が高まっている」とカラドバが余計な解説をしてきた。


「素敵です、コタロー様。あの、もっと近くで見てもいいですか?」


 クルート、テュルフィ、クーデリア皇女とカカリナは一般的な形状のドレス。


「あはは、こんなに早く夢がかなっちゃうって、すごいね。これが生きてるってことなのかな?」

「見た目以上に動きやすくていい作りですね。さ、カカリナ。エスコートを」

「ひゃいいいいいいい! いっしょうめんどうみましゅううううううううううう」


 カオス。

 明らかに主催者の意図を逸脱してる。


 つまり、なるほど、これもバグみたいなもんか。

 こんなにバグった結婚式は、恐らく二度とないだろう。

 まさか、俺が『ジャイサガ』の新バグを発見することになるとは。

 でも、再現性のないバグは……はは、攻略には使えないな。


「さあさあコタロー殿! 覚悟を決めるであります!」

「わかったわかった。今さら逃げ道はないよ」


 リリィ姫に手を引かれるグリフォンリースに腕を掴まれ、酔って踊るパニシードを頭に載せた俺が続く。その手にしがみついたキーニちゃんに、マユラとミグとマグとメグが繋がって、クルートとテュルフィを引っ張っていく。クーデリア皇女とカカリナはその後からゆったりと続いて、俺たちはみんなで教会の中へと入っていった。


 シスターたちは物珍しい光景に大喜び。貞淑そっちのけで口笛とか吹いてる。

 ツヴァイニッヒも、クリムも、クレセドさんも、セバスチャンも、アンドレアも、ダインスレーニャも、カラドバも、フルンティーガも、グンニネルスも、みんなみんな笑っていた。


 鐘が鳴る。

 高らかに。

 いつまでも、いつまでも。

 楽しい式になりそうだ。

 いや、もう楽しい。絶対に。


 てんやわんやで申し訳ないが、俺の物語は一旦ここで終わる。

 この先の人生でも、色とりどりのできごとが巻き起こるのだろうが、それらを語るには、今のところストック不足だ。

 これから日々日記でもつけて、十分な量がたまったら、また語る時がくるかもしれない。


 安定とは名ばかりの、俺の自分語りとバグまみれの不安定な物語に付き合ってくれてありがとう。

 もし、服嫌いの女神がいる異世界に迷い込むことがあったら、是非コタローという男を訪ねてほしい。

 素敵な世界を案内することを約束する。

 ほんのちょっと、普通のやり方じゃないかもしれないけど。

 それじゃあ、また。

 お元気で!




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