第46話 逃亡の女騎士を捜せ! 安定志向!
「ここがコタローさんの御屋敷、ですか……」
二十名近くにもなるシスターたちのまとめ役であるマクレアさんは、我が家の重厚な扉の前でもう一度屋敷の全景を目に収めるように天を仰いだ。
「騎士院があなた方に、これほど立派な御屋敷を用意するとは思ってもいませんでした。本当にここを使わせていただいてよろしいのですか?」
「ええ、もちろん。どうせ空いてる部屋なので好きに使ってください」
「ありがとうございますコタロー様」
「コタロー様はわたくしたちの恩人ですわ」
若いシスターたちが俺を取り囲み、鼻の下を伸ばさせようとする。
「お礼を言うのはいいですが、浮ついた気持ちにならないように。今日からしばらく、ここがお勤めの場所ですからね」
マクレアさんが引き締めると、シスターたちが慌てて俺から離れた。
「まあまあ。楽しいことはいいことですよ、シスターマクレア。みんな、最近は不安だったのですから、少しくらいははしゃがせてあげないと」
フードから赤い前髪をのぞかせつつ微笑むのは、ナイツガーデン最強の女クレセドさんだ。彼女は他のシスターと協力して、組み立て式の寝台を載せたリアカーを引いていた。
俺はこの簡単な引っ越しの手伝いを申し出たのだが、マクレアさんたちに「これも修業だから」と断られてしまっている。
「シスター」
俺たちが開けるよりも早く扉が開き、中からミグたちが飛び出してきた。
「あらあら、ミグ、マグ、メグ。久しぶりですね。元気でしたか」
マクレアさんのふっくらした体に抱きつきながら、ミグたちは笑顔でうなずく。
修道院にいた頃から、ミグたちは彼女によく懐いていた。
何だか親子のようにも見えてくるのは、やはりマクレアさんの包容力とカーチャン的なオーラのせいだろう。
俺のカーチャンは元気だろうか。息子は異世界で頑張っておりますぞ。
「グリフォンリースたちも待ってます。さ、中へどうぞ」
こうして、シスターたちとの生活は再スタートした。
シスターたちは寝室で四部屋、礼拝堂代わりに一部屋を使い、畑仕事に出たり、勉強したり祈りを捧げたりと、これまでと変わらず規則正しい生活を続けた。
ただ、町がずいぶん近くなったことと、俺たち俗人がすぐそばにいることで、若年のシスターたちは少し浮かれた状態のようだ。彼女たちは勉強のために修道院に預けられていた貴族の少女であるため、根っからの聖職者ではない。グリフォンリースたちともよく世間話をしているし、俺も話しかけられたりする。大抵が町の流行の話で、彼女たちは積極的にそれを聞き出そうとしている。
それにしても、うん……やっぱりいいね、シスターのいる生活。
自由時間に、クレセドさんがグリフォンリースと並んで素振りをしてるのが、気になるっちゃ気になるけど。
それからさらに数日がすぎ、屋敷の中でシスター姿の少女に会釈をされても、それがごく当たり前に感じられるようになった頃――。
その事件は起きた。
庭で、ミグたちとクレセドさんたちが一緒になって洗濯物を干しているのを眺めていた俺は、塀の向こう側を忙しなく行き来する無数の足音と声を聞いた。
ふと、コンコンコンと正面扉のノッカーを叩く音が響き、聞き覚えのある声で「グリフォンリース」と呼ぶ声が続いた。
「クリムか。どうした?」
俺が裏庭から顔を出すと、騎士制服姿のクリムはこちらに向き直り、
「コタロー。グリフォンリースはいる? 大変なの」
何があったんだろうか。
「え?」
「なになに?」
「何かあったの~?」
「気になりますねえ」
ミグ、マグ、メグに続いて、クレセドさんと他のシスターまでもが、俺に飛びつくみたいな形で、話に割り込んできた。完全に野次馬だ。
それを見て、クリムはぽつりと言った。
「…………。コタローの家って、女の子ばかりだよね……」
はい、おっしゃるとおりです。
※
「逃亡者?」
呼んできたグリフォンリースを加えた、さっきの野次馬組の前で、クリムは今町を騒がせている事件について話した。
「うん。何でも、オブルニア帝都から逃げ出した兵士が、この町に逃げ込んだらしいの」
オブルニア山岳帝都……。
俺はこの単語を聞き逃すわけにはいかなかった。
中盤の山場である〈人類大陸戦争〉の発端となる国の一つだ。
だが、今、オブルニア絡みのイベント? おかしい。まだそんな時期じゃないはずだ。下準備となるイベントすら起きていない。何かバグったのか……? 俺は内心焦る。
「帝都といえば、わたくしの従姉妹の暮らす国ですわ。何があったのかしら……」
若いシスターのつぶやきを接ぎ穂にして、クリムは話を続ける。
「もし逃亡者を匿うようなことがあれば、ナイツガーデンとオブルニア帝都との関係も悪化するわ。オブルニアは初代騎士公とも因縁のある国だから。だから、騎士院はその逃亡者を血眼になって探してるの」
「どんな人なんですか?」
クレセドさんが聞いた。
「さあ、それは、よくは……。ただ、オブルニアの人には、肌が浅黒い人が多いって聞いたから、それが目印になるかも」
何とも頼りない証拠だ。日焼けしてる人なんて、この近所でもどれほどいるか。
「ツヴァイニッヒは何か言ってるのか?」
俺はてっきり、その呼び出しでクリムが来たのかと思っていたが、彼女は首を横に振った。
「ううん。ツヴァイニッヒ様は、街道を見てくるって言って、何人かで出ていってしまわれたままだそうよ。わたしは自主的に町を見回ろうと思って、グリフォンリースにも声をかけてみたんだけど……」
「立派な心がけであります。自分も行くであります」
「俺も行くか?」
「いえ。コタロー殿は、御屋敷の人たちを守ってほしいであります」
「わかった」
今、町人が町を歩くのはあまり得策ではない、ということなのだろう。
功を焦ったボンクラ上級騎士に、よく確認もせずに逮捕されるという可能性もなくはないのだ。ここは本職の騎士に任せた方がいい。
「気をつけろよ。何かあったら、遠慮なく新技を使え」
「はいであります!」
相手が何であれ、この時点で現れるような敵なら一撃だろう。
グリフォンリースとクリムが出て行ってから、俺は一人、記憶の糸を辿った。
おかしい。やっぱり何度考えても、この時期にオブルニア絡みのイベントはない。
そもそも、オブルニアからの逃亡者というイベントそのものに覚えがない。
「怖いですね」
「早く見つかるといいですが……」
洗濯物干しを再開しつつ、シスターたちの会話にも憂いが生じる。
「誰か。誰かいないか」
またドアノッカーを叩く音がした。今度は男の声だ。
俺が出ていくと、いかつい顔の騎士二人組だった。
「何か?」
「町の騒ぎについてはもう知っておろう?」
出し抜けに言われ、俺は一瞬返答に困った。
「まさか知らぬわけではないだろうな。仮にも騎士の家に住む者が」
「いや、知ってる」
問いかけた男は、相方と意味ありげなイヤらしい笑みを交わした。
うーむ。この偉そうさと、態度の悪さ。上級騎士の関係者だな。単にグリフォンリースに会いに来たわけでは、絶対にないだろう。
「なら話は早い。屋敷に入れてもらおう」
「は? 何で?」
答えたのは相方の方。
「例の逃亡者は女との情報がある。ここには日頃から顔を隠して生活している者たちが大勢いるだろう。そこに紛れ込んでないか、一人一人確認してやる」
シスターたちのことだ。
野郎、彼女たちにセクハラでもしにきたか。
バックには〈円卓〉第五席のメイルシール家がついているはずだが、今あちらはそれどころではないはず。きっと、そういった事情を知らされもしない下っ端が、シスターたちを好きなだけ虐めていい相手と勝手に認識し、独断行動しているのだ。
力ずくで追い返してもいいが、どうする?
「その必要はありません」
まるで俺が言われたような気がして振り向くと、エントランスに肩を怒らせたマクレアさんとクレセドさんが立っていた。
「そのような怪しい人物がいれば、わたくしどもは一目でわかります。あなた方はここで油を売ってなどいないで、早く町を見回って下さい」
「何だと? 騎士の任務にケチをつける気か?」
マクレアさんの援護をするため、俺も横から口を出す。
「任務かどうかは、騎士院に聞けばわかる。もし違っていたら、これはサボリと同じだな。後で問題になるぞ」
「いや、それは……」
「メイルシール家だったか? 今すぐ俺が確認してくるか? 屋敷には誰かいるんだろ?」
「ま、待て。わかった。何か気づいたことがあったら俺たちに相談しろよ。いいな……」
「クソッ、調子に乗りやがって。覚えてろ」
騎士二人はそそくさと退散した。
なんかもう、露骨に小さすぎて、ホントにこんな人間いるのかと怪しんでしまう。あいつら、せこいチンピラ役のバイトとかしてるんじゃないだろうな……。
「シスターマクレア……」
二人の姿が屋敷から見えなくなったところで、他の修道女たちが彼女の元に集まってきた。
「大丈夫ですよ。不届き者は帰りましたから」
そう言ってマクレアさんが笑うと、他のシスターたちの顔もほころんだ。
そのときだった。
「あら、あなた……」
それは何気ない一言だった。
肩に糸くずがついているのを教えるような、そんな普通の呼びかけに、一人のシスターが大きく反応した。
「えっ? どうしたの?」
と、その人が呼び止める間もなく、修道服姿の人物は屋敷の奥へと足早に去っていこうとする。
そして――
「きゃっ」
「っ!」
現れた人影に、どん、とぶつかり、その場に尻餅をついた。
《なに?》《ぶつかった》《ごめんなさい》《ごめんなさい》《怒らないで》《いきなり出てくるから》
ぶつかられたショックで、廊下の隅まで吹っ飛び、小さく震えているのはキーニだ。
そしてぶつかった方は――?
「あなた……誰?」
シスターの一人が声を震わせた。
尻餅をついた拍子にフードが脱げて、端整な少女の顔立ちと、浅黒い肌、それとクリーム色の髪が露わになっている。
「あっ……」
慌ててフードをかぶり直すが、当然手遅れだ。
その場にいる全員の視線が彼女一人に一点集中する。
「…………。これまでか。好きにしろ」
そう言って、彼女は再びフードを脱いだ。
意志の強そうな翡翠色の瞳が、静かに俺たちを見据える。
「ん……。ん……!?」
俺は思わず声を上げた。
肌の色や態度からいって、彼女はクリムが言ったオブルニアの逃亡者で間違いない。
本当にシスターたちに交じっていたのか。
しかし俺の驚きはその点にはない。
「おまえは……カカリナか?」
潔い諦念が漂っていた少女の表情にも、俺と同じものが浮いた。
「……なぜわたしの名前を知っている?」
間違いない。オブルニア山岳帝都の【インペリアルタスク】、カカリナだ。
ドット絵の段階ですでに、可愛い絶対に可愛い! とプレイヤーたちを身もだえさせた褐色少女。普通にオブルニアで仲間にできるはずの彼女が、なぜここに?
……いや、待て。
思い出せ俺!
……いた。いたぞ! 確かに、一時期、彼女はここナイツガーデンにいた!
〈街道警備〉から何日かすぎてから、ごく短い間だけ、カカリナはナイツガーデンに出現するのだ。
なぜ彼女がそこにいるのか、『ジャイサガ』プレイヤーの間でもまったくの謎だった。
オブジェクトに囲まれ、普通には立ち入れない場所にいるから、近づくことはできないし、バグ技を使って話しかけても、セリフ自体が設定されていなかった。
何かの演出なのか、没イベントの名残なのか、バグなのか、一切が不明。
どうせいつものバグだろって、ほとんどのプレイヤーからは気にもされなかったけど。
それがまさか、逃亡者としてあそこにいたのか!?
謎を解いた感動のあまり、俺はカカリナが目に恐怖すら浮かべてこちらを見つめていることに気づくのが少し遅くなった。
見れば、修道女たちからも疑念の視線が流れてきている。
我に返り、慌てて言った。
「あ、俺の名前はコタロー。探索者をやってる。あんたのことは噂で聞いたんだ。オブルニアに優れた女騎士がいるって……。だから、もしやと思って適当に言ってみただけで、深い意味はなかったんだ」
「優れた騎士か……」
カカリナは目を伏せて、寂しげに笑った。
「それは間違いだ。わたしはただの臆病者で……姫様の期待を裏切った、騎士のできそこないだ」
それを聞いて、俺はシスターマクレアに目配せする。彼女も目でうなずいてきた。
どうやらカカリナから話を聞く必要があるようだ。
落ち込んでいる彼女のため。
そして、彼女をバグとして扱い、イベントと見抜けなかった、すべての『ジャイサガ』プレイヤーのために。
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