第47話 彼女がそこにいた理由。安定志向!

 俺たちはカカリナを礼拝堂として使われている部屋につれていった。

 別に神の御前で告解させようとかいう発想ではなく、ただ人が大勢集まっても不自然じゃない場所を、万が一他人に見られたときの保険として選んだだけだ。


 カカリナに質問をぶつける前に、俺はグリフォンリースたちを呼び戻し、ついでにツヴァイニッヒを呼んできてもらっていた。


 彼が修道院の真の救い主であることを知らないシスターたちは反対したが、カカリナは政治的にややこしい立場にある。ナイツガーデンの現状と照らし合わせられる人間が必要だった。それには地位があり、そして理由があればちゃんと話を聞いてくれるツヴァイニッヒが適役だ。


「てめえんちは確かに女だらけだから、一人くらい増えてもわからねえとは思うが……。大胆なことをしやがったな。この騎士は」


 セバスチャンをつれて現れたツヴァイニッヒは、目を伏せて肩を落とすカカリナを見て、半ば呆れたようにぼやいた。


「しかし……勇猛果敢な騎士として知られるオブルニアの牙が、なぜ槍も持たずに逃亡などを……?」


 セバスチャンの言葉には畏怖を含んだ敬意がある。

 カカリナのクラスである【インペリアルタスク】は、騎士系の中でも最上位にある。高い防御力とHPに加え、回復と防御の魔法まで操る多芸さ。そして彼女たちが操る槍の必殺技は、凡庸な火力職を一瞬でセピア色の思い出にしてしまうほどの威力を持つのだ。


 それはゲーム世界での評判にも表れ、「インペリアルタスクこそが最強の騎士団」みたいなセリフを言うNPCが世界中に配置されているほど。

 もちろん、プレイヤーにとっても彼女の貢献力は絶大。選んで損はない。


「それを今から聞くんじゃねえかセバスチャン。だろ、コタロー」

「ああ。そうだ」

「ことと次第によっては、わたくしたちも力になります」


 マクレアさんの一言に、伏していた目を少し持ち上げ、カカリナはうなずいた。


「コタローに看破されたとおり、わたしはオブルニアの帝国騎士カカリナ。今回、この家の者たちに迷惑をかけてしまったことは本当にすまないと思っている。特に、さっきわたしとぶつかった、そこの……」


《ひっ》《なに》《わたしなら大丈夫だから》《こっちを見ないでほしい》《忘れてほしい》《この女の子》《肌の色綺麗》《瞳の色も綺麗》《わたしを見ないで》《比べられる》《頭が鳥の巣だと思われる》


 部屋の隅で体育座りしていたキーニが、表情のない顔に脂汗を浮かばせ始めたので、俺が「彼女は大丈夫だ」と代弁して話の先を促した。


「わたしの国には七人の姫がいる。みな、見目麗しい〝神峰のエメラルド〟と讃えられるにふさわしい方々だ」


 そうだった。実際、オブルニア山岳帝都でイベントを進めていくと、そのうちの何人かとは会える。まあ、全員同じドットだけどな。立場は偉いけど、所詮モブだし。


「わたしが所属する〝第四の牙〟隊は、一番年若い七番目のクーデリア皇女に槍を捧げている。幼きながらもあの可憐さと高貴さは、我らの忠節すべてを束ねても、まだあまりある神聖なものだ」


 そう述べた彼女の目に、少しだけ力が戻ったのも束の間で、続く言葉にはより分厚い無力感がのしかかった。


「しかしわたしは……別隊の讒言ざんげんに惑わされ、第四皇女のツーデリア様を支持すると約束してしまったのだ。あの方の……刺々しい態度の裏に隠された温かさと愛らしさに、つい本来の忠義を曲げて……」

「支持?」


 俺の問いに、カカリナは両手で顔を覆ったままうなずいた。


「姫様たちの間には、決して譲れぬ戦いがある。クーデリア様が六つになられたときからそれは顕著化し……今では騎士を含む城内の者たちすべての肩にのしかかっている」


 お、おいおい……それって。

 俺が思わずツヴァイニッヒを見ると、彼も眉間に深いシワを刻んでうなずき返してきた。


「やべえぜ。こいつは、お家騒動ってやつかもしれねえ」


 俺にしか聞こえないような声でささやかれ、心臓が冷たい血を全身に送り出す。

 そんな……。ゲームではそんな関係性、描かれてなかったぞ。むしろ、アホらしいほど仲良しだったはず。どうしてそんなことに……。


 オブルニア山岳帝都は、女帝が治める国だ。

 彼女はエンディングでもピンピンしてるが、後継者争いはそれとは別に進行していてもおかしくない。


「坊ちゃん、悪巧みなどされませぬよう。これはナイツガーデンの四十八倍ややこしい話でございます」

「ああ? まだしてねえよ。悪巧みできねえか、考えてただけだ」


 それがいけねえんだよ、この悪者!


「わたしには決められない。姫様たちはみなお美しく、気高く、優しい。そしてそれは、七人が揃ってこそ輝くのだ。一人でも欠けてはいけないのだ。……だからわたしは、運命の日を目前に逃げ出した。どなたも選べず……どなたに我が意思を捧げることもできずに……」


 カカリナは頭と膝を抱え、細い肩を震わせだした。


「運命の……」

「日……」


 その言葉の重さに、俺たちは息を呑んだ。


 おい待てよ。運命の日って何だよ。それって……何かが、ひょっとして身内同士の争いとかが起こる日ってことか?

 じゃあ、じゃあ今、オブルニア山岳帝都は血で血を洗う――


 何だよそれ……!

 おかしいだろ。

 だって、オブルニアにはそんなイベントない。


 カカリナだって、この後、普通に帝都に帰って、騎士の詰め所にいるじゃないか。

 そこで普通に仲間にできるじゃないか。

 何が……何が世界を狂わせたんだよっ……!


 ヤツか? マユラを誘導し、俺に無理やりイベントをこなさせた、謎のヤツか!?


 冷たい血が逆流し、体が空っぽになるような錯覚。この見知った世界が崩れていくような恐怖。それらを重く感じた俺が、思わず叫び出しそうになったとき。


「無理だ……。姫様たちの誰が一番可愛いか総選挙するなんて……わたしに投票できるわけないじゃないか!」


 は?


 ……は? ……はあ!?


「総、選挙?」


 俺が魂を半分失いながら繰り返すと、カカリナは翡翠色の目に涙さえ浮かべ、こちらに食いかかるような顔で叫んだ。


「ご長女のアネデリア様はまるで姉のような包容力を! ご次女のダルデリア様は気だるさの中にも輝くものが! 第三皇女のダンデリア様は男性的な魅力と力強さ! 第四皇女のツーデリア様はさっき言ったとおり! 第五皇女のヤンデリア様は、病的な依存度につい我が身を捧げたくなる! 第六皇女のサーデリア様は、厳しく激しい叱咤の中に垣間見せる深い愛! そして第七皇女のクーデリア様は、クールな立ち振る舞いの裏に隠された甘えん坊な一面があるッ! どれを一番かなどと……決める必要があるかあああっ!」


 最後はほとんど血を吐くような絶叫。


 え……えああああああああああああああああああああ!

 俺も叫びたいわああああああああああああ!

 何言ってんだコラアアアアアアアアアアアアアアアッ!


「チッ……そいつは難しい問題だな」

「わたしならば、アネデリア様一択でございますが……。若い方はそうでもないのでしょうか」


 ばかなのツヴァイニッヒとセバスチャンばかなの!?


「うーん……。第一皇女様以外、どなたも一癖ありそうな方々ばかりであります。ヤンデリア様とか、恐ろしいだけの人のように思えますが」


 おまえがそれ言うのかよグリフォンリース!


「わたしはダンデリア様」

「わたくしも」

「あら、わたしはサーデリア様に罵られてみたいですわ」

「ダルデリア様と一緒にのんびりしてみたいな」


 シスターたちも黙ってて! よく知らない人でしょ!

 ああもうしっちゃかめっちゃかだよ!


「この場の者たちでもこれほど割れる! 見たか、これが姫様たちの魅力なのだ!」


 見たか! とか俺に勝ち誇ってどうするんだよこのバ褐色娘!

 返せ! 返せよ! ごっそり持ってかれた心の安定を返せ!


「ともあれ、その人気投票がいやで、この国にまで逃げてきたってことだな?」

「うむ……。意気地のないわたしを蔑むなら蔑め。帝国騎士の名折れだ」


 俺が再確認すると、カカリナは深いため息をついた。もっと別のところで名前折れてる気がするのですが、それはいいんですかね。


「んで、帝国はそれを知らず、あんたが国外逃亡したと見なしたわけか」


 と、これはツヴァイニッヒ。


「いや、わたしの事情は知られているはず。陛下は何としてもわたしを捕らえ、一票を投じさせるつもりなのだ」


 国を挙げて何をやってるんだ、あそこは……。


「だったら、あんたが帰らないことにはこの騒動も終わらないってことだろ。なら帰って大人しく投票するしかねえんじゃねえか?」

「それは……わかっている」

「大丈夫ですよカカリナさん」

「クレセド殿……」

「もう投票はあらかた終わってしまったのだから、あなたが誰に入れようと結果はかわらないですよ。そして、あなたがそれほど想う方々ならば、きっとあなたの投票を優しく見守ってくれるはずです」


 クレセドさんの言葉に、カカリナの目に少しだけ力が戻った。


「そう……だな。あの方々を信じることなら、わたしは誰にも負けない。きっとわたしを待っていてくださる。ありがとう。みなも……迷惑をかけた。帝国に帰ります」


 すっと前を見据えた彼女には、帝国最優良仲間キャラにふさわしい風格があった。


「ある意味内政問題だから、騎士院を通して帰すわけにもいかねえ。俺がこの国の抜け道を案内してやるから、来い」

「ありがとう、ツヴァイニッヒ殿。同じ騎士として感謝する。それから――」


 と、俺の方を見るカカリナ。


「わたしをこの町の警備隊に突き出さず、話を聞いてくれてありがとう、コタロー殿。もし帝国領内に立ち寄ることがあったら、是非会いに来てほしい。そのときは必ずこのお礼をする」

「あ、ああ。元気でな……」


 姉デレとかツンデレとかクーデレはまだしも、サドデレとかヤンデレが皇女様やってる国には行きたくねえな……。


「さようなら。また会おう。誰に投票するかは…………帰りながら考えることにするよ……」


 こうして、人騒がせな女騎士は、人知れずナイツガーデンを去った。

 町に漂っていた物々しい気配はそれから数日のうちに消え、騎士を通じて、騎士院に感謝状が届いたという話をもって、この件は完全決着となった。


 そして、俺は長年の謎を一つ解いた。


 そういや、初めて会うときでも、カカリナはやけに愛想がいいんだよな。

 それは、本来ならこういうやりとりが事前にあったからなのかもしれない。


『ジャイサガ』プレイヤーが、彼女があの時あの場所にいた本当の理由を知ったら、どんな顔をするだろう。

 きっと俺と同じ顔で、こう言うに違いない。


 はっはっは、『ジャイサガ』らしいぜ。

 くっだらねえ!! ……と。

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