第11話 バグイベントで狂気の世界! 安定志向!

「あ、迷い猫バスターズだ」

「どこ行ってたんだよ。久しぶりだな」

「まさか普通の冒険か? なんてな。アハハハ……」


 探索者ギルドに着いた途端、この歓迎ぶりだ。

 俺たちはもう普通の探索者とは見なされていない。


「こんにちは。どの猫にいたしましょう」


 カウンターのおねーさんはいつからペットショップの店員になったんだ?


「いや、今日は猫じゃなくて、〈モーリオ商工長からの依頼〉をやりたいんすけど……」

「えっ……」


 ざわりと波打つ店内。


〈モーリオ商工長からの依頼〉は、世界情勢を動かすイベントの一つだ。

 町に三つある商工ギルドの一つを仕切るモーリオと、もう一つを仕切るハリオの確執に関わることになる。


 これがフリーシナリオの名に恥じない内容で、解決策は融和や現状維持から、脅迫による隷属、買収、果ては殺害まで取りそろえられていて、初見プレイヤーはいきなり自分の良心と向き合わされるのだ。

 しかも最速解は殺害という、制作スタッフの底意地の悪さ。


「モーリオたちのいざこざに首を突っ込む気かよ……」

「よりによって、一番剣呑な今の時期にか……」


 店内の端々から、ため息に似たつぶやきが聞こえてくる。


「では、モーリオさんの御屋敷に行って、お話をうかがってください」


 職務上言えないことが多いのか、まるで気乗りしない様子でおねーさんが説明する。


「だ、大丈夫なんですか? 何だかいやな感じですよ、あなた様」


 肩にいるパニシードが耳打ちしてくる。

 大丈夫じゃないけど、もうイベントフラグ立っちまったしな。

 俺は出口――ではなく、窓へと向かう。


「グリフォンリース。そこの窓から出るぞ」

「へっ? 窓からでありますか?」

「そうだ。あの大きさなら、鎧姿でも通れるだろ」


 俺は頭ぐらいの高さにある窓の桟に、さっと飛び乗った。

 うっわ、体が軽い。これが敏捷58の動きか。


「ま、待ってほしいであります」


 グリフォンリースが続く。重い鎧を着ているとはいえ、そこは敏捷82。

 あっさりと窓枠を超え、外へと滑り出た。

 中の連中がきょとんとしている様子が目に浮かぶ。


「コタロー殿、どうしてわざわざ窓から?」

「うーん。入り口には、フラグがあるんでな……」

「は、はあ……」


この依頼を受けると、ギルドを出た瞬間に強制イベントが始まり、商工長二人のケンカの原因を長々と聞かされるので、まずはそいつをキャンセルしたかったのだ。

 どうなってるのか気になり、ちょっとだけ探索者ギルドの表の様子を探ってみる。


「……出てこねえな?」

「まだかな?」


 説明役のゴロツキさんたちスタンバイ乙です。

 日が暮れるまでそこにいな!

 俺は無言でその場を離れた。


「あ、コタロー殿、そっちは川であります。モーリオ殿の御屋敷はあっち……」

「いや、いいんだ。モーリオさんに会う必要はない」

「えっ?」


 ないのだ。


 このイベント、目的のブツを持ってハリオさんのところに行けば、勝手に終わる。

 そのブツとは序盤では結構貴重な〈万能薬〉なのだが、実はバグで〈赤い絵の具〉でもいい。何を言ってるのかわからねーと思うが、いい。


 俺はソックスハンターのところで〈赤い絵の具〉を買うと、適当に時間を潰して夜になるのを待った。


 日が暮れ、人々の声が通りから家の中へと移りきったのを見計らい、俺はハリオ氏の屋敷へと向かう。

 途中、わざわざ人気のない裏路地を通ったのは、若干のフラグ管理のためだ。こうしないとこの後バグる可能性があるのだ。


 俺はふと立ち止まり、屋根に向かって言い放つ。


「おい、そこにいるんだろ? 隠れてないで出てこいよ」


 この台詞、一生に一度は使ってみたかった。


「まさか、気づかれるとはな……」


 裏路地を彩る暗がりから、複数の闇がせり出してくる。

 黒装束を身に纏った刺客どもだ。


「えっ、ど、どこから出てきたであります……!?」


 グリフォンリースがそう驚くほど、男たちは闇と同化していた。

 俺は気づいたのではなく、あらかじめイベントを知っていただけ。


「痛い目を見たくなければ、大人しくそいつを置いていけ」


 市販品の〈赤い絵の具〉しか持ってないけど、本当に許してもらえるのだろうか。


 このときのプレイヤーの返事は二種類。


 ・わかりました、どうぞ!

 ・うるせえ! しね!


 なんて清々しい選択肢だろう! 一分の誤解も生まれないよスタッフ!

 これはさすがに殺伐としすぎているので、青少年らしい倫理観ある答えを返しておく。


「消えろ。ぶっ飛ばされんうちにな」

「ほう。抵抗する気か。ならば、やれえっ!」


 刺客が音もなく屋根から跳ぶ。

 月明かりが翳った瞬間と重なるのは、計算されてのことか。


「コタロー殿!」


 刺客のナイフが俺の視界に入るよりも早く、グリフォンリースが前へと回り込んでいた。

 月明かりの代わりに夜を走ったのは、彼女の盾が発する光だ。


〈カウンターバッシュ〉一閃。


「ぎゃあっ」

「ほぎいっ」


 同時攻撃を仕掛けた刺客が二人、壁に激突してずるずると地面に沈み込む。


「まさか、一撃で二人同時に!? 何だこの小娘。【騎士】の動きじゃないぞ……!?」


 一人残ったリーダー格の男が驚愕にうめく。


「ふっ……。自分は今までとは違うのであります! その程度の攻撃、あの悪魔との戦いで成長した自分には通用しないであひゃん」

「お、おい、まだ戦闘中だぞ! 頑張れ!」

「ひゃいでありまふう」


 刺客の視線が、奇妙な動きを見せるグリフォンリースに偏ったのを見た俺は、壁を蹴って素早く屋根へと駆け上がる。


「なにっ」


 男は反撃しようと身構えたが、俺が突き出した拳の方がずっと速かった。


 初めて人の腹をぶん殴った。

 やだ、快感……。


 うめき声を上げてしゃがみ込む刺客。

 あまりにも隙だらけなので、とどめにもう一発殴ってやろうかとも思ったが、思いとどまる。素人はケンカの仕方を知らないので、相手に大けがをさせてしまうらしい。俺がそうだ。


「おまえら、モーリオに伝えておけ。明日になったらハリオを訪ねろとな」

「……! 我らの雇い主のことすら知っているのか? まさか、すべては茶番だとでもいうのか……!?」

「ふっ」


 何のことかよくわからないので、とりあえず笑っておいた。


「くっ……探索者くずれには、お似合いの道化だ……」


リーダー格の男は自虐的にそう言い捨てると、気力をすっかり失った様子で、息を吹き返した手下二人と夜道を逃げていった。

 さて、気分よく無双できたところで、ハリオさんちに行くか。


 ハリオさんは屋敷の外にいた。

 一人娘が謎の病に冒され、その体力はもう限界に来ている。

 なんやかんやで、その治療薬である〈万能薬〉を俺が持ってくることになるのがこのイベントの本筋なのだが、ホントにこれ〈赤い絵の具〉で大丈夫なんかな。


 俺はゲームを信じてハリオさんに近づく。


「待っていたぞ」


 ハリオさんは沈んだ声で言った。

 初対面ですが……と言いたいところだが、ゲーム的には俺は一度彼と会っていることになっている。


 でもなんか変だな。〈万能薬〉探しに出た俺が戻ってきたのに、声は少しも嬉しそうじゃない。『ジャイアント・サーガ』は声なんて付いてないから、どんな調子でしゃべってたかはまではわからないのだ。

 俺は黙って〈赤い絵の具〉を差し出した。


「……これは」


 愕然とつぶやいてハリオさんは俺を見つめ、〈赤い絵の具〉を掴み取ると、そのまま屋敷に戻ってしまった。


 これでこのイベントは終了だ。

 後日談もないのが、サッパリした『ジャイアント・サーガ』らしい。

 が、さすがにこれでは意味がわからない。

 フラグぶっ飛ばした上にバグらせた俺が悪いんだが、結局この後、二人はどうなるんだ?

 ホントに絵の具なんかで病気が治るのかよ。やっぱり気になる。


 俺たちは屋敷の屋根へと飛び上がると、ハリオさんの娘の部屋を探した。

 幸い、その部屋はすぐに見つかった。俺たちは窓の死角に隠れ、耳を澄ます。


「パパ、どうしたの?」


 か細い声がする。これが娘さんのものだろう。俺たちと同年代くらいかな。


「外で不審な少年に会ってな。てっきり、商売敵からの刺客かと思ったが、殺されそびれたよ」

「やめてよ。わたしが死んだら、本当にパパも死ぬ気なの?」

「おまえはわたしの生き甲斐だからな。それを失ったら、生きている意味なんて何もないさ。だが……ヤツはそれを認めないつもりらしい」

「ヤツ? モーリオさんのこと?」

「そうだよ。クソッタレの親友にして、最良の敵だ。さっきの少年にこんなものを持たせてきた」


 俺がモーリオの刺客ってことになってる? あのときの待っていたぞって、死ぬつもりの台詞だったのか!?


「絵の具……パパ!? これって……」

「ああ。ヤツめ、味な真似をしてくれるよ」


 何だ? あのアイテムに何の意味があるってんだ?


「おまえのママはアマゾネスだった」


 はあっ?


「そうね。わたしを生んですぐに亡くなってしまったけれど。でも……」

「そうだ。おまえには間違いなく母さんの血が流れている。勇猛なアマゾネスの血が……」


 し、知らなかったぞこんな裏設定!


「この〈赤い絵の具〉は、アマゾネスたちの戦闘の化粧〈ワイルド・ヴィクトリー・マスク〉を作るための染料。今こそ、おまえに……! そして病気をやっつけるんだ!」

「ええ、塗って、パパ……!」


 今こそ、じゃねえよ。塗って、でもねえよ!

 この親子つうか、この世界はどこに向かおうとしてるんだよ!


 俺が心の中の安定を失っていると、突然、娘の部屋から光が溢れ、窓が木枠ごと吹き飛んだ。


「おッフ……!?」


 俺の悲鳴は、幸いにも窓枠粉砕の轟音に紛れて夜風に消えた。

 光が収まると、中からハリオ氏の娘のドスの利いた声が聞こえてきた。


「……これがオレの中に眠っていた母さんの――アマゾネスの力か。目覚めてみれば、なるほど確かによく馴染む。見てみろ、病気なんか一発で治ったぜ!」

「バカな……! この力、この輝き、母さんの力をすでに上回っているというのか……!?」


 なにがバカだよバカ! ああその通りだよ。あんたらも、興味本位でこんなイカれた世界をのぞいた俺も、みんなバカヤロウだよ!


「よかったでありますねえ」


 ほろりと落ちた涙を拭っているグリフォンリースには、これが正気の世界に見えているらしい。

 あれか。すべてが狂った世界では、正気こそが狂気と同義というやつか。


「ガハハハハ! オヤジィ! 今日からオレは探索者になるぜ! そしてあんたの商売を助けてやる! 今まで心配かけた詫びになあ!」

「さすが母さんの子だ! よし、今までの事業を見直しだ。明日から、ハリオ商工会は生まれ変わるぞ……」


 ハイテンションで盛り上がる室内の会話から顔を背け、俺は無言のままそっと屋敷を離れた。

 フラグをすっ飛ばしたせいでここまで世界が狂うとは思ってなかった。


 バグったイベントの顛末を見届けるのは、もうやめよう……。

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