第130話 巨人のいざない! 安定志向!

『ジャイサガ』でもっとも奇抜な〈天球〉へと至るイベントを消化した今、俺に残された時間はもうほとんどない。いよいよクライマックスだ。


 ただここから先の密度が今までに見劣りすることはなく、しかも安定チャートにあってはならないアドリブという要素が、俺の心に若干の緊張感を張っていた。


 それはいい。


 温めたフルーツよりも不安定を忌み嫌う俺も、この先一切油断してはいけないという戒めのために、今はこの心の強張りを許容する覚悟がある。


 いいのだが……。


「つまり、ドキドキを共有することが大切なのです。二人きりの部屋というときも、ダンジョンで大ピンチのときも、ドキドキがあるならその効果は同じだということが、学会で証明されています」


「待ってくださいミグ。わたしはそれに納得ができません。そのドキドキはまったく別のもののはずです。コタ……相手の人には、わたしにドキドキしてほしいです」


「ええクルート。わたしも気持ちは同じです。コタ……相手の人に、モンスターと同じようにドキドキされても全然嬉しくありません。けれどこれは人の仕組みの問題なのです。心情は別にして、仕組みとして理解しておく必要があるんです」


「ためになるであります……」

「うむ。さすがはミグの恋愛講座だ」


 覚悟を秘めた俺の部屋で、ミグ先生によるいわゆる「吊り橋効果」の解説が行われ、それを受講するグリフォンリース、マユラ、クルートの姿がある。


「ご主人様? 出さないの?」


 すぐ鼻先まで近づいたマグの顔に、俺は目の前の問題へと引き戻される。


「このままだとまた貧民だよ。いいの?」

「えへへ~。さっき出したジャックでぇ、もう切り札使っちゃったのかなぁ~」

「くっ。革命さえ……革命さえ起きなければ……」


 ミグが講座を開いている傍ら、ベッドの上では俺とマグとメグによる大貧民十本勝負が行われている。

 俺の頭の上ではパニシードが寝転び、ときおり起きて勝負の推移を確認してはすぐ夢の中に戻っていく。ベッドの端っこでは、シーツをかぶって亀のように丸まったキーニが、難しい魔導書を黙々と読みふけっていた。


 そう……さっきの俺の決意なんて何かのウソかと思うほど、まるでエンディング後の世界のようにクッソ平和である。


 この光景から、今が決戦間際の状態であることを読みとれる者はいないだろう。


 俺もできない。


 まあ待ってくれ。

 別に解決を先延ばしにしているわけじゃない。


『ジャイサガ』のイベント開始フラグには日数というものがあり、条件を満たしてもそれなりに時間が経過しなければ発生しない。

 俺はここ数日、それをダラダラと待っているわけだ。


 いやホント、ダラダラした。


 マユラへの決意表明のときに発したマグマのような熱が、冷え固まって新たな島を作るくらい遊びほうけた。


 どうせ今できることと言ったら、世界のこと考えてますアピールくらいしかない。

 そんな、俺の心に潜む真面目系クズのような保身術に走るくらいなら、ぐうの音も出ないほどにあからさまに余暇を堪能する方がいいと判断したのだ。


 今までだったら、先が不確実な不安定状態でのうのうと遊べるはずもなかったが、気がつけばこうして仲間たちとグータラな日々を過ごしている。

 俺が図太くなったというより、悩み直す間も与えてくれないほど、かまってもらおうと押しかける彼女たちの功績なのだろうが……。


 自力でオンオフが切り替えられる人間になりたいね。なりたいよ。 


 だがそんな日々も今日で終わり。

 いよいよ来る。


 イベント〈巨人の集落〉。


〈導きの人〉が魔王を倒すための巨人の武器を得る、この物語のハイライトだ。

 そして巨人たちによって俺は伝承となり、それが『ジャイアント・サーガ』として世界に残るのだ。


 ふと、穏やかで怠惰な離宮に相応しくない、緊張感を帯びた足音が廊下を駆けてくるのが聞こえた。

 さあ。

 俺の異世界物語最終章を始めようか。


 ※


 興奮気味のカカリナに呼び出され、帝国図書館に向かった俺たちを迎えたのは、書架中の本を全部持ち込んだんじゃないかってくらい混沌としたクラリッサの部屋だった。


「巨人の集落についてわかったわ」


 壁と見まごうほどに積み上げられた本の前で、部屋の主人は静かにそう宣言した。

 部屋には他の職員に混じって、天球を共に冒険したラナリオとアルフレドの姿もある。


 二人はあれから図書館に居着いたようだった。ゲームだとその後どこにも姿がなく、どこかでやっぱり野垂れ死に説すらあるのだが、つまりその、どうやらモブ化していただけらしい。


 まあ、背景になる方が、死ぬよりはよっぽどいいよな?


「〈導きの人〉についての資料が豊富な帝都においても、巨人の集落については謎のままだった。というのも、歴代の勇者たちが何も記録を残さなかったからよ。彼らが残したのはこの言葉だけ。〝時至りて、機まみえる〟。つまり、時が来れば、自然とそれにたどり着くということ。どうやらコタローさんの機は熟したようね」

「クラリッサたちが努力してくれたからさ」


 俺がそう言うと、クラリッサは少し照れくさそうに、そして誇らしげに、室内の同僚たちと目配せをした。


 今までは本という本をどう調べても集落の所在がわからなかったのに、今朝方、ふと目をやると、天啓のようにその資料が手元に揃っていることに気づいたという。

 そう聞くと確かに神の采配があったのかもしれないと感じるが、それはやはりクラリッサたちの努力の下地があってこそだ。


 神に定められた〝運命〟じゃない。

 俺たちが自らの命を運び、そしてここで合流した。そういう〝運命〟だ。


 だいたい神は被服文化のある人間が嫌いなんだよ。


「そ、それで、巨人の集落はどこにあるでありますか?」


 グリフォンリースが作業机に手をつき、前のめりになって聞いた。

 それを受けて、クラリッサがボードに一枚の古地図を張り出す。


「ここより北東に位置する異大陸。そこに巨人の集落があるわ!」

「た、大陸の外でありますか……!」


 詳しいことはあまり知らないのだが、オブルニアもグランゼニスもナイツガーデンも、外洋へと繰り出す航海術をなぜか持っておらず、異大陸というと、もう異世界に等しい扱いなのだそうだ。

 人や宗教観によっては、この大陸が世界で唯一の陸地だと考える人も少なくないとか。


 しかし、臆するグリフォンリースに対し、クラリッサは不器用なウインクをしてみせる。


「大丈夫、危険な船旅をする必要はないわ。資料によれば、大陸同士を結ぶ海底大洞窟があるようなの。歴代の〈導きの人〉もそれを通って、巨人の集落を訪ねたようね」

「おお、それなら安心であります!」


 大陸を繋ぐ洞窟となるとかなりの長丁場が予想されるが、それでも、床板一枚下は地獄の船旅に比べればずっとマシだ。

 さらに、とある事情で、初回に限りメチャクチャ安全な旅になるしな……。


「きっとこの道程は、巨人たちが〈導きの人〉を試す試練なのね。頑張って突破して。みんな応援しているから……!」


 みんなからの熱い視線に、俺は力強くうなずいて報いた。


 ※


 俺は離宮に戻るなり旅支度を始めた。

 鼻歌交じりの俺に対し、グリフォンリースとキーニの表情はやや硬い。


「何だ、緊張してるのか?」


 俺が呼びかけると、二人は素直にうなずいた。


「コタロー殿が〈導きの人〉だと疑ったことはないでありますが……。巨人と聞くと、ついにそのときがきたかと緊張するのであります」


《巨人は伝説中の伝説》《コタローについて色んなとこ行ったけど》《今度のはケタが違う》《緊張するなという方が無理……》


「これで巨人の武器が得られなかったら、どう女神様に弁解するつもりなんですか。少しはあなた様も緊張感持ってくださいよ……」


 頭の上にいるパニシードまでもが声を強ばらせた。


 天球の方がよっぽどとんでもない場所だったと思うが……。空に浮いてるし。

 知名度的に、やっぱり巨人の方がプレッシャーを感じるのだろうか。


「それに、クラリッサ殿はこれを巨人の試練と言ったであります。今まで以上に危険な道中になることは間違いないであります」


《もし失敗したらどうなるの?》《コタローは巨人に認めてもらえない?》《それは困る》《でも退路のない挑戦はとても危ない》《逃げられないのは怖い》


 そうか、二人はそんなことを考えていたのか。じゃあ、さっさと伝えておこう。


「別にそんなに緊張しなくていいぞ。俺、巨人の試練を素通りする方法知ってるから」

「えっ!?」


《な》《なにそれ!?》《どういうこと?》


「ちょっとあなた様!? それ大丈夫なんですか? 悪いことじゃないですよね? ちゃんと誰からも非難されないまっとうなやり方なんですよね!? わたしが怒られるようなのはイヤですよ!?」


 ぼくの妖精が本当にクズな件について。


「実は、ある協力者がいる。そいつが、俺たちをむこうの大陸まで案内してくれる」

「協力者、でありますか?」


 グリフォンリースがキーニと顔を見合わせ、さらに二人分の視線をパニシードへと向けた。怪訝な目線が三角形を描くのを感じる。


「ここにいる誰かと知り合いってわけじゃない。俺も会ったことはないしな。だが、信頼できる人物だ」


 俺の発言は矛盾の固まりだ。だが、それ以上の説明のしようがなく、大陸を渡るにしてはあまりにも簡素な準備を終えた俺は、今日の晩飯のメニューについて思いを馳せることにした。


 帝都を発つ前夜の晩餐は、クルートたちが大奮発してくれたおかげで、大いに楽しいものとなった。

 じゃあみんな、行ってきます。

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