第113話 結婚前夜! 安定志向!
突然だが明日結婚式をすることになった。
誰だおまえって? いや、依然として俺はコタローだよ変わりなく。
つまりコタローの結婚式だ。
相手はクーデリア皇女。
なんと! とかもったいぶった言い回しはいらない。正直俺は帝都で活躍しすぎたのだ。
〝鋼通し〟騒ぎの黒幕を異次元に放逐して帝都に戻ってくると、すでに挙式までのスケジュールが完璧に組まれていた。積極的に推し進めたのはクーデリア皇女自身らしい。
俺に何の相談もなしに。ちなみに、断ると死刑らしい。皇帝曰く。
自室のベランダから夜空を眺め、俺は一人つぶやいた。
「結婚か……」
クーデリア皇女は年齢的にはまだ子供だが、皇族の中には一桁歳から婚約を結ぶ者もいるというから、早くもなんともない。
俺はと言うと……まんざらでもなかった。
これまで長い旅をしてきた。多くの出会いと別れ。分かちがたい仲間たちとも巡り会えた。ここらで一度、人生に楔を打ち込んでおくのも悪くない。この結婚を基準点として、これからの行き方を決めていくのだ。
「コタロー殿……」
部屋の中から呼びかけられ、俺は振り向いた。
暗がりの中にグリフォンリースが立っていた。
「グリフォンリースか。何だかとんでもないことになっちまったな」
俺の苦笑に、グリフォンリースは悲しげな顔を見せる。
「本当に結婚してしまうでありますか?」
「ああ。そうすることにした。相手は帝国のお姫様だ。不満なんてあるはずない」
「…………」
「いや待て病むな病むな」
俺は慌ててグリフォンリースに歩み寄った。
「クーデリア皇女と結婚したからって、おまえたちから離れたりはしない。今まで通りだ。実はとっておきのバグがあるんだ。〈重婚バグ〉っていってさ、本来なら一人としか結婚できないに、これを使えば何人とでも結婚できる。いいバグだろ? この際だから、おまえとも結婚しちゃおうかな、ハハハ……」
ざぐ。
「ハ……はハ……?」
俺の腹から何かが生えていた。――柄だ。
「柄……?」
ナイフの柄。
俺にナイフを突き刺した犯人は、半歩しか離れていない間合いから、こちらを濁った目で見つめてきた。
「キ、キーニ、ちゃん……?」
「コタロー。わたしは?」
「あ、ああ、そうだ、おまえも――」
ざぐ、ざぐ、ざぐ。
さらにナイフの数が増える。
「ご主人様、わたしは?」
「ミ、ミグ――」
「ご主人様、わたしはダメなの?」
「ご主人様~?」
「あ、あ、マグ、と、メグ、も――」
ざぐ。
マユラ。
ざぐ。
クルート。
ざぐ。
最後の一人は、グリフォンリースだった。
「グリフォンリース、どうして……?」
「そんなに大勢と結婚して、誰が喜ぶのでありますか?」
そう言う彼女は、ぞっとするほど冷たい声だった。
痛みはないが、不気味なくらいどんどん重くなっていく腹を支えきれなくなって、俺は膝を折った。
何もかもが真っ暗なところに落ちていく中、俺は頭上に少女の暗い笑い声を聞いた。
「やっぱり、死んでるコタローが一番優しいね……」
「うがぼがば!」
冷たい笑い声に身震いした直後、顔面に痛烈な一撃を受けて俺は手足をばたつかせた。
「な、何だあっ!?」
痛む鼻先を押さえながら、涙で滲んだ視界に光が満ちていることに気づく。
「…………」
一番近くにあったのは、目を普段よりほんの少し見開いたキーニの顔だった。
彼女は数冊の本を小脇に抱え、うち一冊を、俺の腹の上に載せようとしている最中で止まっていた。
これが崩れて俺の鼻を直撃したらしい。
周囲を見回す。
明るい部屋。壁を埋め尽くす書棚に、数々の資料。さっきまでいた離宮ではない。
理解が記憶に追いつくまで数秒。ここが帝国図書館のクラリッサの研究室であることを思い出したときには、さっきの光景が夢であったことを疑う理由は何一つなくなっていた。
そうだ。みんなで調べものに来て、本を読んでたらついうとうとしちゃって……。
恒例の夢オチか。
だよな。超当たり前だよな。一行目からわかってた。マジで。
だいたい何が〈重婚バグ〉だ。アホか。『ジャイサガ』に結婚なんてシステムはない。 我ながらひどい夢だった……。クーデリア皇女と結婚? しかも相手の方から強引に? あーあーあーあー、はーずかし! 俺ったら超恥ずかしいわその夢設定。フロイト先生じゃなくても俺がとんでもない性格だって診断しちゃうわ間違いなく。
じー。
俺が起きたにもかかわらず、キーニちゃんがじっと見つめてくる。
さっきの夢の寒気が背中にわずかに蘇り、俺は慎重にたずねていた。
「お、おはよう。何で俺の腹の上に本を置いてたんだ……?」
じー。
「キ、キーニ? どうした? 俺の顔に何かついてるか?」
これはあくまで夢の話だ。英語で言うとフィクションだ。そう断っておいてから以下のことを話したい。
夢の中で聞こえた最後のぞっとするような言葉。あれはキーニの声だった。
珍しい、彼女の肉声。あんな生き生きした声、一度も聞いたことがないはずなのに、どうしてそれが俺の脳内に流れたのだろうか。
じー。
どうしてだ。なぜ何も言ってこない? なぜステータス欄に何も表示されない? 二段夢オチはもう以前やったぞ?
「ははは、キーニが真面目に調べものをしてるのに貴公だけ幸せそうに寝てるから怒っているんだろう」
部屋の隅から、カカリナがからから笑いながら言ってきた。
「まあ無理もないか。〝鋼通し〟の一件の後、色々ごたごたしていたのは確かだ。ようやく気が休まったのだろう。珍しくクラリッサも船を漕いでるしな」
カカリナの言うとおり、彼女の隣でクラリッサもこっくりこっくりやっていた。
「コタロー殿はあの後どこかに出かけていたようでありますから、お疲れなら少し休んだ方がいいのであります」
グリフォンリースがにこにこ笑ったとき、キーニのステータス欄にようやく文字が走った。
《残念》
「な、何がだ?」
《あと一冊載せられれば十冊だったのに》
「何やってんだ、おまえは!」
《この魔導書が十冊重ねられれば、夢がのぞけたのに》
「――ッフェ!?」
《どんな夢見てるのか、知りたかったな》
じー。
キーニは俺からまったく目をそらさない。それはまるで。
〝 最 後 の は 夢 じ ゃ な い よ 〟
そう言っているふうに思えてしまったのは、あんな夢を見たせいに違いない。絶対そう。だって俺キーニちゃんに意地悪とかしてな……い……。…………。…………。
「違うわ、その人は何でもないの……。わたしにはあなただけだから……行かないで……カカリナ……」
「クラリッサのヤツ、変な寝言だなあ」
カカリナのつぶやきを聞きながら、俺はしばらく凍ったままキーニから目が離せなかった。
そんな状態を解除したのは、研究室の外から聞こえてきた、図書館に似つかわしくない喧噪だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます