第114話 うるさい闖入者! 安定志向!
「待て! 逃げるな不審者!」
「そっちこそ追ってくるな、追跡者!」
クラリッサの研究室の外から何やら楽しげな会話、というか罵声の応酬が聞こえてくる。
その声の主を記憶の中から即座に探り当てた俺は、次のイベントの開始を予感した。
皇女暗殺未遂の黒幕を次元の狭間にシュウー! 超エキサイティン! してから、まだ二日しかたっていない。その間、特に変わったことはなく、俺がさっき夢で見たような劇的な人間関係の変化も起こらなかった。
が、その束の間の平和も終わりのようだ。
「ナッハー! もたもたするなアルフレド! 蛇の洞窟ですら逃げ切ったのに、図書館職員に捕まっては大冒険家の助手の名が泣くぞ!」
図書館で追いかけっこをしているのは、警備員と、あの冒険家のラナリオだ。ラナリオがいるということは、助手にして弟のアルフレドも自動的についてくる。
無数の足音が研究室近くを駆け抜け、遠ざかっていったが、喧噪の気配そのものは消え去っていない。
「騒々しいな。クラリッサ、おい、クラリッサ起きろ。図書館で何かあったみたいだぞ」
外の騒ぎを聞き、カカリナがうたた寝しているクラリッサを揺すった。
「う、うん……? はっ!? 違うのよカカリナ! わたしは浮気なんてしてないの!」
「浮気も庭木もここにはない。寝ぼけるな」
「ゆ、夢……!? よ、よかった。わたしたちまだこれからなのね」
「すでに二十年近く一緒にいて何がこれからだ。図書館に不審者が現れたようだぞ。大丈夫なのか?」
「へっ? 不審者? 第三の女? えっ、えっ? 夢じゃなかったの?」
どろどろの愛憎劇の夢(多分)から、現実の騒動へ。クラリッサはついていけず目をパチクリさせている。寝起きの人間にあれこれ情報を流し込むもんじゃない。
俺は椅子から立ち上がった。
「ちょっと見てくる。危険はないけど、変なヤツが飛び込んできたら、グリフォンリース、おまえが捕まえといてくれ」
「了解であります。でも、一人で大丈夫でありますか?」
「不審者は知り合いだ。すぐ戻る」
俺は言い置いて研究室を出た。
彼女を捜し当てるのは容易だ。
ゲームでもラナリオは帝国図書館に侵入しており、ある資料を探し求めている。だからゲーム通りの場所に行けば彼女はいる。実際、
「…………」
「…………」
「……少年。おねーさんはここにはいない。いいかな?」
「いいわけないだろ」
ラナリオは壁と本棚の隙間に挟まっていた。図書館でかくれんぼをすると、十中八九、ここにハマっているヤツが現れるポジションだ。
「俺はここの出入りが許されてる身だ。大人しくするなら、話をつけてやらないこともないぞ」
「本当かい! いや助かったよ。持つべきものはパトロンとコネだ!」
夢とか希望じゃねえのかい。
「アルフレドは?」
「ここに」
ホコリと一緒に下りてきた声に、頭上を振り仰いでみれば、本棚の上に伏せたアルフレドの姿があった。
かくれんぼであそこに隠れられたら、もう一人前だ。
ただし大人には間違いなく怒られるが。
俺は二人をつれて研究室に戻った。
「どなたかしら」
才女モードに切り替わったクラリッサが、怜悧な目つきでラナリオたちを睨む。
「わたしは大冒険家のラナリオで、こっちは助手のアルフレドだ」
自己紹介をしたところでクラリッサの目が据わった。
「大冒険家? まさか、この間の魔物を呼び覚ました調査隊の……」
「そのことについては、もう完全に濡れ衣だってわかってもらえたはずだが?」
ラナリオが悪びれた様子もなく言う。確かにその通りだし、俺もそう証言して、彼女の釈放に協力した。だが、疑いそのものは事実が判明すると共に消えるとしても、疑ったことがあるという記憶は、薄いシミのように残り続けるのが人の心の弱さである。
「クラリッサ。悪いんだが、彼女にもここの資料を見せてやってほしい。変なことしないように俺がきっちりチェックするから」
「大丈夫だ、少年。おねーさんは本を汚したり、ページを破って持ち去ったりしない。ちょっと返却日を忘れたまま町を去ったりするだけだ」
余計なこと言うんじゃないよ!
「……コタローさん、わたしにそれを決める権限はないわ」
「だが、俺とクラリッサで頼めば、上も認めてくれるだろ?」
「そう言われても……。ここが関係者以外立ち入り禁止なのは、別に意地悪をしてるわけじゃなくて、腐食が進んでる資料の保全とか、断片的な理解では混乱を招きかねない不穏な資料を扱っているからなのよ。そうほいほいと人を招き入れるわけにはいかないわ」
クラリッサが渋ると、冒険家姉弟の方でも内緒話が始まった。
「姉さん。これは絶好の機会だ。何か取引できるものとか持ってないの? こっちも誠意を示さないと」
「誠意かあ。少年にあの変な石をあげちゃったから、今はめぼしいものが……。何かあるかなっと……。ははは、見ろ助手。ソモラ遺跡で見つけた〝同性から妖しい目つきで見られるお守り〟があったぞ。こんなものしか今の我々にはない。悲惨だな!」
「取引に応じるわ」
クラリッサは神速の手のひらロールで言った。
「えっ、いいのかい。言ってはなんだが、それほど効果のあるものではないよ。効果があっても困るけど」
「今のわたしにはそれでも十分……じゃなかった……け、研究資料として興味があるのよ。古代の、その……古代人の恋愛観的なものをね」
ソウダッタノカー。クラリッサハ研究熱心ダナー。
「そうか! それはよかった! ソモラ文明の恋愛観は独特というか倒錯的だからな。まあ、それが元で少子化が進んで滅びたんだけど。隠れ家に似たようなものがいくつかあるから、今度それも贈呈しようか?」
「本当!? ……あ、え、ええと、そうね。助かるわ。これで研究がはかどるわ。うん」
「勉強が好きだなあ、クラリッサは」
カカリナ。感心してる場合じゃないぞ。あの眼光は研究意欲じゃないぞ。
まあでも、これで言質は取った。上へは事後承諾になってしまうが、俺としてはさっさとイベントを進めたい。
「それじゃあ、ラナリオが探してる、希少伝承の資料はこっちにあるから」
「え? 少年、どうしてわたしの探しているものがわかるんだい」
「顔に書いてあるからだよ」
真っ赤なウソだが、イベントを一刻も早く始めるための方便だ。
……そして少しでも早く終わらせたい。
焦っているのかもしれない。
ここから先のイベントはちょっとジェットコースター気味に連続していて、初見プレイだと結構理解が追いつかない。さらに難易度が高く、迂闊なレベルで目的地に乗り込むと、何度も全滅画面を見せられることになる。
だが、それ以上にヤバイのが……。
不気味なのだ。
〈凍てつく都市〉〈方舟〉〈天球〉。これら関連する三つのイベントにまとわりつく不気味な気配は、『ジャイサガ』プレイヤーに良い意味でのトラウマを植えつけた。
ゲームプレイヤーなら誰しもあるだろう。敵のドット絵を見ると、BGMを聞くと、今でも肌が粟立つ――そんな経験が。
俺はそいつに、テレビ画面を通じてじゃなく、直に挑むことになるんだ。
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