第145話 人魔会談……の前! 安定志向!

 最終結論として、俺はやはり旅が嫌いだ。


 陸路は足が痛くなり、海路は船が揺れる。

 そして今回、巨人の大陸からの帰り道に空路を味わうことで、俺の旅論は完成した。


 断言する。旅は嫌いだ。その中でも、空旅が一番嫌いだ。


 天球へ向かう方舟は、正直船内にこもっていたからあんまり飛んでる実感はなかった。きっと飛行機に乗る人間も、窓に空の映像でも流しておけば飛んでる気分になるのだろう。それを本当の空の旅とすることは、今の俺にはできない。


 空を本当に実感できるのは、ハンググライダーとか、生身で飛ぶやつ。

 つまりそれをやらされた。


 ゲームだと空を飛ばして帰すと言いながらも一瞬でワープするから、現実でもそうなのかなとタカをくくっていたが、甘くなかった。


 シャボン玉みたいな膜に包まれて飛ばされた。


 どうやら巨人独自の魔法で、結界のような効果を持つらしく、寒さや気流は完全にシャットアウト。しかし半透明なため、周囲すべての景色を見られるという、レジャーとしては完璧な機能を備えていた。


 だが……。


「割れる。割れたらどうする。割れたらどうなる……」

「うるさいですよあなた様! いい加減離してください!」


 俺は陸に着くまでの間、空を飛べるパニシードをお守りみたいに掴んで震えていた。


 下はすべて海であり、しかもうねる波の一つ一つが途方もなく巨大。波と波の間で悶える棒きれが、実はけっこうな大きさの流木だと気づけば、そこに落ちた人間が、たとえ世界最高の勇者であってもちっぽけに消えていくのが容易に想像できる。


 自然の規模はでかすぎる。人間は小さすぎる。

 せめて、外が見えなければ救われたのに……。


 なお、グリフォンリースとキーニは大変楽しんだ模様。

 巨人に対しての信頼感の違いだろう。疑い深い人間は、いらないところで損をするようだ。


 ※


 さて、帝都に戻ってきた俺は、この国の食客としての諸々の責務を果たした。

 まずは、住まいの主たるクーデリア皇女に巨人の武器を手に入れたことを報告。

 次に、巨人について調べてくれた帝国図書館へ情報の提供。最後は、前二つの間に予定を調整したもらった皇帝に謁見して顛末を語った。


 いずれももらえた言葉は祝福であり、そしていよいよ世界は救われるんだという期待だった。

 決戦が近いことが、俺の腹の底をちりちりと焼く。

 チャートの最後の詰めは、まだ大きな穴から隙間風を吹かせている。


 あせるな。他にもするべきことは多い。下手に考え込むより、一つ一つをこなす中で閃きを探す方がいい。……気がする。


「コタローの帰還を祝って、今日はささやかながらパーティーを催しました。たくさん食べて英気を養ってください」


 控えめに微笑むクーデリア皇女の計らいで、晩餐はビュッフェ形式となった。

 気詰まりさせては悪いからと、参加者は小宮殿のいつものメンバーだ。


 嬉しいことに、いつもは給仕役で忙しいクルートたち離宮のメイドさんも、これに参加している。料理番は、よその人員を引っ張ってきたらしい。


 みな、俺が語る巨人の集落でのできごとや、〈実らぬ土〉フルンティーガとグリフォンリースの一騎打ちに聴き入っていた。 


「ねーねー、ご主人様。ご主人様が伝説になった場合、わたしたちってどうなるのかな」


 豪華な料理を無節操に皿に載せたマグが、無邪気にたずねてくる。


「どうだろうな。プライベートについてはあんまり聞かれなかったから。でも、大事なメイドさんがいることはしっかり伝えておいたから、ちゃんと登場すると思うぞ」

「ほんと? やったー。わたしも伝説になっちゃったよ、メグー」

「わたしもなっちゃったかなー」


 微笑み合う次女と三女の横で、長女ミグがもじもじしながら口を出した。


「わ、わたしもちゃんと登場するんでしょうか」

「大丈夫だろ。特にミグは三姉妹の長女なんだから、おまえたちを語る上では一番最初に出てくるだろうな」

「あの、それはやっぱり、メイドさんとして……でしょうか」

「そうだな。ミグたちは冒険には参加してないし。でも、家を守ってもらえるっていうのは、俺にとってはすごく大事なことだぞ。読者にはわからんかもしれないけど」


 彼女を立てたつもりだったが、それでもミグの顔は少し浮かないままだ。


「もっとこう、身近な……。近くにいる……女の子として」

「? よそから見ればすでに不自然なくらい近いメイドさんだと思うが……」

「そ、そうですね。そうですよね。はあ……。の、飲み物もらってきます」


 ミグはちょっとしょんぼりした様子で離れていった。

 何だったんだろ。ミグも主人公になりたかったのかな……。


「コタロー様。何かお持ちしましょうか?」


 今度は帝国メイドのクルートが声をかけてきた。給仕の癖が抜けないのか、彼女は俺の皿が空くと、目ざとくそれを見つけて世話を焼こうとしてくる。


 好きなものを好きなだけ選べるのがビュッフェの魅力だが、ヤバいことに、クルートに頼むと俺が選ぶ以上に俺が望むものが適量で出てくる。俺とは一体誰なのか。


「クルートのことも巨人に話しておいたよ」

「えっ、本当ですか」


 クルートの尻尾が上品にゆらゆら揺れ始める。

 ちなみに、食事の席では彼女たちの尻尾はいつも下向きになっていた。抜け毛が料理に入ったら大変だからだそうだ。


「俺のまわりにいるメイドさんの中では一番の腕利きだから、伝説でもそういうふうに語られるかもしれないな」

「わ、わたしが伝説のメイドに……」


 誇りや名声を重んじる獣人らしく、クルートの口元がだらしなく緩んでいる。


「わたしもそこに入っていたりしますか? コタロー」


 少し悪戯っぽく聞いてきたのは、クーデリア皇女だ。傍らにはカカリナの姿もある。


「もちろんです。愛らしく聡明なお姫様として。あ、カカリナのことも伝えておいたぞ」

「おや、わたしもか。英雄伝説に名が残るとは、端役でも光栄だな」

「初対面のことからしっかり語っておいた。巨人、笑ってたぞ」

「え゛っ……!」


 カカリナが固まった。


「カカリナ。初対面で、コタローと何か?」

「なっ、なな、何でも……何も……!」


 クーデリア皇女が素知らぬ顔でカカリナをいじめているが、口の端がちょっとだけ笑っている。これは全部知っててやってるな。微笑ましい。


 時間を忘れるようなパーティーは、気づけば深夜まで続いており、クーデリア皇女が慌てて終了を宣言することで、ようやくお開きとなった。


 それぞれの部屋に引き上げていく最中、俺は、小さな背中を呼び止める。


「あ、マユラ。今夜、みんなが寝静まった頃に、俺の部屋に来てくれ」

「ああ、わかっ……え、え?」

「頼むな」


 俺は部屋に戻った。

 パーティーを存分に楽しんだパニシードはいち早く睡魔との戦いに敗れ寝てしまったが、俺の体は小さな緊張が皮膜となって眠気を押し返していた。


 マユラが来るまで、まだ猶予がある。

 俺は反復横跳びでもして時間を潰すことにした。

 軽い運動によってパーティーの余熱が刷新され、覚悟と決意がわき上がってくる。


 運動を終えて待つと、夜の静寂に染みいるような、控えめなノックがあった。 


「コ、コタロー。我だ」


 扉を開けると、宵闇に慣れた目が、緊張気味のマユラの顔を廊下の暗がりから浮かび上がらせた。


「よく来てくれた。さ、入ってくれ――?」


 彼女を部屋の中に招こうとして――。


「お邪魔するであります」


《こんばんは》


「お邪魔します、ご主人様」

「お邪魔するね」

「お邪魔するよー」

「失礼します。コタロー様」


 ファ!?


 RPGみたいに(今さら)、マユラに続いて、グリフォンリース、キーニ、ミグマグメグにクルートまでが一列になってぞろぞろ入ってきた。


「どうしておまえらまで?」

「すっ、すまんコタロー」


 マユラが、夜でもわかるほどに顔を赤くして謝った。


「そっ、その、夜中に来いと言われて、どういう格好で行けばいいかとか、どんな態度で接すればいいかとか、わ、我、全然わからなかったから、ミグに相談したのだ……。そ、そうしたら、いつの間にか全員が我の後ろに整列していて……」

「そういうことであります。コタロー殿」


 グリフォンリースがニタアッと笑う。ああこれ絶対病んでるモードだわ。


《従順なメイド長さんを》《夜中に一人呼び出すとか》《これは何かある》《これは何かさせる》《見すごせない》


 いや、見た目は一緒だけど、マユラはメイド長さんじゃないから。事業主だから……。


「ご主人様、こんな時間に、マユラ様に一体どういうご用件で……?」


 うわあ。ミグさんも目に光がない。瞳孔が弛緩している……ように見える。


「何かご用がありそうなので来ました」


 ないけど来たクルート。月光を照り返す目の鋭さが、ジャッカルのそれになっている。

 いかん。何か壮絶にいかん。


「こ、こんな状況だが、我に何か要求があるというのなら、その、こ、応えることは、やぶさかではないぞ……? そ、それとも、やはり日を改めた方がいいだろうか。我としても、ひ、人前でどうこうするのは、ちょっと……」


 そんな中、マユラはかちんこちんになりながら、懸命に俺を見つめてくる。これは何か猛烈に変な思い違いをしていますね……。


「あの、俺がマユラさんを呼んだのは、〈閉ざされぬ闇〉と対話したかったから、呼び出してもらおうと思ってなんですが……」


『えっ』


 全員が固まった。

 中でも一番動揺したのはマユラだった。ただし、顔がさっき以上に真っ赤なところを見ると、〈源天の騎士〉を呼び出すという行為への狼狽ではない。


「な、な、なら、何でこんな夜更けにわざわざ呼んだのだ?」

「いや、あいつ出てくると、周囲が真っ暗になるっぽいんだよ。昼間にそれやったら帝国中がパニックになるから、夜中なら大差ないかなと思って」

「うっ……わあああっ」


 気恥ずかしさが頂点に達したのか、マユラはなぜか俺のベッドに突撃すると、シーツをかぶってロールキャベツみたいに丸まってしまった。


「誤解はとけたようだな」


 安堵し、他のみんなの様子を確かめようとすると、


「だいたいコタロー殿はいつも思わせぶりなのであります!」

「ええ!?」


 なぜかグリフォンリースが俺を糾弾し始めた。


《わかる》《いつもちゃんと相談してくれるのに》《変なところで端折る》《これは勘違いされる》《仕方ない》《振り回される我々の身にもなるべき》


 キーニちゃんまでもがじっとりとした意志で俺を見つめてくる。

 確かに、夜中に女の子を部屋に呼び出すのは不謹慎だったかもしれないがっ……。

 パニもいるし、何かあったらクルートがすっ飛んでくる環境で、一体ナニが起ころうというのだっ……!


「大丈夫です。マユラ様。わたしたちはみんな同じです」

「そうだよマユラ様、気にしないで」

「ご主人様にあんなことを言われたら、誰だって気になっちゃうよねー」


 シーツの中に閉じこもったマユラを、ミグたちがあやしている。


「う、うう。ミグ。……先生。我はどうすればよかったのだ。こんなに大勢を巻き込んで、我は恥ずかしい……」


 魔王がメイドさんを先生と慕っている件について。


「そ、そうですね。わたしが言うのも何ですが、こういうときは誰にも話さず、一人で決めて行動するのがよかったんだと思います。マユラ様はわたしに話しすぎました……」

「そうだよ。マユラ様は押しが足らない! わたしでもわかるよ」

「一押し、二押し、三に押しだねー。ミグから習ったよー」


 ここで恋愛講座開くのやめてもらえませんか。一応、シリアスな場面になる予定なんで。


「攻めるだけでなく守りも大切です。ここでいう守りというのは戦争の守りです。恋は戦争ですので。つまり、盾を構えて身を守るのではなく、相手の攻撃機動を阻害するという意味です」

「ど、どういうことだ?」

「こういう目をして、コタロー様にプレッシャーをかけます」

「ミグ、グリフォンリースと同じ目をしてるー」

「こわいー」

「どうやってるのだそれは!? 我もやりたい!」


 おいマジでやめろ。


「こうやるんであります、マユラ殿」

「嫉妬の心と独占欲をダイレクトに目に伝えるのがコツです」


 グリフォンリースとクルートまで参加した!?


《目技は得意》《どこまでも病む》《黒く》《黒く……》


 キーニ参戦! なんだよ目技ってよ!? 

 ヤン見を恋のテクニックみたいに言ってんじゃねえよ!


「こうか」

「そうでありますね」

「よいと思います」

「いいですね」

「わたしもできた」

「わたしもー」


《みんなで》《病む》《みんなで》《コタローを見る》


 じー。


「ひい!?」


 特に理由もなく病んだ十四の瞳が俺を見つめる。

 何でみんなできるようになってるんだよ!

 そんな目で俺を見るな! やめろォ!


 こんなところで「続く」のもやめろォア!

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