第144話 本当の試練! 安定志向!
今日も雲一つない快晴だ!
と言っていいのか?
小島から下界を見下ろせば、絨毯のようなでかい雲が一枚、大陸を覆っている。
とにかく上の空は澄み切っているし、晴れでいいか、もう。
巨人が組み立てた宿泊施設は、やはり隙間だらけだった。
だが、外装は頑張っており、町の宿屋っぽさは十分に再現できていた。
ちょっと大きすぎるがベッドもあり、この小人の家を造ったらしい鍛冶屋は、そのできばえに大層な自信をうかがわせていた。
よく眠れたよ。実際。
夜空も素晴らしかった。
巨人がいびきをかく性癖があったら終わってたけど。
不思議なのは、恐らく高度一万メートルを超えるここが、昼夜を問わずさして寒くないこと。山の上なら凍えている。これに関しては、巨人たちが何か特別な処理をしているとのこと。
背中に載せた地表の生態系を維持するためだそうだ。
普通に考えて、動物や植物の高度限界超えてるはずだしな。
体の上を歩く鳥や小動物たちに優しく起こされたグリフォンリースやキーニは、朝からへらへらとしまりのない笑顔になっており、一方、俺とパニはハシビロコウに執拗につきまとわれて、寝起きもやはりスリリングだった。
「おはよう、主人公とその仲間たち」
話しかけてきたティタロに、俺たちは挨拶を返した。
「ゆうべは楽しい話をありがとう。後世の人々を勇気づける、よい物語ができるだろう」
「戦いが終わったら、またそのときの話をしに来るよ」
「待っている」
ティタロは俺たちを背中に移らせた。
巨人に揺られて、雲の海を進む。
巨人の集落から帰るルートは二つある。
一つは、海底大洞窟を歩いて戻る方法。もう一つは、巨人たちの秘術で空をすっ飛んで帰る方法だ。
レベリングや金策があるのなら、徒歩で帰るの推奨。そうでなければ、瞬時に戻れる後者。俺はもちろん後者を選択した。この先、金はもう必要ない。
「昨日、魔王の側近を見てふと思い出した」
ティタロが足下から話しかけてきた。
「以前、我々が魔王と戦ったとき、ヤツにはとてつもなく強力な魔物がついていた。ひょっとすると魔王そのものより強かったかもしれない。我々はそれを〈アークエネミー〉と名付けた」
「〈アークエネミー〉」
俺は初めて聞いた名前のように復唱した。
「〝真なる敵〟という意味だ。あの戦い以来、〈アークエネミー〉がこの世界に姿を見せたことはないが、あの側近からは近いイメージを感じた」
正鵠を射る。やはり経験者は格が違った。
目下、俺が作成に尽力している〈アークエネミー〉の正体は〈源天の騎士〉なのだ。
おおおおお昔にちょっと語ったことがあったと思うが、〈源天の騎士〉には隠しイベントがある。
戦闘イベントをうまく回避し、特定の武器を捧げ、ラスト付近まで全員無事なまま放っておくと、合体して強力な魔物に生まれ変わるのだ。
それが〈アークエネミー〉。いわゆる隠しボスというやつ。
こいつを造るためには専用のルートが必要なる。とてもじゃないが初見でフラグを立てるのは無理だ。
強さは(バグ抜きにした場合)、ゲーム中もんくなしの最強。
レベルカンスト、最強装備、強技・強魔法コンプリートの状態でも確実に苦戦する。
なのに倒しても勲章的なアイテムがもらえるだけなので、完全なやり込みプレイヤー向けだ。
俺の『ジャイサガ』ライフにおいても、こいつと対峙したのはただ一度だけ。あんなヤツと喜んで戦うのは、本物の戦闘狂だけである。
ただし専用BGMと迫力あるドット絵は、必聴必見。
「昨日のあれは〈源天の騎士〉といって、魔王の力を分割縮小した分身みたいなもんだ」
「そうか。今までああいった魔物が巨人の集落に現れることはなかった。今回の戦いは少し様子が異なるのかもしれん。おまえたちの近くの木に、赤い実がなっているのがわかるか?」
みなで視線を巡らせていると、休憩所から一番近い木に、枝葉に隠れるようにしてリンゴのような大きな実がなっているのが見えた。
ティタロの求めに応じて、それを取ってくると、赤い木の実はテーブルの上で突然姿を変えた。
現れたのは、内側に小さな灯りをともす、赤い宝珠だった。
これは重要アイテムの一つ、〈聖なる天火〉だ。
「万が一、この戦いで〈アークエネミー〉が現れたらこの宝珠を投げつけるといい。かなりのダメージを与えられるはずだ」
「ありがとう。大事に使わせてもらうよ」
対〈アークエネミー〉戦の切り札、〈聖なる天火〉。
一度きりしか使えないが、相手のHP40000に対し8000の固定ダメージを叩き込み、さらにそのターンの相手の行動を阻害するという、極めて優秀な攻撃アイテムだ。
入念な準備と複雑な対応を求められ、できなきゃワンターンキルもありうる〈アークエネミー〉戦で、安全なターンを確実に確保できるこのアイテムはまさに神器というほかない。
……あるバグが発覚するまでは……!
まあ、その話は今はいいだろう。
「おまえには迷いがあるかもしれないが、もうあまり時間は残されていない。世界を救うために魔王を倒してくれ」
「わかってる。でも、そんなに時間ないのか? わりと世界は平穏に見えるが……」
帝都で待機する〈魔王征伐団〉も、ここのところ訓練ばかりしているし、グランゼニス、ナイツガーデンにも大きな危機が迫っているという話は聞かない。
そう。
なんだかんだ言って、俺たちはもう各イベントの出現時期が過ぎた、最終盤まで来ているのだ。
二周目がないゲームでは、主人公たちがもっとも自由を謳歌するタイミング。
高校受験を推薦合格し、卒業式まで時間がある中学生みたいなもんだ。
レベリングするもよし、サブイベントを見るもよし、仲間を入れ替えてみるもよし。
まあ、本来の主人公と少々目的が異なる俺に、そんな猶予はないけど。
しかし、ティタロが次に発した言葉は、俺をひどく動揺させることになった。
「魔王を倒しただけでは、摂理の崩壊は止まらないのだ」
「えっ……!?」
引きつるような声が出た。
「我々が戦ったときもそうだった。摂理の崩壊は、魔王が倒れてから起こった」
「ど、どうしてだ……!?」
俺は地面を食い入るように見つめて問いかける。
魔王がいなくなったのに、〝黄金の律〟は壊れ続ける? 何だその話、初めて聞いたぞ!?
「おまえはこれまでの〈導きの人〉と違い、この戦いの本質が、摂理と歪みの衝突であることを知っている。だから話せるのだが、摂理の歪みは魔王がいなくなった後もしばらくは拡大するのだ。転がる岩がすぐには止まらないように」
「どれぐらいだ?」
「はっきりしたことは言えないが、一月か、二月くらいはかかるだろう。摂理の傷は、女神と、摂理自身の回復力でゆっくり癒すほかない。その力が勝るまでは、世界は滅びに向かって進み続ける」
「…………!!」
足の裏から這い上がってきた寒気に、心臓が鷲掴みにされた気分だった。
無防備なところから一気に刃を向けられた。
チャートに入ったヒビ。
俺が今組んでいるやり方は、色々とギリギリだ。
魔王がいなくなれば、〝黄金の律〟へのダメージは即座に消える。それが前提でチャートを組んでいる。
だが、とんでもないことを聞いてしまった。
ダメージは残る。スリップダメージを受けた主人公のように。徐々に体力は減り続ける。
前提が崩れる。チャートは成立しない……!
落ち着け。揺れるな。冷静にならなきゃ何も考えられない。
一月、二月のタイムラグ。
長い……。〝一瞬〟と〝一月〟ではあまりにも……。
だが、あるはずだ。この両者をイコールで結ぶ方法が……。
あ、ありますよね?
「あなた様?」
気持ち悪いくらい急激に吹き出した汗を拭う俺を見て、パニシードが心配そうに声をかけてくる。それが途方もなく遠くに聞こえるほど、心が体の中心で小さくなっているのがわかった。
大丈夫……大丈夫だ。まだ考える時間はある。
ここでチャートの穴に気づいたことを、幸運だと思うべきだ。
しかも穴は一つだけ。〈聖なる天火〉も手に入れ、他の準備は着々と進んでいる。
やってやる。
俺はこのゲームの熟練者だ。リカバリーの方法は、きっと俺の中にあるはず。それを見つければいいだけだ。
自分の引き出しから、必要な答えを探し出す。
まるで〈天魔試練〉の再来だ。
いや、あのときは正解を知ってたから、今度こそが本物の試練。
「何でもない。急がなきゃなって思っただけだよ」
俺は指先でパニシードの頭をぐにぐに撫でた。
「あんまり心配させないでくださいよ。わたし見た目通りに繊細な妖精なんですから。困ったことがあって、わたしにどうにかできそうなら、そのときだけ話してくださいよね」
クズデレかよ。
……そうだな。
俺も繊細だから、いつまでも悩んでいたくない。
こんな問題、さっさと片づけて本番に臨んでやる。
大丈夫!『ジャイサガ』プレイヤーは、『ジャイサガ』の世界でできないことなんて何もない!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます