第13話 アパート購入! すべてが順調……だった……。安定志向!

 ここからはもうエンディングといっていい。


 俺はモーリオさんに会って、アパートそのものを九〇〇〇〇キルトで買い取ることを提案した。


 はじめは驚いた様子だったが、代金は十分で一括払いだったことや、探索者がアパートを丸ごと買うということの宣伝効果で何らかのソロバンを弾いたのか、すんなり譲ってくれることになった。


「待たせたな。ここが新しい我が家だぞ。これからは何もせずに遊んで暮らせるからな」


 という俺の言葉にパニシードは狂喜乱舞したもので、


「うひょおおおおおおおう!」


 などと叫びながら、真新しい家財道具の上を飛び回ったものだった。


「コタロー殿、あの……」


 一方のグリフォンリースは例のヘヴンズモードになるかと思いきや、


「自分は、あの、その、コタロー殿と同じ部屋ではないのでありますか……?」


 などと気になることを聞いてきた。


 おいおい……これってまさか、俺と同居したいっていう……おいおい……おいおいおい。


 なわけねーだろ俺のヴァアアアアアカ!


 グリフォンリースちゃんは謙虚だから、自分が一部屋占領することを気にしてるんだよ! つい昨日まで、馬小屋で一つ屋根の下だったんだ。裕福さを受け入れられないのも仕方ねーんだよ俺バーカ! バーカ! バアアアアカ!


「まあ、昼間はいつでも遊びに来ていいからさ」


 と俺が言うと、グリフォンリースはコクンとうなずいた。


 はあ……俺のばーか……。


 アパートの入居人については、モーリオさんが世話してくれた。

 家賃は月額二〇〇〇キルト。流れ者の探索者ではなく、町の裕福な商家の子供たちがメインターゲットになった。


 屋敷から出して一人での生活を経験させたいが、貧相な暮らしはさせたくない、という親バカの願いが、このアパートの高級志向とうまく噛み合ったのだ。

 一介の冒険者から一夜でアパートのオーナーになった俺が商人の世界で有名になったことも、その話に一役買ったらしい。


 まあ、この仲介役を務めてくれたモーリオさんが、それなりの見返りを回収していったことは何となく想像できるけど。


 今、俺のアパートには、俺とグリフォンリースをのぞいて六人の入居者がいる。

 うち一人はハリオさんの一人娘ローラだ。


「お世話になります。大家さん」


 楚々とお辞儀したローラさんは、赤みがかったロングヘアーのまさに深窓の令嬢といった風貌だった。朝になると、


「ガハハハ、おはよう大家ァ! 今日も元気に行ってくるぜェ!」


 と、戦闘の化粧を施してアマゾネス化してしまうのが玉に瑕なだけで、入居者としては何ら困った点はない。


 他の入居者も有名な武器屋や道具屋の子供たちで、金持ちらしくおっとりとして、気安く挨拶してくれるいい人たちだ。支払いは実家持ちなので、家賃が滞ることもないだろう。


 ……勝った。勝ったよ、トーチャン、カーチャン。

 引きこもりのクソ息子は蒸発して、異世界で立派に成り上がったんだよ……。


 何もせずとも月に一二〇〇〇キルト入ってくる。

 借金で買ったわけではないので、これはそのまま俺たちの自由にできる金だ。

 そう考えると、アパート全体九〇〇〇〇キルトって法外に安いな。まあ、そういう価格に設定したヤツが悪いのさ!


 日がなゴロゴロしては、野良猫と遊んだり、グリフォンリースとうまいものを食べに行ったりしているうちに、半月ほどがすぎた。


 半月なんて意味のない区切りだ。これから死ぬまで続く安穏に、時期なんて関係ない。

 そう思っていたとき。


「コタロー殿、コタロー殿!」


 玄関の扉をドンドン叩く音がする。


「んー……グリフォンリースか? 鍵はかかってないぞ……」


 俺はゆったりとしたベッドの上で、イモムシの真似をしながら声を返した。

 べったりとはりついたまぶたを何とか少し持ち上げると、シルクローズの花弁に頭を突っ込んだままいぎたなく寝こけているパニシードの姿が見える。


 今日も平和な朝である。


「コタロー殿、空がっ、空の様子がっ……」

「あー。今日は雨か? じゃあ、部屋でゴロゴロしながらカードゲームでもしようぜ」

「違うであります! 空が割れてるのであります!」

「へっ?」


 部屋に駆け込んできたグリフォンリースに持ち上げられ、窓際へとつれていかれる。

 そこで俺が見たのは、彼女の言うとおり、青いキャンバスに赤黒い亀裂の入った異様な空だった。


「なっ……!?」


 一瞬で眠気が飛んだ。


「何なのでありましょうか。今朝起きたら、すでにああなっていたのであります。町の人たちも怖がっているのであります!」


 グリフォンリースの表情からうかがえる不安よりももっと具体的な危機を、俺は明確に胸の中に抱いていた。


 赤黒い亀裂。それは、魔王軍襲来の証し。


 ……世界情勢が進行している。

 中盤をすっ飛ばして、いきなり終盤のイベントだ。

 衝撃が頭を強打し、その拍子にある記憶を呼び覚ました。


 しっ……しまったああああああああ……こいつを忘れてたああああああああ。


 俺は頭を抱えて地団駄を踏んだ。

 これは当然バグだ。

 しかも、俺が引き起こしたバグ……!


〈アパート買ったら世界滅亡〉と呼ばれるそれは、序盤でアパートを全室一気買いしたときに二五六分の一の確率で起こるバグだ。


 何の関係があるんだよ、とツッコミたいが、バグなんていつもそんなものだ。

 今になって思い出すとは……ッ!

 だって二五六分の一だぞ!? 本番の本番で、いきなりそれをツモるかよ普通!


 いや、後悔してる場合じゃない。

 もうすぐグランゼニスの町に、終盤のモンスターどもが押し寄せてくる。

 に、逃げないと……! この町はもうダメだ!

 俺が顔を上げたとき、何も知らないグリフォンリースと目が合った。


「コタロー殿、大丈夫でありますか。顔色が悪いであります」


 …………。

 もちろんグリフォンリースも、パニシードもつれて逃げる。

 ほ……他の人は……。

 他の……。


 この町には、ギルドの人たちも、ソックスハンターの親父も、モーリオさんも、ハリオさんも、ローラも、他のどら息子たちも、王様も、アインリッヒの兄貴だっているんだ。


 あああああダメだ逃げられない!


 たとえここから逃げ延びても、みんなを見捨てたこの後悔からは、一生逃げ切れないいいいいいいいいいいい!


「くわあああああああああああああああああ!」


 俺は絶叫すると、タンスにかじりついて中から〈旅立ちの服〉を引っ張り出した。


「グリフォンリース! 準備しろ! あの空を何とかするぞ!」

「はっ――はいであります! コタロー殿ッ!」


 なぜか嬉しそうに叫ぶと、グリフォンリースは部屋を飛び出していく。


「起きろ、俺の怠惰な心の写像!」


 シルクローズの花弁を逆さにして、パニシードを叩き起こす。


「ほえっ……あ、あなた様! 今、空と地面が入れ替わって……」

「これからもっととんでもないことが起こるぞ! 気合いを入れろ!」


 外の様子に気づいたパニシードが悲鳴を上げるのを耳の隅で聞きつつ、俺は頭をフル回転させた。

 どうする……どうやって魔王の軍勢を押しとどめる。

 出現位置はわかってるが、先手を取ったところで、象の群に蟻が挑むようなものだ。

 常道ではどうしようもない。

 かといって、奇策を編めるほど利口でもない。


「…………!」


 あった。

 この状況を打破する、あのバグを使う。

 大したことじゃない。

 それはすでに、一度起こしている。

 もう一度それをやるだけだ。

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