第9話 狩りのジカンダ! 安定志向!

「ぷはーっ……」


 町の広場にまで戻ってきて、ようやく人心地つけた。


 グリフォンリースもパニシードも、ぐったりと俺にもたれかかってグロッキー状態だ。

 最終的にあんな地獄に正面から斬り込まないといけないなんて、このゲームの主人公は前世で何かとてつもない悪さでもしたのだろうか。


「さて、じゃあ一応確認だけしておくか」


 俺は脇に抱えていた戦利品を膝に乗せ、布包みを解いていく。


 出てきたのは予想通り、一振りの剣。

 細工もほどほどに、輝く白い鋼材が垢抜けた雰囲気を醸し出す。

 鞘の部分に刻印があり、そこにこの武器の来歴がすべて詰まっていた。


「えっ……」


 と戸惑いを口からこぼしたのはグリフォンリース。


「えっ、えっ……」

「本物だぞ」


 セリフを先読みして、俺が釘を刺す。


〈ルコルの聖剣〉。

 遠い過去、巨人が〈導きの人〉ルコルへと贈るはずだった武具の一つ。

 何らかの陰謀で巨人の武器を得られなかったルコルは、代わりに七つの人間の武器を携えて決戦に挑み、その最中に命を落とした。


 同行した〈導きの人〉たちによって彼の遺体と共に回収された七つの武器は、〈ルコルの七士〉として伝説の武器に列せられ、探索者たちの憧れの的になっている。

 これはその八つ目。そして唯一正統な彼の決戦武器だ。


 だがそう断定してしまうのは、ルコルに対する侮辱になるのかもしれない。彼は不足と知りつつ、人が作った武器を手に死地に赴いたのだから……。


 思わず詩人になってしまった。

『ジャイアント・サーガ』は、どこか切ない経歴の英雄が多いから仕方ない。

 まあ、それはそれとして、安定チャート上これはただの装備品なので。


「よし、使え」

「へひぁ!?」


〈ルコルの聖剣〉をグリフォンリースに押し渡すと、彼女は素っ頓狂な声を上げてベンチからずり落ちた。


「わら、わらひが、このぶひを、しぇいけんを……ひひゃあ……」

「またかおい。しっかりしろ」

「ら、らめれふ……もうらめぇ」


 ビクンビクン。

 あ、失神した。


 気を失うほど喜んでもらえて何だが、この武器、実は大したことないんだよな……。

 攻撃力が設定ミスかと思うほど低くて、普通に手に入る時期ではまるで使い物にならない。

 一応、序盤でなら多少は光るだろうが、それにしたってすぐに店売り武器に追い抜かれる。

 では、俺は何に使う気でいたのかというと、この〈ルコルの聖剣〉にはステータスアップの特性が付いていたりする。


技量+20 敏捷+20


 この上昇量だけは結構ガチで、これが俺の生存戦略上必要になってくる。


「はっ……自分は一体……であります!」

「おはようさん。大丈夫か?」

「あの、その……」


 グリフォンリースは顔を赤くしてもじもじするばかりで、なかなかベンチに這い上がってこない。手を貸してやったものの、まだ足腰が立たない様子だ。

 回復を待つついでに、これから始まるレベリングの手順を説明することにする。


「グリフォンリース。おまえ〈カウンターバッシュ〉は使えるか?」

「も、もちろんであります。盾技の基本であります!」


 盾で相手をぶん殴る技を〈シールドバッシュ〉というのだが、【騎士】の場合は相手の攻撃時に盾で自動反撃する〈カウンターバッシュ〉となる。

 こいつがひどいクソ技で、カウンターの成功率を技量の数値、攻撃力を力+敏捷の数値から参照している。【騎士】にはどちらも欠けた能力値であり、通常プレイでは最序盤くらいしか機能せず、仮に成功しても悲しいほどに低いダメージしか出ない。


 しーかーしー!

 グリフォンリースちゃんは、技量と敏捷が高い【騎士】だ。

 つまり〈カウンターバッシュ〉との相性が良……いや、実はまだあんまりよくない。


 力が低い。だからカウンターが成功しても、威力が出ない……と思うだろう?

 残念だったな。これはバグゲーなんだよ!


 実は〈カウンターバッシュ〉のダメージは、力+敏捷では計算されてはいない。

 設定ミスで、敏捷×2で計算されていたのだ!

 威力が出ないはずである。敏捷なんて、【騎士】が一番持っていないステータスだ。


 そして、先ほどゲットしたばかりの〈ルコルの聖剣〉を見てくれ。この〈カウンターバッシュ〉に必要な技量と敏捷を大幅に底上げしてくれる特性があるじゃないか!


 これにより、序盤の敵で、この状態のグリフォンリースを突破できる相手はいない。

 どんな敵と会おうが、無双はほぼ確実!


 ……が、これでちんたら雑魚狩りをするだけなら、俺はただ臆病なだけの男である。

 忘れてはいけない。

 俺は一刻も早く安定と安寧を得たいのだ。

 つまり、だらだらとレベリングをするつもりはない。

 そのためにここまで彼女の守りをガチガチに固めたのだ。


 グリフォンリースの回復を待って、俺たちは町の外へと向かう。

 その途中、道具屋の近くで奇妙な人だかりができていた。

 いや、正しくは、道具屋を遠巻きにして、かな。


 これは、さっきの壁抜けバグの弊害なのだが……。


「王様、おやめ下さい! あなたほどのお方が、商人の真似事など……」

「うるさい。気が散る。民を束ねる者として、彼らの生活の実情を知らねばならぬ」


 道具屋の親父のグラフィックが、王様のグラと入れ替わっちまうんだよ……。


 正直、何の意味も利用価値もないバグだが、現実で起こったらまあ大騒ぎだよな。何しろ、あのグランゼニス王だし。迂闊なことをすれば牢にぶち込まれかねない。


「ふむ。薬草は一つ七キルトか。わしが若い頃より安いな。よし、わしが店をやっている記念に、今だけは六キルトで売ろう」

「やっぱケチ」


 パニシードがぼそりと言う。

 まあ、二、三日たてば元に戻るしょーもないバグだから、放っておこう。


 ※


 そして俺たちは狩り場に到着する。

〈はじまりの馬小屋〉をのぞけば、町の外に出るのはこれが初めてだったりする。

 町から少し離れた川のほとりで、一見して特筆すべき点はない。

 一見では、だ。


「パニシード、グリフォンリース、ちょっと隠れろ」


 俺は川沿いに生えた茂みに身を潜め、二人を呼び寄せた。


「待ち伏せでもするでありますか?」

「あなた様は慎重ですねえ。グリフォンリース様がこれだけ重武装していれば、ここらへんの敵なんて目じゃありませんよ」

「……あれでもか?」


 ずうん、と剣呑な振動が、茂みの葉を揺らす。

 その足音の主は、ほどなくして俺たちの前を通過した。

 自然の造形とは思えないほど巨大な角を持った雄牛だ。角の大きさは頭部の二倍はあり、それが束のようになって前方へと突き出ている。まるで針の山。

〈グレガリアン〉と呼ばれる、本来ならばゲーム中盤に現れる魔物である。


「…………」


 パニシードとグリフォンリースは、悲鳴をこらえるためか、仲良くお互いの口を押さえたまま白目を剥いている。

 レベル3の探索者の反応としては正常だろう。


 なんでこんなバケモノがここにいるかというと、原因は川の向こう側にある。

 実は、対岸には中盤の敵がすでに出現するのだ。


 フィールドモンスターの強さは、基本的に世界情勢と連動している。

 つまり序盤なら、世界中どこへ行っても序盤の敵しか出ない。

 だが、ここの対岸は、橋が壊れていて中盤のある一時期しか渡れないため、最初から出現する敵の種類が固定されているのである。


 そして設定ミスにより、ゲーム画面にして三マスほどの範囲だけ、対岸の魔物の出現分布図が、こちらにはみ出している。

 だからここでだけは中盤の敵と戦えるのだ。


「無理無理無理無理無理! 絶対死んじゃうであります! 絶死であります!」


 当然、グリフォンリースは泣きながら反対した。


「大丈夫だ。単体のヤツを狙う。〈カウンターバッシュ〉に徹する。ダメージを受けたら、俺が即座に〈力の石〉で回復する。これさえ守ってりゃ、絶対に負けない。俺を信じろ、そして自分を信じて心を安定させろ! 何のための【騎士】だ? 何のための〈魔導騎士の盾〉だっ!」

「だっ……だけど! でもぉ………!」


 さすがのグリフォンリースも、なかなか首を縦には振らない。実力がないのは自分が一番よくわかっているからだ。

 しかし、装備の特性や、おまえには秘められた力があるんだ的な説明でごり押しし、どうにか説き伏せる。つーか、グリフォンリースちゃんは基本的に押しに弱い。


 俺たちは茂みからじいっと様子をうかがい、単体かつ、他よりちょっと体の小さな〈グレガリアン〉を狙うことにした。

 少しして、そのタイミングが訪れる。


「やあやあ、我こそは騎士グリフォンリース! いざ尋常にしょーぶ、しょおおおおおおおおぶ!」


 見事な震え声で名乗りを上げるグリフォンリース。奇襲しても意味はないので、景気づけに何か叫んどけと言ったのだが、ここまで見事なヤケクソもない。


 ――ブオオッ。


 地鳴りに似た〈グレガリアン〉の咆哮は、俺の骨の一番深いところまで揺さぶってくる。

 こいつはとんでもない。人間が勝てる相手じゃあない。

 前衛としてこいつと相対しなければならないグリフォンリースは、この何十倍もの圧力を受けているはずだ。

 頼む、ゲーム通りの活躍を見せてくれ!


 ――バオオオオウ!


〈グレガリアン〉が四肢で地面をえぐり飛ばしながら、頭を下げて突っ込んでくる。

 まるで生きる破壊槌。堅牢なグランゼニスの城門すらあっさりとぶち破りそうな迫力だ。

 対するグリフォンリースは、俺に言われたとおり〈ルコルの聖剣〉を腰に下げたまま、両手で〈魔導騎士〉の盾を構えて待つ。


 剣は無意味だ。今のグリフォンリースでは、当てることもままならないだろう。

 ダメージが通るのは、ステータスを底上げした〈カウンターバッシュ〉のみ……!


 ゲーム的には〈カウンターバッシュ〉が成功した場合、グリフォンリースにダメージは入らない。俺は目を見開いて、彼女のステータス画面を凝視する。HPがかすかにでも動いたら、即座に手の中の〈力の石〉を使う。


 二人が激突する!


「やあああああっ!」


 ドガン、と、それはまるで車と車の正面衝突のような轟音だった。


〈グレガリアン〉が大きくのけぞり、グリフォンリースも盾を弾かれた体勢で後方に引きずられる。

 グリフォンリースのHPは……減っていない! 成功だ!


「はあっ、はあっ、はあっ……!」


 ――ブオオオオオオウ!

 二度目の激突。インパクト地点を境に、再び両者は大きく後退する。

 いいぞ、頑張れグリフォンリース!


 三度目、四度目と同じことが起き、そして五度目のことだった。

 巨木が裂けるような音を立てて、〈グレガリアン〉の角が砕け散った。

 魔性の武器を砕かれた雄牛は、細い悲鳴を上げたかと思うと、白目を剥いて横倒しになる。


「やっ……やったぞ!」


 俺は歓声を上げ、グリフォンリースのレベルを確認する。


 グリフォンリース

 レベル 7


 一気に4もレベルが上がっている!


「よくやったグリフォンリース! 見ろ、おまえの勝ちだ!」


 俺は立ち尽くしたまま動かない彼女の肩を掴み、ふと、面当てを上げた。


 グリフォンリースは泣き顔のまま、白目を剥いて気絶していた。


「うわあ」


 俺とパニシードの声が重なる。


 最後の最後で、恐怖に耐えきれなくなったのだろう。

 もう一度〈グレガリアン〉が向かってきたらヤバかったかもしれない。

 俺は面当てを下ろした。


 初期レベルで中盤の敵を倒すという偉業を達成した女騎士が、涙に鼻水まみれではカッコがつかない。

 今日のところはこれで引き上げだ。

 明日から、俺たちは一足飛びに強くなる。

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