第116話 古代都市への道! 安定志向!

 帝国図書館の作業大部屋で、「エウレカ!(わかったぞ!)」の声が聞けたかどうかはわからないが、クラリッサの要望を受けて彼女の研究室に行ってみると、大量の資料に埋もれながらも、十年来の友のようにがっちりスクラムを組んだ司書と大冒険家のドヤ顔が俺たちを出迎えた。


「やったわ」


 彼女らのその一言にすべての成果が表れていた。


 研究室のテーブルの上には、数々の資料と共に、ここ二日で足されたであろう膨大な走り書きがされた地図が載せられており、その一角に描かれた大きな円が目を引いた。


「〝澄んだ人〟の遺跡の位置をここまで絞り込めたのは初めてよ。それもかなり確度の高い推定。皇帝陛下がお許しくだされば、すぐにでも調査隊を派遣できるレベルね」

「しかし今の帝国に余計な人員を割く余裕はない。世界の危機と戦っているからね。そこでこのわたしの出番というわけだよ」


 ラナリオがサファリ帽を指でくるくる回しながら言った。相棒であるアルフレドは、部屋の隅で毛布をかぶって寝ていた。


「そこでだ少年。おねーさんと組む気はないか? この間のことで、そこらの冒険者はあてにならないとはっきりわかった。だが、少年はあの廃坑の奥にいたでかい魔物をやっつけた勇者だというじゃないか。クラリッサとわたしを引き合わせてくれた恩人でもあるし、第一発見者の一人に加えてあげてもいいぞ」

「彼女は上から目線で言ってるけど、わたしからもお願いするわ。このあたりはオブルニア山地でも秘境として知られていて、普通の人間が立ち入れる場所じゃないの。コタローさんたちのような熟練の冒険者が必要だわ」


 クラリッサに請われるまでもなく、俺はこの話に乗った。〝凍てつく都市〟に行くにはこれが一番手っ取り早いルートだ。

 ラナリオとアルフレドをパーティーに加えた場合、レベル的にお荷物にしかならないが、そこへの対策はすでに用意してある。それに、このイベントでもラナリオの死亡判定があるから、知り合ってしまった以上は助けてあげないとな……。


 ※


 俺は旅が嫌いである。

 人間、物事にぶち当たってみないと自分のことすらよくわからないと前にも偉そうに語った気がするが、改めて思う。


 俺は、旅が、かなり、嫌いである。


 旅好きな人に話を聞くと、違った景色が見られるとか、色んな人と出会えるとかいうバラ色の答えが返ってくると予想できるが、それは新幹線とか車での快適な旅の話だろ! 目的地まで歩いてみろ! いや、巨大な山猿に運搬されてみてから言ってみろ!


 発端は、話を聞いた皇帝が、時間短縮のために足を手配してくれたことだった。


 この足というのが、俺たちが帝都を訪れたとき、カカリナと一緒に迎えに来てくれた大猿の一団だった。

 彼らは道なき道をゆく輸送部隊として帝都に広く知られており、曰く、地面があればそれが針山地獄であっても踏破してみせるという。


 山歩きの嫌いな俺は、はじめ、この配慮を喜んだ。

 乗り物に乗っていけるなら旅は快適だ。

 だが、猿の背中で、自分の体が、全力疾走する小学生の背中のリュックサックと化してすぐ、その判断は間違いだったと気づかされた。


「大将、俺たちが運べるのはここまでだ。ここから先の山は、一族の掟で立ち入れねえ。皇帝陛下もそれはご承知だ」


 とある尾根に到達し、そこから谷を見下ろし猿たちはすまなそうにそう言ったが、俺たちは返事どころじゃなかった。


「気持ち悪いであります……」

「な、なっはぁ……」

「…………ぐふっ」


《死ぬ》《死んだ方がまし》《今すぐ崖から飛び降りたい》《おええ》《吐きそう》


 乗り物酔いとかそういうレベルじゃない。上下に揺さぶられ続ければ、箱の中のケーキはぐしゃぐしゃになる。人間もそうだということだ。


 そういえば、ゾゾモアとかいう猿がカカリナに対し、【インペリアルタスク】以外は耐えられないって言ってたっけ。何で今さら思い出すかねえ……。


 結局、地べたと風の冷たさに体を晒し、二時間ほどかけて俺たちは復活した。

 歩いてきたら二日はかかっていたというから、大幅短縮なのは間違いない。だが、あまりにも手荒な旅だった。

 これは旅も山も猿もまとめて全部嫌いになる。間違いなく。


「では諸君、改めて大冒険に出発といこう!」


 一番早く立ち直ったのは、一番儚いラナリオお姉さんだ。

 最後までグダっていたのは俺である。


 俺たちはここから緑豊かな谷へと下り、目的地を目指すことになる。

 足に自信のあるはずの猿たちが忌避したのは、足場の悪さのせいではない。

 眼下の森は一日中霧がかかり、昼なお暗く、得体の知れない怪物が目撃されたり、立ち入った者は誰も帰ってこなかったりと、様々な部族で語られる危険地帯なのだ。

 無用な犠牲者を出さないためにも、各部族が掟としてここへの進入を禁じているのだった。


 整備された山道などないので、俺たちは尾根から慎重に斜面を下りていった。

 決められた登山ルートがないというのは、冒険をしている感じがして結構楽しかったりもするが、山というのは登りより下りの方がきついものである。

 その楽しさはあっという間に疲労の中に埋もれていった。


 ここから転がっていったら、すぐに下につけるのにな。レベル99の肉体なら耐えられそう……。なとど危ない思考まで頭をよぎり始める。


 どうにか森の手前に来る頃には、日が暮れていた。

 周囲は森から広がる霧に包まれ、これまで下ってきた山を見上げ、疲労の成果を確認することすら許されなくなっている。


「よし、森へのアタックは明日にしよう。今日はここでキャンプを張るぞーっ!」

『おぉ……』


 クッソ元気なラナリオお姉さんの声に、もやしみたいな拳を振り上げて応える俺たち。

 誰だよこの鉄の女を儚いとか言ってるヤツは……。


 ※


 さて翌日。俺たちは薄暗い内から行動を開始していた。

 旅というのは、日の出と共に歩き出し、日が沈んだら即やめるのが鉄則である。


 ロマンもへったくれもない話だが、夜霧というのは明かりがないと見えない。闇の方が強いのである。よって俺たちが進む森の中は、霧よりも樹木の影が作り出す闇の方が難敵だった。


 しかも、山の上からでは想像できないほどに大きな木が密集しており、絡み合った枝や、盛り上がった木の根が、まるで通行止めをしているかのように行く手を阻んでくる。

 一度迂回路を選択しただけで迷子になれそうだった。


「ナッハ。ひどい暗さだ。目でものを見てるヤツお断りという感じだな。〝トーチ〟を使おう、みんな」


〝トーチ〟はカンテラのようなものだが、前部分に筒が取り付けられており、懐中電灯のように前方を強く照らせるようになっている。


 闇の次は明かりに照らされた霧に視界を埋められつつも、俺はたちはどんどん奥へと進んでいった。


 そんなときだ。

 ラナリオが不意に立ち止まった。


「何だろう。今、何か……」

「コタロー殿……」


 グリフォンリースがつぶやき、俺もうなずく。

 霧に撫でられるのとは違った寒気が、肌の上を走っていった。


「戦闘は俺たちに任せろ。ラナリオとアルフレドは、俺たちの後ろで自分の身を守れ」


 と、一時は臨戦態勢に入ったものの、特に何が起きるわけでもなかった。

 ただ、肌が感じた寒気の名残が消えることもなかった。


 確実に近づいている。……近づいてはいけない場所に。

 たくましい獣人たちでさえ、本能的に禁忌とした場所に。


 前進を再開し、奥へ向かうにつれ、その寒気は強くなっていく。


「ぶえっくしょん! お、おかしくないかい、これ」


 ラナリオが大きなくしゃみをしたとき、俺たちはそれが感覚の話ではなく、明確な低温に変わっていたことに気づいた。

 俺の靴がパキリと鳴る。何かを踏んだらしい。


「……氷か?」


 アルフレドが素早くかがんで俺の足下を調べる。


「いや、これは氷ではないですね。冷たいけれど。……これはガラスだ」

「ガラスだって? どうしてそんなものがここに落ちてるんだ?」


 不思議なものを見つけ、ラナリオが嬉しそうにすっ飛んでくる。お姉さん、鼻水出てますよ。


「先に進んでみれば、答えが見つかるかもな」


 俺は予言めかして言った。


 進むにつれ、木々の密集度が薄れ、歩きやすくなってきていた。

 肩を寄せ合うようだった探検隊も、いつの間にか適度な距離を保って歩けている。

 それの変化に伴うように、俺たちの靴音にパキリ、パキリ、という音が混ざり始めていた。


 土に薄いガラス片が紛れているらしい。

 霜柱でも踏みつけているような気分だ。


《変なの》《ぱきぱきいってる》《変な森》《あ、また踏んだ》《面白い》《…………》《……?》《今、何か》《光った――?》


「っひ……」


 小さな悲鳴が上がり、俺の横でキーニちゃんがこけた。

 みなが不思議そうに見つめる中、尻餅をついたままなかなか立ち上がろうとしない。


「? どうしたキーニ――」


 言いかけて、俺ははっとする。

 彼女は目を見開いて地面を凝視していた。


 キーニの足下に近づき、地面から土を払う。掘る、というところまではいかない。ガラスの上に載った土を払うだけだからだ。


 少量の土の下から、ガラス片ではなく、ガラスの板が現れる。

 遺跡の正体を知っている俺ですら、手が震えた。


「――みんな、落ち着いて見ろ」


 仲間たちが集まってガラス板を見た。


「これまでとは違って大きなガラスだね。何でこんな綺麗なガラスの板が地面に埋まってるんだろう? 遺跡と何か関係があるのかな?」


 ラナリオが首を傾げた。


《違う》《違う》《違う》《違う》《違う》《違う》《見るのはそこじゃない》


 キーニが別の地面を手で掘りながら、そう叫んでいた。


「ラナリオ、見るのはガラスの下だ」


 俺はそう言って、彼女の肩を地面へと押しやった。


「下?」


 ラナリオは顔を近づけて、見て――


「――ッ!? !!! ??? !?!?!?」


 目を見開いたまま言葉を失った。


「どうしたんですか姉さん」

「何かあったでありますか」


 口をはくはくさせたラナリオは必死に二人に手招きし、近づいた両名の首根っこを捕まえて、地面に叩きつける勢いでガラス面へと近づけさせた。


「何するんですか――」

「暗くてよく見えないでありま――」


 二人とも言葉の途中で息を止める。

 ガラス板の奥に光を見たからだ。

 それは、ガラスのすぐ裏側ではなく――はるか下。


「しょ、諸君! スコップを持ってきているな、しっ、しし、慎重に周囲の土をどけるんだ!」


 ラナリオが悲鳴のような号令を発し、俺たちはガラス板周辺の土を掘り始める。


 土の下はどこもガラスに突き当たった。


「とてつもない……とてつもないロマンだぞこれは! しかし、こっ、これは一体何なんだ? 本当に古代遺跡なのか?」


 足下をあらかた掘り終え、このあたり一帯がガラス張りだったことが判明すると、ラナリオの混乱は極致に達したらしい。口角泡を飛ばしながら叫びだす。


「し、信じられない。本当に何なんでしょう、これ」

「驚きを通り越して怖いであります」


《こんなの普通じゃない》《古代の人が作ったとは思えない》《何なの?》


「ともあれ、俺たちは知らないうちに到着してたってわけだ」


 俺は足下を見つめながら答える。

 地面を覆うように敷かれたガラス。

 その下には深い深い亀裂が広がり、その壁面に、いくつもの建造物が築かれていた。

 それが俺たちが探していたもの。


〝澄んだ人〟の地下都市だった。

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