第107話〝鋼通し〟攻略! 安定志向!

「〝鋼通し〟ってのは、個人を表す名であり、そいつの秘技を表す名でもある」


 小宮殿の兵士たちの詰め所にて、第四の牙隊隊長バウルバは、そのクマの爪で自らの眼帯を煩わしそうに掻きながら言った。


「裏社会では有名な殺し屋だ。名の知れた組織の幹部には、こいつの被害者が大抵一人はいると言われている」

「有名な殺し屋という時点で、一流じゃないんじゃないのか?」


 さらっと口を挟んだカカリナに一瞬納得しかけた俺だが、バウルバは感情の読めない(クマだから)表情から苦笑いに似た吐息をもらし、


「一般論ではな。だが、ヤツの存在が裏社会の奥底から表の世界に漏れ出て五年以上。その間、誰にも消されてないということは、現時点でそれ以上の使い手が存在しないという証拠でもある。時折現れるんだ。そういう麒麟児が」

「…………そんなヤツに、クーデリア様が」


 震えるように声を吐き出したのは、普段この小宮殿を警護している隊長だ。どちらかというと戦闘よりも指揮の方が得意なタイプらしく、クマそのものであるバウルバと比べると大樽とマッチ棒くらいの差がある細いオッサンだった。


 あれから。

 俺たちはすぐに小宮殿に引き返し、第四の牙隊にも連絡して、刺客への対策を練ることになった。

 当然、この手紙の信憑性についても問われたが、俺は真実と断定して譲らなかった。


 差出人の2・bとは、ツヴァイニッヒ・ブレジードのことだ。

 2と聞いて即座にツヴァイニッヒが思い浮かぶのはどうかと思うが、それだけ濃いキャラをしていることを、恐らく当人は自覚して密書に利用している。


 万が一、密書が敵対する人物に渡ることがあっても、数字の2ではツヴァイニッヒと断定する証拠とはならない。

 彼だとわかる者にはすぐピンときて、そしてバレても実害のない、万全のセキュリティ対策というわけだ。

 久しぶりの挨拶がこんな警告とは。気が利いてるんだか、そうでないんだか……。


「たかだか小汚いネズミ一匹に腰がひけてどうする。たとえ神が相手でも、俺たちはクーデリア皇女をお守りするだけだ」

「わ、わかっている」


 バウルバは特に威嚇したわけではなかったが、元々唸るような声で話す人だ。マッチ棒隊長が姿勢を正すと、その圧力に左右から潰されたようにさらに細く見えた。なんかこういうフクロウいたよな。


「クーデリア様には、しばらく外出を控えていただかないとならんな」

「寝室での不寝番も必要だろう。よ、よし、その役はわたしがやろう。もし不安ならば、添い寝も……」


 カカリナさんこんな時にニヤつくのやめてもらえますか。みんな見てますよ。


「大変なことになったでありますね……」


 グリフォンリースがひそひそと話しかけてきた。


「そうだな……。でも、何とかするさ」


 入り方としてはちょっと予想外だが、〈皇女暗殺〉はチャートにも記載されたイベントだ。

 実際に彼女と知り合っている今となっては、この上もなく胸くその悪い事件だが。


 このイベントでは、帝国の皇女たちが若い方から順番に〝鋼通し〟に殺されていく。七番目、最後のアネデリアが殺されるまでに〝鋼通し〟を倒さないと、イベントは失敗で終わってしまう。

 ゲームにおいては、クーデリアも含め皇女たちは完全にモブ扱いだ。しかも彼女らの居城には基本的に立ち入れないので、死んだところで気にしないプレイヤーは多い。


 俺だって初見では三女のダンデリアまで殺されたが、特に気にせず続行した。

 皇女たちの死を悲しむキャラもいるが、表現は控えめで目立ちもしない。


 だが、今ではそれが鳥肌が立つほどの恐怖に感じられる。

 クーデリア皇女が殺される? 俺たちを離宮に住まわせてくれて、一緒に食事したり、おしゃべりしたり、庭園を散歩したりする彼女が?


 絶対に拒否! だ。


 他の皇女たちについても、会ったことはないけど、絶対に殺させない。

 ゲームでは十分に表現されていなかったが、それはとてつもない悲劇と絶望をこの都にもたらすのだ。クーデリア皇女を溺愛しているカカリナにも、母ちゃんであるザンデリアにも……。そんな姿、現実では絶対に見たくない。


「邪魔をします」


 きい、と小さく扉を軋ませて部屋に入ってきた小さな人影に、椅子に座っていた全員が勢いよく立ち上がった。


「これはクーデリア皇女。このようなむさ苦しい場所へようこそ」

「バウルバ、わたしは守ってもらえそうですか」


 クーデリア皇女が茫洋とした眼差しを向けた。普段、小宮殿の警護をしているマッチ棒隊長は、最初に声をかけてもらえなかったせいか、少し悲しげだ。


「もちろんです姫様。今日から我々も小宮殿の警護に加わり、部屋にはカカリナを置きます」

「よ、よろしくお願いします、クーデリア様!」

「よろしくカカリナ。わたしが寝るときも一緒にいてもらえますか?」

「ひょうっ!? お、同じベッドに……!?」

「おまえまで寝てどうすんだバカ。就寝時も退出せずに、そばでお守りするという意味だ」

「そ、そうでした……」


 バウルバの肉球にはたかれて、お花畑に飛翔していったカカリナはすぐに戻ってきた。

 さすが、隊長はカカリナの反応と対処に慣れている。


「それと」


 クーデリア皇女はふと俺たちの方を向いた。


「コタローたちもわたしの部屋にいてほしいのですが」

「お、俺たちも……?」

「はい、頼めませんか?」


 ク、クーデリア皇女と同じ部屋で寝起き? しどけない寝姿や、無防備な寝起きの顔を拝見したり、寝ぼけて甘えられちゃったり、抱きつかれちゃったりするの? ……って、これじゃカカリナと思考が一緒だ。

 気を引き締めろ。敵はもう迫っている。


「もちろんお引き受けします。鋼通しだか千枚通しだか知りませんが、開幕力をためてハイスラでボコってバラバラに引き裂いてやりますよ」


《コタロー》《何言ってるかわからない》《でも》《わたしも頑張る》《この天使は、まだ天に返すわけにはいかない》


「第四の牙隊との共同戦線であります! 必ずクーデリア様を守り抜くであります!」


 こうして、この日から俺たちはクーデリア皇女の部屋で過ごすことになった。


 主な出番は夜間。彼女の安眠と命を守るのが俺たちの仕事だ。

 そしてそれは、ゲームにおいて〝鋼通し〟が襲来してくる時間帯でもあった。

 つまり俺たちがヤツをぶっ倒せば、それですべてカタがつく。


 さて、〝鋼通し〟についてだが……。

 こんなストーリーの後半に、今さら人間の暗殺者なんて場違いじゃないの? それとも、実は魔物だとか、〈源天の騎士〉が化けてるとかそういうオチ? などと、こいつ個人の能力を過小評価してしまいがちだが、人類としての敵では、ほぼ最強の相手である。


 ボスとしてのHPも考慮すれば、世界最強の人間と言ってもいいだろう。


 こいつの一番厄介なところは、その名を表す〝鋼通し〟にある。

 バウルバは秘技だと言っていたが、ゲーム内のこいつはそういう技を使ってきたりはしない。

 通常攻撃のみ、ごく稀に回復アイテムという、シンプルで骨太な戦術のみだ。


『ジャイサガ』には動物系、植物系、魔法生物系など敵のジャンル分けがあり、それぞれに特徴がある。人間系エネミーは、全体的なステータスは低めながら、多彩な技や魔法を操る、というものである。

 単体ではそれほど脅威ではないが、別系統の敵とつるんで現れた場合、状態異常や回復などの補助役をやられて、うっとうしいことこの上もない。


 だが、〝鋼通し〟にはその技も魔法もない。

 妙なデバフを使ってくることもないので、こちらの打つ手も自由なわけだが、それでもこいつがゲーム屈指の難敵であり続けることには理由があった。


 HPが高い。

 状態異常が効かない。

 魔法耐性も高い。


 それらは特に問題にもならない。

 こいつが人類最強たるゆえんは、


 ――クリティカル発生率がやたら高い。


 この一点に尽きる。


 きっとこれがゲームで表現された〝鋼通し〟なのだろう。

 通常攻撃を秘技に昇華させるというのは、基本的な技を磨き抜いて一撃必殺へと至る武道の極意にも似て、小癪にカッコイイが、わかりやすい派手さを好む小学生にはそういう渋さは理解できず、「〝鋼通し〟使ってこねえな。こいつバカだろ」とモンキー並の感想しか抱けなかった頃が恥ずかしくも懐かしい。


『ジャイサガ』のクリティカルの仕様は凶悪で、防御力を無視した上でダメージ二倍、必中である。

 攻撃と防御の計算についてはややこしいので省くが、この数式によるダメージの総和はおよそ通常攻撃の四倍から五倍にもなる。


 まさに一撃必殺。


 こいつの素早さが高いこともあって、倒れた仲間を回復させようとしたキャラが次の犠牲者となり、戦闘不能者が一ターンごとに増えていく最悪の展開は、このゲームにおける鮮やかな全滅パターンの一つだ。初見の俺が五人まで皇女を殺されてしまった理由もわかってもらえると思う。


 そういう手合いに対し、俺たちのパーティーは三人しかいない。カカリナを含めても四人。だが、レベル的に彼女を戦力に入れるべきではない。

 これは鬼のようなリセゲーを強いられる縛りプレイを思い起こさせる状況。


 だが、待ってほしい。

 ひょっとして、それに対し、この俺が何の対策も用意してないわけがないのではないだろうか?

 もしかしてすでに、すべての準備は整っているのではないだろうか?


 当たり前だ。

 このイベントは絶対に失敗しちゃならない。

 それでは〝鋼通し〟攻略戦を開始する!

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