第106話 忍び寄る絶望の使徒! 安定志向!
ラナリオお姉さんは釈放されると同時に、跳んだり跳ねたりしながら詰め所を出て行ったという。
「ありがとう少年。ロマンの元でまた会おう!」
というのが彼女からの伝言であり、
「どうもありがとうございました。助けてもらってこんなことを言うのは何ですが、もう関わり合いにならない方が、あなたの人生に深刻な被害がないと思います」
というのがその弟からの警告だった。
その後の足取りも不明で、まったく綺麗に姿を消したものだ。
まあこの二人、本家ゲームにおいても、どうしてそこにいるんだよ! って場所に平然と潜り込んできたりしてるので、神出鬼没に関しては今さら驚くほどのことではない。
〝ラナリオの鵜飼い〟をするのなら、彼女たちが次のフラグに突っ走ってくれているのは望むところで、俺はそれらよりも、次のイベントに集中しておく必要があった。
何しろ、下手をすると、クーデリア皇女が命を落とす。
※
「コタロー。みなさんも、ご一緒にどうですか?」
カカリナを従えて離宮に現れたクーデリア皇女は、普段とは違う、よそ行きのドレスに身を包んでいた。
よそ行きと言っても、パーティーに出るような華美な装飾のものではなく、むしろ山登りに意地でもドレスを着ていきたい人のためにこしらえたような、厚手の衣装だ。
俺の部屋には、クルートも含めてちょうど全メンバーが集まっていた。
「どこかにお出かけでありますか?」
グリフォンリースの問いかけに、カカリナが応じる。
「クーデリア様は数日に一度、帝都の散策に出られるんだ。運動は小宮殿でもできるが、帝都の様子も見ておきたいとおっしゃってな」
「特に目的地はありません。気ままな逍遥です」
「行きたーい」
「皇女様とお散歩楽しそう~」
真っ先に賛同したのは瞬発力の高いマグとメグ。続いて、他のメンバーも喜んで参加の意思を示した。
帝都の様子は以前と変わっていない。
〈古ぼけた悪夢〉の前後の喧噪は薄れ、普段通りの素朴で力強い活気に包まれている。
俺も現人神だけは回避したよ……。神に愛された英雄とかにはなったけど。
人混みにチラリと見えた黒い鎧姿に、俺が注意を差し向けると、隣にいたカカリナがそれを目ざとく察知し声をかけてきた。
「第四の牙隊だ。クーデリア皇女が外出する際は、我々が警護にあたることになっている」
「なるほどな。で、カカリナが、一番近くで皇女を守る役目なのか。そういえば、グランゼニスとの和睦パーティーにも出席してたな」
俺が言葉を受けると、クーデリア皇女も話題に参加してきた。
「カカリナは隊の中でも凄腕ですし、わたしとの付き合いも長いですから。安心して命を預けられます」
「は、はひっ……。い、いのひにかえても、皇女様はお守りいたひまふ」
本当にこの溶けたバターみたいなのが、いざというとき役に立つのか?
などと思っていると、
「のう、コタロー。あの黒いフードの連中は何であろうか。以前は見かけなかったようだが」
町の様子を、商人の目でうかがっていたマユラが、俺の袖を引っ張った。
四角い家屋の陰に、彼女の言うとおり四、五人の黒フードが顔を寄せ合って何かを話し合っていた。
一人の【インペリアルタスク】に目をつけられた彼らは、その気配を察知したのか、黒い鎧の騎士が近づいてくる前にそそくさと解散する。
「見るからに怪しいであります」
「新興の宗教団体かもしれないな」
「宗教団体?」
俺の意見にクーデリア皇女が反応して、オウム返しにしてくる。
「魔王が現実の危機になってから、もうダメだ……おしまいだぁ……って連中が増えてるんですよ。ヤケクソになって滅びを望んでみたり、魔王にすがって自分たちだけは助かろうとしたりって考える輩が、少なからずいるんです」
「愚かしいですね……」
言葉とは裏腹に、クーデリア皇女は悲しげに目を伏せた。
「安心してください。ヤツら、帝国民じゃないですよ」
「え?」
「グランゼニスか、ナイツガーデンか……。とにかく平地の大都市に群がってた連中が、仲間を求めて帝都まで出張ってきたんです。帝都民には皇帝や皇女様たちがいますから、あんな連中の言うことなんか、誰も聞かないと思いますけど」
「……ありがとう。コタロー。気を遣わせてしまいましたね」
「いえ……。……はい、まあ……」
ごく自然でさりげない気遣いのつもりだったのに、あっさりバレた。この不器用めが。
本当に立派だ、クーデリア皇女は。
帝都の人々の恐怖や絶望を、自分たち皇族の責任として捉えている。
自分たちが恐怖への防波堤になろうと、常に心がけている。
こうして彼女が帝都を歩くのも、自分が健在であること、彼らを見守っていることをはっきりと示すためなのかもしれない。
だから、そんな悲観論が帝都の人々に渦巻いていると勘違いし、心を痛めたのだ。
ハアー。こんな小さな女の子が健気に頑張ってるってのに、何だろうね、あいつらは。
魔王の影がちらついただけで絶望して、終末論やら悲観論に走る。
凶悪な敵に抵抗する気力はないけど、必死に抗う者を見下す元気だけはあって、その上、こんな山の上にまで破滅の賛同者を募りに来るのだ。その元気を少しは、希望を守るための戦いに役立てやがれってんだ。
……っと、いかん、愚痴っぽくなった。
ゲーム後半では魔王崇拝者や邪教が横行して、メシマズなイベントも各地で頻発するので、ついささくれだった気持ちになってしまう。経験者の悪い癖だ。
思い出し笑いならぬ、思い出し怒りというのは、この世でもっとも生産性の低い行為である。勝手に思い出して勝手に不機嫌になって、バカか俺は。
今はクーデリア皇女とのお散歩を楽しまないと。みんなもいるし!
これは完全に余計な話だが、『ジャイサガ』はやはりひねくれたゲームなので、この終末論者すら仲間キャラクターとして加えることができたりする。
ダミアンという老年魔導士なのだが、こいつをつれてラスボスに挑むと、
「おまえがなかなか世界を滅ぼしに来ないから、わしの方から来てやったぞい。さあ、わしごと世界を滅ぼしてみよ。できぬのなら、死ねい!」
と、なかなかハッスルしていて、とても終末を望んでいるとは思えないアグレッシブ・ジジイぶりが人気を集めている。魔導士としての性能も上からかぞえた方が早く、何より邪教が流行るもっと前から一人で勝手に絶望しているので加入時期が早くて便利――。
「おっと……」
どうでもいいダミアンのことなんか考えていたせいだろうか。
前から来た男と、肩がぶつかってしまった。
「悪い」
「いや、こっちこそ」
こういう時、意識より先に自然と謝罪が出るのは大人な証拠だ。
高校生やってた頃じゃ、びっくりして咄嗟に言葉なんか出てこなかっただろう。
……まあ、それだけ人との接触が多い、荒い世界とも言えるけどさ……。
「変な男だな。こんな大所帯で歩いている我々に、正面から近づいてくるなんて」
カカリナが背後を振り返って言い、すぐに不審そうに顔をしかめた。
「もういない。人混みにまぎれたにしても、なんだか怪しいな。調べさせるか……?」
「いや、待ってくれ」
俺はカカリナを止める。
「どうし――コタロー殿、それは?」
カカリナが俺を見て、目を丸くする。
俺の襟元に、手紙が一枚差し込まれていた。
今の男が置いていったことは明白だ。
わざわざこんな密談めいた渡し方をするなんて、一体何者だ?
やましいことなどない俺は、みんなにも見えるように手紙を開いた。
文章は簡潔だった。
クーデリア皇女が狙われている。
〝鋼通し〟に気をつけろ。
――2・b
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