第57話 人食い館へ殴り込め! 安定志向!
「なあマユラ。〈源天の騎士〉のグンニネルスってどんなヤツだ?」
ツヴァイニッヒからデピッドの話を聞いてすぐ、俺は屋敷の廊下でマユラを捕まえ、そう質問した。マユラは目を丸くして硬直し、慌てて周囲に人影がないかどうか確認すると、唇を尖らせるような表情で言ってきた。
「いきなり何を言うんだコタロー。誰かが聞いていたら驚くぞ」
「悪いな。ただちょっと知っておきたくてな」
「それに、なぜ〈暗い火〉の名まで知っているのだ? 魔界でもその名を知る者は、同じ〈源天の騎士〉か、我くらいしかいないのに」
戦闘中の表示名がそれなので。と言っても通じまい。
「細かいことは気にしないでくれ。あのな、マユラ。実はヤツが、今この町に来て、騎士の中に紛れ込んでる」
「何……!? 本当か!?」
俺が唇の前に指を立てると、マユラは慌てて大声を発したばかりの口を塞いだ。
「メイルシール家の下で働いてるデピッドって騎士がそいつだ。今のところ害と呼べるものは出てないが、ヤツのせいで〈円卓〉での序列に大きな変化が生まれた。今後、さらに何か仕掛けてくる可能性がある。それに対処するために、性格だけでも知っておきたい」
可能性があるどころか、絶対仕掛けてくるのだが、マユラにはあまり首を突っ込ませたくない話題だ。ここは情報収集と警告にとどめておきたかった。
「グンニネルスは――今のこの体になったからこそ感じることだが、冷酷で、陰湿なやり方を好む者だ。今、騎士院では権力争いが活発化しているのだな? だとしたら、ヤツはそこから生じる不和を楽しんでいるはずだ」
冷たく、陰湿。〝火〟という属性からは遠く離れた性質だが、だからこそ〈暗い火〉なのだろう。
「以前、ミグたちがヴァンパイアにさらわれたことがあっただろ? あのときヤツは言ってたんだ。新生魔王に面目が立たない、ってな」
「何だと……! どういうことだ? いや、それよりもどうしてそんな大事な話を黙っていた?」
マユラの可愛らしい眉間に、険悪なシワが寄った。
「余計な心配させたくなくてな。どのみち、あの段階じゃどうにも活用できなかった情報だ。だが、今は違う。実力的におまえに次ぐのは〈源天の騎士〉だ。新生魔王ってのは、そのうちの誰かのことだと思う。で、確認しておきたいのは、グンニネルスは次の魔王として妥当なヤツだったか?」
「う、うむ……。どうだったかな。調和を乱すことは得意だったが、束ねるということには不向き――いや、嫌う傾向にあったように思う。むしろ魔王としては〈古ぼけた風〉か〈閉ざされぬ闇〉の方がしっくりくる」
「グンニネルスは魔王じゃない、か」
俺は一安心する。
このあたりはマユラのグラフィックバグのせいで、ゲームと少し乖離した状態になっているからだ。
確かにマユラが挙げた二名は、シナリオ終盤でないと影も形もない。
〈閉ざされぬ闇〉に至っては倒すこともできないという特殊なボスキャラだ。魔王の傍らに立ち、すべてを見届けるというミステリアスな役所だった。そのどちらかがラスボスの位置にいてくれるなら、今後に登場する〈源天の騎士〉たちも、ゲーム通りに対処できると考えていいはずである。
「コタロー……。わ、我は……」
ほっとする結論を導けた俺に対し、マユラは肩をすぼませ、不安げな目線をよこす。
言いたいことはわかってる。
我は、どうしたらいい?
〈源天の騎士〉の話なんてしたら、彼女がこう思い悩むのは当然だ。だから、ヴァンパイアの時は話さなかった。
彼女の問いへの答えはいつも決まっている。確定し、安定している。
俺はマユラの頭に手を載せた。
「おまえのすべきことは、二つだけだ」
「それは……?」
「自分の身を守れ。そして、ミグたちを守れ。それ以外は俺たちがやる」
「コタロー……。しかし……」
わずかに見せた安堵は、しかし再び浮き出た薄い翳りの中に音もなく溶けていった。
「魔界の者たちがここまで近くに来ているというのに、本当にそれでいいのだろうか? 我はおまえに甘えすぎているのではないだろうか?」
辛気くさいことを言うマユラの頬を、俺はいきなり両手で挟んでぐにぐにした。
「じゃあ教えてやる。これでいいよ。むしろもっと甘えろ。自分で事業まで始めてしまったおませさんめ」
「こ、こらっ、やめんか。人が真面目な話をしてるときに……」
「そう。人だ。おまえはただの人。ただの女の子。マユラだ。魔王の頃の記憶なんて、どこかで読んだ物語と同じ。マユラには関係がない。おまえはおまえとして生きろ。それが何よりおまえの心を安定させる。迷うな。マユラを生きろ。いいな?」
「わ、わかった。わかったからぐにぐにをやめろ~っ」
珍しいマユラの懇願を聞きつけて、自室で休んでいたミグたちと、部屋から野次馬シスターたちがわいわい出てくる。
俺がさらに頬をぐにぐにしてやると、マユラは顔を真っ赤にして「やめろ」を連呼した。
これが、マユラという人間を取り巻く今であり、すべてだ。
もう魔王なんかじゃない。
※
その日は唐突にやって来た。
「おい、誰かいないか!」
ノックもないエントランスからの土間声が、自室にいた俺を引きずり出す。
「何か御用ですか?」
と最初に応対したのは、たまたまエントランスの掃除をしていたミグたちだ。近くにいたシスターたちも、警戒した様子でそれに加わる。
不作法な騎士には、ろくな思い出がない。
しかし今回に限っては、それは大きな勘違いだった。
「騎士院から戒厳令が敷かれた。危険だから、誰も家から出ないようにとのことだ」
「えっ?」
「どういうことですか?」
シスターたちの質問攻めに騎士は、
「俺にもわからん。以前、この町にヴァンパイアの手下が侵入したという話があったのを知っているか? それに近い状況が起きている……という噂だ」
その事件の被害者が目の前の幼いメイドたちであり、解決したのがうちの屋敷のメンバーだとは知らない様子だ。この近くに住んでいる騎士なら誰でも知っていることなので、彼は離れた場所に居を構えているのだと推察できた。
「了解。気をつけます」
俺が階段の上から声をかけると、
「戸締まりもしっかりな」
と、親切に一言添えて、また外へ飛び出していった。
土地勘のない騎士が駆り出されている。それはつまり、騎士院が何かに追い込まれた状況にあるということだ。
つまりもう始まっている。
〈暗く燃える騎士院〉の山場が。
それはそれとして……これ結構レアい場面だったな。
このイベント、宿屋に泊まって外に出ようとすると、主人に呼び止められて発生するのだが、そのタイミングが非常にシビア。普通は〝ちょっとナイツガーデンに寄ったらすでに事が進行してた〟って感じに遭遇するイベントで、この最初のシーンを見るのは、狙ってないとできない。
まあ別に、前振りがあるってだけで、見たから何かいいことがあるってわけでもない。
ただ『ジャイサガ』プレイヤーとしては、少し思うところがあっただけだ!
「キーニ。探索装備だ。外でグリフォンリースと合流するぞ。ミグたちは言われたとおり、戸締まりをして家から出ないように」
俺はみんなに指示を出し、屋敷を出発した。
大勢の騎士たちが、メイルシール家の屋敷を取り囲んでいる。
先頭に立って指揮を執るのはホーエンデウツ家の当主だが、陣営のほとんどは特定の後ろ盾を持たない――彼の子飼いですらない、名もなき下級騎士たちだ。
「メイルシール家は魔物と結託している。許さん。絶対に許してはならん」
ホーエンデウツが呪いのようにつぶやくのを聞いて、俺は物音一つしない、凍ったようなメイルシール家の屋敷に視線を投じた。
〈源天の騎士〉グンニネルスが待ちかまえる、人食い館に。
「おい、コタロー」
呼び声に振り向くと、案の定ツヴァイニッヒがクリムと並んで立っていた。彼の手招きに応じて、俺たちは一旦ホーエンデウツから離れる。
「これがてめえの言ってた、いざって時でいいんだな?」
ツヴァイニッヒが、屋敷を囲む他の騎士たちに聞かれないよう、小さな声でたずねた。
「ああ。今から俺たちが突入して、魔物を仕留める。その前にちょっと気になることがあるんだが、他の〈円卓〉メンバーはどうしてる?」
俺がさっき思ったことは、騎士の数が案外少ないな、ってことだった。
本来、これは騎士院の騎士すべてを巻き込んだ大騒動に発展するのだ。しかし見たところ、ホーエンデウツと、それに従う院外騎士くらいしかいない。
「ああ、色々細工したからな。今回のそもそもの発端が、メイルシールが魔物と繋がってるって怪文書だ。ヴァンパイアの件があるから捨て置けねえ内容ではあったんだが、その裏まで読むように俺がそれとなく釘を刺しておいた。だから他のメンバーは、万が一に備えて町全体の守りの方を優先してる」
「よかった。冷静な人間が多ければ、町の人たちも安心できる。ありがとうツヴァイニッヒ」
礼を言うと、ツヴァイニッヒはむずがゆそうに唇を歪め、視線を屋敷前に陣取る〈円卓〉の騎士に向けた。
「だがホーエンデウツは先の一件があるからな。遮二無二飛びつきやがって、この騒ぎだ」
自分を蹴落とした相手に重大な反逆の容疑をかけるチャンスだ。こう言うと、何やってんだという感じだが、ホーエンデウツの腹の内はそれで間違っていないだろう。
イベントの全容を知らなければ、起死回生というよりは、怪文書に踊らされた、道連れ上等の包囲に思えるかもしれない。
「だが、正しいんだろう? あの怪文書。いや、告発状でいいのか?」
「正しい。が、あれを書いたのは魔物自身だ。これを発端にして、騎士たちを疑心暗鬼に陥れるつもりだった。だから、今、騎士院が冷静でいてくれるのはすごく助かるんだ」
「そういうことか」
「後は俺たちが片をつけて終わりだ。事後処理は頼む」
「任せろ。死ぬなよ」
俺は正面門前に陣取るホーエンデウツの様子を確かめつつ、屋敷の裏手に回った。
人食い館はしんと静まりかえり、即死魔法を準備中の宝箱の魔物を思わせる。
ホーエンデウツは、ここから三回に分けて騎士たちを投入する。
そのつど、
・ここはまかせろ!
・けがはしたくないな、がんばって
という選択肢が出て、他人に任せた場合、騎士たちが突入することになる。
いずれの部隊も待つ運命は死のみ。
これが人食い館と呼ばれるゆえんだ。
ここの第二陣と第三陣に仲間にできるキャラクターが存在し、この段階でパーティーに加えていない場合、無条件に死亡する。
ただしそれをやると、ここでのボスを三段階まで弱体化させることができる。
無駄死にではない、という演出だが、俺たちがここにいる以上、やはり無駄死にだ。そしてそんなことはさせない。
屋敷の裏側にも、ホーエンデウツが配した騎士たちがいる。
「ホーエンデウツ様から指示を受けた。裏口から侵入するから、周囲を警戒していてくれ」
自分が突入することには気後れがあったのだろう。俺たちが攻撃班だと知って、騎士たちは喜んで手を貸してくれた。
確か、正門から向かって一番右側の部屋だったはず……。
俺は鎧戸が下ろされた窓を、肘でぶち破った。
慎重に中をのぞく。
いた。
この屋敷の人たちだ。
みな眠らされている。
「手を貸してくれ」
俺は下級騎士たちと手分けして、気絶した人々を運び出した。
「何が起こっているんだ? メイルシール家が魔物と繋がっていたと聞いて集められたが、本当なのか?」
「それは誤解だ。メイルシール家も被害者だ。カタは俺たちがつける。あんたたちは、この人たちを安全な場所まで運んでくれ」
下級騎士たちは素直に従った。
さて。
決戦といくか。
薄闇の落ちたエントランスに、そいつはいた。
全身を暗い色の甲冑で固めた、黒騎士。
周囲が揺らめいて見えるのは、その装甲の内側にあるのが生き物の肉ではなく、魔界で生まれた黒い焔であるからに違いない。
「あなた様、あ、あれは……まさか……」
襟元から顔を出し、がたがたを震えだしたパニシードの頭を、俺は服の中に押し込んだ。
〈源天の騎士〉〈暗い火〉グンニネルス。
パニシードや、この世界の女神からすれば、怨敵である魔王にもっとも近しい存在だ。
「……何、だ?」
屋敷の奥から現れた俺たちに、正面扉と相対していたグンニネルスは、訝しげな声を発した。
命を感じさせない、金属が擦れ合うような声だった。
「騎士で、は、ない、な」
兜の面当ての隙間から、黒い火の粉が漏れているのが見えた。人間ならば目の部分だが、そういう器官の区別があるかどうかも怪しい。
「騎士ではないが、おまえを倒しに来た」
俺はニヤリと笑った。
「愚か」
グンニネルスが笑ったかどうかはわからない。
「闇のような、灰にな、れ」
静から動への転換は、恐るべき速度だった。
振り向く、右手に剣を持つ、それを振り上げ、斬りかかる。
それぞれの動作の間隙が、瞬き一つもはさめないほど狭い。
「コタロー殿!」
殺気を読んでいたグリフォンリースが、後の先、〈カウンターツバメヒート〉で攻撃する。
しかし。
盾の打撃によって弾き飛ばされたグンニネルスは、グリフォンリースから受けた炎をたちまち自らの黒炎の中に取り込むと、鎧の継ぎ目から立ち上っていた熱気をさらに膨張させた。
「きゅ、吸収されたでありますか!? コ、コタロー殿……!」
「落ち着け! 確かに〈カウンターツバメヒート〉じゃヤツにダメージは与えられない。だが、ここでのダメージソースはキーニだ。グリフォンリースはこのまま、ヤツの攻撃の相殺に集中しろ!」
〈源天の騎士〉との戦いでの注意。それは、それぞれに対応した属性攻撃は無意味ということ。対になる属性ならばダメージアップも狙えるが、俺がここでそれを狙ってやった場合、グリフォンリースの火炎耐性が消えて、彼女が危険になる。
加えて、このイベントにおいてもう一つ重要なこと。
グンニネルスとの戦いには時間制限がある。
これを過ぎると、ヤツはここから逃げてしまう。
〈源天の騎士〉にはサブイベントがあって、こいつらを放置しておくと最終的にすべて合体して強力な魔物になってしまう。意図的に連中を見逃さないとできるものではないが、ここでそのフラグを完全にへし折っておきたい。
そのためのキーニの〈リベンジストブレイズ〉。
強敵討伐には必須の、ダメージを受けた回数によって攻撃力が変化する彼女の必殺技。
しかし、キーニが受けられるのは、物理攻撃を伴わないグンニネルスの火炎攻撃のみ。しかも、以前のドラゴン戦とは違ってヒット数も少ないため、たた漫然と待っているとタイムオーバーになってしまうという難点つき。
どうにかして、キーニがダメージを受ける回数を増やさなければならない。
どうする? などとここで自問するバカじゃない。
俺は、勝ちが決まってから戦う男だ。
さあ、いくぜ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます