第120話 転移、追跡、地雷、あっ……! 安定志向!

 ガラス板が浮かび上がらせたのは、一枚の地図だった。

 ぱっと見てそれがどこかわかるのは、日頃から地図に親しみ、地理の成績で5とか取れる人間くらいだろう。無論、俺ではない。


 俺は5のような最高評価よりも、安定して取れる3を神格化しているゆえ……。


「……これはこの付近の地図だよ」


 ラナリオが慌ててポケットから地図を取り出し、確認した。


「あなた様、あの光っているのは何でしょう」


 寒さをイヤがって服の中に閉じこもっていたパニシードが、顔を出して聞いた。

 今回の〈凍てつく都市〉とは別件の、ノーマークだった地点に光が点滅している。


「ナッハー。さすがにわからないな。でも、〈ガラスの魔剣〉らしきものすらあったんだ。〈リグ・アデナルキア〉に関係する何かである可能性は高い。おねーさんは断然そこの調査を断行するね!」

「俺たちも同行するよ。だけどまあ、周辺地理のこともよくわからないし、今は一旦帝都に戻ろう」


 ラナリオが地図に新たな目的地を書き込むと、ガラス板に浮かんだ地図は、何度か点滅した後、消えてしまった。

 直後、パキッと小さな音がして、ガラス板から透明なツタが突き出た。これもガラス変異に冒されてしまったと考えるべきなのだろう。この遺跡に流れた時間を考えると、奇跡のような際どいタイミングだった。


「コタロー殿。あの……」


 グリフォンリースが困ったような顔で、俺に〈ガラスの魔剣〉を見せてきた。


「何かが光っているようなのであります。さっきの地図を描いていた光と、そっくりな光なのでありますが……」


 刀身部分に、連なる光の四角形が現れたり消えたりしている。正方形もあれば長方形もあり、形は一定ではない。ラナリオはそれをのぞき込み、


「何だか文章のようにも見えるね。だけど、これがもし文字ならあまりにも複雑だ。四角の一辺の長さごとに文字の意味が決まっていることになる。そんなもの、人間には解読不能だろう」

「人間には……か」


 俺のつぶやきに、ラナリオは興味を示した。


「おや、神様の文字だとでも思ったかい?」

「いや、そういうわけじゃないが」


 俺の知っている世界には、0と1だけで表現される言葉というのもある。そして、ガラスに映る文字や地図というのも、これをモニターと捉えれば、決して不可思議な現象ではない。ここは、そういう場所だ。


 俺たちは帝都に戻るため、急ぎ〈凍てつく都市〉の出口へと向かった。


 ラナリオがここの細かな調査をあっさり諦めたのは、地図が示してくれたポイントに何があるのか一刻も早く確かめたい冒険家魂からだろうが、残念ながら、この遺跡が調査されることは当分ない。


 屈強な〈導きの人〉ですら苦戦するアンノウンとの戦いを、後続の調査隊がこなせるはずがないのだ。その時は、ヤツらにもっとも嫌われる男である俺が手伝ってやるしかないだろう。


 帰り道は、来たときほど物音に怯えずに済んだ。

 進む方向と逃げる方向が一致しているのは、とても心に優しい。

 しかし気をつけることだ。人間が一番脆いのは、逃げている時である。


 出口付近まで戻ってくる。


「ちょっと待ってくれ」


 そこで俺はみなを呼び止めた。

 実は、この〈凍てつく都市〉のイベントは、〈ガラスの魔剣〉回収と地図の確認で終了ではない。

 もう一つ、乱数固定では回避できない強制バトルが、ここを出る直前で待っている。


 それについては、キーニちゃんの復讐カウンター戦法で攻略する予定だったのだが、さっきちょっと閃いたことがある。


「キーニ。おまえ確か、踏んだら爆発する地雷みたいな変な魔法使えたよな」


《ジライ?》《あるよ》《変じゃない》《由緒正しい古代魔法》《ナメてはいけない》


「それを、階段の……このへんに仕掛けてほしいんだ」


《いいけど》《長持ちはしない》《わたしが離れるとすぐ効果消える》《それでもいいの?》


「頼む。できるなら、十発くらい」


《そんなに仕掛けたら》《すぐバレると思う》


「かまわない」


 キーニはこっくりうなずくと、階段に指定通りの魔法を仕掛けた。

 この魔法――〈アンブッシュ・クライ〉は、キーニちゃんの微妙魔法の一つで、かけた相手の行動後にダメージを与えるというもの。継続性があったり、ダメージが大きかったりすればなかなかの使い道がありそうだが、単発な上に威力も並なので、わざわざ後手を取る意味がわからないと産廃認定されている。先手必勝がこのゲームの常道だからしょうがない。


 さて、どうなるかな。アクションゲームとかの面白プレイでよくあるやつなんだけど。〈鋼通し〉のときも似たようなことやったし、通用するかな?


「みんな待たせたな。じゃあ帰ろう」


 俺の呼びかけに、みんなは首を傾げながら歩き出した。

 最後尾のアルフレドが、階段をのぼりきったとき。


「待てい!――はぐお!?」


 彼の恫喝+悲鳴は、設置型魔法の重爆音にかき消され、彼自身の姿も爆風により階段を発射台としてオブルニアの大空へと射出されたことで、俺たちに認識されることはついぞなかった。


 ……まさかあそこまで派手にぶっ飛ぶとは思わなかったゾ……。


「なっ、何でありますか!?」


《爆発した》《何で?》《誰か来たの?》


 驚き浮き足立つ仲間たち。俺は一人、突風が駆け抜けていった階段上を遠い目で見やる。


 本来なら、ダンジョン出入り口の階段を上っていると、下からとある敵が追いかけてくるシーンだった。

 実はこいつは〈源天の騎士〉の部下で、さっき手に入れた〈ガラスの魔剣〉を狙っていたりする。


 マップ画面で敵がドット絵を持っている場面というのは、『ジャイサガ』では結構珍しい。こいつはここで現れ、こう進んでくるというのがイベント中にはっきりと描かれるため、前もって地雷を仕掛けておいたのだが、見事に踏みつけたようだ。


 十発も露骨に重ねたため、キーニは相手に気づかれることを示唆していたが、俺が指定した場所は敵が転移してくるまさにその場所。さすがの相手も、現れた瞬間に吹っ飛ばされては対処しようがない。


 アクションゲームなんかで、ムービーに切り替わる直前にあれこれ用意しておくと、格好良く登場した敵がすでに火だるまだったり、矢が何本も刺さったハリネズミになっていたりする悪戯ができるが、俺が今回やったのはその類だ。現実には「ムービー中だからノーダメージ」とはいかず、追っ手は現れてから最速で姿を消した。


「今、ぶっ飛んでいったのは悪いヤツだから、気にしなくていいぞ」


 俺が言うと、仲間たちは不思議そうな顔をしながらうなずいた。何が起こったのかわかっていないので、疑いようもないというのが本音だろう。


 うまくいってよかった。これから精神的にしんどい場面だったが、ちょっと和ませてもらえた。

 どうせさっきのヤツとはまた会うし、そこでゆっくり脅しを聞けばいいだろう。


 さあ、帝都に戻って次の冒険の準備だ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る