第158話 懐かしきラストダンジョン! 安定志向!
これが最後の戦いになる――。
その報告のために、俺は久しぶりに皇帝ザンデリアと謁見することになった。
決戦は俺一人のものじゃない。魔王の軍勢と戦い続けた、すべての人々のものだった。
そのとき、皇帝は言った。
「宴の準備をして待つ」と。
俺の勝利を少しも疑っていない様子に、力が湧いた。
〈魔王征伐団〉にいるクリムや、帝国図書館のクラリッサ、カカリナが所属する〝第四の牙隊〟とも会い、決戦に赴く旨を伝えた。
同行したがる者も多かったが、帝都の守りを頼んだ。
帰らなかったときのことは話していない。
万が一など起こらない。起こさせない。でも、もしものときは……きちんと逃げてこよう。逃げればコンテニューできるから。
最終メンバーは、俺、グリフォンリース、キーニ、そしてマユラが新たに加わる。
マユラは戦闘メンバーではない。〈源天の騎士〉との調整役だ。
すんなり共闘の話がまとまればいいが、そうでない場合は、彼女にも口添えしてもらう。最悪、ダインスレーニャが守ってくれるだろうから、安全は確保されているだろう。
魔王城へは〈冷たい砂漠〉にある次元の穴を通って行く。巨人ティタロがそう教えてくれた。
しかし、そのルートで乗り込むにはそれなりに危険が伴う。出てくる魔物も強い。
ではどうするか……?
もちろん、アレを使う!
というわけで、帰ってきましたグランゼニス城!
この城の地下倉庫には、魔王城裏庭へと続くバグルートがある。覚えてるかな?
「城の兵士に見つかると面倒だから、こっそり行くぞ」
「こっそり行って見つかった方が面倒だと思うんですけど……」
パニの声は聞こえないことにして、潜入開始。
久しぶりのグランゼニス城は、記憶の中にあるのと同じ、厳かな静寂に包まれている。
少し狭くなった気がするのは、俺が成長したというより、帝都の宮殿を知ってしまったからだろう。王には悪いが、格式や伝統、そして空気にすら染みこんだ長久の歴史は、オブルニアの方が圧倒的に上だった。
「懐かしいな。我もここを通っておまえのアパートにたどり着いたのだった」
薄暗い地下倉庫で、マユラが感慨深そうに言う。
当時はまだ正体不明だった、あの裸神の導きだ。
「雨の日だったな。あれから本当に色んなことがあった」
「スラムにも行ったな。みな、元気だろうか」
「下町の連中はタフだから大丈夫だろ」
「楽しい思い出に浸るのは、世界平和まで取っておくでありますよ」
クスクス笑うグリフォンリースに従い、俺は壁際に立った。
高鳴る胸は武者震いの類だった。恐れはない。この俺がビビっていないとは、なんて日だ。最後の秘策のヒントをくれたミグには本当に感謝しないといけない。
「さて。ことの前に言っておくが、俺たちはすごく強くなった」
「はいであります。コタロー殿」
《以前とは比べものにならないレベル》《強い絶対に強い》
「うん。だから手加減をしような」
「みんな、コタロー殿を全力で押すであります!」
《押せっ》《押せっ》《押せっ》《押せっ》《押せっ》《押せっ》《押せええええええっ》
「加減ンン!?」
三人から押し潰され、俺は壁をスポーンと抜けた。ああ、本当に懐かしいわコレ。
暗闇を落ちていく感覚と、軽い酩酊。
いつの間にか閉じていた目を開ければ、そこには陰鬱に翳った世界があった。
魔界。
真紅の空は、蛇腹めいた雲のうごめきによってほとんど見えることがなく、風は淀んで、地面はぬかるんでいる。
初めて来たときと印象は何ら変わらない。表現もカブっている。
「マユラ?」
歩き出そうとした俺は、そこに続かない仲間の一人に気づき、呼びかけていた。
「あ、ああ。すまない」
「どうした? 緊張してるのか?」
マユラは戸惑い気味に首を傾げ、
「少し、変な気持ちになった。ここは我にとって居心地のいい場所のはずだった。しかし、今はあまり長居したくない気分なのだ」
「そうか。いや、いいさ。それで。人は変わっていくもんだ」
「変わっていく……?」
彼女は不思議そうに聞き返して、ほのかに笑った。
「そうか。我は変わっていくのか」
「ああ。足場が悪いから、転ぶなよ」
「すまんな」
マユラは俺が差し出した手を取って歩き出した。
前回来たときと同様、勝手口から城内へと侵入する作戦でいく。
エンカウントはできるだけ避け、玉座を目指すルートだ。
最初の標的は〈古ぼけた風〉カラドバ。
ヤツの象徴するところは、〝懐古〟〝過去への執着〟〝停滞〟。
古いものを運び去り、新しいものをつれてくる「風」のイメージと相反するもの。
だが、あまり肩肘を張る必要はない。
こいつとの戦いは特殊で、武力による衝突は一切ないのだ。
イベント戦というより、ちょっとした演出に近い。
それでも、NPCの話をよく聞かない人間や、ヒントを見逃してきた人間にとっては、行き詰まるポイントにもなりうるが。
腕力ではどうにもならない。必要なのは心。〈ファイアラグーン〉でテュルフィの言ったとおり。
しかし、実際は心すらいらない。心なき殺戮マシーンでも突破は可能。なぜなら、これに対抗するすべを俺はすでに〈天球〉で手にしているからだ。
〈奥の瞳のペンダント〉。
これさえあれば、〈古ぼけた風〉との戦いは勝ったも同然。
さらに、このイベントを利用した有益なバグの仕込みもしておく。
腰に巻きつけたベルトに、その鍵となるナイフが差してあるの確認し、俺は扉に手をかけた。
勝手口の扉は、何かの悲鳴のように長く尾を引く音を立てながら開いた。
青ざめた闇を塗りつけられたような魔王城の廊下が出迎える。
「帝都の華やかさとは比べるべくもないな」
マユラから軽口がもれて、俺たちの口元を笑わせた。
さっきは緊張していると思ったが、実は一番リラックスしているのが彼女なのかもしれない。実家のような安心感。というか、実際に実家。
「静かであります」
「誰もおらんな」
戸口の前に立った仲間たちが口々に言う。
かつて〈ガルム〉に追い回された通路には、争乱の気配すら残ってはいない。
完全なる沈黙。城自体が溜め込む濃縮された魔の空気だけが、内部を埋めている。
奇妙だ。一番最初の不法侵入とは違い、ここにはすでにザコモンスターが配置されているはずだが。
「罠ってことはないでしょうね……」
「罠だよ。〈古ぼけた風〉が待ってる」
「そんなあ」
懐のパニシードが嘆くのを聞き流し、俺は、一番乗りで城内へと踏み込んだ。
直後。
――裏庭から入ってくるとは、予測のつかない輩だ。
声がつむじ風のように俺たちを取り巻いた。
「カラドバか!?」
俺の叫びは、唇のすぐ先で風に削り取られた。
いつの間にか、身動きも取れないような強風に囚われている。
思わずつぶった目をどうにかこじ開けると、耳を塞いで何かを叫んでいる仲間たちが見えた。
何も聞こえない。あらゆる音が風にかき消されている。
体から意識がわずかにずれるのを感じた。
五感が風に剥ぎ取られ、遠ざかっていくのがわかる。
「心配するな、俺が助ける」
声が出せたかどうかはわからない。
轟々と唸る風の音が、最後に残った感覚だった。
※
――外から雀の鳴き声がする。
カーテンの隙間から入ってきた朝日が照らす室内は、昨晩とまったく同じ。
物置と化した勉強机。
漫画だらけの本棚。
ゲーム機とソフトを突っ込んだラックと、テレビ。
誰がどう見ても俺の部屋だ。
ジャージ姿でベットの上にいた俺は、その光景に一瞬だけ違和感を覚える。
一瞬だけ。
それがすぎると、違和感があったことさえ思い出せなくなった。
「……なんか、変な夢見た気がするな」
ひとりごちて、ポケットを探る。
なぜそんなことをしたのかわからない。何か重要なものを探しているような……でもポケットには何も入っていないし、探したいものが何なのかも思いつかない。
少し考え、すぐに答えに至った。
ああ、そうか。このジャージ今日洗濯する予定だったから、中に何か入ってないかチェックしたんだ。
自分の行動に一応の理屈をつけて、俺は納得した。
「さて、学校行くか」
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