第132話 卑怯? 違うね、いや、そう……。安定志向!

 宇宙の一角を思わせる亜空間で、俺たちと暗黒魔術師は対峙していた。


 三対一で己の優勢を少しも疑っていないのは、男の態度からはっきりとわかる。

 実際、それだけのステータスを持つ魔物だ。


 しかし、俺にも悠然と笑い返す心の余裕がある。

 戦う前に勝利しているのは、策士の鉄則である。


 さて、シナリオ通りに敵対したこの暗黒魔術師だが、結構色々なバグがあることで有名だ。


 最たるものは〈連れ回しバグ・危険度:低〉。

 ここでの戦闘を発生させず、なおかつこのトンネルを抜けた後でもこいつと別れずにストーリーを進行させられるというもの。


 キーニと同じく〈古代暗黒魔法〉を使うのだが、実はこいつの方がはるかに凶悪なラインナップを持っており、初期レベルの高さと合わせて一線級の戦力となるのだ。主人である〈実らぬ土〉を撃破する下克上プレイも可能。キーニちゃんが暗黒魔術師(弱)と呼ばれる原因にもなっている。


 さらにはギミックも凝っていて、戦闘が始まるまでに武器を装備させてやると、その状態を敵対してからも一部引き継ぐ。


 もっとも、装備品通りの細かい数値の加算はなく、データ的には武器あり状態と武器なし状態の二パターンがあるだけだが。


 ここで注目すべきは『ジャイサガ』スタッフがこのギミックを単なる遊びではなく、プレイヤーの戦術の一つとして用意していることだ。


 武器ありパターンだと強くなる――これは戦術ではなく単なるペナルティでは? と思うだろう。だが待ってほしい。

 確かに数値上は上昇が見られるのだが、引き継ぐのは〝強さ〟ではなく〝状態〟だということに注目してもらいたい。


 RPG慣れしている諸兄なら、呪われた装備というのをどこかで目にしたことがあるだろう。

 高性能ではあるものの、行動に対し何らかのペナルティがあり、結果的に味方側に多大な被害を出すことになるアレだ。


『ジャイサガ』にもいくつかあり、持っているだけで毒になるものや、与えたダメージの半分が返ってくるものなど、やはり運用は難しいものが揃っている。 


 実は。


 この暗黒魔術師にも、そうした呪いのバッドステータスが適用される。

 事前に呪いの装備を渡していた場合、その状態で戦闘に突入するのだ。


 ただ、暗黒魔術師はそうしたバッステに対し強力な回復能力を持っており、主人公たちの優位性は二、三ターン目には消失する。

 その短いアドバンテージを活かして戦ってみてねという、スタッフからの設問なのだ。


「わははははは! 死ねい!」


 暗黒魔術師は、軟体的な全身を大きくたわめ、バネのように飛び上がってグリフォンリースを急襲する。


「くっ!」


 前衛のグリフォンリースはそれを盾で防ぐが、予想外の動きに得意のカウンターを放つことはできなかった。


「な、なかなか速いであります」

「ははははは! どうした、その程度か!?」


 暗黒魔術師は高速で跳ね回りながら、グリフォンリースに打撃を加えていく。


「…………?」


 激しい殴打の連続でありながら、グリフォンリースの表情には、危機とは別の、腑に落ちない感情が浮いていた。それはキーニやパニシードも感じていることだろう。


 ……こいつ、なんで魔術師の杖で人を叩こうとしてるんだろう?


 ひょっとしたら、この魔物自身も、自らの行動に疑問に感じているかもしれない。

 だが、もう遅いのだ。

 戦いはすでに決着している。


 ククク……クヒヒヒ。ダメだ、まだ笑うな。いや、無理だ。笑うしかない。


 ヤツに渡した〈トネリコの杖〉は、実は〈トネリコの杖〉ではない。


 以前〈装備憑依バグ〉というのをやったのを覚えているだろうか。

 武具の中身のデータを、他のものに書き換えてしまうという反則技だ。

 俺はこの裏切りイベントに備え、勇気を振り絞ってあの赤い世界に一人で向かい、そして一つの偽装を成し遂げた。


 そうッ!

 今、〈トネリコの杖〉の中身は〈裏切りの魔杖〉という呪われたアイテムにすり替わっているのである!


 ゲームでは呪いアイテムでも素直に装備してくれるが、現実では拒否される可能性もあると判断し、念のため細工させてもらった。

 実際、ヤツはこれをすんなりと受け取った。


 ククク! ウヒヒ!


 呪いによってもたらされるバッドステータスは、混乱。


『ジャイサガ』における混乱は結構悪質で、永続型である。

 永続型というのは、石化や戦闘不能と同じく自力で立ち直ることができず、誰かが治療してくれるのを待つしかない、という意味だ。これはプレイヤー側も敵側も同条件となる。先述した二、三ターンの猶予どころではない。


 ただし、パーティーが自分一人の場合、自傷行為は行わない。

 つまり、単身である暗黒魔術師が混乱しても、こちらを敵として襲ってくることに変わりはない。だとすると、この状態異常は意味がないもののように思えるが――。


 ここで、ナイツガーデンで混乱した(させた)キーニちゃんの狂態を思い出してほしい。 彼女がしていたことは何だったか。


 キニョーと叫びながら、ひたすらグリフォンリースに殴りかかっていた。

 魔術師である彼女が。


 そう。混乱した者は、通常攻撃しかできなくなるのである!


 敵と味方の区別もつかない精神状態で、高度な知的活動である魔法など行使できるはずもないのだ。当たり前だな!


 魔術師、単体、永続の混乱、通常攻撃のみ……。

 あとはわかっていただけますね?


 暗黒魔術師の攻撃を捌くグリフォンリースも、次第に気づき始めた。

 ……こいつ、なんか弱いぞ、と。


「さて、グリフォンリース」

「はい、コタロー殿」


 俺とグリフォンリースは、そろってポキポキと指を鳴らす仕草を取る。残念ながら俺たちにそういう荒くれ者みたいな特技はないのだが、まあポーズは大事だ。


「うっ……」


 案の定、暗黒魔術師の異様な顔に、戦慄ともとれる歪みが生じた。

 俺は宣言する。


「死なない程度にブチのめす」


 ボコボコにした。


 ストーリー終盤にあるまじきボコりぶりだった。

 ただし宣言通り、命までは取らない。


「こういう魔物は、きっちりトドメを刺さないと危ないであります」


 グリフォンリースがそう忠言してくれたが、俺がこいつを助けるのはもちろん、温情とかではない。


「こいつには用があるからな。ちょっと下がっててくれ」


 俺は一人、歩み寄る。

 ボロ雑巾と化した暗黒魔術師は、しかし、うずくまった姿勢のまま、奇妙な笑い声を上げて俺を見据えた。


「まさか……気づかぬうちに、こちらが狂わされていたとはな」

「うまい話には裏があったな」

「そのとおりだ。だが、勝った気になるのは早いぞ。油断したな、おまえも道連れだ!」


 もうか細い命しか感じなかった魔術師の矮躯から、猛然と殺気が膨れあがった。


 ファイナルアタック!


 HPが0になると自動発動する最後っ屁だ。

 この暗黒魔術師は、倒された瞬間、単体に固定500もの大ダメージを与えてくる。最後の一人でどうにか倒した場合、この一撃で逆転敗北することもある大変厄介な攻撃だ。


「コタロー殿!」


 瞬間、グリフォンリースが慌てて俺を引き倒し、自らを盾にするように覆い被さった。驚くほどの素早さで、俺も対応できないほどだった。


 衝撃に備えるように彼女が息を止めた時点からかぞえて、八、九……十秒が経過する。

 ……何も起こらない。


「グリフォンリース、グリフォンリース、大丈夫だ。ありがとう」


 俺は彼女の下から鎧を叩いた。


「へ?」


 グリフォンリースがそろそろと顔を上げる。


 暗黒魔術師は呆然としているようだった。

 起死回生の反撃がなぜ不発に終わったのか、わからないようだ。


 実は、混乱というバッステは相手のファイナルアタックを封じるという特質も持っている。これは『ジャイサガ』だけでなく色々なゲームで使える小技なので、厄介な敵と出会ったら試してみてほしい。


「こいつは危険であります。やっぱり今すぐトドメを刺すべきであります!」


 殺気だったグリフォンリースが〈ガラスの魔剣〉に手をかけるのを、俺は慌てて押しとどめた。しかし、彼女は首を縦に振らない。


「どんな事情があるにせよ、コタロー殿に危害が及ぶ以上に重大なことなんてないであります!」


 身を挺して俺を守ろうとしてくれた彼女に、生半可な説得はかえって不誠実だった。


 こいつのファイナルアタックは、俺にとっては最初から無力化されたものであっても、グリフォンリースにはリアルな脅威だった。

 彼女はあの瞬間、俺を救うために本気で自分の命を投げ出したのだ。


 それはとても嬉しいことで、同時に重大なことだった。


「すまんグリフォンリース。説明しなかった俺の責任だ。ヤツの攻撃は最初から全部封じてあった。だけど、かばってくれて本当にありがとう。感謝してる。やっぱりおまえは、俺にとって世界最高の騎士だ」

 

 そこで俺は彼女を説得するのではなく、褒めそやす作戦へと変更した。

 熱のこもった(本心だし)礼賛の言葉を重ねるうち、怒りに満ちていたグリフォンリースの表情が徐々に弛緩し、最終的には、


「あひぇ」

 った。


 よし。グリフォンリースには悪いがこれで勘弁してもらおう。


「さて、そこの暗黒魔術師。おまえは〈実らぬ土〉フルンティーガの部下だな」

「なっ、なに……!?」


 奇妙なほどに狭い肩を震わせ、暗黒魔術師は我に返った。


「わたしでさえ知らぬあの方の名を、なぜおまえが……?」

「〈ガラスの魔剣〉を探してるんだったな?」


 俺はへなへなになっているグリフォンリースに小さく謝り、彼女の腰から〈ガラスの魔剣〉を抜き取った。それをヤツへと押し向ける。


「くれてやってもいい」

「ちょ!? あなた様!?」


《コタロー》《何考えてるの?》《やめるべき》《余裕ぶっこいてはいけない!》《そういうことをするのは三流》《いずれやられることになる》《冥土のみやげを聞かせる悪役並にばか》《考え直しテ!》


 パニシードとキーニが揃って俺を拘束しようとしてくるが、グリフォンリースならまだしも、非力な彼女たちにはどうしようもできない。


 しかし当の暗黒魔術師も、何かを警戒するように魔剣を受け取らない。

 さっき渡した〈トネリコの杖〉が無駄な伏線を張ったのかもしれない。


「……何の真似だ? 何を考えている?」

「考えていることは色々だ。こいつをフルンティーガに渡すのは、純粋にヤツにこれを持っていてほしいからだ。だが、まあ、無償で譲渡というのも、ちょっと甲斐がないな」


 俺は少し考え、言った。


「おまえ、金持ってるか?」

「は……?」

「取引だ。代金を払ってもらおう」


 こんな異相にもかかわらず、暗黒魔術師が呆気にとられたのが、はっきりとわかった。

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