第133話 そして俺の伝説が始まる……のはもうちょい先で! 安定志向!

「か、金だと?」


 突きつけられた要求があまりに低俗に思えたのか、異形の暗黒魔術師は、俺をバケモノかバカモノでも見るみたいな目になって言った。すさまじく人外の目をしていても、その感情がはっきり読みとれるほどに。


「そうだ。金だ。通貨がなければ貴金属でもいい。おまえたちは土のカテゴリーに属しているよな。つまり、宝石とかとも深い関係があるんじゃないか。あるのならあるだけ出せ。それとこの〈ガラスの魔剣〉を交換してやる」


 何だか押し売りにでもなった気分だが、この剣の価値を考えれば、金銭と交換する時点で致死量の出血大サービスと言っても過言ではない。


「あ、あ、あなた様あああああ!?」

「いででで、噛むな!」


 憤慨を通り越して野生化したパニシードが、俺の耳に文字通りかじりついてきた。


《なんで》《どうして》《お金なんかいつもそんなにほしがってないくせに》《どうしてそういうことするの?》《すごそうな武器なのに》《どうして》《……》《はっ!》《わかった》《これも何かの作戦》《きっとあれは偽物なんだ》《巣に持ち帰ったら毒ガスが噴射して、一族郎党ミナゴロシにする仕組みに違いない》《いいぞ》《もっと殺れ!》


 作戦なのはあってるが、他はあってないぞキーニちゃん。さすがの俺も毒殺までは考えないよ。ひどいよ。


「……おまえの言うとおり、錬金術は我々の領分だ。だが本当に金が目当てなのか?」


 疑り深く問いかけてくる暗黒魔術師。こんな醜悪な怪物にまで見識を疑われる勇者というのもどうかと思うが、まあそこは『ジャイサガ』の主人公だからの一言でカタがつく。まったくひどいヤツらだ。


「言っちまうと、これから巨人の武器を買うための金だ。予算は一応たりてるんだが、色々あって今はあればあるほどいい」

「…………」

「よく考えるんだな。おまえが金を出そうが出すまいが、俺たちが巨人の武器を手に入れることに変わりはない。むしろ金を払って〈ガラスの魔剣〉を買い取った方が、おまえたちのマイナスは相対的に小さくなる」


 どうして俺はこんな怪物にまで懇切丁寧に説明してるんだろう。いや、これは状況をコントールする者にのみ許される交渉術なのだ。別に、何としても〈ガラスの魔剣〉を渡したくて必死なわけじゃないぞ。いや、うん、必死なんだけども。


「いいだろう。結果的に我が主にその剣が渡ることは、おまえたちの死を意味するのだから」

「ならフルンティーガに伝えとけ。ボールをくわえた犬みたいに、尻尾を振っていつでもかかってこいとな。完膚無きまでに叩きのめしてやる」

「……せいぜい吠えていろ。人間風情が」


 俺は魔術師との交渉を終えた。

〈ガラスの民〉の古代兵器を引き換えに手にしたのは、サンタ級の大袋一杯につまった宝石。中に飛び込んで貴金属のミノムシになることも可能な量だ。


「偽物じゃないだろうな。もしそうだったら、地獄の底までおまえを追っていくぞ」

「……魔力も帯びていない鉱石など、ただの石ころでしかない。今さらおまえを出し抜いたところで、わたしのこの敗北感を拭うことは不可能だ。無駄なことはしない」


 何やら精神的ダメージを負っていた模様。罠にハメたつもりがハメられ、しかも敵からこんな低俗な取引まで持ちかけられ、それに乗るしかなかったという境遇は、確かに心にクるものがあるが。


 ……でも俺、そんなに悪いことしてないよな? むしろ、フェア以上だと思うんだが。WINWINですよ間違いなく。

 それがいけないのか?


「ではな。我が主の到来まで、せいぜい浮ついた余生を楽しんでいろ。骨くらいは拾ってやる」


 去ろうとした背中を見て、俺はふと気づく。


「ちょっと待て。一つ思い出した」

「……何だ?」


 魔術師はうんざりしたように振り返った。


「もし知り合いなら〈乾きの水〉に言っとけ。おまえの探し物は〈ファイアラグーン〉にある。もし番人が邪魔なようなら俺がどかしてやるから、何か連絡よこせって」


「……!!?? な、何なんだ、おまえは……!? 何がしたいんだ!? 本当に女神に世界を託された〈導きの人〉なのか!?」


「言いたいことは以上だ。じゃあ、よろしくな」

「グッ……! こっちこそもうたくさんだ。二度と生きたおまえとは会いたくない!」


 何で俺がそこまで嫌われなくちゃいけないんだよ……!


 暗黒魔術師はいじけた子供のように亜空間を走り去っていった。

 残ったのは大金をせしめ、邪なフラグを立てた俺。茫然自失のパニシードに、俺の企みを信じて悪い微笑を浮かべているキーニ。それと、まだトロけた顔のグリフォンリースだけ。


 巨人の集落へと続くトンネルはいまだ健在。

 あとはこのまま出口に向かって歩けば、この世界における最強の武器が手に入る。

 入るのだが……。


「んじゃ、一旦帰るか」

「ええええええええええ!?」


 肩の上で白目を剥いていた妖精が飛び起き、俺の目を狙ってパンチを繰り出してきた。

 ちょ、目はやめろ! ボディにしろボディに!


「あなた様、気でも狂ったんですか!? 理解できない、さっきから全然理解できません!」


 咄嗟に捕まえ、閉じこめた指の檻の中で、パニシードは獣のように暴れ狂った。


「あなた様のあほ! クサレ脳みそ! 離せ! こんなところにいられるか。わたしは寝床に帰る!」

「まあ待て。聞け。巨人の集落にはちゃんと行く。けど、それは今じゃない」


《ど》《どういうこと?》《さすがに心が通じ合わない》《説明求む》《お願い》《わかるように言って》


 キーニも青い顔でプルプルしている。


「わかった。説明する。グリフォンリースが起きてからな。とりあえず外に出て……いや、この場で待つか」


 巨人の集落が目の前にあるこの場所で説明するからこそ、彼女たちも安心して話が聞ける。ここから一歩でも遠ざかるようなら、パニやキーニが俺への疑念で苦しむだけだ。……と、俺なら思う。


 やがてグリフォンリースが復活。俺は真っ先に〈ガラスの魔剣〉について説明し、彼女に詫びた。


「では……説明してもらいますよ、あなた様」


 パニシードが、あぐらをかいた俺の膝の上でムスリと言った。

 ここでの逆走は確実に使命への反逆となる。女神にバレれば、いくらパニシードでも無事ではいられないのだろう。


「みんな〝天魔〟って知ってるか?」


 俺は、場の空気を変えることも兼ねて、問いかけから始めた。

 一方的に話を押しつけるのではなく、みんなの発言の機会を少しでも増やすのだ。


「てんま……。羽の生えた馬でありますか?」

「いや。天馬じゃなくて、天の悪魔という意味だ。つまり悪魔ってことなんだけど」

「知りませんねえ……。悪魔にオトモダチでもいるんですか?」


 パニがねっとりと否定してくる。俺の説明をはなから疑っている態度だ。

 でも何だろうな。全然傷つかない。むしろ、いつもよりストレートで気持ちがいい。俺は彼女に端的に言ってやった。


「実はなパニ、世界を救おうとしているのは〈導きの人〉だけじゃないんだ」

「えっ」

「女神とは別勢力――ある意味で、地上生物の私兵団が存在する。そいつらを天魔と呼ぶんだ」


《聞いたことない》《ほんとうなの?》《私兵団って?》


「つまり、〈導きの人〉が魔王を倒せなかった場合に備えてのバックアップだ。これは女神が用意したわけじゃなく、地上に生きる者たちが自発的に結成した」

「でも、女神様に選ばれたわけじゃないから、そんなに大したものじゃないんでありましょう?」

「少なくとも俺よりはバケモノだな」

「あなた様はバケモノというよりゲテモノですよ」

「人をざざむし扱いしてはいけない」


 だがザムザザーは好き(理解されぬ趣向)


「で、天魔は、巨人の試練をパスできなかった〈導きの人〉に手を貸すつもりがあるんだ。ただ、大概の〈導きの人〉は巨人の試練を通過するか、それとも途中で力尽きてしまうかするらしいんで、天魔の武器が使われたって話はほとんどないらしい」

「コタロー殿は、その天魔の武器を使うつもりなのでありますか?」

「うん。つうか、天魔と巨人の武器を両方使う」


 以前ちらっとふれただけなので、誰一人覚えてはいないだろうが、ゲーム最終盤にて強力な武器が手に入る〈巨人の集落〉〈天魔試練〉〈落冥〉のイベントは、トレードオフの関係にある。


 この海底大洞窟で一度でも全滅した場合、〈巨人の集落〉のフラグは消滅し、かわりに〈天魔試練〉のフラグが立つ。さらに〈天魔試練〉に失敗した場合は、〈落冥〉のイベントが発生する――という具合だ。


 普通は、ゲーム一周につき、それぞれ一つしか達成できないイベントである。

 だが、『ジャイサガ』のガバガバなフラグをうまく管理すれば、三つとも成功裏に終わらせることができる。


 これはその第一歩。暗黒魔術師に勝利し、亜空間トンネルを通行可能な状態にしたまま洞窟を去ると、巨人の集落へはいつでも行けるのに、試練には失敗したというフラグ判定がなされるのである。


 ゲーム的には、試練に失敗した場合は洞窟が消滅し、集落そのものに行けなくなるので、スタッフからすれば不合格時の巨人のデータなど用意する必要もない。

 つまり、集落の巨人たちは、会いに行けさえすればいつでも武器を売ってくれる状態にあるのだ。


 ただ、今回は最後の〈落冥〉については省略する。

 というのも、さっき暗黒魔術師にさらっとバラした〈ファイヤラグーン〉こそが〈落冥〉の舞台であり、〈乾きの水〉との武器争奪戦がイベントの概要なのだ。


〈落冥〉で手に入る冥道の武器はヤツに譲る。すべては〈アークエネミー〉を作るためだ。


「あなた様は、どこでそんな知識を仕入れたのですか? わたしが全然知らないようなことを」


 パニシードが膝の上からまじまじと俺を見つめてくる。

 よどみない説明を聞いて、これを偽りだとは断じきれなくなった様子だ。


「ああ、帝国図書館にそういう資料があったんだよ。クラリッサたちは、あんまりちゃんと調べられていなかったみたいだが」


 さすがに『ジャイサガ』経験者だからとかふざけた理由は言えない。せっかく取り戻した信頼を失いかねない。

 クラリッサと職員がしている話を覚えていてよかったわ……。


「クラリッサ殿でも調べられなかったものを……さすがコタロー殿であります! 伊達にあの空のまりもに到達してないであります!」


《コタロー・マイゴッド》


「そうおだてるな。鼻が天に届く。ってわけだから、トンネルはこのままにして、一旦帝都に戻るぞ。大丈夫、天魔はすぐにこちらにコンタクトを取ってくるはずだから」


『はいっ』


 納得しきった三人の声が、俺に応えた。

 そういうわけで『ジャイアント・サーガ』が始まるのはもう少し先。

 そのとき、校閲は厳しくやらせてもらおう。

 特に魔物に武器を売りつけたこととか、後世に絶対悪影響残すもんな……。

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