第135話 陽気な天魔たち! 安定志向!

 男の様子を一言で表すのなら、風化、だった。


 隙間なく体を包み込むフルプレートは、傷のない部分を探す方が難しいほどボロボロで、その材質も、金属というよりは岩石を思わせるくすんだ色味を帯びている。


〈サウンドエンドの廃墟〉にふさわしい、膨大な過去に埋もれ、すべての生き物からも忘れ去られたような、そんな佇まい。


 なのに。


「よく来たなぁ、おまえら。あんななめくさった宛名書きの手紙だから、読まずに捨てられたらどうしようって結構ヒヤヒヤしてたんだよ、これが。あっははは!」


 ひょうきん者ですわ、この人。


 こっちが呆気にとられているのも気にせず、男は兜を脱いだ。


 果たして現れた顔は、金髪を短く刈り、スポーツマンのように眼差しのサワヤカな、碧眼の青年だった。

 その生き生きとした様子は、外殻たる鎧とは一層不釣り合いで、いっそ、この遺跡に転がっていたものを身につけた通りすがりの一般人と言われた方がすんなりくるほどだった。


「おまえが〈導きの人〉殿か。よろしく。ああ、そっちのお嬢さんたちも、よろしく」


 彼は兜を小脇に抱え、次々に握手を交わしていった。柔らかな握り方からは、その性根の素直さが伝わってくる。


「あ、あのう、あなたは?」


 口をぱくぱくさせていたグリフォンリースが、深い思考の伴わない、条件反射のような質問を向けた。


「俺は天魔だ。名前はないけど、勘弁な」


 言って、ニカリと笑う。


「な、名前がないのでありますか?」

「なくなっちまったんだよ、これが。あはははは!」


 ダメだ。さっぱりわからん。


「じゃあ、何て呼べばいいんだ?」


 今度は俺がたずねると、


「オマエでも天魔でも金髪馬鹿野郎でも何でもいいよ。呼ばれればわかるから」

「そ、そうか……」


 納得したというか、せざるを得なかった俺が、うなずいたときだ。


「何やってんだ、早く始めろー!」

「退屈だぞコラー」

「ブーブー」


 いきなり周囲から飛んできたヤジに、俺たちは慌ててあたりを見回した。

 いつの間にか、まわりは大小様々な鎧姿の騎士たちに取り囲まれていた。


「あ、あなた様、これは……」

「人だけじゃないであります。獣人や、他の種族も混じっているであります」


《なんなの》《この人たち》《どこから現れたの》《それにテンション高い》《ウェーイきらい》《疲れる》


 さっきまでは影も形もなかったのに、彼らは地面や石柱の上に、まるで花見でもするみたいに三々五々座り込んでいる。


「急かすなって! 久しぶりのお客様なんだぜ、これが」


 天魔の青年が指揮棒を振るようになだめるが、その口調からも大して本気ではないとわかる。それは、ヤジを飛ばしている彼らも同じだ。ホント何だこのテンション。神秘性のかけらもねえ。


「悪いな、〈導きの人〉殿。こっちは暇人ばっかりでさ」


 彼は頭をかきながら、友達感覚で詫びた。それから急に目元を引き締め、


「まずは、生還おめでとう。試練の途中で引き返したのは賢明な判断だった。命を懸けて戦う覚悟はできても、使命に背いて落ち延びる覚悟をするのは難しい。その先で恥を抱えて生きなきゃいけないから、なおさらに」


 青年はチラリと仲間たちに目をやった。


「だがそれでも、おまえは生きることを選んだ。自分と、仲間たちの命を選んだ。それは恥じゃなく、誇るべきことだ。そして、大いなる機会を逸してなお、戦うすべを求めてここにやって来た。倒れない戦士が強いんじゃない。倒れても起きあがる戦士が強いんだ。俺たちは、おまえたちの不屈の闘志に敬意を表すよ」


 パチパチ……と、さっきまでヤジを飛ばしていた騎士たちからも拍手がわき起こり、流れについていけない俺たちを恐縮させた。中には口笛を吹いたり、獣人由来の咆哮を上げている者もいる。


 う、うわあ……。本当は心にジーンとクるシーンだろうに、フラグごまかしてここまで来たからすっげえ気まずい……! どうかバレませんように……!


 場が落ち着くのをニコニコしながら待っていた青年は、ややあって話を続けた。


「説明しておこうか。俺たちは天魔。巨人の試練を通過できなかった〈導きの人〉に、新たな力を与える存在だ」

「ここにいる全員がそうなのか?」


 気まずさを振り払うように、俺は話の中心を天魔側へと持っていった。


「ああ。人間、獣人、中には魔物なんかもいたりしてな。全員が天魔なんだ、これが」

「天魔というのがよくわからないのでありますが……。コタロー殿の話では、〈導きの人〉が倒れたときに、魔王と戦う人々だとか……」

「おっ。よく知ってるじゃないか。そのコタロー……というのは〈導きの人〉殿のことかな?」


 俺はうなずいた。


「そっかそっか。いやあ、あんまり活用してもらえないからさ俺たち。ただでさえ歴史から消え去ってるのに、このままじゃ天魔自体も世界から消滅しちまうって、ひそかに焦ってたんだよなー、これが。でも、ちゃんと知識として残っててくれて嬉しいぜー」


 自分の頭をばしばし叩きながら呵々大笑する青年。


《でも》《そんな大層な存在には思えない》《よくてウェーイ》《悪くてアァーイ》《せめて鎧姿のままなら雰囲気はあった》《今は台無し》《軽い》


「おっ。そっちのお嬢さん、今俺のこと、軽薄なクソヤローって思ったな?」

「っ!?」


 キーニがおどおどと俺の背中に隠れた。

 まあ……思ってたもんな。逃げるしかないな。


 が、天魔は不機嫌になる様子もなく、キーニの毒舌を笑い飛ばした。


「そうそう。俺たちはそんな大層な存在じゃないんだ。〈導きの人〉にすらなれなかった分際で、どうしても世界を救いたかった思い上がりさ」


 すると外野から野次が飛んでくる。


「語ってんじゃねーよ!」

「悲劇の主人公気取りかオォン!?」

「ああうるせえよ! てめえらだって隙あらば自分語りするじゃねーかジジイども!」


 仲間たちから妨害されても笑い続ける彼は、やっぱりどこにでもいるような好青年にしか見えない。


「はは、悪いな。年を取るとどうしても自分のことを我先に話すようになっちまってな」

「そうは見えないでありますが……」

「ガワはな。中身はざっと、八百歳くらいだ」

『は、八百歳!?』


 俺たちは声を揃えて驚いた。どう見ても、二十代前半……!


「時間ってのは俺たちにはあんまり意味ねーんだけどさ。それでも記憶は積み重なってくんだ。ジジイだよジジイ」


 不意にグリフォンリースと目が合い、彼女の胸の内がなんとなく伝わった。

 自分たちは、彼らによく似たものを、以前見たことがある。会って話したことがある。


 ナイツガーデン絶死の守護者。

 護国の執念から生きる屍となってまで戦い続ける、澄み切った青い騎士たち。


「〈白い狼騎士団〉……」


 思わずもれた俺の言葉に、天魔の青年は小さく目を見開き、そして笑った。


「あっははは! 違う違う。俺たちはあんな頑固者じゃない」

「え?」


「ヤツらは、あくまで自分の力だけで意志を貫こうとした。けど、俺たちはそんなことしなかった。できなかった。だから祈ったんだ、この世界のすべてに。虫けらからお天道様まで、すべてにすがりついた。幾千の修練と、幾千の祈りの中で。自分はどうなってもいいから、どうか世界を救う手助けをさせてくれって」


「それで……?」


「神様か、あるいは世界は、俺たちの願いを聞き入れてくれたよ。世界を統べる理に、俺たちを組み込んでくれた。水が高きから低きに流れるように、春に花が咲き、冬に木枯らしが吹くように、命が燃えた後に灰が残るように、俺たちは勇者に欲されたときに、世界を救う助力になれる。そういうシステムの一つになった」


 歌うような青年の言葉は、しかしどこか薄ら寒いものを俺の中に響かせた。


「世界を統べる理っていうのは、もしかして〝黄金の律〟か?」


 青年はきょとんとして、驚き呆れた笑顔を見せる。


「驚いた。俺たち天魔以外から、その言葉を聞いたのは初めてだ。最近の〈導きの人〉は、そんなことまで知ってるのか?」

「ああ、いや。俺はちょっと特殊だよ……」


 適当にはぐらかす。

 やっぱりそうか。彼らは〝黄金の律〟の一部なのだ。


 そしてさっき感じた寒気の理由もわかった。

 水が高きから低きへ。春に花、冬に木枯らし。すべて自然の摂理であり、誰も逆らうことは出来ない。水にも、花にも。だから。


「天魔に、自由はない?」

「ないし、いらないよ」


 彼は真っ直ぐに言う。


 その覚悟が切ない。


〈白い狼騎士団〉は、祖国を守るという己の意志で戦うのに対し、天魔たちは世界のシステムに組み込まれ、その大いなるルールに従って行動する。


 彼らの存在意義は、巨人の試練に落ちた〈導きの人〉を助けること。そして万が一〈導きの人〉が倒れたとき、代役として魔王と戦うこと。手を貸せるのはその二点のみ。


〈導きの人〉と力を合わせることも、窮地を救ってやることもできない。

〈導きの人〉が応じてくれなければ、歯がゆいまま、世界から忘れ去られていくしかない。事実、彼らの存在は帝都の知識をもってしても霧の彼方に遠ざかろうとしている。


 それでも待つ。ひたすらに待つ。

〝黄金の律〟のわずかな妥協にすがりつき、堅持することが、彼らの矜持なのだろう。


「ちょっと、天魔が語りすぎちゃったかな」


 押し黙った俺たちを前に、青年は照れくさそうに頭をかいた。


「そーだそーだ!」

「早く始めろ!」

「なんなら、俺が代わってやろうかァー?」


 再び騒ぐギャラリーを、手で、どうどうと落ち着かせる天魔の青年。


「ヤツらもだいぶあったまったようだし、そろそろ本題に入ろうか」


 彼の手には、いつの間にか小さな砂時計が握られていた。


「〈導きの人〉を手助けするとはいえ、本当に未熟な者を魔王と戦わせるわけにはいかない。俺がおまえたちを試す」


 そう宣言すると、天魔の青年は石柱の適当な隙間に砂時計を押し込んだ。

 さらさらと、青灰色の砂が落ち始める。


「この砂が落ちきるまでに、俺に参ったと言わせること。それができなければ、おまえらは〈導きの人〉をやめて、世界のどこかで静かに生きるんだ。拒否するようなら、おまえたちは死ぬ」


 彼がそう告げて。

 イベント〈天魔試練〉、開始。

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