第44話 下級騎士のお仕事! 安定志向!
ツヴァイニッヒから使いの者がやって来たのは、〈ゴースト〉退治があって、買い物があって、俺が枕に顔を埋めたままベッドの上で足をバタバタやった日から二日後のことだった。
イベント〈街道警備〉の始まりである。
これはナイツガーデンで何日かすごすと発生し、恐らく多くのプレイヤーにとって、騎士としての最初の仕事になるだろう。
ちなみに、騎士になれなかった場合、ナイツガーデンでのイベントはほぼスルーすることになる。スタッフちょっとシビアすぎんよ。
このイベントは戦闘を含む。そこで、この機を利用して、グリフォンリースに先日購入した装備の新しい技を身につけてもらうことにした。
その日の朝、外壁の外側に集められた騎士たちは、総勢十名。
「今日はカジャラ方面の街道に出没しているという魔物の集団を叩く。相手は〈テナガエイプ〉が主で、〈ウッドイーター〉も数体目撃されている。諸君らの奮闘に期待する!」
ツヴァイニッヒが手短に任務概要を述べると、騎士たちは移動を開始した。
その後方からこっそりと俺とキーニがついていく。
ゲームでは仲間全員引き連れてるけど、ああも綺麗に整列されては、なかなかそうもいかない雰囲気だ。
さすがにキーニもヒートした頭が元に戻り、もう俺にへばりついてはいない。誤解はほぼ解けただろう。
《無事に帰ったら》《結婚する?》
疑問系になっただけ、誤解は解けてるから……。
外壁の外に人影はほとんどない。
グランゼニスには大勢いた探索者が、ナイツガーデンには非常に少ないからだ。
この国では、武力を伴うほとんどの問題を騎士が解決する。
探索者の出番は、森で薬草むしりをするときくらいしかない。武術大会で騎士になれなかったら、二度と訪れないレベル。
今回はその草むしりの振りをする作戦で、騎士の後ろをついていっている。
ツヴァイニッヒの指揮下とはいえ、グリフォンリースは孤立しやすい立場にあるし、戦闘で何かあったらすぐにフォローに入る予定だ。
「じき問題の地域に入る。一旦小休止だ。装備の最終点検を怠るな」
ここにいる騎士たちは、みんなグリフォンリースと同様、ツヴァイニッヒから街道整備を任されている人間だ。
下級騎士から中級騎士で構成されており、みなもちろん騎士ではあるが、統制の取れた一部隊というよりは単なる寄せ集めという方が正しいらしい。
戦争用の騎士部隊というのは別にあって、そちらは騎士院で有事に備えていると、ツヴァイニッヒは言っていた。
「こんにちは。あなたは武術大会で優勝したグリフォンリースね?」
雑然と車座になって休憩する騎士の一人が、どことなく浮き気味だったグリフォンリースに声をかけた。
「はい。あなたは……?」
「わたしはクリム。よろしく。同じ下級騎士だから、気兼ねなく呼び捨てにしてね」
穏やかな口調で話すのは、グリフォンリースとほぼ同い年の少女。
癖のない真っ直ぐなショートヘアで、優しそうな目元の女騎士だ。
あれが、クリムか。
ナイツガーデンで仲間にできる【ガーデンナイト】の一人で、性能的には普通。【騎士】よりも攻撃面に秀でているクラスの特色を平凡なラインで再現しており、パーティーを女騎士で固めたいというとき以外はあまり使われない。
が、案外そういうプレイをしている人は多いので、不人気キャラでもなかったりする。
主に、もう一人いる強い方の女【ガーデンナイト】と組ませて百合カップリングを作るプレイヤーが多いゲフンゲフン。
そんな、ちょっと頼りない新米騎士を絵に描いたような少女である。
「あのゴルドーを倒した手並みは見事だったぜ。上級騎士は俺らと同じく院外騎士のくせにやたら偉ぶってるから、正直スカッとした」
別の騎士が話に交ざってくると、また一人、また一人と輪が広がっていく。
「下級騎士や中級騎士には、元探索者やその子供が多い。今の騎士のあり方について疑問を持っているのも少なくないんだ」
「町の人間に横柄な態度を取ってるのは主に上級騎士さ。何しろ、僕たちはさっぱり偉くないからね」
グリフォンリースはおおむね好意的に受け取られているらしく、この仲間たちとは上手くやっていけそうだった。ツヴァイニッヒが選んだ人間だから、というのもあるかもしれない。
その彼は、副官らしき騎士とあれこれ話し合っていた。
会話の中身は聞こえてこないが、普段の汚い言葉遣いでないことだけはわかった。
そのとき、慌てず、しかし素早い足取りでツヴァイニッヒに近づく人影があった。
ツヴァイニッヒと副官は、彼の言葉に耳を傾け、そしてうなずき合う。
「この先に魔物の群が出現した。全員戦闘準備!」
ツヴァイニッヒの端的な号令に即応し、得物を手に立ち上がる騎士たち。
街道を少しも進まないうちに、壊れた荷馬車に群がる魔物たちの姿が現れた。
かなりの数だ。十体以上はいるか。
さあ戦闘だ。
「第一班は俺に続け、突撃!」
ツヴァイニッヒたちが喊声を上げながら突っ込み、戦端を開く。
〈テナガエイプ〉は腕が不気味に長いゴリラ。ナックルウォークというゴリラ独特のムーブが、何だかブランコをしているようにすら見える。
ちらほら見える〈ウッドイーター〉は、口からやばいくらいでかい牙をはみ出させたリスだ。まあ、あれがリスに見えるならの話だが。
迷いやおびえを微塵も感じさせないツヴァイニッヒたちのチャージは強烈だった。
魔物たち数体が餌食となり、他が一気に浮き足立つ。
「第二班、我に続け、突撃!」
副官の号令でグリフォンリースたち後詰めが突っ込んで、一気に乱戦に持ち込む。
二度の突撃で完全に主導権を握った騎士たちは、次々に魔物を打ち倒していく。
《グリフォンリース大丈夫かな》《ケガとかしないかな》
キーニは不安そうにしているが、あの中で一番心配無用なのが彼女だ。
「あなた様、どうしてグリフォンリース様に、あの盾の技を封印させたのですか?」
俺の首元からパニシードがたずねてくる。
そう。今回は〈カウンターバッシュ〉戦法を使わないよう言ってある。
数日前に渡した武器の力を一日も早く引き出してもらうためだ。
そのためには、やはり素振りではなく実戦での経験が必要だった。
「たあっ、えいっ、えいっ!」
盾を構えたときの砦のような立ち姿に比べ、剣を手にした彼女はなんというか、その、とても女の子っぽい。
軽くて扱いやすい〈ラッシュソード〉を振り回し、組み付いてきた相手は〈ヒートダガー〉で追い払う。
うん。戦い慣れているので、落ち着いてはいる。ダメージを受ける要素はない。
しかし武器もなかなか相手にヒットしない。慣れていないせいだ。
今までずっと盾一枚で戦ってきたからなあ。
クククク……ククククル……。
鳥が発するような奇妙な鳴き声がした。
「何だ、あいつ。でかい……!」
街道脇の林から半身をのぞかせているのは、〈テナガエイプ〉の大型個体だった。
「ヤツが群のボスだ! 逃がすな!」
ツヴァイニッヒが叫ぶ。
数人の騎士たちがボスゴリラに殺到するが、相手は身を翻すと素早く林の中を駆けていく。
「グラフス、バーニィ、ハミル、来い! ヤツを追う!」
ツヴァイニッヒも三人をつれて林の中に飛び込んだ。
ヤツの得意地形に入るのは危険だが、ここで逃げられては街道を通る人間が引き続き危険に晒されるだけだ。
グリフォンリースやクリムたちは、街道上で半壊した魔物の群の討伐を続行。ほどなくして動いている魔物はいなくなった。だが、少なくない数が林の中に逃げ込んでいる。
「我々も行くぞ。全員離れるな!」
副官が残りをつれて林に身を投じる。
万が一のこともある。俺たちもここで合流だ。
「グリフォンリース! 手を貸す!」
「あっ、コタロー殿! キーニ殿も!」
結論から言うと、ここでの合流は正解だった。
魔物たちは、想像以上にこの地形での戦いに長けていたのだ。
あの図体でどこに隠れてるんだよって思えるほど、木や茂みを使って騎士たちを撹乱してくる。
気がつけば、俺たちはあっという間に本隊と分断されてしまった。
「味方を助けないとであります」
焦るグリフォンリースに、俺はあえて別の話を向ける。
「剣の方はどうだ、グリフォンリース」
「え? は、はいであります。その、少しは勝手がわかってきたところでしょうか」
技を閃くまでは至っていないか。レベルが高ければ高いほど、早く武器から技を学習できるので、今のグリフォンリースならすぐだと思ったのだが。
「焦らず慎重に行くぞ。まずはクリムあたりを探そう」
「はいであります!」
別に人死にが出るイベントじゃないが、それはあくまでゲームの話。甘く見ない方がいいだろう。
戦闘跡や魔物たちの死体を目印に奥へと進む。
そこで。
「くっ、殺せ……」
〝冥土のみやげを聞かせてやろう〟並に聞いてはいけないセリフが聞こえた気がする!
まずい、今の声はクリムだ。ピンチに陥っている! 急がないと!
「くっ……くくっ。くくくくはああああ! 殺せえええっ! わたしを殺してみせろおおおおおおおおっ!」
あれえええええええっ!?
そこには、両手持ちグレートソードを振り回して魔物を薙ぎ払うクリムの姿が!
「うおおおう!?」
ぶっ飛んできたグロ画像をかろうじてかわす。
「誰もわたしを殺せないのか!? 誰もわたしを殺せないんだあああああ!」
げっ!? これ正気失ってね!? こっちに突っ込んでくる!
「や、やめるであります!」
グリフォンリースが〈ラッシュブレード〉を手に応戦する。
盾でグレートソードの重い斬撃をうまくいなし、〈ラッシュブレード〉による素早い峰打ちで足下を刈ると、崩れかけたクリムに馬乗りになる。
すると、彼女の態度が一変した。
「……っ! い、いやあっ。こ、殺さないで。何でもするから殺さないでえええっ……」
涙目になり、か細い悲鳴を上げながらもがき始める。
「落ち着くでありますクリム! 自分はグリフォンリースであります!」
「…………! ……っ。……あ。グ、グリフォンリース……?」
「そうであります。仲間もいるであります」
俺とキーニの顔を見て、はああと震えるため息をつくクリム。
「よかった……よかったよう」
いや、ホントよかった。俺たちがあんたに殺されなくて。
「少し休もう。他の騎士たちは大丈夫なはずだ」
俺の言葉に根拠なんかない。しかし、腰砕けになった今のクリムを移動させることは困難だった。
「さっきのは何だったのでありますか? とても興奮していたようでありますが……」
「わ、わたし、親の都合で下級騎士をやらされてるだけなの。騎士の地位もお金で買って……。だから本当はすごく怖くて……。恐怖が我慢できなくなったら、わたし強い、わたし最強って言い聞かせて、ヤケクソになることにしてるのよ……」
「ヤケクソ……」
俺は周囲を見回した。
いや、家の都合とか、ヤケクソとかじゃないと思いますよ。
このへん、ホラー映画の終盤戦みたいになってるんで。
ククク……クルルル……。
その鳴き声は、不意打ちのように俺の耳を叩いた。
ボスだ。近い!
俺たちはほぼ同時に動いた。
クリムを背後に囲み、三人で円陣を組む。
「コッ、コタロー殿!」
グリフォンリースの見張る正面にヤツはいた。
こちらに思考の間を与えないかのように、ブランコウォークで突っ込んでくる。
「クリム殿は自分が守るであります!」
騎士には似つかわしくない速さと鋭さで踏み込むと、グリフォンリースは二度〈ラッシュブレード〉を閃かせた。
おお、あれは!
体重を支える腕を切り裂かれ、悲鳴を上げて横倒しになった〈テナガエイプ〉に組み付き、素早く抜き放った〈ヒートダガー〉を振り下ろす。
ダガーの先端がボス猿の獣毛に沈み込む直前、その刀身に激しい炎を噴出させたのを俺は見逃さなかった。
きた! 新技きた!
ギョアアアアアアアアアアアアア!
悲鳴を上げるなり、ボスは炎に包まれての手足をばたつかせる。
しかしグリフォンリースは、その火炎を恐れるどころか、さらに深く刃を突き刺した。
魔物が息絶えるまで、数秒といらなかった。
焦げ臭いにおいが、周囲に立ちこめていた血臭を塗り替えた頃、グリフォンリースはゆっくりとボスの死体から離れた。
「コタロー殿、これは……?」
グリフォンリースの鎧は、炎を纏って茜色に輝いている。
「〈ラッシュブレード〉の〈ツバメ落とし〉と〈ヒートダガー〉の〈オーバーヒート〉だ。よく身につけたな。グリフォンリース」
これが、彼女に習得させたかった技二つ。
これから俺たちの主力になるであろうバグ技のパーツが、今揃った。
「クリム、グリフォンリース、そっちにいやがるのか!?」
林の奥から荒々しいツヴァイニッヒの大声が聞こえてくる。
どうやら、遅い援軍が到着したようだった。
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