第171話 世界で一番シンプルなバグ! 安定志向!
――終わった。
玉座の間を激震させ、壁や天井をぶち抜いて薄暗い部屋に外の光を招き入れると、城の外へと飛び出た魔力塊は近くの小山へと着弾した。
その表面を融解させ、何の反応なのか、黄緑色の光熱をいまだに放ちながら蒸気を立ち上らせているが、ディゼス・アトラからの反撃は一切ない。
「ディゼス・アトラは滅びた」
〈アークエネミー〉からの太鼓判を、俺たちは瓦礫だらけの床の上で聞いた。
俺も、グリフォンリースも、キーニちゃんも、ひっくり返ったまま指一本動かせずにる。疲労の極地で、もう何だかとっても眠くなってきたよパニラッシュ。
それでも、おぼろげな勝利の実感を支えにどうにか身を起こし、周囲を見回した。
玉座の間は、奇跡的に部屋としての体裁を保ってはいるものの、瓦礫の山と化していた。
林立していた柱はすべて撤去(強制)され、壁と天井の一部は瓦解。床にはまっすぐ歩ける場所もなかった。
最後の一撃の余波というだけではない。俺たちは、神話の武器すら壊れるような未曾有の死闘を行っていたのだ。
その中で、彼女たちの姿を探す。
「コタロー!!」
へし折れた玉座の背もたれがはね除けられ、そこから女神と一緒にマユラが出てきた。
「マユラ!」
駆けてきた少女の全力のタックルを受け止め、俺は力無く尻餅をついた。
「勝ったのか、勝ったんだなコタロー!」
「ああ。勝ったよ。〈アークエネミー〉のお墨付きだ」
「そうか。勝ったか。我は、我はっ……」
涙ぐむマユラにぎゅうっと抱きしめられて、ようやく胸に安堵感が広がった。これが勝利の味というものなら、それは何とも柔らかく、優しいものだった。
「かつての巨人との戦も、これほどまでではなかったと記憶している」
どっかとあぐらをかいた〈アークエネミー〉が、こちらもやや放心状態になりつつ口にした。四本の腕に持った武器はことごとく半ばから折れていた。
「不思議だな。私は、私が持っている力以上のもので戦っていた気がする。このような感覚、かつてディゼス・アトラと共に戦ったときにもなかった。それが、何とも心地よい」
「〈アークエネミー〉殿は、自分たちの中で一番暴れてたであります」
グリフォンリースが賞賛するように言うと、
「汝も、鬼神もかくやという活躍ぶりだった」
魔王の影もそう言い返し、健闘をたたえ合った。
決戦を終えた魔界は静かだった。
あれほど邪悪に見えた空や大地が、穏やかに凪いでいるように見えた。
――それが、嵐の前の静けさだということを、俺だけは知っていた。
「これで……世界は平和になる?」
キーニのか細い声の問いかけに、俺が答えるより先に――
「いいえ」
別の声がそれを否定した。
女神だった。
「えっ……」
みなの笑みが凍りつき、戸惑う眼差しを俺と女神、交互に投げかける。
俺は唇を結んだまま女神を見据える。あちらも、責めるような瞳を俺に向けてきた。
「これがあなたの望んだ結末ですか。コタロー」
魔王城に現れたときのような焦燥は、彼女にはもうない。
「〝黄金の律〟は壊れましたよ。これまでにないくらい、めちゃくちゃに」
その言葉の重みを理解しているのは、この場では俺と〈アークエネミー〉ぐらいだろう。
他の仲間たちは、女神の声の不穏さにおののきながらも、状況を飲み込めない当惑の方が強くある。
女神は座り込んだ俺のそばに立ち、冷たい目で見下ろしてきた。
「間もなく――あと数分の後に、不条理世界がやって来ます。今いる地上の生き物はほとんど生き残れないでしょう。あなたも、あなたの仲間たちも」
否。冷たい目じゃない。
怒っている。さっきの俺たちと同じくらい猛烈に怒っていて、激怒の先にある冷徹へと到達しているのだ。
「コ、コタロー殿……」
「コタロー……」
グリフォンリースとキーニが、不安そうに俺の近くに集まった。腕の中のマユラも見上げてくる。
「これからどうするつもりだ。これも計画のうちなのだろう?」
〈アークエネミー〉が問いかけた。
「ああ。もちろん、計画通りだ」
俺はうなずく。
「どうするつもりです?」
女神がたたみかけてくる。
「どうもこうもない。俺には対処不能だ」
『え……』
一同が凍りつく。
俺はにっこり笑った。
「だけど大丈夫、神様が何とかしてくれる」
「は……?」
今度は女神のきょとんとした顔。
そのすきに、俺はポケットから〈アークエネミー〉戦の残りの〈薬草〉を取り出した。
俺の最終チャートのラストは、このバグで締めくくられる。
もっともありふれた、どんなゲームにも存在し、どんなプログラムでも完璧には回避できない。ごく普通の、そしてとても迷惑なバグ。
俺は素早く〈薬草〉を、右手から左手へ、左手から右手へと持ち替える。
『ジャイサガ』では、アイテムを渡す相手を自分にすると、「○○をもちかえた」なんてメッセージが出て、アイテムの並びが変わる。
よく使うアイテムは欄の上に。そんな整理をするためのアクションだ。
しかし、こんなところにもバグのタネは潜んでいる。
目標は計十二回。
たったこれだけでこのバグは発生してしまう。
ああ、なんてガバガバな世界なのだろう、『ジャイサガ』は――。
まったくもって度し難い。でも大好きだ。
十二回目の持ち替えを終える前に、これで何のバグが起こるのか説明しておく。
後からバグを説明しようにも、発動したら最後、その瞬間から俺はもう何も伝えられなくなるし、あらゆる時間が無意味になるから。
俺が引き起こそうとしている、この世で一番シンプルなバグ、それは――。
フリーズ、だ。
「女神様、後は任せた」
言った直後、十二回目達成。
世界は止まる。滅びる寸前で。
これで俺の異世界攻略は完遂された。
「あれっ?」
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