聖女、微笑みを消す


 5-①


 武光の怒りの叫びを聞いても、聖女は全く動じなかった。穏やかな微笑ほほえみを湛えたまま、まゆ一つ動かさない。

 この女性には感情というものが無いのか……ナジミは薄ら寒いものを感じた。


「何かしら?」

「何かしらやあるかい!! 人を馬鹿にすんのもエエ加減にせぇ!!」

「どうして貴方が怒るのかしら? 貴方にとって私やフリード=ティンダルスは敵──」


「黙れ!! この…………どブスーーーーーっ!!」


 聖女が……眉をピクリと動かした。


「へっ、やっと表情動かしたな……敵も味方も関係あるかい!! 俺は……人を人とも思わんような下衆げすが嫌いなだけや!! コイツにっ…………フリティンに謝れぇーーーっ!!」

「ちょっ、武光様!? その略し方やめてくれません!?」


 荒ぶる武光はナジミの制止も聞かず、暴言を吐きまくった!!


「はよ謝らんかい、アホ!! ボケ!! カス!! う◯こーーー!!」

「た、武光様!!」

「何やねん貧乳コラァ!! あっ、間違えた」

「ふんッッッ!!」

「うげぇっ!?」


 ナジミに制裁のラリアットを喰らわされ転倒した武光だったが、すぐに立ち上がり、超聖剣イットー・リョーダンをスラリとさやから抜き放つと、切っ先を聖女に向けた。


「痛い目をみたくなけりゃ……大人しくしなっっっ!!」


 悪役として今まで舞台で何十回と言ってきた、稽古も含めれば数百回は優に超える回数言ってきた台詞である。それはもう堂々としたものだった……言っている内容はともかくとして。

 そんな武光を見て、聖女は冷笑を浮かべた。


「フフフ……わたくしと戦おうと言うのですか? 何の特別な力も才能も無い貴方が?」

「ケッ、うるせーブス!! そんなもん無くてもなぁ……俺にはち◯ちんがあるッッッ! 一人の男として……お前の言動は腹にえかねるっっっ!!」


 それを聞いた聖女は黒刃の槍の穂先を武光に向けた。


「……どうやら死にたいようですね? まぁ死にたくなくても、生かしてはおきませんが……そうですね、貴方は影魔獣のえさにでもなってもらいましょうか」


 聖女は冷酷な視線を武光に向けたが、怯むどころか不敵な笑みを浮かべている武光を見て、ナジミは頼もしく思った。


(流石は武光様!! 幾多の戦いを潜り抜けてきたんですもの、武光様はもうあの頃のビビリでヘタレの武光様じゃ…………って)


 ナジミは何気なく視線を武光の腰から下に向けた。表情こそめちゃくちゃ “キリッ!!” としていた武光だったが、下半身は前回の2倍……いや、10倍くらい震えていた。


「めちゃくちゃビビってるじゃないですかーーーーーっ!?」

「アホかーーー!! こちとら半年ぶりの実戦やねんぞ!! そんなもんビビるに決まってるやろが!!」

「大丈夫ですって、自信を持って下さい!! 武光様は……『魔王を倒した勇者様』なんですから!!」

「……!?」


 ナジミの言葉に、聖女は再び眉をピクリと動かした。巫女の声援を受けて、男の足の震えが徐々に収まってゆく。そして、それにつれて聖女の顔からは微笑ほほえみが消えていった。


 この男……特別な力があるわけではない、秘められた力といったたぐいの物も恐らく無いだろう。だが…………決してあなどってはいけない。



 聖女の顔から微笑みが完全に消えた。

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