姫、命じる


 15-①


 武光とぶつかった男は、その身に纏った暗黒教団の黒のフード付きのロングコートに付着した土を払いながらゆらりと立ち上がると、目深まぶかに被っていたフードを脱いだ。

 全身に危険な雰囲気を纏った長身痩躯の男は、獰猛な蛇を連想させる顔立ちをしており、ウェーブがかった長髪はフリードと同じく銀色だった。


「お、お前が……暗黒教団の聖剣士とかいう奴なんかっ!?」


 男が、異様にギラついた目で武光を凝視する。


「ククク……おうよ、暗黒教団六幹部の一人、『聖剣士』たぁ俺様の事よ!! その黒い髪……ウチの聖女様を可愛がってくれた唐観武光ってのはテメェか……?」

「……え? いやいやいや、全然違いますけど!? あっしは水戸山田みとやまだ 金之助きんのすけってぇ越後の縮緬問屋の三男坊で遊び人のけちな男でやんす。旦那がお探しの何とかって奴ぁさっきあっちの方に走って行きましたぜ!!」


 インサンの持つ凶悪な雰囲気にビビり、即座にバレバレのウソをいた武光をインサンは鼻で笑った。


「そんなに怖がるなよ、兄弟。ウチの聖女ちゃんに一発かました事、俺は別に怒ってるわけじゃねえんだ……むしろ、よくやったと褒めてやりてえくらいなんだぜ?」

「ど、ども……」

「いつも優等生ぶって、人形みてぇな澄まし顔しか見せねぇあの女の悔しそうな顔よ、今思い出しても……ククク」


 インサンは幹部会議での悔しげなシルエッタの顔を思い出し、含み笑いをすると、ゆっくりと周りを見渡した。


「それにしても……聖女ちゃんに一発かました唐観武光に、聖女ちゃんがつけ狙っていたアスタトの巫女、おまけにアナザワルド王国の第三王女までいやがる……お前らを皆殺しにして手柄を総取りしてやったら……あの女、泣いて悔しがるかもな?」


 どうやら、この男とシルエッタの仲はあまり良好とは言えないようだ。


「……あっ!?」


 高らかに笑う聖剣士を見ていたフリードが声を上げた。


「あ、あの男は……まさか!?」

「フリード、アイツの事知ってんのか!?」

「……間違い無い、インサン……インサン=マリートだ!! 手配書で見た事があります!! まさかあのインサン=マリートが暗黒教団の聖剣士だったなんて……!!」


 フリードの発した名を聞いて、ミト達はざわめいた。


「……百人殺し」

「……百人殺し」

「……百人殺し」


 護衛の少女達が口々に呟いた物騒ぶっそう過ぎる言葉を聞いて、武光は嫌な予感がしまくりだった。


「な、何や? あのおっさんヤバい奴なんか!?」


 戸惑う武光の問いに、ナジミは冷や汗を浮かべながら答えた。


「インサン=マリート……残忍冷酷なる辻斬りで、各地で罪も無い人々を何十人とその手にかけ、王国軍から差し向けられた討手うってや彼に掛けられた莫大な賞金を狙った賞金稼ぎ達をも次々に葬り……殺された人の数は兵・民合わせて百人を超えると言われています……!!」


 ナジミの説明にミトも頷く。


「ナジミさんの言う通りよ、でも奴は──」


「違うな」


 ミトの言葉をインサンが遮った。


「……つい最近、そこの姫様の衛兵共をあの世に送ってやったからな、今の俺は百四十三人殺しだぜ? まぁ、お前らを皆殺しにすれば、記念すべき百五十人殺しだがよ」


 何そのイヤ過ぎる記念!?

 ドン引きする武光をよそに、インサンはロングコートの内ポケットから紫の紐が巻き付けられた長さ20cm程の棒状の物体を取り出した。


「何やあれ、剣のつか……か?」

〔だが……刀身が無いぞ!?〕


「まぁそう慌てるなよ兄弟……ぬぅんっっっ!!」


 インサンが手にした柄に力を込めると “ずずず……っ!!” と、真っ黒な刀身が生えた。片刃で細身の直刀である。


「さてと、楽しい楽しい……惨殺の時間だ!!」


「姫様は私達が守る!!」

「指一本触れさせぬ!!」

「そ、そうです!!」


 インサンは剣の切っ先を下げて、猫背気味に下段に構えた。それを見て、クレナ達はミトを守ろうとミトの前に立ったが、ミトは少女達を制止した。


「三人共、下がりなさい……貴女達がかなう相手ではないわ」

「で、でも……」


 ミトは三人の顔を順に見た。


「クレナ、ミナハ、キクチナ……貴女達に問います。これから先も私の護衛を務めたいという意志はありますか?」

「はい!!」

「無論です!!」

「も、もちろんです……」


 それを聞いたミトは力強く頷いた。


「分かりました、では貴女達三人に命じます!! 私と武光の戦いぶりを……しっかりと見ておきなさい!!」


「はいっ!!」

「承知致しました!!」

「わ、分かりました!!」

「よっしゃ任せとけ!! ちゃんと見とくから!!」

「……貴方はこっちに来なさいっっっ!!」

「ひーっ!! 嫌やー!!」


 武光はミトに胸ぐら掴まれて、インサンの前に無理矢理引きずり出された。

 少女達が心配そうに固唾かたずを呑んで見守る中、自分の前に立った武光とミトを見て、インサンはニヤリと笑っている。


「ククク……これはこれはミト姫様、ご機嫌麗しゅう……謹んでバラバラにしてやるよ!!」


 それを聞いた武光が怒りを露わにした。


「ふざけんなこのド外道が!! ミトは……俺が守るっっっ!!」

「フン、俺様に勝てるとでも? この『百四十三人殺し』の聖剣士インサン=マリートに!!」

「ケッ、たったの百四十三人ぽっちでイキんなやこのカス!! たかだか俺の四分の一しかないやんけ!!」

「な、何だとぉ……!?」

「お前が『百四十三人殺し』やったらなぁ……俺はッッッ……『四百五十人殺され』じゃあああああ!!」




「「「…………いや、ダメじゃん!!」」」




 少女達は ツッコんだ!!

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