少女(赤)、任される


 31-①


 影魔獣の群れに追い詰められた武光達であったが、絶体絶命のピンチに《術士じゅつし》のリョエン=ボウシンが兵士達を引き連れて現れた。

 十人ほどいる兵士達は皆、大型のボウガンを装備している。


「武光君、今のうちに!!」

「はい!! 皆、急げーーー!!」


 武光は撤退の指示を出すと、フリードが取り落とした魔穿鉄剣を回収した後、倒れ伏しているフリードを背負って駆け出した。


 武光達は 逃げ出した!


 ……その後、天照武刃団はリョエン達に先導されて、遂にマイク・ターミスタにたどり着いた。

 タンセード・マンナ火山のふもとの街は三年前には無かった高い防壁に囲まれていた。

 影魔獣の侵入を防ぐ為に昼夜を問わず、突貫作業で築かれた防壁である。

 天照武刃団一同はすっ転ぶように門の内側に飛び込み、門が閉じられたのを確認するとその場にへたり込んだ。


「ハァ……ハァ……ヤバかったな、イットー」

〔ああ、ヤバかった〕


 地面に両足を投げ出してへたり込んでいる武光に、白衣のようなロングコートを着た背の高い男が話しかけた。


「大丈夫かい、武光君!?」

「せ……先生、ホンマに助かりました!!」


 武光が『先生』と呼ぶ丸眼鏡の男性こそ、武光がかつてこの世界に連れて来られた時に、共に魔王討伐の旅をした仲間であり、術士の名門、《ボウシン家》の跡取りでもある天才術士、リョエン=ボウシンその人である。


「いやー、まさか先生が助けに来てくれるとは思ってもみませんでしたよ!!」

「私も驚いたよ、影魔獣に人が襲われていると聞いて慌てて駆けつけたら……武光君にナジミさんまでいるし……」

「お久しぶりです、リョエンさん」


 ナジミはヘトヘトながらも、ちょこんと正座し直し、ペコリと頭を下げた。


「ええ、私の結婚式の時以来ですか?」

「はい!!」


 ナジミとリョエンの会話を聞いた武光は驚いた。


「えっ? 先生……結婚しはったんですか!?」

「ああ、君が元いた世界に帰った半年後くらいに……サリヤと結婚したんだ」

「ふふふ……今、サリヤさんのお腹には赤ちゃんがいるんですよ!!」

「ええーっ!! ホンマすか!? おめでとうございます!!」

「ああ、ありがとう!! ……っと、再会を喜ぶのは後だ。君の仲間達を!!」

「あっ、そや!! フリード、しっかりせぇ!!」


 武光は、ぐったりしているフリードを街の診療所に運び込んだ。


 31-②


「……うぅ……ん」

「フリード!!」

「フー君!?」


 フリードは 目を覚ました。

 ベッドからゆっくりと上体を起こし、周囲を見回すと武光とクレナの顔が目に入った。


「アニキ……クレナ……? アレ? ここどこ?」

「マイク・ターミスタの診療所や」

「マイク……ターミスタ……? ハッ!? 皆は!? 影魔獣の群れは!?」

「安心せぇ、全員無事や。ひとまずは安全やな」

「そっか……」


 フリードは安堵の溜息を吐いた。


「フー君、マイク・ターミスタに逃げ込んでから三日も倒れてたんだよ?」

「えっ!? そんなに意識を失って……」


“ズキィィィッ!!”


「ううっ!?」


 突如として右腕を襲った痛みにフリードは顔をしかめた。


「どうしたのフー君!?」

「う……腕がっ……!? この腕の痛み……まさか黒王が!!」

「あっ、フリードそれな……」

「くっ……!! しずまれ、我が右手に宿りし黒竜よ……!!」

「いや、だから……」

「心配しないでアニキ、オレは必ず……荒れ狂う黒王を制御してみせる!!」

「ちゃうねん、お前のその腕の痛みは……ナジミが原因やねん」


「…………え?」


「いや、一応あいつの名誉の為に言うとくけど……あいつ、お前の怪我治すのにめちゃくちゃ悪戦苦闘しとったんやで?」

「どうしてさ? いつもみたいに手をかざせばすぐに治せるんじゃないの?」

「いや、それが……ナジミが言うには『癒しの力を使ってもフリード君の身体に作用する前に、右手の影魔獣が吸い取っちゃうんです!!』って……最終的には腕ひしぎ逆十字固め掛けながら癒しの力使っとったからなー」

「異様な光景でしたね、隊長……」

「ああ……もはや治療してるのか痛めつけてるのか分からへんかったからなぁ」


「そ、そっか……ははは……ははははは……びゃあああああーーーーー!!」


 こっ恥ずかしさのあまり、フリードは叫びを上げた。


「って言うかフリード、何で操影刀使ったんや!? アレは危険や言うたやろ……!!」

「ゴメン……アニキ」

「違うんです隊長、フー君が操影刀を使ったのは私を庇って……私が弱かったせいでフー君をこんなめに……!!」


 目に涙を溜め、肩を震わせるクレナを見て、フリードは慌ててクレナの言葉を否定した。


「いやいやいや、これはオレが弱かっただけだって!! オレに強さがあれば操影刀を使う必要もなかったワケだし……」

「でも……でも……私に影魔獣を倒す力があれば……っ!! 私が弱いせいで!!」

「いや、だからオレが弱いせいだって!!」

「違うもん、私が弱いせいだもん!!」

「だーかーらー!! オレが弱いせいだっつってんだろーが、このバカ!!」

「バカじゃないもん!! 私のせいだもん!! うわぁぁぁぁぁん!!」

「待てーい!!」


 クレナは号泣しながら診療所を飛び出そうとしたが、武光がそれを阻止した。


「……ったく、ミナハといい、キクチナといい、お前といい……事あるごとに飛び出すなや!!」

「だって……」

「だってもヘチマもあるかい!!」


 武光はクレナの両肩に手を置いた。


「ええか、弱さを嘆くヒマがあるなら……訓練でも何でもしてこれから強くなったらええねん!!」


 武光の言葉に対し、クレナは力強く頷いた。


「隊長……私、頑張ります!!」


 クレナの決意に燃える真っ直ぐな瞳を見て、武光は頷いた。


「よっしゃ!! クレナ、対影魔獣用の新兵器を……お前に任せる!!」


 31-③


 そして、武光がクレナに『お前に任せる!!』と言っていたのと同時刻、《妖禽族ようきんぞく》の姫に同じ台詞を言っている男がいた。


「おーす!! ヨミ、久しぶり!! 天下獲りに行こーぜ、天下!! お前に一軍の軍団長を任せるからさぁー!!」

「ゲェーッ!? か、唐観武光ーーー!?」

「違うな……俺は《影光かげみつ》、奴の影だ!!」

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