聖女、嘆き悲しむ


 229-①


「おい、暗黒樹が制御出来ないってマジか!?」


 影光からの問いかけに、シルエッタは苛立いらだたしげに答えた。


「暗黒樹が制御出来ていれば……今頃、城内にいる者達は一人残らずあの世行き──」

「今の話……本当なんですか!!」

「お、おいナジミ!?」


 ナジミが物凄い勢いでシルエッタに詰め寄った。


「あの大樹を制御出来ないって……本当なんですか!!」

「……ええ」

「そ、そんな……それじゃあ武光様は!? 武光様はどうなるんですか!?」


 ナジミの言葉を聞いたシルエッタは、ニヤリと笑った。


「その様子だと……そうですか、あの男は暗黒樹に捕らえられたのですね」

「何が……何がおかしいんですかッッッ!!」

「ふ……ふふふ……きっと今頃あのクズは、ジワジワと溶かされて骨も残っていないでしょう」

「……そんな!!」

「私の邪魔をした当然の報いです。本当に……本当に良い気味です……ふふふ」

「……っ!!」


 ナジミは近くの壁の燭台しょくだいに手を伸ばした。


「ふふ……それをどうするつもりなのです?」

「…………」


 シルエッタからの問いかけに、ナジミは何も答えなかった。ただ両肩を震わせながら、燭台を力一杯握り締めた。


「お、オイ……ナジミ!?」

「ふふふ……もしかして怒っているのかしら? あの虫ケラ程の価値もない穢らわしいゴミクズが死んだ事を?」


 乱れた呼吸もそのままに、力一杯燭台を振り上げたナジミに対し、シルエッタは叫んだ。


「さあ……振り下ろすのです!! 私が憎いなら!!」

「……わあああああっ!!」


 ナジミは燭台を振り下ろした。眼前に迫る燭台を見ながらシルエッタは満足気に微笑んだ。これで良い、これで──


 だが、振り下ろされた燭台はシルエッタの鼻先数cmで止まった。


「……何をしているのです? 早くその燭台で私を殴り殺しなさい!!」


 シルエッタは叫んだが、ナジミは震えながら首を左右に振った。


「ハァッ……ハァッ……出来ません」

「何故です……貴女にとって私は憎い仇でしょう!?」


 ナジミは嗚咽おえつしながら、声を絞り出した。


「例えどんなに貴女が許せなくても……そんな事をしてしまったらもう二度と武光様の前に……あの人が好きだといってくれた表情かおをして出られません!! だから……!!」

「何を馬鹿な……暗黒樹に捕らえられて生きていられるはずがありません!! あの男は死んだのです!! 私が作った暗黒樹が殺したのです!! さぁ、早く私を……!!」


 ナジミは黙って首を左右に振ると、燭台を元の場所に戻した。


「どうして……どうして……振り下ろしてくれないのです……」


 シルエッタの声は今にも消え入りそうに小さくなった。


「振り下ろしてくれれば……私だけではないと……誰もがそうなのだと安心出来るのに……!! これじゃあまるで……神父様を……あの方を殺めてしまったのは、私の心が弱いからみたいではないですか……!! 貴女は……自分の心の強さを見せつけて……私の弱さを嘲笑あざわらって……!!」


 ナジミは取り乱すシルエッタを落ち着かせるように語りかけた。


「いいえ、シルエッタさん……きっと私も目の前で武光様の命が奪われていたら……貴女にあの燭台を振り下ろしていたと思います」

「ならば──」


 ナジミはシルエッタの言葉を遮って首を左右に振った。


「いいえ、武光様はきっと生きてます、絶対に助け出します!!」

「それは不可能です……制御不能に陥った暗黒樹はただひたすらに周囲の生命体を取り込み続けて、あの枝から影魔獣を生み落とし続けます……この地は人間どころか、虫の一匹、草の一本まで残らず死に絶える事でしょう……もはや、シャード王国の再興の夢も露と消えました……だから、もう私を楽にして下さい……お願いですから!!」


 シルエッタの口から出た言葉に、影光は怒った。


「勝手な事を抜かすな!!」

「私は…… 多くの人を苦しめ、平穏な暮らしを……財産を……生命すら奪って……全てはシャード王国を再興する為に……それなのに……私は一体何の為に……っ!!」

「そんなもん知るかッッッ!! これだけの事をしでかしておきながら……投げ出す事は絶対に許さんッッッ!!」


 嘆き悲しむシルエッタを影光は一喝した。


「どうしろと言うのです!! 私の力では……もはやアレを止める事は不可能──」

「だったら……俺が力を貸してやる」

「私に力を貸す……? 一体どうして……」

「俺は、あのバカ丸出しの大木から本体を救い出すとナジミに約束した」

「し、しかし14号、私と貴方は──」

ゆるすッッッ!!」

「え……」


 戸惑うシルエッタに対し、影光は両腕を組み、仁王立ちで再度言い放った。


「正直、許し難い事もあるが……それでも、今までの事……全て許すッッッ!! 面倒くせーから、細かい事ガタガタ言うんじゃねーぞ?」

「14号……本気で言っているのですか……!?」

「ああ……但し、俺の分だけだ、他の奴らの分は知らん。だからお前を許せないという奴らにお前が半殺しにされようが、凌辱されようが俺は知らん!! お前はそれだけの事をした。まぁ、お前に死なれたら俺まで消えちまうから、命だけは助けてやるがな……」

「14号……本当に私を──」

「くどい!! 俺の分の制裁は、さっきのSTFとアイアンクローで、もう済んだ。だから……つべこべ言わずにとっとと暗黒樹の倒し方を教えろ!!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る