出撃の日、迫る(前編)


 248-①


 出撃の二日前の夜、フリードは魔王城内のヨミの部屋に向かっていた。


「待てい!!」

「何だ貴様は!?」

「我らがヨミ様に何の用だ!!」


 扉の前で、ノッポと小太りと小柄な竜人三人組がフリードの前に立ちはだかった。『ヨミ様を愛でる会』のドルォータ、シンジャー、ネッツレッツである。


「あの、ヨミに話があるんだけど」

「デュフフ……さては、ヨミ様に愛の告白をする気だな!!」

「グフフ……笑止なり人間!!」

「ヌフフ……我らの目の黒い内は、そんなふざけた真似はさせん!!」

「いや、意味分かんねーし!! 良いから通せよ!!」


 フリードと竜人三人組が押し問答していると、部屋のドアが勢いよく開いた。


「あーもーうるさい!! 部屋の前で騒ぐんじゃない、ブチ殺すわよ下僕共……って、アンタはクソヤロー(弟)じゃないの」

「ヨミ、あんたに──」

「いいわ、入りなさい」


 読心能力でフリードの用件を読み取ったヨミは、フリードに入室を促し、フリードは背中に竜人三人組の刺すような視線を感じながらヨミの部屋に入った。


「ヨミ、あんたにこれを返しに来た」


 そう言って、フリードは吸命剣・妖月を差し出した。


「ふうん、神の力のお陰で、もう妖月で吸った生命力を影魔獣に与えなくてもよくなった……ねぇ」

「な、何でそれを!?」

「あら、武光から聞いてないの? 私は相手の思考を読む事が出来るのよ…………って、頭の中で、私におかしな格好させて変な踊りを踊らせるんじゃない!!」

「うわ、マジで心読まれてる」

「ふん、兄貴分がクソヤローなら弟分もとんだクソヤローね。考える事がそっくりだわ……ところで」


 ヨミは受け取った妖月をジッと見た。


「妖月は我が一族に代々伝わる至宝、傷の一つでも付けてたらアンタの首をへし折るからね?」


 ヨミは妖しい笑みを浮かべると、妖月をさやから抜き放ち、刀身をジッと見つめた。


「…………私の気が変わらない内にとっとと出ていきなさい」

「ああ、この剣には世話になった。ありがとう」


 フリードが退出すると、ヨミは、自分が所持していた頃よりも丁寧に手入れされていた妖月を鞘に納めた。


「さてと…………って、部屋の前で騒ぐなって言ってるでしょうがっ、アンタ達もクソヤロー(弟)も全員ブチ殺すわよ!? あぁん!? 『我々ヨミ様を愛でる会の会員ですら私室に入れてもらった事が無いのに?』あーもう、泣くな鬱陶うっとうしい!! 分かったわよ……5つ数える間だけ入室を許してやるから、とっとと解散しろ!!」


 248-②


 同時刻、魔王城内の鍛錬場でガロウはフォルトゥナと対峙していた。


「……来たな、猫娘」

「誰が猫娘だ!! アタシは虎だっ!! それで、一体何の用?」


 ガロウは、フォルトゥナの目を真っ直ぐに見据えると、静かに言った。


「猫娘……俺と勝負しろ」

「えっ」


 思いもよらなかったガロウの言葉に、フォルトゥナは言葉に詰まった。


「どうした? いつもは鬱陶うっとうしい程に、俺に勝負を要求してくるくせに……まさか臆したのか?」

「ふ、ふざけんなーーー!! そーかそーか、とうとう宿命の好敵手として決着をつける気になったんだな!?」

「そんなものにしてやった覚えは無いが……まぁ良いだろう」


 ガロウは腰を低く落として構え、フォルトゥナもそれに応じて構えた。


「猫娘、俺が勝ったら……お前はこの城から降りろ」

「なっ!? 何勝手な事を!!」

「お前には幾度となく襲われたが……お前、一撃でも俺に入れた事があるか?」

「うっ……そ、それは」

「俺に一撃も入れられないような奴は、次の戦いでは生命を落とす。ハッキリ言って足手まといだ」

「へぇ……じゃあアンタに一撃入れれば文句は無いって事ね!!」

「先に一撃入れた方の勝ちだ」


 フォルトゥナはガロウに飛びかかった。先手必勝とばかりに鋭い爪の生えた両手で次々と攻撃を繰り出すが、ガロウはそれを軽々といなす。


「グルァッ!!」


 一瞬の隙を突いてガロウは貫手を繰り出した。ガロウはこの一撃で決めるつもりだったが……


「っ……にゃろう!!」

「む!?」


 フォルトゥナはしなやかに上体を逸らしてガロウの貫手を躱すと、そのまま床に手を着いてバック転で距離を取った。


「ほう? 今のを避けたか」

「ハァ……ハァ……アンタには幾度となく勝負を挑んだけど、アタシだって、ただやられてたワケじゃない。やられたフリをしながら……アンタの動きを観察していたんだ!!」

「あのなぁ、何が『やられたフリ』だ。見栄を張るな見栄を」

「う、うるさい!!」


 再びフォルトゥナが攻撃を仕掛ける。今度は足の爪を駆使した蹴りも織り交ぜた流れるような連撃だが、これも全てガロウには見切られている。


「くっ……」

「どうした猫娘、もう終わりか?」

「ハァ……ハァ……まだまだーーーーーぐぅっ!?」


 フォルトゥナが拳を繰り出そうと踏み込んだ瞬間、それに合わせるように繰り出されたガロウの拳がフォルトゥナの鳩尾みぞおちにめり込んだ。


「俺の勝ちだな……ぬぅ!?」


 ガロウの重い一撃を喰らい、倒れ込みながらも、フォルトゥナはガロウの腕に必死にしがみつき、そして噛み付いた。


「ぐっ!? このっ!!」

「ぎにゃっ!?」


 ガロウは噛み付かれた腕を振るい、強引にフォルトゥナを投げ飛ばした。

 背中から床に落ちそうになったフォルトゥナだったが、素早く空中で身を翻し、両手両足を床に着いて着地した。

 着地したフォルトゥナはゆっくりと立ち上がると、高々と両手を上げた。


「ハァッ……ハァッ……か、勝ったぞーーーーーーーーーー!!」

「いや待て!?」


 フォルトゥナの勝利宣言にガロウは待ったをかけた。


「何だよ!?」

「お前、さっき俺の一撃を喰らっただろうが!?」

「ハァッ……ハァッ……く、喰らってない!!」

「何だと……?」

「あれは私の……『秘技・みぞおち防御』だ……」

「猫娘、ひざが笑っている状態でその言い訳は無理があるぞ」

「いいや!! 相手の攻撃をしっかりと防御して反撃の一撃を喰らわせたアタシの勝ち……うっ……ゔぇぇぇぇぇ!?」

「お前なぁ……」


 ガロウは盛大に溜め息を吐いた。

 膝はガクガクで、目は涙目、そして胃液を盛大に吐き散らしながらもフォルトゥナの目は真剣そのものだった。無理に魔王城から放り出そうとしても、コイツは魔王城の脚にかじりついてでも付いて来るだろう。


「やれやれ……俺の負けだな」


 そう小さく呟いたガロウは、オサナの癒しの札を取り出し、フォルトゥナの鳩尾みぞおちにペタリと貼ると、フォルトゥナに背を向けて歩き出した。


「あっ、待てガロウ!!」

「うるさい、出陣に備えてとっとと寝ろ……虎娘」

「ハァァァッ!? 誰が虎だーーーっ!! 私は猫……ん!? アンタ今『虎娘』って言った!?」

「知らん!!」


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