聖女、本性を現す


 213-①


 影光は焦りまくった。めちゃくちゃ恐れていた事態である。


 ビビり倒す影光の頭上から、ロイの声が降ってきた。


「ほう……『人間の姿形や記憶をそっくり写した影魔獣が存在するらしい』と、報告には聞いていたが……お前がそうか?」

「だだだ、だったらどうだってんだコノヤロー!?」


 ロイは影光と武光を見比べた。


「なるほど良く似ている。まるで双子……いや、それ以上かもしれん、もしや強さも奴と同等なのか……」

「ハァァァ!? ふ、ふざけんなーーー、俺の方が本体の何倍も強ぇえわ!!」

「そうか……ならば私も本気を出さねばなるまいな……」

「……へ?」

「当然だろう? 唐観武光は、かつてこの私を完膚なきまでに叩きのめした男だ、それ以上の強さを持っていると言うのならば、私も本気を出さねばなるまい?」

「いいっ!? 出すな出すな出すな!? そんな物騒な物は永遠にしまっとけ!! わーっ!? ちょっ、待て待て待て!!」


 獅子王鋼牙を振り上げたロイを見て焦り倒し、シルエッタに鼻フックの刑を喰らわせていた左手を前に突き出して制止しようとする影光だったが、焦り倒しているのは、影光にSTFに捕らえられているシルエッタも同様だった。


 最強の将であるロイ=デストの戦闘能力と戦闘経験を複製した影魔獣を大量に生み出せば、最強の精鋭軍団を作る事が出来る……そう考えて、教皇にロイ=デストを生かしておくように言っておいたのが完全に裏目に出てしまった。


 シルエッタは、階下で武光達と交戦中の教皇に向かって叫んだ。


「くっ……何をしているのですヴアン=アナザワルド!! さっさと私を守るのです、この役立たず!!」


 シルエッタの言葉に、その場にいた全員が呆気に取られたが、次の瞬間、教皇は三対六枚の漆黒の翼を羽ばたかせて飛び上がり、影光達とロイの間に降り立った。


「……シルエッタよ、まさかとは思うが今の言葉、この私に言ったのではあるまいな……!!」


 怒気を含んだ教皇の言葉にも、シルエッタは動じない。


「余計な口は挟まずとも良い、お前はただ私の指示通りに動けば良いのです」

「……貴様っ!!」


 激昂した教皇は丸太の如き豪腕を振り上げ、岩の如き拳を握りしめたが、振り上げられた拳は何故かそこから微動だにしなかった。


「何だこれは!? か、体が動かぬ!? な……何故だ!?」


 困惑する教皇に対し、シルエッタは優しく微笑んだ


「何故ですって? 実に愚かな……私の研究内容をお忘れですか?」

「な……貴様、まさか!!」

「そう、私の研究は影魔獣の支配と制御。それは……究極影魔獣とて例外ではないのですよ?」

「な……何故だ!? お前は『この国を、相応しき者の手に取り戻す為に力を尽くす』と、そう私に──」


 教皇は恐れと焦りが混ざった声でシルエッタを問い詰めたが、シルエッタはそれを一笑に付した。


「ええ、その通りですが? ただ、私はその『相応しき者』がお前だとは一言も言っていませんけれど」

「……なっ!!」


 教皇は言葉を失った。


「まさか、その『相応しき者』が自分の事だと思っていたのですか? 自惚うぬぼれもはなはだしい」

「き、貴様……!!」

「いちいち説明するのも面倒ですし、やはり……自我は消しておきましょうか」

「馬鹿な……そんな馬鹿な……消える……私……が……消え……」


 まるで見えない糸に操られているかのように、教皇がロイに丸太の如き剛腕で殴りかかる。

 ロイは身をひるがえして攻撃を躱すと同時に、獅子王鋼牙による横薙ぎの一撃を教皇の脇腹に叩き込んだが、究極影魔獣の強固な肉体はロイの繰り出した斬撃を易々と弾き返した。


「ぬん!!」


 一撃でダメなら……と、目にも止まらぬ速さで次々と斬撃を叩き込むロイだったが、やはり教皇の肉体にダメージを与える事は出来ない。


「フフフ……無駄な事を、究極影魔獣の肉体にその程度の攻撃が通じるわけがないでしょう?」

「……なるほどな、だが貴様らの肉体はそうではあるまい?」

「えっ……」


 ……もはや自我が消失し、もはや完全に怪物と化した教皇の攻撃を回避したロイが、影光とシルエッタの方をギロリと見た。


「うん子ーーー!! お前余計な事言ってんじゃねーーー!?」

「じゅ……14号、私を開放するのです!! 今すぐに!!」

「はぁぁぁっ!? 逃がすわけねーだろうが!?」

「くっ……やむを得ません……!!」

「おわーっ!?」

「むっ!? 待て!!」


 シルエッタは影光にSTFを極められたまま、影光もろとも影転移の術でその場から姿を消した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る