斬られ役(影)、殴り倒す


 142-①


 影光は、オーガ達に案内されて大将の間の前までやってきた。


 影光が最初に助けた青い肌のオーガが分厚い扉を叩く。


「御大将!! 救援に駆けつけてくれた部隊のかしらを連れて来ました!! 是非御目通りを!!」


 少しの間の後、扉の向こうから返事が返ってきた。


「そうか……通せ」


 低く、ドスの効いた声を聞いて影光は息を呑んだ。三年前(影光にとっては半年前)……マイク・ターミスタで死闘を繰り広げたオーガの大将、《鬼将ザンギャク》は凶暴凶悪な男だったが……


 返事を聞いたオーガ達が、分厚い扉を左右に開いた。


「さぁ、中へ!!」

「お、おう」


 最初に助けたオーガに先導されて影光は大将の間に入った。


 待ち受けていたオーガの大将は、影光の想像より遥かに若かった。年齢は二十歳前後だろうか。頬杖ほおづえをつきながら大将の椅子に腰掛けているオーガは、屈強で引き締まった肉体を持ち、皮膚は赤く、髪は黒く、額には鋭い角が一本生えていた。

 オーガの大将は影光を見ると小さく鼻を鳴らした。


「フン……お前が魔王城からの援軍──」

「あれっ? お前もしかして……《ギリ》じゃねーか?」


 影光に名を呼ばれたオーガの若き大将……ギリは、影光をにらみつけた。


「あぁん? 俺はどこの誰とも分からん奴に呼び捨てにされる覚えは……って、んんっ!?」


 ギリは影光の顔を5秒程ジッと見ると素っ頓狂な叫びを上げた。


「ゲェーーーーーッ!? あ、アンタは!!」

「お前、オーガの大将になってたのかよ?」

「あ、いや……まぁ」


 しどろもどろになっているギリをよそに、影光が最初に助けたオーガが自慢気に胸を張った。


「アンタ御大将の知り合いだったのか……ギリの大将はな、三年前のマイクターミスタでの戦いで、乱心して味方を殺して食らいまくった鬼将ザンギャクを討ち取って、仲間達を救った功績で大将に抜擢されたんだぜ!!」

「ほーう? ねぇ……」


 影光にジトッとした視線を向けられたギリは、配下のオーガ達を怒鳴りつけた。


「オイ!! 何ボサッとつっ立ってんだ、怪我人の手当てと被害の確認をしてこい!! 早く行けッッッ!!」

「え、でも……」

「義兄弟に久々に再会したんだ!! 積もる話もある!!」

「待て、俺はお前と義兄弟なんぞになった覚えは──」

「いやぁそれにしても久しぶりだな兄弟ッッッ!! 久々に二人きりで語り合おうじゃねぇか!!」


 引きつった笑みを浮かべながら、ギリは配下のオーガ達を部屋から追い出すと、扉を勢い良く閉め、そして叫んだ。


「帰って下さい!! お願いですから!!」

「ええーっ!?」


 142-②


 

「お願いしますモモタロウさん!! 何も言わずに帰って下さい、マジで!!」


 ギリは土下座した。それはもうもの凄い勢いで土下座した。ちなみに『モモタロウ』というのは、オーガとの戦いの時に武光が、名作時代劇の名乗り口上と共に名乗っていた偽名である。


「ま、まぁ……落ち着けって」


 影光はギリをなだめて顔を上げさせた。


 ……三年前(影光にとっては半年前)の事である。


 マイク・ターミスタでの戦いにおいて、当時のオーガ軍団の大将であった《鬼将ザンギャク》は、武光との戦いで、オーガの誇りでもあり、力の源でもある角をへし折られた。

 そしてその後、乱心した鬼将ザンギャクは、失った力を取り戻す為に仲間のオーガを手当たり次第に殺して血肉を食うという暴挙に出たのである。

 幹部連中を筆頭に仲間が次々とザンギャクに殺され、食われていく……当時、下っ端の一兵卒に過ぎなかったギリは、その地獄のような光景に恐怖し、ザンギャクの殺戮を止めてもらうべく、敵である武光の下に単身乗り込んで来て土下座したという過去を持つ。


「すみません、俺……名を上げたくて、認められたくて……ザンギャクを殺ったのは俺だって……」

「あーあ、やっちまったな?」

「ザンギャクを斬って仲間を救ったってのがウソだってバレたら……だからお願いです!! ボロが出る前に……黙って帰って下さい!!」


 再び土下座したギリを見て、影光は大きな溜め息を吐いた。


「弱くなっちまったなあ、ギリ」

「…………あぁ!?」


 ギリは怒りの込もった視線を影光に向けた。

 無理も無い、武力が何よりも重要視され神聖視されるオーガ一族にとって『弱い』というのは最大級の侮辱なのだ。『弱い』と言われて、ギリが黙っていられるはずもなかった。


下手したでに出てればつけ上がりやがって……俺は……あの頃よりずっとずっと強くなった!!」

「ああ、図体だけは一丁前にデカくなりやがって……ったく」

「テメェ……あんまり調子に乗ってると、殺すぞ!?」

「ヘッ、三年前のお前ならいざ知らず、弱くなちまった今のお前じゃ……無理だな」

「……ぶっ殺すッッッ!!」

「ふんっっっ!!」

「ぐはぁっ!?」


 ギリは影光に殴りかかったが、影光はギリの顔面に拳を叩き込んで殴り飛ばした。背後の壁に叩きつけられながらギリは思い出した。目の前の男は……三年前、誰も手がつけられない程強かったザンギャクを斬った男なのだと。


「あの時、お前はたった一人で、敵である俺にザンギャクを討つように頼みに来たな?」

「……俺はザンギャクに殺されたくなかっただけだ」

「だったら自分一人でとっとと街から逃げ出せば良かったはずだ」

「それは……」

「でも、お前は俺の所に来た。殺されるかもしれねえってのに」

「うぐぐ……」

「俺は……お前が仲間を見捨てられなかったからだと勝手に思ってたんだが……違うか?」

「……」

「あの時、俺がザンギャクを討つ事を承諾したのは、お前が、折れたイットー・リョーダンの修復の材料となるオーガの角を大量に分けてくれたからってだけじゃあない」

「いや、あれは分けたっていうか……あのナジミとかいうつのちぎりババァが無理やり俺の角をへし折って……」

「あの時俺は……命がけで敵に頭を下げに来たお前の勇気と覚悟と男気に……お前の強さに心打たれたんだ。それが今のお前は何だ!! 自分の保身の為だけに軽々と頭下げやがって!!」


 影光の鋭い言葉に、ギリはうつむいた。


「ギリ……俺とお前は種族も違う、文化も違う、生まれた世界すら違う。けどな、俺とお前に共通する事が一つだけある……」

「何です、それは?」

「それは、俺もお前も……ち○ちんが付いてるって事だ。男が頭を下げて良いのは……感謝と謝罪と挨拶と……後は仲間の為だけだ。自分の保身の為だけに簡単に頭を下げるのは……弱い男のする事だ」

「モモタロウさん……!!」


 再び顔を上げたギリの目には、力強い光が宿っていた。それを見た影光は満足気に頷いた。


「良し、それでこそお前は俺の知っている強いオーガだ!! そして、今のお前になら安心して頼める」

「何をですか?」


「俺達に……兵を貸して欲しい」


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