聖勇者、拷問される


 244-①


「ここは……何処どこだ?」


 目を覚ましたエイグは体を動かそうとしたが……


「くっ、何だこれは!?」


 石造りの壁に囲まれた小さな部屋で、エイグは椅子にギッチギチに縛りつけられていた。両足は椅子の脚に、両手首は肘掛けに、ご丁寧に腰の部分も背もたれに縛り付けられている。

 何とか脱出しようとガタガタと足掻あがいていたら、音を聞きつけたのか、足音が足早に近付いてきた。

 エイグは耳を澄ました。足音のバラつき具合から考えて数は……おそらく二人。眼前の扉の前で止まった足音に、エイグは生唾を飲み込んだ。


 わずかなきしみを立てながら木の扉が開く。


「おっ、目ぇ覚ましたな」


 部屋に入ってきたのは武光とリヴァルだった。


 リヴァルはすっかり身なりを整えていた。伸び放題だったひげは綺麗に剃られ、ボサボサの髪はかれていた。服装こそ最下級兵士が装着するような簡素な鎧姿だったが、その姿は凛々しく、雄々しく、まさに勇者という雰囲気を纏っていた。


 リヴァルは『身なりを気にしている場合では……』と断ろうとした。しかし、武光が『いいや、ヴァっさんは皆の希望やからな。皆の希望がいつまでも小汚い格好してたらアカン、皆を安心させる為や!!』と、体を洗わせ、救出活動ついでにかっぱらって来た服や鎧を着せ、救出された街の人々もノリノリで協力して、リヴァルは、あれよあれよという間に、身なりを整えさせられたのだ。


 リヴァルはエイグに鋭い視線を向けた。


「お前は暗黒教団の幹部だったはず、あの地下の教団施設から外へと繋がる抜け道があるはずだ、それを教えてもらおう!!」


 リヴァルの言葉に、悪役モードの武光が続く。


「ヘッヘッヘ……断ったらどうなるか分かってんだろうなぁオイ!? 最初に言うといたるけどなぁ……俺の拷問は妖禽族の王女ですら泣いて命乞いする程苛烈やぞ」

「拷問だと!? き、貴様……っ!!」


 武光は拘束されているエイグの袖をまくって肌をあらわにすると、勢いよく腕を振り上げた。

 まさか、刃物を突き刺す気か!! エイグは身を固くし、キツく目を閉じた。そして──


“ベチィィィィィン!!”


 ……武光のしっぺが炸裂した。


 地味に痛い、そして地味に腹立つ。エイグは眉間みけんしわを寄せた。


「くくく……あまりの激痛に声も出ぇへんようやなぁ!! 今ので全力の半分や、ちなみにちょっとした遊びの罰ゲームで今のを喰らったアスタトの巫女がマジ泣きして、俺が女子一同にボロカスに怒られたという、いわく付きの恐怖の拷問だ……」


 地味に腹立つが、どうやら拷問の方は警戒しなくて良さそうだ。エイグは、リヴァルに対し、憎しみのもった視線を向けた。


「リヴァル=シューエン……私はお前が憎いッッッ!!」


 ただ単に『敵対しているから』という理由だけではない、凄まじい怨念にリヴァルは困惑した。


「圧倒的な力!! 特別な才能!! お前は、三年前私がどれほど努力しても、どれほど求めても決して手に入らなかったものを当たり前のように持っている。なぁ……どう考えても不公平だろう!? それだけじゃない……名声……人望……容姿……私だって……私だってお前のように勇者になりたかった!!」


 エイグはドス黒い感情のおもむくままに、恨み言をブチけ続ける。


「暗黒教団は、そんな私に力をくれた!! 私を聖なる勇者だと認めてくれた!! それなのに貴様らは……私の居場所を破壊して……また私から夢を奪おうと言うのか!?」


 苦い表情を浮かべるリヴァルをエイグが嘲笑あざわらう。


「最初から力を持つお前のような男は考えた事もあるまい……自分がどれほど望んでも決して得られないものを全て持っている人間を前にした時のみじめさと無力感を!! 言っておくが、私だけではない……お前は『希望の光』などと持てはやされていたが……光が強ければ強いほど、それによって生み出される影は暗くなる。お前という存在は暗い影を生み出し続け──」

「しっぺ!!」

「痛っ!?」


 武光のしっぺが炸裂した。


「理不尽な言いがかりをつけんなコラァ!!」

「唐観武光……リヴァルに媚びへつらう犬め!!」

「誰が犬だワン!? ぶっ飛ばすワン!!」

〔この大阪人っ!!〕


 イットー・リョーダンは思わずツッコんだ。


「唐観武光……貴様とて心の奥底ではリヴァルをうらやんでいるはずだ」

「ふざけんな、俺は心の奥底で羨んだりなんかしてへん!!」

「フン、口では何とでも──」


「奥底やない……俺は、露骨にヴァっさんを羨んどるッッッ!!」


「…………は?」

「お前、俺の人間の出来てなさナメんなよ? お前がっ!! ヴァっさんにっ!! 抱いとるっ!! 感情なんざっ!! 俺はっ!! とっくの昔にっ!! 抱いとんねんっ!! アホンダラっ!!」


 エイグは腕にベチベチとしっぺをされまくり、オマケにデコピンまで喰らわされた。

 武光の言葉に驚いたのはエイグだけではない。当のリヴァルはエイグ以上に驚いていた。


「た、武光殿!? それは本当なのですか!?」

「いや、天然かっ!?」


 武光はエイグに照れ隠しのしっぺを喰らわすと、困惑しているリヴァルに笑いかけた。


「そんなもん、目の前であんな華麗で格好良過ぎる活躍を見せつけられて、『羨ましいなー、俺もヴァっさんみたいになれたらなぁ』とか思わへんわけないやん」


 エイグはそんな武光に吠えた。


「……ならば、お前には暗黒教団の存続を……勇者でありたいと願う私の気持ちが理解出来るはずだ!!」

「いや、別に」

「な、何故だ!?」

「何故も何も、弱かろうがみじめやろうが……勇者なんか勇気さえあれば誰でもなれるやん。斬られ役と違って、特別な訓練したり芝居の稽古せんでもええねんで?」


 あっけらかんとした答えだった。


「暗黒教団があろうが無かろうが関係あらへん、勇気ある行動を取れる奴こそが勇者やと俺は思う」


 武光はエイグの両肩に手を置き、目を真っ直ぐ見た。


「その上で、お前を勇者と見込んで頼む。暗黒教団とは決別して、皆を助ける手助けをしてくれへんか?」

「…………嫌だと言ったら?」

「皆の前で、フ○ちん逆エビ固めの刑」

「…………フ」


 エイグは武光の意図に気付いた。


 ……これは脅しではない。いや、幾分かは脅しの意味もあるのだろうが、それ以上に、リヴァルと武光に散々に罵詈雑言ばりぞうごんを浴びせた手前、素直に謝罪して『分かった』と言えない自分に対する助け船だと。

 きっと、奴も自分と同じでひねくれた部分があるのだろう。


「……食えない男だな」

「さぁ、何の事だか?」


 エイグの心は決まった。勇者である為にするべき事。それは……


「良いだろう、そのような残虐な拷問には耐えられそうにない」

「ふふん、ええ判断や」


 エイグが 仲間になった!!


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