聖女、微笑む


 4-①


「俺はここ最近、ずっと悪夢に悩まされとった……」

「悪夢ですか……?」


 ナジミに聞かれて、武光は頷いた。


「そや、お前や、ミトや、先生……他にも大勢の人達が黒い色のバケモンに襲われる夢や。最初はただの夢やと思ってた……でもな、朝起きたら吐いてまう程、リアリティのある悪夢やねん、俺は居ても立ってもおれんようなって……これを使ってここに来た」


 そう言って、武光は一枚の白い紙を取り出した。武光の取り出した紙を見て、ナジミは驚愕した。


「そ、それは……異界渡りの書!? そんな、一体どうやって!?」


「……コンビニでコピーしといた」


「えっ? 何ですか、こんびに……? こぴぃ……?」


 武光はナジミに語った。前回、長い旅の果てに異界渡りの書を完成させた武光は、元の場所、こちらの世界に連れてこられた直後の時間に戻ってきた事、そして、元の世界に帰って来た武光は、再びナジミや仲間達に会いたくなった時の為に、そのままコンビニに駆け込み、異界渡りの書が消滅してしまう前に、店内のコピー機を使って異界渡りの書を複製した事を。


「な、なるほど…………って、偽造じゃないですかーっ!?」

「いや、まぁ……それはそうなんやけど……お陰で助かったやろ? いや、俺もホンマに行けるとは思わんかったわ、ははは……」

「笑い事じゃありませんっっっ!! 偽造の異界渡りの書なんかで異界渡りをやったりなんかしたら……下手をしたらどこの世界にも辿り着けずに永久に世界の狭間はざま彷徨さまよい続けなきゃならなくなる危険性だってあるんですよ!?」

「ま、マジか……」

「マジですっ!! それに、神具を偽造するなんて罰当ばちあたりこの上ない行いですよっっっ!?」

「神様にジャンピング・ネックブリーカーかました挙句、投げっぱなしジャーマンまで喰らわしたどっかの罰当ばちあたり巫女に比べたら俺なんかカワイイもんやんけ」

「もう、イジワル!! 武光様のいじめっこ!! うぅぅ……」

「ちょっ、お前泣くなや!? ごめんごめん俺が悪かったって!!」

「そ、そうじゃないんです……だって、あれから三年も経ったんですよ?」

「三年!? こっちでは半年しか経ってへんねんけど……やっぱコピーやからか……神々の力も無さげやし……ま、とにかく……」

「はい、とにかく……」


「無事で良かった……!!」

「また会えて嬉しいです……!!」


〔ご主人様、ナっちゃん!! イチャイチャするのは後です!! アレを!!〕


 抱き合おうとした二人だったが、武光の腰から発した少女の声がそれを制止した。武光の脇差しにして三本目の愛刀、『魔っつん』こと、《魔穿鉄剣ませんてっけん》である。

 魔穿鉄剣に言われて武光とナジミは少年の方を見た。


 いつの間にか、少年のすぐ側に一人の女性が立っている。


 4-②


 現れた女性は、歳の頃は二十代前半といった所か、『美女』と言うに相応しい、怜悧れいりかつ艶麗えんれいな雰囲気をまとった長い銀髪の女性で、その手には背丈せたけ程もある長い杖を持ち、少年と同じ黒のロングコートを羽織っている。


「い……いつの間に!?」

「全く気付きませんでした……」


 この女性は何者なのか……少年と同じ黒いコートから察するに、少年の仲間か!?

 警戒する武光達に対し、謎の女性はニコリと微笑ほほえみかけた。それは、同性のナジミですら思わずドキリとするような妖艶さをたたえた微笑であった。

 武光達に拘束こうそくされていた少年が、女性を見上げて呟く。


「せ、聖女様……助けに来てくださったのですね!!」


 やはり仲間か!! 武光はイットー・リョーダンのつかに手を掛けて身構えたが、聖女と呼ばれた女はそれを気にも止めずに少年に微笑みかけた。


「フリード=ティンダルス……」

「は……はい!!」


 名前を呼ばれた銀髪の少年……フリード=ティンダルスは武光達と対峙した時とは別人のような柔らかな表情を見せたが……次の瞬間、その顔は凍り付いた。 


「貴方には……消えてもらいます」


「えっ……?」


 フリードは信じられないと言った表情を浮かべた。


「聖女様……? 何を……!?」

「むざむざ敵に捕らわれるような愚か者は不要です。その口から余計な情報が漏れる前に処分します」

「そ、そんな……愚か者……? 僕を……処分?」


 みるみる顔が青ざめてゆくフリードに対し、聖女は先程からずっと穏やかな笑みを浮かべたままだ。


「せ、聖女様は……聖女様は僕に『貴方には人にはない特別な才能と秘められた力がある』とおっしゃってくださいました……それなのに!!」

「特別な才能? 秘められた力? 貴方にそんなものありませんよ。だからこそ貴方を選んだのです。何の才能も力も無い貴方でも影魔獣を操る事が出来るという事は、『影魔獣の制御』という私の研究が完成したという証明になりますし、もし影魔獣が制御不能に陥り、術者に襲い掛かって殺したとしても、貴方程度なら代わりはいくらでもいます。死んだところで……痛くもかゆくもありませんしね?」

「う、嘘だ……そんなの嘘だ!!」


 絶望するフリードを前にしても、聖女は微笑みを絶やさない。慈愛に満ちた表情から吐き出される冷酷極まり無い言葉の数々を前に、武光とナジミは背筋に薄ら寒いものを感じた。

 聖女が杖を掲げると、杖の先端に取り付けられた紫色の玉が光り、そこから黒い刃が出現した。聖女は槍と化した杖を頭上でくるりと半回転させると、漆黒の穂先を下に向けた。


「さようなら、哀れで愚かな……実験動物君」


 聖女が手にした黒槍で、足元で震える少年を刺し貫こうとしたその時だった!!



「ふ……ふざけんなボケーーーーーッッッ!!」



 武光が怒りの雄叫びを上げた。

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