仔犬、噛み付く


 113-①


 リヴァルが究極影魔獣と化した教皇と交戦していたその頃、天照武刃団は一人の女性の護衛についていた。

 女性の名はエネム=ワツリィ、影魔獣襲撃時に店内にいた客で、ロイに家まで送り届けるように頼まれたのだ。


 人気ひとけの無い長い路地を歩きながら、武光はロイの店を出る前にロイと交わした会話を思い返していた。


 ~~~~~


「唐観武光、お前に頼みがある」

「何や?」

「こちらの方を自宅まで送ってほしい」


 そう言って、ロイは店の奥から一人の女性を連れてきた。栗色の髪を持つ二十歳前後の若い女性である。


「えーっと、こちらの方は……?」


 武光の質問に対し、ロイは腕を組み自慢気に言った。


「フッ……当店の……常連のお客様だッッッ!!」


 それを聞いた武光は女性に話しかけた。


きも座ってますねー、こんな恐ろしい場所に……」


 武光にそう言われて、女性は苦笑した。


「ええ、この店って、店長さんは何か恐ろしい骸骨がいこつの仮面してるし、店員さんたちもやたらめったら見た目が怖いんですけど……姉さんが『ここの最強パンは最強に美味しくて、あのパンを食べると気分が高揚して、力が湧いてきて、最強になった気がする』って……」


 それを聞いた武光はロイにジトッとした視線を向けた。


「シュワルツェネッ太……お前あのパンに何かヤバい物混ぜ込んだりしてへんやろな……って、シュワルツェネッ太お前泣いてる!? いや、仮面越しやと涙はぬぐわれへんから!!」

「とにかく……お前達に、こちらのお客様を無事にご自宅まで送り届けるのを頼みたい」

「いやいやいやいや、お前の店のお客さんやろが!?」


 ロイは武光の肩を抱くようにして、客の女性に背を向けると小声で話しかけた。


「お前の言う事はもっともだ。しかし、我々は今から……捕えた信徒を拷問にかけて情報を吐かせる。そんな所を唯一のお客様には見せられぬ、それに、お前の部下達も巫女や貴族のご令嬢ばかりだろう? 拷問する所を見せるのは忍びない」

「そっか……気ぃつかってくれてありがとうな。ほんなら頼まれたるわ」

「すまぬな……それと、すまないついでに、もう一つ頼みがある」

「ん……?」

「仔犬を一匹、預かって欲しい」

「は? 仔犬……?」


 ~~~~~


〔武光、シュワルツェネッ太の奴はどうして君に彼女を預けたんだろう?〕


 イットーに言われて、武光はロイから預かった『仔犬』にチラリと視線をやった。名前はアルジェ=シルヴァルフ……ロイにそう紹介された。銀の鎧に身を包んだ少女は、フリードやクレナ達と同じ15歳前後だと思われるが……その若さで、見習いとは言え、王国軍の最精鋭部隊に回されるのだから、余程の才能の持ち主なのだろう。

 金色の髪は短く切り揃えられ、顔立ちは眼光鋭く精悍せいかんで、初対面の人間に彼女の第一印象を聞けば、『少女』というよりは『兵士』と答える者の方が多いだろう。


 先頭を歩く武光にフリードが小声で話しかけてきた。


「ねぇ、アニキ……あの子怖えーよ。姐さんやクレナ達が話しかけてもすぐそっぽ向くし、めっちゃ目つき悪いし……」


 フリードの言うように、彼女は、とにかく寡黙かもく……と言うか、まるで武光達とのコミュニケーションを拒絶しているかのようにピリピリとした雰囲気をまとっていた。


「そこ!!」

「「は、ハイ!!」」


 アルジェに鋭く声をかけられて、武光とフリードは思わず背筋を伸ばした。


「無駄話をするな!! 任務中だぞ!!」


 アルジェに注意された武光は苦笑した。


「あのな、アルジェ。もうちょっとこう気楽にというか、楽しそうにでけへんかなー?」

「気楽に……? 楽しそうに……? ふざけるなっ!! そろいもそろって鎧も着けずに……真面目に任務を遂行する気があるのかっ!!」


 アルジェに指摘された通り、鎧を着込んで武装しているアルジェに対し、天照武刃団は、武器こそ荷物に偽装して持っているものの、全員平服だった。


「俺は……真面目に言うてるぞ?」


 噛み付くように激怒したアルジェだったが、武光の真剣な目を見てアルジェは一瞬たじろいだ。


「くっ……ロイ将軍はこんな男から何を学べと言うのか……」

「そんなん俺が知るかいな、う~ん、笑いのセンスとか……?」

「私は……この任務を完遂してロイ将軍に『冥府の群狼』の一員として……『狼』として認めてもらうんだ……もう『仔犬』なんて呼ばせない……!! 先程の無様ぶざま挽回ばんかいしてみせる」

「ご、ごめんなさい……私をかばったばっかりに……」


 それを聞いた女性客はアルジェに頭を下げた。アルジェは影魔獣が襲撃してきた時に、彼女を店の奥に逃がそうとした際、擬態した影魔獣が手に持っていた包丁で背中を斬りつけられたのだ。

 傷は深かったものの、ナジミの癒しの力によって傷は完治し、アルジェはすぐに戦列に復帰しようとしたのだが、その時既にロイとその配下によって敵は殲滅せんめつされてしまっていたのだ。


「いえ……お客様は悪くありません。申し訳ない」


 女性に失言を謝罪したアルジェは武光に向き直った。


「とにかく、『気楽に』とか『楽しそうに』などと腑抜ふぬけた事を言ってないで、緊張感を持って任務を遂行──」

「待て」


 アルジェの抗議を武光は手で制すると、小さく溜め息を吐いた。


「あちゃー……来てもうたかー」

「何……?」


 建物の陰から影魔獣が現れた。


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